ついにキャンプ受付開始

三澤洋史 

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ついにキャンプ受付開始
 お待たせしました!ついに今シーズンの「マエストロ、私をスキーに連れてって2019」キャンプの受付を開始します。詳しくは申し込み受付の項を開いて内容をよく読み、そこから受付をして欲しいと思いますが、この「今日この頃」で書けることを書いておきます。

まず日程ですが、3回のキャンプを催します!

Aキャンプ 2月18日月曜日及び19日火曜日
Bキャンプ 3月2日土曜日及び3日日曜日
Cキャンプ 3月28日木曜日及び29日金曜日

 最初は、2月18日及び19日のキャンプと3月2日及び3日のキャンプのみを計画していて、2月の方が宿泊先のペンション・カーサビアンカの予定が決まらなかったので、予備として3月28日及び29日をキープしていた。「今日この頃」での第1報では、そのようにお伝えしておいた。
 その後にカーサビアンカから返事が来て2月がOKになった。すると3月後半は必ずしも必要ではなくなったのだけれど、実はその期間、僕はどちらにしても白馬に滑りに行っているのだ。そこで、コラボの相手の角皆優人君と相談の結果、どうせだから思い切って3回ともやっちゃえ!という雰囲気になったので決心したんだ!イエイ!

 前シーズンに手探りで始めたこのキャンプ。様々な試行錯誤もあり、至らぬ点もあったが、数々の反省を重ね、かなりリニューアルをして今日に漕ぎ着けた。その過程には以下のようなことがあった。

 当初は、僕と角皆君の二人だけを基本にキャンプを考えていた。パラレルが出来てストックワークが出来る中級者以上を対象にメイン・キャンプを設定し、「音楽に関わる方を対象にしたキャンプ」というものがそもそも成り立つのか?あるいは成果はあるのか?といった疑問に対して、メイン・キャンプに賭けていた感がある。
まあ、
「これが成功しないと未来はないな」
というのは、僕と角皆君の共通認識であったのだ。
 そのために、門戸を広げないで集中的に行おうとした。大人数になってしまうのを避けて定員を設けた。だから、昨年の申し込みは、わざとみんながヒイてしまうような文章を書き、申込者にわざわざ作文を書かせて、しかも「落ちるかも知れない」などと脅かして、覚悟のある人達だけ募ろうとした。
 今だから言いますが、気後れさせてしまって申し訳ない。それでも、あれだけの方達が、2回に渡ったメイン・キャンプによく申し込んでくれました。ありがとうございます!

 ひとつ嬉しい誤算があった。初級者用サブ・キャンプは、他のインストラクターに委ねなければならなかったので、僕も角皆君もレッスンの間は放置せざるを得なかったのだが、レッスンを担当した廻谷さんをはじめとするインストラクター達がみんな優秀で、人間的にも信頼が置けて、参加者達の滑りから確実な成果を上げることに成功したのである。
 僕は思った。これでさらに講演会や懇親会などがあれば、必ずしもメイン・キャンプだけが特別に恵まれた感を持つわけでもないな、と。大事なことは、キャンプを通してスキーと音楽というふたつの共通項を持つ人同士が出遭うことと、レッスンに講演会を組み合わせることによって、キャンプそのものに深い意味づけが成されることにあるのだ。

 ということで、今シーズンは、最初から定員を設けないで、全てのレベルの方を受け容れ、人数やレベルに応じてインストラクターを派遣することにした。もう、作文を書いたり、受かるかな落ちるかなとドキドキしたりしないで済むのだ。
 だから、前回気後れして申し込まなかった方も、今回は気軽に申し込んでもらいたいし、音楽にとても精通しているけれどスキーは初心者とか、反対にスキーはとてもうまい一方で、音楽は好きだけどよく分からない、とかいろんなタイプの人達がいればいるほど、講演会も懇親会も有意義になるのだ。
 角皆君はいずれにしても最上級者のクラスを受け持つ。僕も基本的にはそこにいて、
「三澤君、駄目だねえ!」
って言われて、他の参加者に笑われているかも知れないけれど、順番に各クラスを回って、みんなの様子を見ていきますよ。
 それと、講演会は、前回は僕だけが行ったが、次回は角皆君と半々で行う。勿論僕もスキーのことに大いに触れるし、音楽鑑賞に関しては僕よりずっと詳しい角皆君が音楽に触れないわけがない。それも楽しみな要素だよ。。

 このことだけは約束します。
無理なことは絶対にさせません!どのレベルの方に対しても、確実に出来ることのみにトライしてもらい、みんなが納得出来るまで説明し、恐がることなく緊張しすぎることなく、それでいて、レッスンが進む内に自然に出来ないことが出来てくる・・・そんなレッスンです。優秀な教師のみがそうした魔法のようなレッスンを出来るのです。

 昔は、山のてっぺんに連れて行かれて、
「ほら、転んでも何してもいいから、とにかく麓まで降りろ!」
なんて言われて放置され、這々の体で滑り降りてそのままトラウマになり、二度とスキーには行かないと決心した、なんて人が結構いたよね。
 そんなトラウマを抱えている人こそ、このキャンプに申し込んでみてください。嘘は言いません。絶対恐い思いはさせません。どの瞬間にも笑いの絶えない、とっても楽しいレッスンを約束します!

