ついに陽の目を見た「紫苑物語」

三澤洋史 

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ついに陽の目を見た「紫苑物語」
 2月17日日曜日。新国立劇場では、ついにオペラ「紫苑物語」が全世界に向けて発信された。曲が始まる直前に合唱団への館内呼び出しがかかり、舞台に出掛けて行く団員達の表情は、まるで討ち入りに行く赤穂浪士たちのよう。“精悍”という言葉がぴったり!
 そして終幕。合唱団員達は、それぞれ自由な音高でポルタメントをかけながら歌うが、しだいに女声は「シーーー」という無声音、男声は口笛に変わっていき、なんともいえない雰囲気が漂い始める。一方、メロディーを歌い続けるソリスト達。
 幽玄という言葉が似合う、曰く言い難しの舞台空間。音楽が消えゆくにつれて照明がだんだん暗くなっていって、最後はオーケストラ・ピットも含めて漆黒の世界。完全なる静寂。それがこのオペラの終了だ。

 それからカーテン・コール。舞台下手から列を作って登場していく合唱団を見送りながら、涙は出なかったものの、感無量の思いが胸に込み上げてきた。だって僕たち、10月から練習していたんだもの。

 初回の練習の後、みんなが僕の所に来て、
「これねえ、上演不可能だよ。出来ないよ。無理!」
というのを、
「まあ、まあ、まあ・・・・」
となだめて、
「トライしていない内から、あきらめるのは良くないよ。まずは少しづつ出来るところからやってみて、どうしても出来なかったら作曲家に相談しようね」
と団員達に説得している時には、正直言って、自分でもこれが上演できるかどうか自信がなかった。そんな気持ちでみんなを言いくるめて、「オレは詐欺師か?」と思わないでもなかった、と、今だから白状しよう。
「一歩一歩、少しすつ・・・・出来なかったら、出来ねえなと思っていればいい。今日出来なくても決して責めない。でもね・・・僕は・・・僕だけは・・・諦めることだけは絶対にしないからね。結果的に『一生懸命やったんだけど、ここまでしか出来ませんでした』でもいいじゃない。プライドなんか要らないんだ。ありのままに見せよう・・・出来ないものは出来ないのさ。でも、全力は尽くそう」
でもね・・・みんな偉かった。少しずつ音が取れていき、少しずつ音楽が形になってきた。 
 ところが、12月に入ってからは、今度は、暗譜のことをみんなが心配し始めた。
「これ、音が取れても、絶対に覚えられない!暗譜不可能!保証する!」
なんてみんな言い出した。
「覚えられるところだけ、少しずつ覚えよう。駄目なところはいいよ。でも、トライだけはやめないで!『一生懸命やりました。ここまでが限界です』でもいいじゃない!」
本当に自分は詐欺師だと思った。

 それがねえ、みなさん!本当に奇蹟のように、新国立劇場合唱団のみんなはね、これを覚えたんだよ。僕は、彼らを心から尊敬し、彼らの合唱指揮者であることを心から誇りに思う。ありがとう、みんな!君たちは最高だ!

 このオペラの内容について、いろいろ書きたいんだけど来週にする。とにかく、みなさん!興味のある方は、この成果を見てやってくださいな!
 

めっちゃ楽しかったAキャンプ終了
 新国立劇場「紫苑物語」初日終演後の初日パーティーを途中でこっそり抜け出して、僕たちは秋本健ちゃん(アキケン)の運転するスタットレス四輪駆動のスバル・レガシーに荷物を積み込み、18時20分に出発した。
 乗っているのは、僕たちおじさん二人の他に、ピアニストの小埜寺美樹ちゃんと矢崎貴子ちゃん、女性指揮者の鈴木恵里奈ちゃん。恵里奈ちゃんは身長172センチあるので、彼女が助手席に乗り、その後ろに、僕、美樹ちゃん、貴子ちゃんと座っている。
 みんな新国立劇場に出入りしている仲間なので、道中話題に事欠かないだけでなく、まだスキーもしていないのに、こんなに盛り上がっていいんか?と思うほど楽しく、しかもアキケン運転も上手だし中央道も空いていたので、釈迦堂サービスエリアでトイレ休憩して、諏訪湖サービスエリアのフードコートで夕食を食べたにもかかわらず、白馬五竜のペンション・カーサビアンカに到着したのは22時40分。4時間20分の行程があっという間に感じられた。
 さらにそれから、ペンションの地下にある“呑み処おおの”で到着の打ち上げ。いつものおいしい生酒が待っていました。もちろん明日があるので、馬車がかぼちゃに戻る前に一同退散し、お風呂に入って次の日に備えた。

