びわ湖での生活
びわ湖に来て一週間経った。びわ湖ホール主催公演「神々の黄昏」が中止になった。新町歌劇団からは早速、
「びわ湖ホールの公演が中止になったことを聞きました。ではどうか週末に高崎に来て下さい」
というメールが入ったが、
「まだ帰れないんです。舞台稽古が続いているんです」
と答えるしかない。その理由は後で述べる。
びわ湖でのひとり生活は楽しくやっている。練習は毎日午後からなので、午前中は、コメダでたっぷりブレンド・コーヒーを飲みながら、「ヨハネ受難曲」の福音史家のレシタティーヴォをノートに書き取って、全ての文章の文法をひとつひとつ解明しながら覚えたり、びわ湖ホールの練習室を借りて、マーラー作曲交響曲第3番のスコアをピアノで弾いたりしている。
勿論演奏会のためには違いないんだが、僕はこうやってそれぞれの言葉や音楽に向かい合って過ごす“たった独りの時間”がたまらなく好きだ。これこそ、人生におけるかけがえのない時間。こういうのを知らないで、次から次へと来る仕事をさばくだけで人生が過ぎていく音楽家のなんと多いことか。
夜はつつましくやっている。2度ほど、ドイツレストランのヴュルツブルグに行って、ドイツビールを飲みながらミュンヘンの白ソーセージなどを頬張ったが、その他は、夕食そのものはビールくらいでチャチャっと食べて、お部屋にBallantine'sが買ってあるので、大浴場に入った後、ホテルの氷とコンビニで買ったWilkinsonのEXTRAソーダで静かにソーダ割りを飲むのが好き。決して人嫌いではないが、夜は落ち着いて眠りにつきたい。
白馬での「マエストロ、私をスキーに連れてって2020」キャンプの次の日に、とりあえずの洋服だけ持ってこちらに来たので、後から追加の洋服類が届いたが、スキー・ブーツやスキー・ウェアー、ゴーグルなどを一緒にスーツケースの中に入れてもらった。
28日金曜日の早朝は、
びわ湖バレイ・スキー場に試しに行ってみた。最寄りの石場駅から一時間以内で湖西線志賀駅に着き、バスで10分ばかりでゲレンデに着く。近い!それだけではない。このスキー場は、なかなか凄いんだ。
ホーライ・パノラマゲレンデ
ホーライ・パノラマゲレンデ上部から
びわ湖バレイのゴンドラから大津方面を眺める
水上スキー
非常事態の日本列島
中国から広がり始めた新型コロナ・ウィルスが、日本国内にも蔓延し始めた。この「国家の非常事態」を受けて、他の公共ホールの例にもれず、びわ湖ホール主催公演「神々の黄昏」公演も、とうとう中止となってしまった。
仕方ないから、ホテルを引き払ってとっとと帰ろうかと思っていたら、ホール側は、無観客で公演を行い、DVDを制作し販売して、少しでも赤字を補填すると言っているので、予定通り3月8日日曜日まで大津に滞在することとなった。
確かに、舞台美術家ヘニング・フォン・ギールケ氏のプロジェクター・マッピングに彩られた素晴らしい舞台を見ていると、このままこれをただ壊してなきものにするには忍びないし、合唱団も昨年の暮れから音楽稽古を始め、桜新町のスタディオ・アマデウスに何日も通ってひとつひとつのシーンを丁寧に創り上げた日々は何だったのか、ということになってしまう。観客がいなくても、せめて映像として残したいと思うのは当然だ。
出演費は払ってくれるということで、キャスト及びスタッフたち一同はホッと胸をなで下ろしたが、考えてみると、演出家ミヒャエル・ハンペをはじめとするドイツ人スタッフたちや外国人歌手たちを、これだけ日本に引き留めておいて、京都市交響楽団を使って、本番さながらの上演をするわけだ。経費は全額かかる一方で観客はいない。
チケット収入がゼロになるわけだから、もの凄い赤字となる。僕はその額を知っているけれど、あえて言いません。個人で負ったとしたら首をくくるレベルです。
これと似たようなことが各地で起きている。とすれば、これから2020年上半期の日本経済は、大変な事態を引き起こすであろう。3.11の大地震や津波のように、大勢の人たちが目に見える形で被災するわけではないが、もしこのまま新型コロナ・ウィルスの蔓延状態が終息はおろか減衰さえしなかったら、2011年の災害にも匹敵する国家危機ともなり得るであろう。勿論、東京オリンピックどころではなくなる。
昨年秋の2度に渡る台風の襲来、この冬の異常気象、そして疫病の蔓延と、じわじわと終末的状況が我々を包囲しているように感じられる。経済最優先を掲げて長期政権を続ける安倍首相をあざ笑うかのように、自然は、様々な災害への対応を政府に迫り、日本列島は、心理的にも経済的にも運命的迷走を続けている。
学校もいきなり休校とされ、子供たちが行き場を失い、共働きしている夫婦やシングルマザーたちが困っている。それを「つまらないこと」と発言した麻生太郎財務大臣の感覚は、あまりに庶民から遊離している。
と思うと、それこそ、つまらないデマに騙され、かつて70年代のようなトイレット・ペーパー買い占め騒動が起きている。日本人は、普段何の疑問も感じることなく依存している自分たちの生活環境が脅かされるやいなや、簡単にパニック行動に陥りやすい国民だと、今回も思い知らされた。
