飯守芸術監督時代最後の「フィデリオ」
今シーズンは、まだ「トスカ」のプロダクションが残っているが、「パルジファル」に始まって4年間に渡った飯守泰次郎芸術監督の最後のシーズンで、特に芸術監督自ら指揮する「フィデリオ」公演が6月2日土曜日、千穐楽を迎えた。
芸術監督としての職務と平行して、指揮者としての飯守氏は、
2014-2015シーズン「パルジファル」「さまよえるオランダ人」といった、ほぼワーグナーで固められた公演を指揮し、最後にワーグナーではなくベートーヴェンの「フィデリオ」で締めくくったのは、いかにも飯守氏らしい配慮である。
2015-2016シーズン「ラインの黄金」「ローエングリン」
2016-2017シーズン「ワルキューレ」「ジークフリート」
2017-2018シーズン「神々の黄昏」「フィデリオ」
フィデリオ千穐楽
ウェルザー=メストの第九
6月3日日曜日午後6時。指揮者フランツ・ウェルザー=メスト氏が新国立劇場に現れた。現在クリーヴランド管弦楽団と共に来日中で、6月7日木曜日にサントリーホールでベートーヴェンの第九を演奏するが、新国立劇場合唱団が共演するのである。
クリーヴランド管弦楽団といえば、その昔、指揮者ジョージ・セルとのコンビネーションで世界的名声を博していた。僕は、高校生から大学生ににかけての頃、あまりアメリカのオーケストラには興味がなくて、基本的にはヨーロッパのオーケストラばかり聴いていたが、例外的に聴いていたのが、このクリーヴランド管弦楽団であった。
とにかく音がきれいで、バーンスタインのマーラーを聴くために仕方なく聴いていたニューヨーク・フィルの雑なアンサンブルとは雲泥の差であった。特にモーツァルトの40番などは、当時聴いていたカール・ベーム指揮の演奏よりずっと好きだった。
そんな印象があったので、今回の共演の興味の中心は、指揮者のウェルザー・メストよりも、どちらかというとクリーヴランド管弦楽団が現在ではどのようになっているかな、というものであった。
それに、ウェルザー=メストという指揮者も、やや僕の興味の射程からはずれていた感がある。小澤征爾さんの後釜としてウィーン国立歌劇場の監督となったのは知っていたが、CDは一枚も持っていないし、Youtubeなどでちょっと見るくらいであった。それに、特に強烈な個性を持っている指揮者にも見えなかった。
さて、ウェルザー=メスト氏による第九の練習が始まった。すごく丁寧に練習をつけるので驚いた。ドイツ語を母国語としている指揮者は、みんなドイツ語のニュアンスにこだわるかというと、通常は全然そんなことはなく、むしろ日本人がドイツ語で歌っているということだけで、
「ああ、お上手、お上手!」
とおざなり的に満足してしまう場合が少なくない。その点、ウェルザー=メスト氏は、例えばFreudeとかbindenのような跳ねる単語とwiederやSeeleのような横に引っ張る単語とのキャラクターの違いを、かなり細かく描き分けるように指導する。
それでいながら、ブツブツと切れたり、マーチのようにガチガチになったりせず、様々なキャラクターの単語が並んでいても、全体としてひとつのフレーズに仕上がるように、(考え方としての)レガートを要求する。
オーストリア人だからか?全体としての仕上がりは、一般のドイツ人指揮者よりも柔らかくしなやかである。嬉しいのは、やろうとしていることが、まさに現在の僕と全く同じ方向性だということ。すなわち、1フレーズ1ターンという、大きく音楽を捉えるコンセプト。
マエストロは、fひとつとffとの違いを強調する。それ故に、通常だといつも大きく歌っている箇所をかなりセーブする。みんな少し欲求不満になりかけるが、その後のフォルティッシモを思いっ切り出させる。すると、のべつまくなし大きく歌っているよりもはるかに合唱団のクォリティが強調されるのだ。
つまり、極端に言えば、全曲中ただの一回でも本当にマッシヴな響きが得られさえすれば、聴く者は、
「ああ、この合唱団はここまで出るのか」
と認識するのだ。
それ以外は、合唱団の持つ潜在能力として聴衆にインプットされる。そして、その他の箇所は、合唱団が“必要に応じて”その分だけのダイナミックで歌っているのだ、と感じさせ、それ故に、聴衆の合唱団に対するスケール感が増大するのである。まあ、これも僕がいつも言っていることでもあるのだけれど、実際ここまできめ細かくダイナミック設定やコントラストを作り込んでくれると、合唱団も最大限の力を発揮できる。
新国立劇場合唱団は「フィデリオ」をやったばかりだから、ベートーヴェンづいている。
「フィデリオ」終幕で歌われる歌詞、
Wer ein holdes Weib errungen, stimm in unsern Jubel ein!は、第九で歌われるシラーの詩、
ひとりの優しい妻を得た者は、我々の歓喜の声に合わせよ!
