名古屋ばっかりの一週間

三澤洋史 

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名古屋ばっかりの一週間
 先週は、東京名古屋間をよく往復した。5月27日、28日の土日で愛知祝祭管弦楽団の集中練習をしてから、1日おいて30日火曜日の夜にモーツァルト200合唱団の練習に行くが、その前にブリュンヒルデ役の基村昌代さんのコレペティ稽古を名古屋市内のスタジオで行った。
 モーツァルト200合唱団では、9月の演奏会で僕の代わりに指揮してくれることになった指揮者の矢澤定明君と引き継ぎの打ち合わせを行った。矢澤君は、彼がトランペットから指揮者に転向する時期に何度かレッスンを行ったので、自分の経歴に三澤洋史師事と書いているけれど、彼自身は自らの吸収力が凄いので、きちんとした指揮者になったのは僕に師事したせいではない。というか、僕は正直言って彼にたいしたことは教えていないのである。でも、休憩時間を使っての久し振りの語らいは楽しかった。練習は21時までで、その後21時24分名古屋発の新幹線に乗って深夜に帰宅。

 6月2日金曜日は、中部経済同友会の講演でまた名古屋へ向かった。ウェスティン名古屋キャッスル・ホテルのバンケット・ルームの丸テーブルで、12時から会員の方達と一緒に昼食をとり、12時半から2時までの1時間半の講演。タイトルは「クラシック音楽における伝統とイノベーション」。
 参加者名簿を見たら、ほとんどが企業の重役や社長さん達であった。まあ、経済同友会というのだから無理もない。必ずしもクラシック音楽に深い興味があるわけでない方達を相手に、クラシック音楽の伝統とイノベーションを語らなければならないというのは、何とハードルの高いことであろうか。だから準備にそうとう時間がかかり、しかも、これでいこうかと決定するまで、内容が二転三転した。
 当初は、バロック音楽の中で起きている、古楽研究に基づくオリジナル楽器を使ったピリオド奏法などのイノベーションについても語ろうとか思っていたけれど、きっと寝るだろうなと思ったので、具体的なことはオペラ演出におけるイノベーションにとどめて、あとは、たとえばミラノ・スカラ座の劇場運営についてとかいう外郭の部分からアプローチしてみた。

 ミラノ・スカラ座では、同じ日の20時からオペラの本公演があるのに、これからプリミエを迎える新演目のための舞台稽古を、同じ舞台で本番の舞台美術を使って16時まで練習できる。つまり、16時から20時までの4時間の間に、プリミエのための舞台を撤収し、公演の舞台を設置する。
 それを可能にするために、劇場は、劇場スタッフを3交代24時間制にして、深夜の搬入搬出を行って次の朝から照明合わせなどを行えるようにしているし、照明器具も2系統同時に動かせるようにコンピューター制御されている。
 それ以前にそもそも、全ての演出家に2時間で設置及び撤収が可能な演出プランを要求し契約をするという大胆な姿勢を打ち出しているのである。それによって、練習のために劇場を閉鎖する期間が大幅に減り、公演数を増やし、大きな経済的効果をあげたという。
 その背景には、イタリアのオペラ界の経済危機がある。今、イタリア全土のオペラ劇場は、どこも経費節減で、合唱団員を解雇したり、独立採算制に転換したりと大変である。スカラ座の凄いところは、早くからそれを見越して、ここまで徹底した劇場改革を打ち出したところにある。
 それを行うためには、劇場のヘッドに大きな権限が必要である。何故なら、そうした決断に対する反対意見は多方面から出ているからである。たとえば、スカラ座合唱団は、そのことによって、16時まで舞台稽古に出て、さらに20時からの公演に参加しなければならなくなったという。労働組合との攻防は熾烈なものであったに違いないし、この点に関して言えば、僕も合唱団員の味方になるだろうな。
 ただ、改革を行うには八方美人でいるわけにはいかない。むしろ信念を持ち毅然とした態度で臨まなければ、イノベーションというのは出来ないのだ。官僚的性格を持っている理事達で構成されているような劇場では、百年経っても成し得ないであろう。

