シーハイル~大盛況のBキャンプ

三澤洋史 

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シーハイル
 Heilというドイツ語を辞書で引くと、「平安、無事、健康、繁栄、幸福、幸せ」あるいはキリスト教的意味合いで「救済、至福」と出ている。スキーの世界では、スキーヤー達の挨拶としてSki Heil(シーハイル)と呼び交わすと話には聞いていた。ちなみにSkiはドイツ語ではスキーと読まずにシーという。
Ski Heilは、原意では恐らく、
「怪我もなく、元気でつつがなくスキーが出来ますように!」
と、互いに祈りを投げかける言葉なのだと思う。

写真 準備体操の風景
準備体操

 ドイツ語で「こんにちは」は、Guten Tag!であるが、それはきちんと言うと、
Ich Wünsche Ihnen einen guten Tag.
(私はあなたに、今日がとても良き日であることを望みます)
という意味で、「相手に良い言葉を投げかけるとその通りになる」という言霊信仰から来ている。シーハイルも同じ発想だ。

写真 初心者班及び杏樹ちゃんの個人レッスン
初心者班及びチビッコ個人レッスン


 昔、僕が子どもの頃は、テレビなどでよくこのシーハイルという言葉を聞いていたが、最近では誰も言わない。でも、インストラクターの吉田光里さんと廻谷和永さんは、オーストリアスキーのスキー・スクールであるスキー・エストという会社から派遣されて来ており、

写真 初級班のメンバー
初級班

廻谷さんによると、オーストリアのキャンプなどでは、始まりと終わりに現在でも必ずみんなで集まって、リーダーが「シー」というと、一同ストックをクロスして「ハイル」と答え、
「シー、ハイル、シー、ハイル、シー、ハイルハイル!」
と、まるで「ファイト、オーッ」のような感覚で叫ぶという。
これを、今回のBキャンプから取り入れた。これ、もっとあちこちでもやればいいのに・・・。

写真 中級班の初日のメンバー
中級班(初日)

大盛況のBキャンプ
 さて、週末ということもあり、「マエストロ、私をスキーに連れてって2019」のBキャンプはとても盛況で、クラスも、初心者班、初級班、中級班、上級班と4クラスになった。さらに、途中、クラスの編成替えがあったりインストラクターのクラス交代もあったりで、流動的に進めたのが功を奏して、どの班も、目に見える形で進歩が見られた。きっと「シーハイル」のお陰だ!

 僕は、今回は上級班に混じってレッスンを受けた。

写真 上級班のメンバー
上級班

Aキャンプの時に、レッスンの途中で、他のクラスを回って様子を見ようと中級班を離れたら、他の班の人たちがなかなか見つからなくて結構時間を無駄にした。
 僕がゲレンデをあっちこっち探し回っている間に、探している当の班の人達はリフトに乗っていて、遠くから僕の姿を見ていたりしていた。それなので今回は、僕はウロウロせずに、この上級班に腰を落ち着けてみようと思った。

 もうひとつ理由がある。そもそもこのキャンプを始めたきっかけは、東京バロック・スコラーズの練習で、僕が何度も、
「バッハはコブだ!」
と言っていたのに団員のIさんが興味を持って、
「そういうキャンプみたいのをやりませんか?」
と言ってきたのがきっかけだ。
 ところが、コブを滑るのはそんなに簡単ではない。そのためには整地できちんとフォームを作らないといけない。それで、昨年のメイン・キャンプは整地でのレッスンだけで終了したが、それはそれで良かった。無理やりコブに行っても仕方ないから。ただ、
「なんだ、コブに行けると思ったのに・・・・」
と思われたら、詐欺みたいでいやだなあ、という気持ちは僕の心のどこかにはあった。
 それが今年は、昨年からコブにいきたくてウズウズしている参加者4人(その内の1人は指導員の資格を持っている)に加えて、すでに角皆君のコブのキャンプに参加している家族の3人が加わってくれたので、2年越しにしてようやくコブでのレッスンに漕ぎつけた。その前にAキャンプの中級班では、すでに簡単なコブにはチャレンジしているのだけど、こんなガチなコブ斜面でレッスン出来たのはBキャンプが初めてだ。

 しかしながら、Bキャンプの上級班といえども、レッスンの最初からコブ斜面に行ったわけではない。初日は廻谷さんのレッスンで、整地で外向傾をしっかり学ばされた。それを踏まえての2日目。インストラクターが角皆君に代わって、いよいよコブ斜面に行きましたよ。