Wer ein holdes Weib errungen, mische seinen Jubel ein!から取られている。実際unsern(我々の)がseinen(彼の)になり、einstimmen(同調させる)がeinmischen(混ぜる)になっているだけで、意味はほとんど同じなのだ。
ひとりの優しい妻を得た者は、彼の歓喜の声に合わせよ!
コンガ奏者として無事デビュー果たす!
6月1日金曜日の夜遅く。僕は久し振りに泥酔していた。打ち上げですでに飲んできたのに、家に帰って来たら、2人の娘達が楽しそうに飲んでいたから一緒に加わった。彼女たちはワインを飲んでいたが、僕は何故かその晩はウィスキーで酔いたかった。何故なら、僕の頭の中には、バカバカしくも楽しいWhisky Johnnyという曲が響いていたから。
以前、OKストアーで買ってきて四分の一くらい残っているBallantine's (バランタイン)12年を持ってきて、冷蔵庫からPerrier(ペリエ)とローソンの氷を出し、ちびちび飲み始めた。そしたらだんだん楽しくなってきた。娘達とふざけながらどんどん飲み、ついに空けてしまった。
翌朝、起きたら久し振りに頭が痛い。それにちょっとめまいがする。いっけねえ、飲み過ぎた。こんな風に翌朝残るなどということは、記憶を辿っても少なくとも10年以上ない。外で飲み過ぎて、京王線の橋本行きに乗り、調布で乗り換えるのを忘れて気が付いたら南大沢、などということも割と最近あったが、そんな風になっても、僕の場合、次の日まで残ることはほとんどないのだ。
6月2日土曜日はフル活動の日。10時半から東京バロック・スコラーズの練習。午後は新国立劇場で「フィデリオ」公演の千穐楽。それから埼玉県の志木市まで行って志木第九の会の練習。
ところが、二日酔いというよりか、まだ酔いそのものが残っているようで、体が重く気分も悪く、とっても起きられない。そこで妻が、
「ちょっと都心に用もあるので、初台まで車で送っていってあげる」
というので、天の助け、それならいっそのことギリギリまで寝ていましょう、というのでもう一寝入り。
それから初台のスタジオ・リリカまで車を出してもらった。しかし、途中渋滞に巻き込まれ、さらにあろうことか水道道路の幡ヶ谷近辺が工事で片面の交互の通行になっていた。それで、いつもは早く着いてドトールやセガフレードなどでコーヒーを飲み、15分前には必ず到着しているはずの僕が、時間ギリギリになっても来ないぞ、というので東京バロック・スコラーズの団員達には心配をおかけしました。ごめんなさい。
でも、不思議だね、練習が始まってみたら、普段の通りになり、それどころかいつもより集中して練習に入った。当然その晩は禁酒。翌日曜日もとても飲む気になれず禁酒。そして三日目の今晩はどうしようかな?土曜日の朝は、
「もう僕は人生二度と酒なんか飲むものか」
と思っていたのに・・・・。
では、何故そんな二日酔いになるほど飲んだのかというと、これにはねえ、なかなかのストーリーがあるのですよ。ひとつは、すでに皆さんに予告していた6月1日の「帆船日本丸を愛する男声合唱団」第23回定期演奏会で、僕のコンガ奏者としてのデビューが無事果たせたこと。もうひとつは、そのわずか2日前に起きたある事故のことである。まずその事故のことから話そう。
5月30日水曜日の朝、4歳半の孫の杏樹が保育園に行くまでの間に、ちょっとだけ自転車に乗りたいと言い出した。ここのところ彼女は自転車に乗り始めて夢中になっている。そこで僕は自慢のK2のキックボードに乗って、杏樹よりちょっと先を走りながら、曲がり角などのブレーキのかけ方などを教えながら誘導していた。
K2キックボードと杏樹の自転車