 こうした話は、彼等には面白かったようである。第1部では、イノベーションの前に、僕がむしろクラシック音楽の伝統を学ぶために渡欧した、ベルリンとバイロイトとミラノでの様々なことについて話したが、意外だったのは、ベルリン留学時代にカラヤンから影響を受けたことを説明するために、彼の指揮するチャイコフスキー作曲交響曲第5番第2楽章のビデオを流した時、彼等が大きな反応を示したこと。
 カラヤンの指揮の動きを解説し、彼の運動の秘密の最後の3パーセントを理解するのに、自分は水泳のストロークの動きを必要としたことなどを話した。すると、講演が終わってから役員の人が、そのことがとても興味深かったと話してくれたのだ。
 その日は、そのまま名古屋に泊まって、3日及び4日の愛知祝祭管弦楽団の練習に出ることも考えたのだが、やはりあえて東京に帰った。3日土曜日の練習が、いつもの10時からではなく夜の6時からだからだ。その前に、8人のワルキューレ達とブリュンヒルデのピアノ音楽稽古が2時からある。とにかく超早朝に家を出なくて済むということが分かった。そうなると、1日といえども東京でなければ出来ない仕事もあるので、迷うことなく名古屋を通り過ぎた。

 さて、本番前1週間に迫った我ら愛知祝祭管弦楽団の練習であるが、3日夜からのオケだけの練習を始めてみて驚いた。この一週間の間に結構うまくなっている。その晩は、問題のありそうな箇所をピックアップする練習に終始したけれど、先週まで出来ていなかった箇所の多くは、すでに解決済みであったのだ。
 僕は、今回「ワルキューレ」という作品に再び向かい合ってみて、大きな新発見をした。それは、ブリュンヒルデがジークムントに死を告知する第2幕第4場の音楽の素晴らしさである。ここは、珍しく弦楽器が沈黙し、ワーグナー・チューバやホルン、トランペット、トロンボーンという金管楽器が、「運命の告知」の動機や「死」の動機を延々と奏でる。後から出てくる弦楽器は弱音器を使ってミステリアスな雰囲気を強調する。
 この場面には異界の香りがする。リングは神々の物語であるが、ジークムントのような人間から見ると、ブリュンヒルデは、異母兄弟とはいえ異界からの存在なのだ。ワーグナーの天才は、この霊的な雰囲気を表現する音色を見事に探し当てた。不思議なオーラに包まれたブリュンヒルデの気高い姿が音楽から溢れ出ているのである。
 その場面の練習に特に時間を割いたお陰で、翌4日日曜日の通し練習の第2幕第4場は素晴らしいものになった。その場面だけではなく、全体的に歌手達も盛り上がっているけれども、オケがなんといっても熱い!熱すぎる!通常だと、僕は結構熱く振ってまわりを先導するのだけれど、ここではその必要がないどころか、本番近くなるとむしろ冷静になって制御する方にまわる。

 通し稽古が終わって、ワーグナーって本当に凄いなと思ったことが一点ある。「ワルキューレ」は、「ラインの黄金」に比べて倍くらい長いのに、オケのメンバーはあまり疲労していない。何故かというと、それぞれの楽器に適当に休ませているのだ!まあ、僕だけはずっと指揮しているのだけれど、それでも、静かなところも多いので、案外、
「あれっ?こんなもん?では、もう一回最初から通そうか!」
とも言えるくらいであった。

 6月4日は、練習の後セッティングを変えて、同じ会場でワーグナー協会名古屋支部公認の講演会を行った。議題は勿論「ワルキューレの物語と音楽」。オケのメンバーも結構参加していたが、
「これだけ練習していたので、今、あらためてライトモチーフの説明をしていただけると、めっちゃ分かります」
と言ってくれたので、やった甲斐があったなあと、しみじみ思った。

 さて、あと一週間。僕の胸にはすでに成功の確信がある。
この「ワルキューレ」もらった!

まだサンタナにハマってます
 日本武道館での4月27日のライブ公演以来、ずっとサンタナにハマッている。自分でもどうしてだか全然分からない。ロックやディストーション・ギターの音色に慣れた僕は、試しにマハビシュヌ・オーケストラや、マイルス・デイビスのエレクトリック時代の演奏もi-Podに入れて聴いてみたが、何故かここのところは不思議とつまらなくて、すぐ消してしまった。その代わりに、アマゾンでどんどんサンタナのCDを注文して、気がついたらこんなに増えてしまった(笑)。


