忙しい週末と週の初め

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

鬼が笑いますが・・・
 まだまだ先の話であるが、来年の「マエストロ、私をスキーに連れてって2020」キャンプの日程をいろいろ模索していた。僕のスケジュールをベースにしながら、フリースタイル・アカデミーの角皆優人君と宿泊先のペンション・カーサビアンカと摺り合わせした結果、出てきたベストの日程が決まった。
 よほどのことがない限りこの日程でいくと思うので、とりあえず現在の時点で発表しておきます。みなさん、スケジュール表の用意を・・・。

Aキャンプ:2020年1月22日水曜日及び23日木曜日
Bキャンプ:2020年2月22日土曜日及び23日日曜日


 特にBキャンプに関しては、僕自身が20日木曜日から白馬に滞在するので、21日金曜日は、もしかしたらプレ・キャンプ扱いで、レベルや人数を絞って前乗りする参加者を中心にレッスンを設定するかも知れない。

 今年は、僕自身このキャンプで学ぶことが多かった。今や、自分が奏でる音楽とスキーから得た体幹の意識などは切り離せないが、それを僕はもっともっと自分の意識の中で普遍化し、キャンプ参加者の人達に還元していきたいと思っている。

 愛知祝祭管弦楽団の練習ですでに実証済みであるが、指揮の運動は、物理的法則に合致すればするほど万人に理解しやすいものとなり、苦労したり疲れたりすることなく、オーケストラを自在に操れるようになる。しかも楽員達は、「管理されている」とか「操られている」とか「支配されている」いう窮屈さを感じることなく、その運動の中で伸び伸びと演奏出来るようになる。
 それは恐らくピアニストもヴァイオリニストもみんな同じだと思う。一般的に「想いで」演奏すると思っていた音楽の大部分が、実は物理的法則で演奏していたことを、演奏家はある時知る。
 ただね、「想い」は「想い」でれっきとあるのだ。でも本当の「想い」の部分は100パーセントの内、わずか1パーセントくらいに過ぎない。しかしながら・・・ここが奥義の部分であるが、その1パーセントを表現する精度を高めるためには、ひたすら物理的法則を磨くしかないのだ。

 僕がスキーから学んだことは、まさにここの部分。重力、遠心力、地軸、摩擦、これらは絶対に嘘つかない。ある物理的条件のもとで同じ力が同じ方向から同じように加えられたなら、全く同じ結果を導き出す。同じだけ脱力すれば、同じだけ美しい音が出る。
 その因果関係に完全に精通すると、初めて音楽の中に作曲家が込めたかった「想い」の部分が、僕に微笑みかけてくる。その時、奇蹟が起きるのだ。物理的~フィジカルな法則が、自らを超え、メタフィジカルな状態に変容するのだ。

 おっとっとっと・・・またまた話が大きくなりました。そんなわけで来シーズンも、再び生まれ変わりリニューアルをして、初めてスキーを履く人から超上級者まで、人数無制限、レベル無制限の、音楽に関わる人達のためのキャンプを盛大にやるからね。
 実際の申し込み開始は10月頃。その時は必ず案内を出し、新しいメルアドを提示します。皆さん、楽しみにしていてください!
 

Missa pro Paceのチケット持ってます
 自作ミサ曲の世界初演の演奏会のチケットが発売となり、僕は一番良い席を50枚預かってきた(全席指定です)。これは、東大音楽部OB合唱団であるアカデミカコールの音楽部創立100周年記念演奏会であり、損得抜きにしているため、S席2500円、A席1500円と、それ自体が破格の値段だ。
 そのため、それ以上に割引とはならないが、僕はチケットをいつもカバンの中に入れているので、良い席を欲しい人は、僕に会ったときに是非声を掛けて下さい。ただし、メールやネット経由では、僕自身が忙しいので対応できません。
 ミサ曲は上演時間が約1時間なので、その前に、僕の手兵である東京バロック・スコラーズが賛助出演してバッハのモテットを2曲演奏する。これも、以前よりますます磨きがかかっている。僕の最も尊敬するバッハと自分の作品を並べた演奏会なんて、とってもおこがましい気がするが、ゴーマンついでに言ってしまうと、それ故に、この演奏会こそ自分にとって、ザ・ミサワ・ワールドの炸裂である。

僕からチケットを求める方以外は、係の団員である荒川昌夫さんのところに連絡してください。
問い合わせ: 荒川昌夫 xxx-xxxx-xxxx xxxx.xxxx@xxxx.xx.xx
  (事務局注: 演奏会終了につき個人情報は伏字にしました)

