浜松バッハ研究会の挑戦と達成
僕は何でも真面目に考えすぎるのだろうか?この演奏会でもし僕が結果を出さなかったなら、僕はとても落ち込んでしまったかも知れない。そして、僕の落ち込みは、多分誰からも理解されることなくやり過ごされてしまったかも知れない。
「プロは結果が全てかもしれないが、アマチュアは結果ではなく、そのプロセスが大事だ」
という意見に本来僕は同調するが、今回の僕にとっては結果が全てであった。
聴衆は受け身だから、仮に演奏したバッハとベートーヴェンとの間に“断絶のみ”を感じたとしても、それは「そんなもんだろうな」で終わってしまうかも知れない。でも、僕はそれだけは許せなかったのだ。
この演奏会をやるならば、どうしてもバッハとベートーヴェンとの間に関連性を持たせたかったし、それを前提とした上で「互いの違い」をも聴衆に感じ取ってもらいたかったのだ。そのために、浜松バッハ研究会としての発声法のあり方にしても、オーケストラの音の処理ひとつ取っても、普段以上に厳密に規定したかったし、それが今後のこの団体の進歩を左右するものであると信じていた。もしそれが達成できなかったら、どんなに個々の曲の演奏がうまくいっても、この演奏会は失敗であると、僕は自らに科していたのだ。
バッハを専門に演奏し続けてすでに三十数年になる浜松バッハ研究会では、前回から2回にわたって「J.S.バッハの系譜」シリーズの演奏会を行っているが、前回のバッハ~ハイドン~モーツァルトは、それほど大変ではなかった。おそらく、バッハと2人の古典派作曲家の美意識というものが、バッハの美学の延長線上からあまりブレていなかったせいであろう。
しかしながら、今回のバッハ~ベートーヴェンでは苦労した。やはりベートーヴェンは革命家なのだ。ベートーヴェンがバッハを深く尊敬していて、バッハから沢山の要素を受け継いでいたことは疑問の余地がないが、同じくらい彼独自のオリジナリティが彼の音楽のここかしこに詰まっている。それが後世のロマン派の作曲家達のロマンチシズムを鼓舞したわけであるから、言ってみれば彼のオリジナリティの大半はロマンチシズムから生まれているのだ。
だが、そのロマンチシズムの方向に少しでも過度に傾いてしまったら、バッハとの断絶は避けられないものとなってしまう。とはいえ、ベートーヴェンを演奏して、ロマン性を全く表出出来ないというのも面白くないではないですか。
こんな風に悩むのもベートーヴェン的と言えるのかも知れない(笑)。しかしながら、僕がかなりシビアに自らに科した問題意識を、一般団員に最初から分かれというのは無理な話だ。実際、なかなか理解してもらえなかったのも事実だ。僕は発声法や音符の処理の仕方でハードルを上げ続け、時に叱咤しながら練習を進めて行ったが、恐らくみんなは、
「三澤先生は、いつもより厳しいな」
くらいにしか思っていなかったかも知れない。浜松の人間はね、のほほんとしているんですわ。ま、それが彼らの利点でもあります。
まあ、僕も、その一方で気が長い人間でもあるので、
「何で分からないのだ?」
という気持ちになったことも一度もなかった。
さて、そんな感じで停滞感を感じながら最近まで来たが、今回、新しいことが起こった。それは、合唱よりも先に、オーケストラが食いついてきたのだ。特に、僕が何故モダン楽器であえてバッハを演奏するのか、ということについてオケ合わせで語った時、何人ものオケの団員が、
「先生の話、すごく面白いです!」
と話しかけてきた。このオーケストラは、アマチュアの浜松交響楽団のメンバーを中心に作られているが、今回の演奏会では若いメンバーが多数加わって、その若者達がみんな上手で雰囲気が明るい。
「以前、古楽器を弾いてみたんですけど、音が伸びなくてつまんなかったんです。それからずっとモヤモヤしていたんですが、先生のお話を聞いて、まるで霧が晴れるようにいろいろが分かったんです」
僕は答える。
「古楽器が表現力に限界があるのは事実だ。でもね、楽器はロマン派と共に発展してきたんだ。現代の音大などで教えている演奏メソードもそれに従っているから、現代楽器で普通に演奏するとロマン派的演奏になってしまうんだ。だから、バッハを演奏するときには、一度そのロマン派的要素を捨てなければならない。反対に古楽器ではバッハの時代風にしか演奏できないから、一度あえて古楽器で演奏してみるのもひとつの方法だよ」
