人類への遺産「神々の黄昏」

 

三澤洋史 

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人類への遺産「神々の黄昏」
 10月1日日曜日。早朝から出掛け、カトリック東京カテドラル関口教会の10時のミサを指揮してから、のんびりと新国立劇場に向かう。今日はワーグナー作曲楽劇「神々の黄昏」の初日。飯守泰次郎芸術監督最後のシーズンの幕開けと共に、飯守リングの総仕上げ公演でもある。
 ステファン・グールドのジークフリートを筆頭に、ペトラ・ラングのブリュンヒルデ、ヴァルトラウト・マイヤーのヴァルトラウテなど、世界トップ・クラスのワーグナー歌手が一同に集まった公演。成功しないはずはない。

 それにしても「神々の黄昏」という作品は、ある意味でいえば、「トリスタンとイゾルデ」も「パルジファル」もはるかに凌駕するワーグナー創作の頂点に立つ作品だ。作曲の技術的な水準としては、間違いなく全作品中トップであると断言しよう。ここまで来ると、「ラインの黄金」からたまりにたまったおびただしいライト・モチーフがある。そのモチーフ自体も変形させているし、意味内容も様々な形で変容させながら、ドラマと絡めて縦横無尽に張り巡らせてシーンを作り上げていく。
 バッハに始まりベートーヴェンやその後の作曲家達に受け継がれていった絶対音楽における「主題労作」とは別な意味で、知的に構築され、感性の息吹を吹き込まれた、ドイツ芸術のひとつの完成品がここにあると思う。そして、ここでその構造物を支配しているのはストーリー・テリングの力なのである。

 特に「神々の黄昏」においては、ハーゲンというキャラクターの創造によって、“悪”なるものの存在と、そのパワーが提示される。「悪、あるいは人間の悪意が、具体的にどのようにして人間の心や行いをコントロールしていくのか」というアナリーゼが、作品の中で見事に行われていくのである。
 まあ、それにしても、突っ込み処もあって、ジークフリートはなんであんな風にいとも簡単に瞞されてしまったのだろうという疑問は残る。知り合ったばかりのグンターのために、どこかの女を奪ってくることに荷担するのはどうなんだ?どう考えても犯罪だろう。兄弟の契りを結んだ途端に、そんな犯罪に手を染めるなんて、まるでヤクザの世界だ。それって本当は、記憶を失うとかとは関係なくて、普通に考えて、輝く英雄にふさわしくない行動だ。
 でも、それがないと第2幕のあの行き詰まるような緊張感は表現できないからね。ブリュンヒルデは、無理矢理見ず知らぬ男の手に落ちる敗北感から、ジークフリートの裏切りへの絶望感を通って、復讐を誓うまでになる。そのプロセスをワーグナーは克明に描き切る。全てを操るハーゲンのワルさは、見ていて爽快に感じられるほどだ。これに匹敵するモデルは、シェークスピアの「オセロ」におけるイァーゴのみだな。
 本当は、指環をめぐる争奪戦は、台本をよく読み込んでみればみるほど、世界の終末とは関係ないのであるが(世界の終末は、ヴォータンが世界の運命を操るとねりこの木を切ってしまったことに起因する)、楽劇「神々の黄昏」を味わっていると、そんなこともどうでもよくなってくる。要するに、「人間の欲望は世界を滅ぼす」ということこそが、世の真理なのである。
 凄いなあ、何十年もかけて「ニーベルングの指環」を完成させたワーグナーは、やっぱり人類が残した偉大なる存在だ。その創作の間には、革命に荷担したとして国を追われて逃亡生活したり、その間に自分をかくまってくれた貴族の奥さんにちょっかい出してしまったり、自分に心酔してくれている指揮者の奥さんを横取りして自分の妻にしてしまったり、まあ、なかなか落ち着かない生活の中で、悪いことをいっぱいやっているので、とても聖人君主とはほど遠いけれど、やることはきちんとやっているのが偉いのだ。

さて、シーズンが開いた。今期も頑張ろう!