忙しい週末と週の初め
 この原稿を書いているのは、いつもの月曜日ではなく、5月19日日曜日である。何故なら、明日の20日月曜日と21日火曜日は、朝早くから家を出て、大津にあるびわ湖ホールに向かう。そこで声楽アンサンブルのメンバーに「トゥーランドット」の音楽練習をつけるためだ。
 20日は14時から21時まで。21日は10時から17時までで、その後なんと名古屋に途中下車して夜にモーツァルト200合唱団の練習に出る。そして深夜帰宅となる。こんな強行軍が始まってしまったら、とても更新原稿なんか書いていられない。では、もっと前から書いていればよかったとも思うが、今週は今日までもなんだかんだと忙しかった。

 たとえば、17日金曜日は、10時からイタリア語のレッスン。14時から愛知祝祭管弦楽団「神々の黄昏」公演に出演するハーゲン役の成田眞さんのコレペティ稽古。ピアノを弾きながら、ドイツ語の発音から始まって、僕の考えるハーゲン像を伝えたりしながら稽古を進めて行った。それだけで瞬く間に時間が経過し、気が付いたら第1幕しか出来なかった。また後日第2幕以降の稽古をする。でも、こういう稽古が一番楽しいんだ。

 それから夜は「ドン・ジョヴァンニ」の初日。ソリスト達のアンサンブルに観客がとても沸いている。終演は午後10時前。帰宅は11時過ぎ。
 

 18日土曜日は、なんと6時に家を出て名古屋に向かう。10時から愛知祝祭管弦楽団の練習なのだ。今日は序幕と第1幕。コンサートマスターの高橋広君が、なんと名港海運の社長になったという。
チューニングが終わり、練習開始時の挨拶で、団員達の前で、
「ピロシ君、社長就任おめでとう!ところで、こんな奴社長にして、その会社大丈夫か?」
と言ったら、一同大爆笑。いやいや、社員900人の大会社の社長を捕まえて大丈夫かはないだろうと、言い過ぎをちょっと反省しました。
 ピロシ君に聞くと、物流、貿易を行っているこの会社は、海外にも広く進出していて、それらを合わせると社員3000人はくだらないだろうということである。いやはや・・・ホントに大丈夫か?・・・いやいや・・・案外凄い人だったんだね。もうピロシなんて呼べないかも知れない・・・。
 でも、練習中はいろいろトンチンカンなことをするので、思わず口が出てしまう。
「おい、ピロシ!そこには残念ながらシャープついているんだよなあ。シャッチョーさん!ちゃんとやってよね。まったく!」
「す・・・すいません!」
と僕に怒られている。その度に大爆笑。

 午後から、ジークフリート役の大久保亮君が来て、第1幕のジークフリートがらみの場所を練習。僕が起用しなかったら、誰も大久保君がジークフリートなんか歌えるとは思わなかっただろう。いわゆるヘルデン・テノールのイメージから遠い、どちらかというとバッハの福音史家とかモーツァルトにぴったりの声。
 でも僕は、モーツァルト200合唱団で何度か共演する内に、そのしっかりとした支えとフレージングを見て、
「彼は絶対ワーグナーを歌える」
と思っていた。ただし、彼にはこう伝えた。
「いいかい、僕以外とは絶対にワーグナーはやってはいけない。それに、オケ合わせでも、絶対にオケと張り合おうとは思ってはいけない。オケにはまだまだダイナミックを抑えないで、伸び伸びと弾かせておきたいんだ。そうでないと良い音にならないから。最終的には絶対に君の声は聞こえるようにするから、今はむしろオケの音の洪水を揺りかごだと思って、その中で落ち着いて、自分のフォームがぶれないことだけを考えて歌いなさい」
 みんなワーグナーというと大音量を出さなければダメという常識に囚われている。しかしながら、ワーグナーの楽劇のスコアを良く読み込んでみると、驚くほど丁寧にダイナミックの変化が書き込まれていて、それを全てきちんと守ると、歌手の声というのは決して覆い隠されることはないのだ。だから大久保君のような声でもジークフリートだって歌える。
 だがもし彼が、誰か他の、垂れ流しのワーグナー演奏をする指揮者の元で歌ったら、一日で彼の声は潰れるだろう。

