今日この頃
京都にいる。今(10月24日月曜日の午前)、この原稿を仕上げるため、四条烏丸近くの狭い路地裏に位置したホテルの一室でパソコンに向かっている。開け放した窓からは、どこかのお寺の勤行のための拍子木や鐘、それに読経の声などがかすかに聞こえている。日常生活を営むためではなく、ただ信仰のための行為。美しいなあと思う。こうした「音の風景」こそ京都ならではのもの。
10月22日土曜日。2時から京都市交響楽団練習場で、ロームシアター「フィガロの結婚」公演のためのオケ合わせ。指揮は広上淳一さん。「フィガロの結婚」って長いと思っていたけれど、レシタティーヴォを抜いて曲だけやると、結構どんどん進んで5時前に終了。
広上さんに飲みに行こうと誘われたけれど、お断りしてしまった。彼には申し訳ないけれど、夏の多忙な日々あたりから運動不足がたたってリバウンドがハンパないので、この京都滞在中に一挙に贅肉除去を敢行したいのだ。その初日の晩から決心がくじけてしまったとしたら、あまりにも情けないじゃないか。
ということで、心を鬼にして練習後僕はプールに行った。四条烏丸から阪急電鉄でわずか3駅めの西京極には西京極総合運動公園があって、そこの一角にアクアリーナという素晴らしいプールがある。そこで1500メートルくらい泳いだまでは良かったが、その後焼き鳥屋に入ってからがいけない。
おいしい焼き鳥を串から抜きながら頬張り、ビールをジョッキーで2杯飲んだ。それでも足りなくて、コンビニでワインとつまみを買って来て、部屋飲みしながら、次の項の竹下節子さんの記事を書いている。せっかく広上さんのお誘いを断ったのに、こんな酔っ払っていていいのか?それに、そんな状態で竹下さんの記事を書いていていいのか?いやいや、竹下さんの記事はね、今日中に書かないと駄目なの。掲載する前に本人の了解をとらないと、変なこと書いて更新しちゃったら失礼でしょう。大事な人なんだから。
23日日曜日の朝は、京都司教区のカテドラルである河原町教会のミサに出てから、今朝東京から出てきた長女の志保と落ち合い、お昼を食べて一緒にロームシアターに行った。僕は健康を考えて軽めな昼食にしようと思っていたけれど、志保は若者だからとんかつが食べたいと言うので、教会からそう遠くない三条の「かつくら」という有名なとんかつ屋に入る。しょうがないなあ。
ふたりで「秋野菜の湯葉巻きかつとヒレかつ膳」を食べた。自分で白ごまを擦ってソースを流し込み、それにつけて食べる。ご飯はお櫃に入ってきて、赤だしの味噌汁とキャベツと、みんなおかわり自由。ヤバい!気がついたら志保につられて味噌汁とキャベツをおかわりしてしまった。ご飯もお櫃にたっぷり入っていた。秋野菜の湯葉巻きかつはめっちゃウメー!

西本願寺の参拝者
竹下節子さんに会いました
もう25年ぐらい前に「パリのマリア」という本を読んで、カトリーヌ・ラブレの事を知った時には、その著者である竹下さんと、こんな風に意気投合しながら楽しく語り合える日が来るなんて思ってもみなかった。
それが、ひょんなことから連絡を取り合うようになり、とうとう10月21日の12時半に、地下鉄表参道駅近くのクレープ屋さんでお昼をご馳走になり、さらにお宅に招待していただいて、お茶を飲みながら様々な話題に花を咲かせた。信じられないほど刺激的な午後であった。
妻とふたりで招待していただいた「ル ブルターニュ」というお店は、その名の通りブルターニュ風クレープ、すなわち蕎麦粉を使ったガレットと呼ばれるクレープ屋だ。
竹下さんは、セット・メニューを注文してくれたので、僕たちはソーセージやきのこや帆立やチーズを乗せた食事用のガレットを食べ、デザートにもアイスクリームの乗った甘いガレットをいただいた。結構お腹いっぱいになった。妻と竹下さんはりんごジュースを飲んだが、僕はシードル(リンゴ酒)をいただいた。
パリのモン・パルナス駅は、ブルターニュ地方などの南西部へ向けての列車が発着するターミナル(終着駅)で、この駅の界隈には、ブルターニュ料理であるガレット・レストランが沢山ある。「ル ブルターニュ」は、店構えからしてモン・パルナス界隈の雰囲気を醸し出しているし、店員がみんなフランス語をしゃべるので、フランス人の客が多く、店内に普通にフランス語が飛び交っている。まさに表参道ならではの店。うわあ、それにしても、このあたりって凄いな。
僕は、シードルを飲みながらガレットを食べている間に、志保とふたりでモン・サンミッシェルに旅行に行って、同じようにシードルとガレットや、プレサレと呼ばれる塩分を含んだ羊の肉の料理を食べたことを思い出していた。それだけで、僕の魂はフランスにトリップしていた。
