多忙な日々

三澤洋史 

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多忙な日々
 先週から今週にかけて凄く忙しかったので、今回の原稿は短いです。特に、いつもだったらぼちぼち原稿を書き始める先週末は、更新原稿を書くのはおろか、息をする暇もないくらいであった。あまりに忙しいので、笑ってしまうほど。あはははははは!

 4月22日土曜日は、朝から東京バロック・スコラーズの練習。5月4日木曜日の「メサイア」演奏会が近づいているので、練習も佳境に入ってきている。初台にあるスタジオ・リリカの練習場を取ってもらったので、次の新国立劇場への移動に時間がかからなかったのはせめてもの幸い。
 新国立劇場では、14時から「オテッロ」最終公演。指揮者のカリニャーニの棒は冴えていて、大きなドラマのうねりをオケから引き出していた。カーテンコールでの聴衆の盛り上がりと、大きなプロジェクトを成し終えたキャスト達の満足と安堵の表情を確認すると、僕は急いで劇場を後にし、志木に向かう。

 志木第九の会では、ハイドン作曲オラトリオ「四季」が本番をひかえて佳境に入っている。今日は、とにかく全曲を通すよと団員に告げて、何か満足出来ない箇所があっても、止めないぞと自分にも言い聞かせて、なんとか通した。それから、何曲か返したらもう時間が来てしまった。練習を終えて家に帰ったらもう10時半になっていた。

 4月23日日曜日は、5時に起きて旅行の準備。そして6時前に妻の車で府中まで送ってもらう。この日は関口教会(東京カテドラル)で8時と10時のミサの指揮をしなければならない。その後、聖歌隊の練習もある。
 午後は、新国立劇場で「フィガロの結婚」の二回目の公演。そういえば、同じ日に公演があるというのに、伯爵夫人役のアガ・ミコライは、今日も10時のミサに現れた。
「なんて敬虔なの!普通の人は、本番の日はホテルの部屋でおとなしくしているものだろう」
と言うと、
「敬虔などというものではないわ。でも、あたしにとっては欠かせないこと。必要だからそうしているだけ。それだけよ」
うーん、やっぱり敬虔だ。

 「フィガロの結婚」公演中、僕は第1幕の合唱を、客席後部の監督室からフォローするために赤いペンライトで指揮すると、急いで地下の練習室に行き、1時間ばかりピアノの練習をする。今日は朝から指馴らしも出来ていない。後で説明するけれど、明日ピアノを弾かなければならないのだ。
 練習が終わると、何食わぬ顔をして劇場エリアに戻る。中村恵理やアガの活躍を見守ってやれないのに、罪の意識をちょこっと感じながら・・・。第3幕が始まると同時に、合唱団から出演している2人の花娘に、出演前の最終稽古を付ける。それから合唱の出番になる。また監督室から赤いペンライトで指揮をする。それが終わると、まだ公演が続いているのに、新国立劇場を出る。
 実は、二回目の公演からカーテンコールに出なくてよくなったので、第4幕上演中ではあるが、抜け出して、新幹線で大阪に向かったのだ。新大阪から大阪の街を南下して、南海高野線の堺東というところに来た。9時半には着いていた。

 ホテルに入って荷物を置くと、堺東駅前商店街に戻り、ある居酒屋に入った。いやあ、朝から慌ただしかったなあ。いやあ、昨日からずっと・・・。僕は、のんびりとビールを傾け始めた。あとからカット・トマトや焼き鳥盛り合わせや本マグロの刺身が次々と来た。

 思い返すと、新幹線の中では、「メサイア」の勉強をしようとiPodをかけながらスコアを見ていたが、いつしかスコアを閉じ、目も閉じて聴き入っている内に、睡眠学習になっていったようである。だから寝たといえば、寝たようでもあるが、聴いていたのも事実だから、脳は休まっていないのだ。

 こんな時は、ひとりでボーッとしながら自分の世界に入って飲むに限るねえ。ビールはいつしか芋焼酎のソーダ割りに変わったが、酔いと共に、堺東の夜は、疲れた僕を包み込むようにゆっくりゆっくりと更けていった。