写真 白馬を背景に展望台での全員集合
パノラマ全員集合

 午前中は、いいもりゲレンデのコブ斜面。午後はアルプス平にゴンドラで登って、テクニカル・コースに入った。その時、僕はみんなに言った。
「コブを越える時、フワッという感じがあるだろう。ジャンプする感じ。でもジャンプすると重力がゼロになってしまうから、吸収動作をしてゼロにはならない方がいい。この浮遊感が、バッハの音楽では命なのだ。これを『音楽的に』味わって欲しい!」

 それからグランプリ-・コース下部の左端にある非整地で、みんなで同じところをトレインで(列を成して)ショートターンをして、コブを自分たちで作った。そこを何度か行った後、最後にチャンピオンダイナミックス・コースから、とうとう最大の難所であるチャンピオンエキスパート・コースに入った。
 僕自身はどうも、その頃には疲れていて、体が思うようにキビキビ動かず、転倒したりしていた。キャンプの言い出しっぺであるIさんが、僕より随分うまくなっていたのはちょっと悔しかったな。でも、それは別にいいんだ。自分の主催したキャンプで、みんなが上達するのを見るのって、ホストとしては嬉しいもんだね。

この「コブにチャレンジしてバッハの浮遊感を味わう」上級班を、僕は来年以降「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプの呼び物にしたいと思う。その一方で、それぞれのレベルにおいての、「きめ細かいレッスンによる参加者の確実な上達」も、口コミでどんどん広がっていったらいいな。

 初日の晩は、講演会と懇親会。講演会では、まず角皆君がお話をし、次いで僕が話した。その角皆君の話の最後に、とっても嬉しいサプライズがあった。

写真 初日の講演会
講演会

なんと映し出された動画に、愛知祝祭管弦楽団のメンバーが映っていて、ヘンテコな和声の(ワーグナー風だと彼らは言うが)「ハッピバースデイ・トゥーユー」が流れて、みんなが、
「三澤先生、お誕生日おめでとう!」
と言ってくれた。フル・オケ・バージョンと室内楽的バージョンとがあった。

 愛知祝祭管弦楽団のみんな、本当にありがとう!2月は全然休みがなくて名古屋に行けなかったけれど、3月23日にみんなに会うのを楽しみにしているからね。

 懇親会では、人数が多かったので、とっても全員と均等にお話しするわけにはいかなかったのが残念だったけれど、みんな楽しそうだったし、僕もすごくエンジョイして充実した良い時間を過ごせた。

写真 講演会の後の懇親会での全員集合
懇親会

 Bキャンプに参加してくださったみなさま。本当にありがとうございます!また角皆君をはじめとしたインストラクターの先生方、本当にありがとうございました。カーサビアンカのマスター大野さん、またまたお世話になりました。

ワクワクへの挑戦
 でも、僕は思うんだな。これまでの自分の人生では、こうして何かを企画して、集まった人達のホストとしてふるまうということは、あまりやったことがないので慣れていない。だから、落ちていることはいっぱいあるし、後で、ああ気が利かなかったなと思うところも沢山ある。スキーと音楽とを結ぶ講演も、もっともっと的確なテーマを打ち出すべきだと反省した。いろいろ拙い。でもきっと、これは僕の人生における新しいチャレンジであり、修行なのだ。

写真 中級班2日目のメンバー
中級班(2日目)

 スキーをするまでの僕は、あまり人付き合いもせずに、ひたすら仕事ばかりの人間だったし、スキーを始めたら始めたで、ひとりで冬山にこもって、リフトに乗っては祈りと瞑想に打ち込むということばっかりだった。
 指揮者というと、他人に演奏してもらわないと成り立たない職業だから、社交的な人たちばかりいると思われるかも知れない。でも、実はとても孤独な職業だ。また孤独を愛する人間でないと務まらない。こうしてキャンプをやって懇親会をやるなどというのも、他人には、指揮活動と同じ路線のように映るかも知れないけれど、実際にはまさに真逆なのだ。初体験なのだ。
 でもね、その真逆な初体験を始めたことによって、いろんなことに目覚めてきたし、きっと僕の人生には、もっとワクワクするようなことが起きるに違いない。

写真 受講者の滑走ビデオを見ながらのミーティング風景
ビデオ・ミーティング

 そういえば、僕はスキーを始めてから、
「こんな風に好きなことばっかりやっていいんだろうか?」
とも思うのだけれど、自分の人生にワクワクすることばかり増えてきて、
今はね、これまでの人生の中で一番「しあわせ」なのだ。

 3月3日。このキャンプの間に僕は64歳の誕生日を迎えた。
今年の決心。
それは、
「自分のワクワクを伝染させて、みんなといっぱいワクワクでつながろう!」
ということ。