(2004年10月23日、27日、30日の「今日この頃」パリ紀行の記事)
話してみたら、竹下さんが僕のことを意識するようになったきっかけは、意外なことであった。昨年、バチカンでは、フランシスコ教皇が、待降節から今年の11月の教会歴最後の「王たるキリスト」の主日までを「いつくしみの特別聖年」と定め、教皇からの勅書が出された。僕は、その時、「今日この頃」にそれに関連する記事を書いた。
(2015年12月7日の「今日この頃」)
その記事の中で、僕は日本語訳の誤りを、英訳、イタリア語訳、ドイツ語訳などを参照しながら指摘した。それが、たまたま竹下さんの目に止まったという。
「最初は、神学者かなと思ったのです。でも、ホームページを読んでいく内に、へえー、音楽家なんだと思って興味を持ち始めました。そしたら、バッハの音楽の演奏をスキーのコブにたとえて語っている文章に辿り着き、我が意を得たりと思って自分のブログに書きました」
そのブログを、僕はある時たまたま読んだ。そして、その文章の主が他ならぬ「パリのマリア」を書いた竹下節子さんだったことを知り、さらに彼女が音楽にかなり造詣が深いことを知ってますます驚いたわけである。
それからさらに、今年の4月終わりから5月にかけてのパリ演奏旅行の際、妻と二人でバック通りの不思議なメダイ教会を訪れたことを「今日この頃」に書いたところ、竹下さんから直接、僕のホームページのコンシェルジュ宛にメールが届いて、メールによる文通が始まったのだ。だから、近づくべくして近づき、会うべくして会ったということであろう。まあ、僕は信仰者だから、ごく普通に、これは神の意志だと思っている。
お会いしていろいろ話していく内に確信したのだが、僕は、自分のこれまでの生涯において、これほど頭の良い女性に出遭ったことがない。頭の回転が、まるで超高速CPUのようにメチャメチャ速いし、記憶力、判断力が良いのは勿論、東大で比較文化を学んだという彼女の、さまざまな情報を統合していく能力が、特にずば抜けていると感じられた。それに、様々な分野に及ぶ彼女の好奇心!
とはいえ、知的女性にありがちな堅苦しいところがまるでなく、全てが自然体で、屈託のない笑顔がとても素敵だ。話している彼女の手の動きは、勿論、長年フランスに住んでいるので、ヨーロッパ人のボディー・ランゲージなのだが、すこぶるユニーク。それ自体が音楽であり舞踏なのである。こういうのは著書だけ読んでいても分からないものね。これを見るだけでもお会いした甲斐があった。
それだけではない。バロック・ダンスの話になると、自然に立ち上がり、踊り出す。その動きと共に、バロック音楽の、アクションとアクションの間に横たわる間(ま)のことなどを話し出す。新たな興味に駆り立てられる話題が次々と出てくる。
バロック音楽の演奏方法に関しては、スキーのコブ滑走における重力と運動性に彼女が共鳴したように、結果的に同じ方向を向いているとは思うけれど、僕の場合は、今までそれらを単に経験論的に行ってきたに過ぎない。もっと論理的な裏付けが必要だなと思い知らされた。彼女と話していると、この歳になっても、まだまだ学ぶべきものは果てしなくあるなあと思う。
僕も、ルルドの聖母や不思議なメダイなど、神秘的なものに対しては大いに関心がある人間だが、そうした題材を長年にわたって研究し、あれだけの本にまとめあげている竹下さんのこと、さぞや信心深いだろうと思いきや、
「あたし、とっても疑い深くてね、全然信じてないんです」
嘘ばっかり!だったら最初から関心がないだろうし、本を書こうとする情熱も起きないでしょうが・・・・。
「でも、単純に信じている者の立場から書くのではつまらないので、調べたり書いたりしていく内に、懐疑的な立場からこれも否定あれも否定という風にやっていくんですが、最後にやっぱり何か残るんですよね」
ほらほら、それって信じている証拠じゃない。
しかしながら、竹下さんのそうしたアプローチの方法は、かえってそれらの神秘的なものが、まがい物でないことを印象づけることになるのだ。「パリのマリア」を初めて読んだ時の読後感がそうだった。これがもし完全に信じている立場から書かれていたら、僕はかえって疑ったと思う。でも、あくまで中立的かつ客観的な立場で検証され、それでも残ったものこそ、竹下さんの本のCredo(信仰宣言)に他ならない。そして、そのCredoは、どんな熱烈な宗教書よりも説得力を持つのだ。
とにかく僕はこの出逢いを大切にしたい。さしあたっては、10月30日の真生会館における彼女の講演会に行くのだ。(事務局注:チラシ)
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