いろんなところで、人間のエゴを今後嫌というほど見ることになるのではないか?「日本人は、お互いを思いやるおもてなしの良い国民」だと自分たちで思い込んでいただろうが、それは全てが順調にいっている時。逆境の時に人間の本性が出る。“宗教もなければ信念もない”日本人の、行き当たりばったりや、やけっぱちの行動は、できれば見たくない。困っている時にはみんな困っているのだ。
とはいえ、相手がウィルスで感染の危険がある、という中では、通常の助け合いの精神が意味を成さないのも事実だ。しかしながら、こんな状況の中でも、世の中には、感染した患者を進んで診ている医師や看護師たちが存在していることを忘れてはならない。義務感に燃え、自らを省みずにあえて感染者に向かい合っている人たちに、僕たちはリスペクトを捧げなければならない。
(事務局注:「ボン先輩は今日もご機嫌」ブログ掲載の記事を紹介します。
「イタリア新型コロナ:休校中の校長が生徒に送った手紙が秀逸!と話題」)
65歳の誕生日と僕の使命
今、これを書いている時点から見ると、明日、すなわち2020年3月3日火曜日。僕の65回目の誕生日は、こうした状況の中で訪れることとなる。家族と離れ、聴衆のいない公演のためにひとりで迎える誕生日。でも、これも運命だと思う。
数日前、僕は「ヨハネ受難曲」公演の有無を心配している東京バロック・スコラーズのメンバーにある文書を送った。これから述べることは、ちょっとそれと重なる内容を持つ。恐らく、これを読む皆さんの中には、
「はあ?何言ってるんだ、こいつは?」
と首をかしげる人がいるだろう。でも世の中がこういう事態に陥っている時だ。僕はもう、自分の心に抱いている想いを隠しておく必要も感じないので、ありのままに述べたいと思う。
思春期の頃、毎晩同じ夢を見た時期があった。それは、荒廃し、ほとんど廃墟と化した世界に、自分がひとりで立っていて、
「これを再生するんだ!」
と決意しているビジョンであった。何故、自分はこんな夢ばかり見るんだ?と不思議に思っていた。
その頃、タイガースが「廃墟の鳩」という歌をヒットさせていた。
人は誰も 悪いことを僕は、その歌詞に激しく惹かれた。どうしてこの歌詞がこんなに自分の胸に響くのだろうかと不思議に思ったが、とにかくその歌詞は、僕の夢のイメージと結びついて、寝ても覚めてもずっと僕から離れなかった。きっとそれは僕のDNAの中に刷り込まれていて、僕がこの世に生まれ落ちた「目的と使命」とに関係していると、いつしか確信するようになった。
覚えすぎた この世界
築き上げた ユートピアは
壊れ去った もろくも
誰も見えない 廃墟の空
一羽の鳩が 飛んでる
真白い鳩が
生きることの 歓びを
今こそ知る 人はみな
汚れない世を この地上に
再び創るために 人はめざめた
生きることの 歓びを
今こそ知る 人はみな
Aufersteh'n, ja, aufersteh'n wirst du, | 復活・・・そう、お前は復活するだろう |
mein Staub, nach kurzer Ruh'. | 私の塵よ、わずかな憩いの後に |
Unsterblich Leben | 不滅の命を与えるだろう |
wird, der dich rief, dir geben. | お前を呼んだ方が |
Wieder aufzublüh'n wirst du gesät! | 再び花咲くために お前は種まかれるのだ |
De Herr der Ernte geht | 刈り入れの主(あるじ)は行き |
und sammelt Garben | 収穫の束を集める |
uns ein, die starben | 死んだわたしたちを ひとつに |
(中略) |
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Was entstanden ist, das muss vergehen. | 生まれ出でたもの それは消え去らねばならない |
Was vergangen, auferstehen! | 消え去ったもの それは復活しなければならない |
Hör' auf zu beben! | だから おののくことをやめよ! |
Bereite dich zu leben! | 生きる心の準備をするのだ! |
(中略) |
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Mit Flügeln, die ich mir errungen, | 自分が獲得した翼をもって |
werde ich entschweben. | 私は飛翔するだろう |
Sterben werd' ich, um zu leben! | わたしは死ぬのだ 生きるために |
Aufersteh'n, ja, aufersteh'n wirst du, | 復活・・・そうお前は復活するだろう |
mein Herz, in einem Nu. | 私の心よ、一瞬のうちに |
Was du geschlagen, | お前が打ったもの |
Zu Gott wird es dich tragen! | それが お前を神のもとへと運ぶだろう |
天のいと高きところには 神に栄光
地には 御心に叶う人々に 平和あれ