さあ、あなたもすぐに申し込んでね!
 (申し込みの詳細へ

三田助祭の本
 僕が東京カテドラル関口教会に通っていた頃、日曜日の10時のミサには必ず三田(さんだ)一郎助祭がいた。助祭はミサを行う時に司祭を助け、福音書の朗読を司祭に代わって行い、時には説教もする。

 この三田助祭は、実は高名な物理学者なのだと聞いていた。思うところあってカトリック名古屋司教区の終身助祭となるが、そこから出向という形で関口教会に毎主日にいらしてミサの他にも講座を持っていたり、「科学と宗教」というような内容の特別講座を行ったりしている。
 
 あれは確か熊本の地震の後だったか、三田助祭の説教に目からウロコが落ちる思いがした。
「人々は、大きな地震が起こって沢山被害が出ると必ず、神はいるのか?などと言いますが、私の言うことをよく聞いて下さい。
地球の表面は地殻に覆われています。それは一万五千メートル、すなわちわずか15キロくらいの深さで、その下はドロドロのマントルとなってそれが地球の中心まで続いています。要するにリンゴがあると、その皮の部分だけが地殻で、その下の部分は全部ドロドロのマントルです。
ではどうして地球は丸いのかというと、宇宙飛行士が無重力状態で水滴を空中に放ると、丸い球になるでしょう。あれと同じ状態なのです。つまり、そんな状態で宇宙に頼りなさそうに浮いている地球をちょっと揺すっただけでも、地上では大災害になるでしょう。
いいですか、私たちは、そんな大地の上に生きていて、しかもこの大地は永遠に動かないのが当然だと思い込んでいるのです。それを考えたら、我々は大自然の前にもっと謙虚になるべきだと思いませんか?
つまり、我々がこうして何事もなく日常生活を営んでいること自体が、まるで奇蹟のような状態だということです。それを考えたら、感謝しか出てこないではありませんか」

 これは、地震に関するどんな詳細な説明よりもよく分かった。同時に、人間が普段いかに上から目線で自然を見つめ、自然に接しているのかもよーく理解できた。

 そんな三田助祭の本を偶然にも本屋で見つけて即レジーに持って行った。とにかく細かいことは申しません。買ってみて下さい。こんな面白い方はまたとないです。たとえば、
「コペルニクスとガリレオの地動説を教会が迫害した、宗教はこうやって科学の進歩を妨げている」
と人は簡単に言うが、そこには隠された歴史があるのだ。たとえば、その迫害には、なんとマルティン・ルターがからんでいるのだ。おっとっと・・・これ以上は言うまい。

この本の中で最も三田助祭らしい表現。

もし私が聖書を書くことが許されたら、こんな風に書き直したいところです。
初めに神は物理法則を創られた。そしてエネルギーの塊から物質と反物質を創られた。物質のほうがほんの少しだけ多かった。同量の物質と反物質は消滅しあい、エネルギーに戻った。ほんの少し多かった物質が残った。
そして神は天地を創られた。
(206ページ)
三田助祭は、別の説教の中でこうも言っていた。
「世界は物理的法則に従って動いています。その法則は数式であらわすことができます。それはとても美しいのです。そして、こんな美しいものを創ることができるのは神様以外にはいないのです」

 本の後半の量子力学などに話題が及ぶと、三田助祭がとってもとっても噛み砕いて説明してくれているにもかかわらず、だんだんチンプンカンプンになり、それにしても電子がスピンしているなんて、よく考えつくなあと漠然と思うに過ぎないし、「虚時間」なんて、聞いてもなんのこっちゃという感じで、よっぽど普段ボーッと生きてるんだなあ、と思うばかりだが、なんというかなあ、科学者も音楽家以上に夢があっていいなあ、と思う。

三田助祭、いつまでもお元気でご活躍くださいね。ずっと祈っています!

写真 科学者はなぜ神を信じるのか、の表紙
科学者はなぜ神を信じるのか




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