写真 五竜岳と雄大な北アルプス
五竜岳と雄大な北アルプス


 今や我が国で一二を争うオペラのコレペティトールである小埜寺美樹ちゃんは、昔、何も分からないで野沢温泉スキー場のてっぺんまで連れて行かれ、「ハの字で滑るんだよ」とだけ言われて、這々の体で降りてきてそのままトラウマとなり、それ以来初めてスキー板を履くので、彼女だけ初心者コースの個人レッスン。
教えるのは、オーストリアスキーのスキーエスト
から派遣された吉田光里先生

吉田先生は、昨年、孫娘の杏樹に個人レッスンをしてくれた人だけれど、とても優秀な先生で、決して生徒に恐怖感を与えることなく、確実な上達を約束してくれる。

写真 美樹ちゃん、おっかなびっくり
美樹ちゃん、おっかなびっくり


マエストロ・わたしをスキーに連れてって/1日目

そのお陰で、最初はおっかなびっくりだった美樹ちゃんも2日目の最後には、とっても安定して滑れるようになりました。

写真 美樹ちゃん、個人レッスン
美樹ちゃん個人レッスン


 アキケンと2人の初級クラスの参加者を指導するインストラクター松山さんは、8年前の40歳まで現役でモーグル選手をやっていた人で、大のクラシック・ファン。特にマーラーが大好き。僕も、途中彼らのレッスンを視察に行った。

写真 初級クラスの様子
初級クラス

 3人とも、いわゆる「ほぼパラレル・ターン」の状態から出発した。この「ほぼパラレル・ターン」から「きちんとしたパラレル・ターン」に至る瀬戸際が、実は一番難しい。そのために、僕が行った時には、松山さんはシュテム・ターンの練習をしていたけれど、確実なパラレル・ターンが一歩一歩近づいてくるのが感じられて嬉しかった。

 さて、中級クラスは、恵里奈ちゃん、貴子ちゃんに加え、去年に引き続き尼崎から来てくれた女性のNさん、東響コーラスからの男性Nさんというメンバーで、僕も(時々他のクラスを見に行って抜けてはいたものの)基本的にはここで一緒に受講していた。
 とても興味深いのは、角皆君の指導に対して、「指揮者の恵里奈ちゃんとピアニストの貴子ちゃんが見せる反応の違い」が、「僕と娘の志保(ピアニスト)との違い」にそっくりだったこと。
 どういうことかというと、角皆君は、そもそも僕ととても似ていて、大事なところでは感覚的でもあるけれど、それに対する理論的な裏付けを持って物事を理解しようとするのだ。その傾向性が、僕と同じ指揮者である恵里奈ちゃんにも見られるので、角皆君があるドリルを与えると、まず、そのドリルの意味と求められる結果とを理解しようと試みる。そして、滑っている間にいろんなことを考え、時に考えすぎて失敗もする。さらに、これは指揮者に特有のことであるが、求められるものを身体表現として「パフォーマンス」する能力に長けているのである。
 一方、ピアニストの貴子ちゃんは、志保と同じでより感覚的。時々、角皆君の言わんとする意味がよく分かっていないのだけれど、分からないままで、言葉の上っ面だけ理解して滑るので、「マイペースで人の言うことを聞かずに勝手に滑っている」ように見えるけれど、何かの拍子に突然、感覚的に理解すると、急にうまくなる。こういうところが志保にそっくり。
 これは明らかに、それぞれの分野に特化した脳の構造の違い、あるいは思考経路の違いのように僕には感じられる。特に恵里奈ちゃんは、芸大を受験する時に、楽理科に入ろうか指揮科に入ろうか迷ったあげく、指揮科を受験して入ったという理論好きだ。僕も音楽を構造的に捉えるタイプだけど、そういう思考経路がないと指揮者にはなれないのかもな。
 一方、僕から見ると、志保なんか阿保にしか感じられない(笑)のだけれど、志保から見ると、パパって、なんて理屈っぽいんだろうと感じられるのだ。同じ音楽家でも、こうも違うのだ。それが、スキーに如実に表れるんだなあ。面白いなあ。

 尼崎のNさんは、伸身抜重の時に手を大きく挙げてまるでダンスをしているよう。とっても優雅に伸び伸びと滑っている。どちらかというと内向的な彼女だが、スキーというものが「自己を解放し、殻を破っていくのにピッタリなスポーツ」であることが、彼女を見ているとよく分かる。

 東響コーラスから来たNさんは、珍しい滑りをする。僕は彼の「切り替えの時に片足が上がる独特のフォーム」を見てすぐに、これはかの有名なインゲマール・ステンマルクの滑り方だと気付いた。角皆君に訊ねると、彼は言う。
「これはシェーレン・ウムシュタイクScheren-Umsteigといって、ステンマルクの時代の最高の競技用テクニックなんだ。切り替えの時にスケーティングの要素を入れてスピードを出すんだよ」
僕が答える。
「へえ。ちなみにSchereはハサミ。Umsteigは電車の乗り換えなんかに使う『切り替え』という意味だよ」
松山さんがすかさず言う。
「ああそうか。ウィーンに行った時に、カールス・プラッツ駅なんかで、しきりにウムシュタイゲンと言っていたのが頭について離れなかったけれど、乗り換えって意味ね」
角皆君は言う。
「意味分からないで使っていたけれど、そういえば英語ではシザーズ・ターンscissors turn(ハサミ・ターン)って言うんだ」