SantanaCD

 一番上のCDだけは、ライブ以前からもっていたベスト・アルバムのThe Best of SANTANA。あとのCDは、ライブの後、だんだん集めてきたオリジナル・アルバム。上段左から「天の守護神」ABRAXAS、「スーパーナチュラル」SUPERNATURAL、「アミーゴス」AMIGOS。下段に行って左から「ムーンフラワー」MOONFLOWER(2枚組)、「キャラバンサライ」CARAVANSERAI、「ロートスの伝説」LOTUS(2枚組)。
 個々のアルバムはみんなそれぞれ個性があって面白いのだが、今は忙しいので、いつか時間があったら細かい案内を書きます。それよりも、どうしてこんなにハマッているんだろうね。

 冒頭に書いたように、理由はよく分からないのだが、ひとつだけ気がついたのは、もともと僕はラテン音楽及びラテン・パーカッションが大好きなのだ。だから自分のミュージカルにも必ずサンバとかラテン音楽が入る。先日の「ナディーヌ」公演のナンバー「お金」と「妖精サンバ」では、自分でカホンを叩いたのもみんな知っているよね。「妖精サンバ」なんて、事情が許すなら、サンタナ・バンドのようにドラムとコンガとティンバレスとマラカスとカバサとタンブリンなんかで賑々しくやりたいわけ。
 今でも、家に居ると、1日に一度はカホンを叩く。孫の杏樹が喜んで踊るからということもあるけれど、16ビートが好きなのだ。それからそれに3連符を混じらせて、基本リズムを揺らすのが大好き。一緒にやってくれる人がいれば楽しいのだが、残念ながら家族は誰も興味を示さない。だから、その内、杏樹を仕込んで一緒に街に出てストリート・ミュージシャンにでもなろうか、あはははははは!
 サンタナの音楽は、マイルスなんかを聴き慣れている耳には単純そのもの。ワンコードでずっといったりするし、テンションなんかも使わないから、ラドミといったらラドミだけ。知的興味というのはあまりない。その代わり土着の味わいがある。コンガなどを聴いていると、均等な16ビートではない独特のテンポ感があるのに気付く。曲によっては、昔の東京ロマンチカなんかのムード歌謡そのものじゃないの?という曲もあって、結構恥ずかしいんだけど、これが案外ハマるのである。
 自分が歳取ってきたせいもあるのかも知れないけれど、どうして難しい音楽である必要あるの?と思うようにもなってきた。鼻息の荒い若い頃の僕だったら、こんな単純な音楽を好んで聴く人を馬鹿にしていた部分もあった。でも別にいいじゃない、と今では思う。

 ギタリストとしてのサンタナは、とてもテクニシャンだと思うが、恐らくサンタナよりも技巧のあるギタリストは掃いて捨てるほどいるに違いない。それより、サンタナの魅力は、そのテクニックそのものではなく、彼の作るフレージングになんとも味わいがあるところ。
 微妙に強弱を変えたり、ベンダーで音程をズリ上げたり下げたり。ずっとひとつの音を引き延ばしていたかと思うと、パッと切り替えて別の音色で別のフレーズを弾き出すタイミングが絶妙。それに、フレーズとフレーズとの間の弾いていない空間性を感じる能力が卓越している。この間がいいんだよね。その意味では、マイルスのトランペットと共通性がある。趣味は全然違うけれど・・・。
 同じ曲をいくつものCDで弾ける。ソロがみんな微妙に違う。でも、どれも魅力的。「ロータスの伝説」2枚目の「君に捧げるサンバ」SAMBA PA TIでは、音を引き延ばすだけ引き延ばして・・・突然次のフレーズをピアニッシモでコソコソと演奏する。このヘンタイっぽい極端な演奏がたまりません。でも「君に捧げるサンバ」は、普段は「天の守護神」のオリジナルっぽい演奏で聴きたいね。こっちの方が普通で疲れない。
 「哀愁のヨーロッパ」EUROPAは、基本形であるアルバムAMIGOSの中では、ベースの音がBbで、その上にFm7の和音が乗っかるので、そこに根本的なこだわりがあるのかなあと思っていたが、ライブのMOONFLOWERの中での演奏では、あっけなくベースがFで、普通のFm7が聴かれる。「枯れ葉」などの5度圏を巡るドミナント進行なので、こちらの方が和声的には正しいし、しっくりくる。こんな違いも、いろいろ聞き比べると楽しい。

 まだまだサンタナ熱は冷めそうにない。みなさんも聴いてみない?お奨めは、やはり入門にはベスト・アルバムだけれど、オリジナルCDで一枚と言われれば、「天の守護神」を薦めます・・・いや・・・泣けるEL FAROLの入っている「スーパーナチュラル」も捨てがたい・・・・。



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