ルター、この偉大なる革命者
 9月27日水曜日。十数年ぶりに国立音楽大学に行く。かつてこの音大の声楽科に学びながら指揮者への転向をめざし、希望と劣等感との狭間で必死にあがいていた、僕の青春時代の象徴である母校だ。
 9月30日土曜日に行われる東京バロック・スコラーズ主催「バッハとルター」演奏会のカップリング講演会「ルターの宗教改革とコラール」の打ち合わせのために、講師の宮谷尚実(みやたに なおみ)さんを訪ねるのが目的。その日は、夜から雨が降ると言われていたが、昼間はまだ晴れ間も出ていたので、自宅から自転車で出掛けた。
 西武線玉川上水駅の手前に、見慣れないイタリアン・レストランがあったので、入ってみた。日替わりはサバのトマト味スパゲティというので頼んだが、青身魚の味がよくトマトとマッチしていて、かなりおいしかった。ランチなのに、赤のグラスワインを頼んだら、このワインと料理もバッチリ合っていた。店の名前はイル ピアット オチアイIl Piatto Ochiai。後で妻に話したら、彼女の知り合いがやっている店だった。

 さて、若干時間に余裕を持って行ったので、久し振りの母校をいろいろ探検した。驚いたのは、一号館が取り壊しの工事にかかっていたことだ。僕たちの在学中には、一階中央に学生広場などがあって、事務やレッスン室やいろんな意味で中心であったなつかしの建物。
 ここの学生食堂が取り壊しのために閉鎖されたという話は、ちょっと前に聞いていた。自分で選んで取るのでどうしても値が張ってしまう五号館カフェテリアと比べて、一号館食堂は定食がとても安いので、僕たちは「貧民食堂」と呼んでいたけれど、お小遣いが足りなくなってきた時は、とても有り難かった。それが、なくなると聞いた時には、ちょっと寂しかったなあ。
 それよりも、その旧一号館の前に広々とあった庭と、その真ん中に獰猛なコイがいた池が跡形もなくなくなっていて、その空間いっぱいにドドーンと新一号館が立っているではないか。しかも建物の前面は広い階段になっていて、ぱっと見カッコいいのだが、どう考えても空間を無駄に使っているようにしか見えない。まあ、建物はどうでもいいけれど、庭らしい庭が全くなくなってしまったのは残念!というより、あのお気楽な国立音楽大学の象徴である、ゆったり感が失われてしまった感じで淋しい。かつては、あの池の近くで、高田三郎先生が学生とキャッチボールをしていたなあ。


国立音大新一号館

 今は、庭ではなくて、だだっ広い新一号館の中のそこかしこにある大きいソファに、何人かの学生が寝っ転がっているが、それは、池のベンチでダベっていたゆったり感とは本質的に違うのだよ。ああ!あの常夏の国ハワイのような国立音楽大学よ、何処へ行く?

 ええと・・・こんな話を長々としていても仕方ないね。ということで、五号館の二階の一番奥に、宮谷さんの教官室があった。いいなあ、国立音楽大学は場所があるとみえて、広い個人部屋の書庫には沢山の本が並び、なんとチェンバロが置いてある。
「これは私の個人のチェンバロです。これを運び込んで、授業と授業の合間の時間に練習しているのです」
とても音楽好きな人なのだ。新国立劇場のオペラ公演にもよく来てくれて、客席から合唱団と一緒にカーテンコールをする僕を眺めていたという。

 宮谷尚実さんの経歴を簡単に述べてみる。1990年、立教大学文学部キリスト教学科卒業。立教大学大学院文学研究科ドイツ文学専攻博士課程後期課程満期退学。1999‐2001年、DAAD奨学生としてテュービンゲン大学に留学。博士(文学・立教大学)。立教大学、獨協大学、慶應義塾大学、東京大学での非常勤講師を経て、国立音楽大学准教授ということである。専門は、まさにルター研究である。ご主人も、やはりドイツ語の専門家で、慶應義塾大学法学部ドイツ語学の三瓶慎一(さんべ しんいち)教授である。