 先日も、ヨハネ受難曲の福音史家とテノール・ソロとを兼ねて愛知県立芸術大学の演奏会で歌ったという大久保君のドイツ語はとてもきれい。でも、オケ合わせで少しでも彼が頑張る兆候が見えると、
「出し過ぎ!」
と僕が注意する。
「たまに声にナザーレ(鼻腔共鳴)の響きが入る。その時はフォームが乱れている証拠。しっかり横隔膜を落として支えて、自分の音色に最善の注意を払うこと。ナザーレ厳禁。自分がいつも出している一番強い声の90パーセントくらいを練習では決して超えないこと。最後まで物足りないくらいで歌うこと。その代わり絶対に安定して歌い切ること。体幹のブレは許さん!」
さて、僕の秘蔵っ子、大久保亮のジークフリート。みなさんも楽しみにしていてください。

帰りの新幹線は、さすがに疲れて、ほとんど寝ていましたなあ。

さて、今週もそんなわけで多忙な一週間が始まる。

「なつぞら」が楽しい!
 草刈正雄の演じる柴田泰樹に何度泣かされたことか!こんないい俳優だったんだ!

 NHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」を好んで観ている。なつは戦争で両親を失う。なつの父親の戦友柴田剛男は、孤児になった奥原なつを探しだし北海道十勝に連れて行くが、剛男の義父である泰樹は最初なつを冷たく扱うかに見えた。
 しかし、なつが甘えることなく、この酪農を営む柴田家で働かせて欲しいと懇願すると、泰樹は、
「よく言った。お前はここで生きろ!」
となつに言う。こういうのを本当の優しさというんだなと、ここでまず僕の涙腺が緩んだ。

 なつは幼いながらよく働いた。農業高校に行かせてもらい、乳牛の扱い方などに長け、泰樹はなつを自分の跡取りにと考えるようになる。しかし、なつにはひとつの夢があった。それは、東京に行ってアニメーション映画を作ること。でもそれをなつはとても泰樹には言えない。
 そこでいろいろ想いのすれ違いが起こり、不器用な泰樹が、
「とっととこの家から出ていけ!お前の顔など二度と見たくない!」
となつに怒鳴ってしまう事態にまで発展するが、なつが真摯に泰樹に向かい合い、自分の想いを告げると、泰樹は、
「なつ、行ってこい!東京を耕してこい!」
となつを励まし、祝福の言葉を贈る。

 こう書いてしまうと、なんかこの番組を観ていない人には僕の感動はうまく伝わらないような気がするなあ。草刈正雄のひとつひとつの演技が本当に素晴らしいのだと言っても、実際に見てくれないと分からないのだ。
 泰樹は、かんしゃくを起こしてしまう時も、励ます時も、なつのことが可愛くて仕方がないという感情が全身から溢れ出している。セリフ回しひとつにも頬や目の動きにも、もはや演じているという作為的な要素は皆無で、本当になつのことを想っている泰樹に成り切っている。
 でも、もうすぐなつは東京に出て行ってしまって、この泰樹は出なくなってしまうんだよね。すでに僕の草刈正雄ロスは始まっているのだ。

 主役のなつを演じる広瀬すずは、可愛いし演技も自然体でいいとは思うが、僕は正直言ってお姉ちゃんの広瀬アリスの方が好き。かつての朝ドラの「わろてんか」でリリコを演じていた時に、どんどん主役を食っていき、その結果、彼女が一番光っていた。そのアクの強さは魅力と表裏一体となっている。

 なつは、アニメーション映画に惹かれて、それをやってみたいと思うが、自分に本当に出来るのだろうかと迷ってもいる。そんな気持ちにはとっても共感する。自分もこの道に入る時にはそうだったから。
 でも、そんな時にはとことん悩むことだ。悩んで悩んで、迷っている中からそれでもどうしてもやりたいという気持ちが沸々と湧き起こってきて抗しきれないならば、それはその人にとって天から与えられた運命なのだ。
 人は、自分の好きなことを勝手にすると思い込んでいるが、「好き」なのではない。そのものにガッツリと捉えられたのである。僕にとって音楽がそうであるように・・・・。なつのボーイフレンドの山田天陽君も、そこんところでつながっていて、なつを暖かく包んでいる。時には強い口調で迷っているなつの背中をバンと押す。いいなあ、そういう関係って・・・それにしても、天陽君を演じる吉沢亮さんって美顔だねえ。

 こんなストーリーは、僕の心を冷静なままでは置いておかない。さあ、これからなつは東京に出て行って、新しい展開となるんだよね。
これまで以上に目を離さないで見守っていよう。



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