自分だけ楽しもうとか、自分だけ儲けようとかいうエゴイスティックな気持ちとは反対だ。それは一番ワクワクしないこと。

むしろ、自分の心の奥底にある、本当の魂の部分とまっすぐにつながりたいのだ。
ワクワクは、そこから来るのだから。

本当にカーヴィングスキーは必要なのか?
 Bキャンプをやりながら、ひとつ、とっても大切なことに気が付いた。これを言うと、スキー業界すべてを敵に回すような意見になるが、別に僕はスキーで飯を食ってるわけでもないので、差し支えないであろう。

 上級班のレッスンの最初、廻谷さんはまず、ひとりひとりの滑りを見て簡単なアドバイスを与えた。その時に僕にはこう言った。
「切り替えした直後に、ちょっとだけ内傾します」
それから始まった廻谷さんのレッスンは、あたかも僕の内傾を矯正することに集中したかのような内容であった。彼はみんなを集めて言う。
「切り替えの時に、谷に向かって曲がると思わないように。それに、上体から回し込むことをしないように。まず新しい外足に乗ることだけ考えて!乗ったら、板をだんだんフラットにしていけば、自然にターンしていくのです」

 実は、僕には心当たりがあった。
「そうだ、自分はティッピングをしていたのだ。これまでの山足のアウトエッジをインエッジに切り替えることで、ターンを始動させようとしていたのだ。でもさあ、これはカーヴィングでは認められているんだよね。それどころか、最近角皆君から直される前は、むしろ新しいターンを内足のティッピングから始めてさえいた」
 しかしながら、オーストリアスキーでは、それは完全にアウトなのだ。というか、コブを含む全ての不整地の滑りは、実はカーヴィングスキーの美学と真っ向から対抗しているのだ。僕は、その点を無意識の内に混同していたが、今回はっきり意識化が出来ただけでも大きな収穫であった。

 今、スキー界は、「カーヴィングスキーにあらずばスキーにあらず」という感じで、続々と売り出されるスキー板は、当然のようにR(カーヴィングの半径)12メートルとかの切込みの強いカーヴィングスキー板だし、全日本スキー連盟のバッジ・テストや技術選などでも、みんなカーヴィング・ターンが中心だ。
 これでは、スキー雑誌の付録のDVDや技術選のデモだのを見ている初心者が、
「あれがカッコいい!あれを目指そう!」
と短絡に思っても仕方がないが、本当にそれでいいのか?
 一方で、マルセル・ヒルシャーのスラロームのように、トップ・レーサー達がカーヴィング技術を駆使してキュインキュインとポールを回り込んで結果を出すのはいいのだ。だってヒルシャーのレベルになれば、カーヴィングを「使っている」だけで、あとの外向傾とかの体幹はすべて1980年代のインゲマール・ステンマルクと一緒だからね。 

 しかしこれを、「ズラすことによるスピード・コントロール」も知らない初心者に教え込む指導体系は、そもそも間違っているのではないか?世の中に、カーヴィングスキーの波に乗せられて、正しい上達の道を歩めないスキーヤーがゴマンといるのではないか?たとえば板のエッジ切り替えによってターンを始めようとする僕のように・・・。
 また、丁寧に圧雪の行き届いたゲレンデなんて、昔はなかったけれど、昔のスキーヤーは、それが当たり前だと思っていた。それなのに今では、ゲレンデが少しでも荒れると、クレームをつけるスキーヤーが後を絶たないという。それはそうだ。カーヴィング・ターンは荒地では怖くて使えないもの。

 スキーエストや、角皆君のやっているフリースタイル・アカデミーで教えているスタイルやフォームは、現代の日本では、むしろ少数派かも知れない。でもね、正しい技術とは、不整地、コブ、新雪など、あらゆるシチュエーションに対応する基本的技術でないとダメなのだ。こっちこそ本家本元なのだ!
 そのためには、外向傾及び外足加重という大原則を徹底的に追及し、カーヴィングスキーから派生する内傾などの悪しきテクニックを、自分の中から徹底的に排除することを、ただいまわたくしはここに宣言します!
以上!

 ただね・・・そーゆーことを全部分かった上でなら、時々ゲレンデをワイドスタンスで、外足を突っ張って、内足をたたみ込んで、キュイーンとフルカーヴィングでターンをすることは、ジェットコースターのようで結構気持ち良い!
だからカーヴィングの板を思い余って捨てたりはしない。
要は、きちんと意識の上で使い分けができるかってことだよね。
ああ、悩ましい、カーヴィングスキー!



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