インゲマール・ステンマルクの滑り
((出典:YouTube 開始から音が出るのでご注意ください) でも、このフォームは、現在の一般的フォームには合わないので、残念ながら彼の滑りは矯正されてしまった。でも、もともと勘が良い人だから、たちまちフツーに上手なスキーヤーになったよ。


マエストロ・わたしをスキーに連れてって/2日目

 さて、この班は、上達著しかったので、2日目にはなんとコブ斜面にトライしたのだ。白馬五竜スキー場の上部アルプス平でも難所の一つ、不整地のテクニカル・コースに踏み込んで、角皆君の丁寧な指導の下、初めはみんなおっかなびっくり滑っていたけれど、だんだん大胆になってきて、その下の急斜面チャンピオン・ダイナミックコースなどでは、結構きちんと滑っていましたよ。オドロキだね。

写真 コブまで行った中級クラスの様子
コブまで行った中級クラス

 これから始まるBキャンプのみなさん!中級クラスでも、頑張ればコブ斜面にも行けますよ。上級クラスは絶対に行くからね。やはり、コブは二次元が三次元になって本当に楽しいや。もともとは、東京バロック・スコラーズの練習で、僕が、
「バッハはコブだ!コブを滑る浮遊感や、コブの出口でジャンプしたり、あるいは重力の変化を感じながら、吸収動作をして、あえてジャンプをしなかったりする重力操作を音楽的に感じられないと、バッハの理想的な演奏は出来ない!」
と言っていたのを聞いていた団員からの要望で、このキャンプが始まったことを考えると、コブ斜面に行くことは必然の流れであるのだ。

写真 雄大なアルプスをバックに全員集合
雄大なアルプスをバックに全員集合


Cキャンプへのお誘い
 新国立劇場合唱団には、ここに来る前にスキー指導員をしていたバリトン歌手の小林宏規さんがいる。彼は東京マラソンなどにも参加して2時間台で走りきったほど、スポーツを日常に取り入れている人間だ。
 彼は前のシーズンに白馬に来て、僕と一緒に滑ったが、整地では目の覚めるようなスピードで滑るくせに、コブはあまり得意でないという。その彼といろいろ話している内に、3月28日&29日のCキャンプに是非参加したいと言ってきた。
 そこで僕はこう答えた。
「Aキャンプを成功させることと、参加者が飽和状態であるBキャンプへの対応にばかり目が奪われていて、正直言ってCキャンプは、別に油断しているわけではないんだけれど、まだ積極的に受講者を募っていないんだ。小林君が来てくれるのなら、特別に『コブに特化した上級者コース』ということで、あらためていろんなこところに募集をかけようかな」
「いいですね。是非!」
という風に、二人で勝手に盛り上がっている。

 なので、コブを滑ってみようという中級者以上の方、どうかふるって申し込んで下さい。今回の中級クラスでコブを滑ってみた感想で言うと、角皆君の適切な指導があれば、安全に確実に、一歩一歩ステップを踏みながらだけれど、コブを制覇できると約束しよう。
 整地では自信があるけれど、コブで苦手意識を持っている人は、むしろコブを滑ることによって、整地での精度が飛躍的に上がることを約束します。何故なら、コブでは、整地で要求されることをもっともっとシビアに要求されるから。整地で、本当は出来ていないのにゴマかしているポイントをコブで突きつけられるのだ。
 「苦手意識のある人」をあえて募集しているくらいだから、そもそもコブにあまり行ったことのない人は、むしろ大歓迎。バロック音楽を根底から理解できるよ。

 Cキャンプは、勿論上級者だけでなく、初心者をはじめ全てのレベルでの募集を引き続きかけていますので、迷っている人がいたらどうぞ応募してくださいね。ちなみに、Cキャンプには、名古屋が誇るプリマドンナであるソプラノ歌手の飯田みち代さんが初級コースでいます。
 彼女は昨年、生まれて初めてスキー板を履いたけれど、わずか二日間の間に、ターンがきちんと出来るようになったのだ。はじめはパッとしなかったのだが、ゲレンデで突然歌い出し、その瞬間から滑りがガラッと変わった。そのあまりの美声に、ゲレンデ中のスキーヤーたちが振り返ったという逸話の持ち主。
 3月28日29日のゲレンデで、彼女の歌声を聴いてみたいという人も、どうぞ参加して下さい。
懇親会ではお話しも出来ますよ。

写真 盛り上がる懇親会の様子
盛り上がる懇親会


出典: 写真・動画 エフ-スタイル(F-style) Facebook 注記つきを除く



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