こんな風に彼らに説明しながら、僕は現代のカーヴィングスキーに引きずられて内傾していた自分を矯正するために、ほぼカーヴィングしていない昔ながらの224という板で滑っていることを思い出していた・・・おっとっと、スキーの話は、まあいい・・・。
それからである。まるでオセロ・ゲームの黒が次々に白に反転していくように、僕の意図したサウンドに急変していった。一週間前にあえてオーケストラだけの練習時間を持てたのもよかった。
バッハもそうだが、特に嬉しかったのは、ベートーヴェンのオケのサウンドがすっきりと軽やかになったこと。すると、ベートーヴェンだということでややブレかけていた合唱のサウンドが戻ってきたのだ。浜松バッハ研究会は合唱の団体であるが、合唱だけで成し得ないこともあるんだなあ、と思った。合唱団員の中には、
「ベートーヴェンですっきり歌えといったって、あんな分厚いオケだもの、ガッチリ歌わなければ聞こえないんじゃないか?」
と思っていた人は絶対いたと思う。でも、これでもう大丈夫。
そして、最後の練習では逆に、
「miserereをもっと表情豊かに歌って!クラリネット、もっとテンポ崩していいからロマンチックに歌い上げて!」
などというセリフが僕の口から飛び出したのだ。このサウンドがベーシックにありさえすれば、ベートーヴェンの独創性を今度はアピールする番だ。
さて本番。カンタータ182番「天の王よ、あなたをお迎えします」は、枝の主日のカンタータだが、これから受難週が始まるにしては、明るく喜びに満ちた曲。冒頭の器楽だけによるソナタでは、キリストがロバに乗ってエルサレムに入城していく様子が描き出されているということであるが、僕にはむしろアルプスの牧場で草を食んでいる牛さんのように感じられる。第2曲の合唱曲が始まった。いいぞ!軽やかにコロラトゥーラも決まっていく。
この曲の後はアリアが3曲続く。大森いちえいさんと弦楽器のアリアでは、大森さんのバリトンの重厚な存在感と、それに相反するような歌い口の軽やかさとに、弦楽器の質感がうまくマッチした。
次は三輪陽子さんが歌うリコーダーを伴った美しいアリア。長瀬正典さんのリコーダーも冴えている。そして浜松バッハ研初出演になる寺田宗永さんのテノール・アリアは、伴奏するチェロ・ソロが超絶技巧。これを若きプロ奏者である河田悠太さんが上手にしかも音楽的に弾いた。
次いで再び合唱曲。受難コラールを元にしたコラール・ファンタジーであるが、テンポがアレグロではないので16分音符の処理が難しい。つまり合唱はアジリタ唱法を利かせ過ぎないように(コロがし過ぎないように)。オケは弓を飛ばし過ぎないように。長い音は伸びやかに。
練習の時には、スネにブーツから返ってくる圧を感じながら大きなロングターンをするように、と言ったがみんな分かったかな?でも、指揮しながら、ロングターンがうまくいっている時の感覚が得られているから、よしよし。
終曲は、速い3拍子の曲。僕はね、この曲が大好き!何度やってもいい。毎日でもやりたい!エルサレムでイエスを待っているのはあのむごい体験だというのに、こんなハッピーな気持ちになっちゃっていいの?とも思うけれど、バッハがこんな楽しい曲書いたんだから仕方ないじゃない!ヤッホー!天にも昇る気持ち。
プログラム第2曲目は、モテット第2番「聖霊は弱い私たちを助け起こしてくださる」BWV226。このモテットはバッハの6つのモテットの中で、唯一はっきりした演奏記録が残っている曲で、同時に、本来完全にアカペラ合唱か、あるいは簡単な通奏低音奏者だけで行われるべきモテットであるが、8声の各声部をなぞった楽器のパート譜が残っている唯一の曲でもある。
今回、そのパート譜のまま演奏しようとしたが問題があった。第1合唱をなぞる弦楽器はいいのであるが、第2合唱をなぞるオーボエ2本とイングリッシュ・ホルン、ファゴットでは、特に第2オーボエとイングリッシュ・ホルンに音域外の音があるため、不完全なのだ。それで急遽パート譜を作り直し、浜松バッハ研究会特別バージョンを作成した。すなわち、オーボエ(ソプラノ)、イングリッシュ・ホルン(アルト)、ファゴット1番(テノール)、ファゴット2番(バス)というわけである。