 4月24日月曜日早朝は、不思議なほどパチッと目が覚めた。お天気がよいことも手伝って、とっても元気だ。堺東では、すぐそばに有名な仁徳天皇陵(大仙陵古墳)があるというので、早朝散歩で行ってみた。わずか徒歩10分ほどで着いたが、前方後円墳の全貌をつかむどころか、それが何なのかとても把握出来ないほど巨大なのだ。外から眺めると、お堀があって緑に覆われた向こうに小高い山が見えるという感じ。
 それに、ここでは、かつて飛鳥の石舞台で感じたようなビビビッという霊気のようなものもあまり感じない。研ぎ澄まされた土地の気ではなく、むしろのどかな雰囲気があたりを支配している。他の古墳も近くにいくつかある。そういえば群馬にも沢山古墳があるなあ。勿論こんなに大きくはないけれど・・・。子どもの頃には、よく登ったりして遊んでいた。でも、いちいち霊気なんて感じていなかったなあ。つくづく石舞台ってちょっと異常なのだと再認識した。
 前方後円墳という言葉、よく考えたことがないけれど、前が方でうしろが円なのか。どうも、てるてるぼうずのように円の部分が頭のように感じない?四角い部分が前って、どうも座りが悪いような気がするのは僕だけだろうか?


仁徳天皇陵


 さて24日は、まず堺東から北野田まで電車に乗り、それからタクシーで登美丘西小学校に着いた。ここで、6月に新国立劇場合唱団のスクール・コンサートをするが、それに先駆けて、ソプラノ黒澤明子さん、アルト北村典子さん、テノール岩本識さん、バス金子宏さんという4人の歌手達と共にワークショップをする。僕は司会をしながら、ピアノを弾く。だから昨日ピアノを練習していたのだ。
 前半では、それぞれの歌手達が声部のもつキャラクターの説明をしながらオペラのアリアを歌ったり、第九の有名な合唱箇所を、1声部ずつ歌った後で、合唱になるとこうなります、という風に、ハーモニーで聴かせたりする。
 休憩をはさんで第2部では、まず生徒達に校歌を歌ってもらった後で、彼らに発声のポイントを教える。その時に、僕の作曲した「発声の心得」という曲を使う。今回は、黒澤さんが、わざと変な姿勢をしたり変な呼吸法をして直されるという、いわばボケ役を演じているが、彼女はそのために真っ赤なジャージに着替えたりして、子供達にめっちゃウケていた。
 その発声のポイントを踏まえて、子供達は、6月に向かって校歌や愛唱曲を練習し、合唱団のコンサートでは、その進歩のほどを見せてもらうことになっている。その時には、30人の団員達は、それぞれ散らばって子供達の中に入って歌う。それは、彼らにとって結構、心ときめく体験になっているようだ。

 今、この原稿は、そのワークショップが終わって、みんなでお昼を食べた後、天王寺駅前のホテルの一室で書いている。静かな午後のひととき。夜は、大阪が地元の黒澤さんが、おいしいお好み焼き屋に僕たちを連れて行ってくれることになっている。それまで、この午後の静かな時間を大切にしよう。こうやって書きながらだけれど、こうした原稿を書くのは、僕にとってはストレスどころか結構安らぎなんだ。逆に、こうした原稿を書けないほど忙しいと、ストレスになるんだ。

 明日は、八尾市立八尾小学校に行く。それから東京に戻ってきて、夜は関口教会で5月分の聖歌を決める選曲会議に出る。それから次の日は、ハイドンの「四季」のソリスト合わせをやってから「フィガロの結婚」公演で、それから夜は東京バロック・スコラーズの練習に出て・・・と、この忙しさは果てしなく続く。

 でも、こんな忙しい最中に、27日木曜日の夜は、なんと日本武道館にサンタナのコンサートを観に行く。ええっ?と思うでしょう。でも、これだけはハズせないんだなあ。そのために、前後の忙しさがもっと増してしまうのが分かっているのだけれど・・・なんとしてでも行きたい、と思ってチケットを買った。
 今の僕にはラテン・ロックが必要なんだ。アガ・ミコライではないけれど、必要だからそうするだけ。あははははは!

 来週(5月1日月曜日)では、そんな報告もすると思うけれど、時間がないのでまた短い記事になると思います。それで、その次の週(8日月曜日)ですが、連休のためにお休みします。



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