 宮谷さんは、講演会の準備をきちんと行ってくれていた。それどころか、なんとどこかの大学の授業で、プロジェクターを使用し、ビデオなども併用した予行演習というかシュミレーションをしてくれていたのだ。その内容は充実したものであったろうから、学生にとっても有意義だったのは間違いないし、それを踏まえて、さらに細かい修正をして、今回の講演会に臨んでくれるという。なんて真摯に取り組んでくれているのだろう、と、僕はとても感動した。
「東京バロック・スコラーズが演奏会でお使いになるルター作曲の3つのコラールに関しても、楽譜を用意して学生に歌わせてみましたけれど、学生達、あんまり歌ってくれなかったです」
と言うので、
「では、こうしましょう。講演会当日の朝に、東京バロック・スコラーズの練習がありますので、そこで練習しますから彼等がサクラになります。それで僕が指揮しますので歌わせてみましょう」
ということになった。

 さて講演会当日、さすがルターの研究家だけのことはあって、単にルターの生涯をなぞっただけではなくて、ルターの生きた時代の香りを鮮やかに蘇らせてくれた。また、ルターの神学の特徴を端的に述べて、ローマ・カトリックとの違いを浮き彫りにしてくれた。
 それに、彼女の話し方はとても楽しく、国立音楽大学でのドイツ語の授業もきっと楽しいのだろうなあと思った。そういえば、音大での打ち合わせの時に、
「音大生なんて勉強しないでしょう。つまらなくはないですか?」
「とんでもない!みんな熱心ですよ。特にドイツ歌曲をやりたい声楽科の生徒とか、ドイツへの留学を考えている学生に、いかに楽しく取り組んでもらうか、こちらも心がけていますが、一般の大学よりもずっとよく勉強します」
 それは絶対先生の教え方の問題があるね。僕は、今でこそドイツ語を最も得意としているが、こんな僕でも実は大学一年生の時にドイツ語の単位を落としたのだ。といっても試験で点数が取れなくて落第したのではなくて、他にいろいろやることがあったし、授業があまりにもつまらなかったので、途中で放棄したのだ。二年生で取り直して単位はとったのだけれどね。
 そう言ったら、なんと宮谷さんも大学一年生の時に、僕と同じ理由で単位を落としたのだそうだ。なるほど、それで彼女はきっと反面教師で、ああいう先生にだけはなるまいと努力したのだと思う。本当に、こんな先生がいてくれたら、もっともっとみんな勉強したのではないか。der des dem denで心が折れる人も少なくなったのではないか。

 後半の「三澤洋史の爆弾対談」も楽しかった。講演も対談も質疑応答も、終始なごやかな雰囲気でありながら、ルターの宗教改革を可能にした当時の民衆の意識の変化、すなわち近代的自我の芽生えや、ルネッサンスなどからの影響などを踏まえて、結局宗教改革とは何だったのか?それが何をもたらし、今日に至るまでどのような影響をなげかけているのか、というかなり突っ込んだ問題にまで踏み込むことが出来た。
 それで、第一部の最後には、会場の皆さんと一緒に、今回のカンタータ14番、38番、80番の元になるルター作詞作曲のコラールを歌い、それから会場に散らばっている東京バロック・スコラーズのメンバーで、実際にバッハのカンタータで使われた編曲のコラールを歌って、その違いを味わった。最後に、そのコラールを大胆なアレンジでふくらませた80番の冒頭合唱を歌った。
 メンバーの内、広くない求道会館の中でなるべく沢山の一般客にゆったり入ってもらうために、ほとんどの男声団員達が2階にいたので、複雑な80番の冒頭合唱では、アカペラだったこともあり、上と下とで随分ズレてヒヤヒヤしたが、まあ、これも本番ではもっと整然としていますよ、という期待を与えたということで許してもらいましょう。

 この演奏会に僕は結構命を賭けていますよ。まだチケットをお求めでない方は、瞞されたと思って来て下さい。僕自身も何枚か持っているから、道で出遭ったら気軽に、
「三澤さん、チケット下さい」
と買って下さいね。
決して後悔させませんから!



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