これらの一人ずつの奏者達には丁寧に練習をつけただけあって、相応しいバロック様式にのっとってきめ細かく合唱に対応してくれた。しかも、本番が近づいてくるにつれてノリノリになってきて、実に楽しくのびのびとした気持ちで本番を迎えられた。
僕は指揮していて、いつになくハッピーな気持ちでいたが、終曲のコラールでHallelujaの直前、突然天から光が降り注いだ。霊的に敏感な人は感じたと思う。僕の顔がパッと輝き、スキーでコブを越えた直後、板を先落としするような膝の伸び上がりをしたことを・・・・。僕の体は、その瞬間天上からの光の筒に入り透明になったのだ。そして本当にハレルヤという気持ちになったのだ。
さて、メイン・プログラムのベートーヴェン作曲ハ長調ミサ曲であるが、本当に良い曲だね。僕は大好きだ。実は9月にもモーツァルト200合唱団でこの曲を演奏できるので、ますます嬉しい。
この曲には随所に「ベートーヴェンここにありき」というオーケストレーションが聴かれる。たとえば(オタッキーであるが)、グローリアの166小節目からのクラリネットのソロと、それに続くファゴットのソロにソリスト達のsuscipe(聞き入れてください)が絡むあたり、不思議と胸にぐぐっと迫るものがある。ファゴットにこういうソロを与えたのはベートーヴェンが初めてである。運命交響曲などでも聴かれるが、ベートーヴェンの手にかかると、あのおどけた音色を持つファゴットから、独自の崇高美が聞こえてくるから不思議だ。
先ほどの3人のソリストに、ソプラノの飯田みち代さんが加わったsuscipe deprecationem nostramの4重唱のハーモニーは、前の日にしっかり特訓した成果があって、とてもきれいでした。
4重唱といえば、Benedictusのハーモニーは絶品だった。その辺の中途半端なソリスト達を4人集めても、絶対ここまでのアンサンブルは望めない。みんな一流だからこそ成し得る芸である。上級モーグラー達が、コブで一糸乱れぬトレインを見せるのと一緒である。
Agnus Deiの後半、Dona nobis Pacemに入ってから、僕はかなりテンポを動かす。譜面には何も書いていないが、僕はベートーヴェンが必ずやこう望んでいると確信しているんだ。そして、最後にミサ曲の冒頭のキリエの音楽に戻って、静かに平和にハ長調ミサ曲は終わった。
僕の胸には大きな達成感があった。浜松バッハ研究会は、ひとつの大きな山に挑戦し、この登頂を成し遂げた。バッハとベートーヴェンとの間に関連性を持たせるために、逆なようであるが、バッハは思いっ切りオーセンティックに演奏しなければならない。そして、そのオーセンティックなバッハが聴衆の耳に残っている内に、透明で軽やかな新しいベートーヴェンの響きを聴かせないといけない。
すごく微妙なバランスの上にある今回の演奏のコンセプト。これを団員といえども、完全に理解できたのは演奏会の本番の最中であったに違いない。だから、ここでの「結果」に僕はこだわっていたのである。
浜松演奏会
素晴らしく、そしてちょっと残念な昭和の・・・
これを書いている4月8日月曜日から見て、あさっての4月10日水曜日は、かぐらスキー場で、K2のニューモデル・スキー板の試乗会がある。それは本来限られた人しか参加が許されていないが、親友の角皆優人君と一緒に行って便乗するのだ。
そのために僕は、一週間前の4月3日水曜日。これまで一度も行ったことのないこのスキー場の視察に行ってみた。
かぐらスキー場の噂はかねがね聞いていた。
「上信越で5月最終週まで滑れる稀有なるスキー場」
とか、
「新雪パウダースノウの宝庫」
とかである。
特に僕が行った4月3日には、前の日から沢山の雪が降り積もっており、午前中は、この季節には珍しく新雪スキーを堪能できた。その意味では素晴らしいスキー場。レストランにたとえれば、とびきり新鮮な食材がウリのゲレンデというわけだ。
かぐらスキー場メインゲレンデ
昭和なヤマト便事務所