あえて作曲家の想いに踏み込む
7月16日木曜日の真生会館「音楽と祈り」講座は、ある程度予想していたことではあるが、「和声について」のところで熱が入ってしまい、もっと時間を割くはずであった最後の「瞑想~インスピレーション、そしてテクニック」の時間が充分に取れなかった。申し訳ありません。音楽と祈りや霊性といったものをつなげるお話しは、また秋以降行っていきます。それよりも、和声のお話しはどうだったんだろう?みんな面白かったかな?それとも、やっぱり難しかったかな?
もともと、先月の「調性について」も、今月の「和声について」も、むしろ音大生やプロの音楽家たちを対象にするようなハイレベルな講義内容である。もしかしたら、音大生やプロ音楽家たちだって良く理解できないかも知れない。では、これをどうしてわざわざ一般の人向けに講演したかというと、それには大きな意図があったのだ。
というのは、僕は、指揮者あるいは合唱指揮者として日々、演奏者と接しているし、音楽愛好家とも接する機会が少なくないが、それらの人たちと話をしていて、作曲家としての自分が想っていることと、少なからぬギャップがあることを感じることが多いのである。
それは、逆から言えば、もし演奏家や音楽愛好家が、作曲家の想いをもっと的確に理解できたならば、音楽全体の捉え方も大きく変わるのではないかということである。その一方で、そうした作曲家の想いに迫る道というのは、あるようでない。
音楽大学では、和声学とか楽式論だとか、作曲科及び楽理科を対象にした授業でしかやらないし、アプローチも、いかにももったいぶって、わざと難解そうで良くない。和声学なんて、作曲科の学生ですら、規則にばっかり縛られて自由な創作を妨げる七面倒くさい理論に過ぎないなどと捉えてたりもする。
というので、作曲家と、演奏家や音楽愛好家の意識の溝を埋める手立てがないのだ。それで僕は、扱う題材は簡単ではないかも知れないが、やり方を工夫して、なんとか一般の人に分かるように噛み砕いて、作曲家が果たして何を考えながら作曲しているのかを、解き明かしてみようとしたのである。
たとえば、シューベルトは、よく楽想が湧いた時に、カフェの伝票の裏などに譜面を書きなぐった、などと伝えられているが、湧くのはメロディーだけとは限らないのだ。あるいは、書き留めるのはメロディーでも、頭の中では同時に和声や伴奏が鳴っていただろう。
講座では、ドミナント進行という典型的な和声進行を紹介し、その進行を持つ曲をいくつか紹介した。60年代から70年代の歌謡曲には、この和声進行の曲がとても多い。たとえば「白い恋人達」「別れの朝」、シャンソンの「枯葉」など。こういう曲は、まずドミナント進行で曲を書いてみようというコンセプトがあり、それから和声に合わせてメロディーを考えていく、という方法が取られている。
そこで僕は、その和声に合わせて、いくつか即興でメロディーをつけてみた。刺繍音、倚音(いおん)、経過音などの法則さえ分かれば、かなり簡単に魅力的な旋律を和声の上に作ることが出来るのだ。
シューマンの歌曲「クルミの木」や、歌曲集「詩人の恋」の冒頭「麗しき五月に」などは、恐らくシューマンの頭に情感が浮かんできた瞬間にはすでに、主和音からではなく、サブドミナントから曲に「横はいり」しようというコンセプトがあったと思う。こうした和声的処理は、作曲家のテクニックの領域ではあるが、その場合、インスピレーションは、“コンセプトとして”湧き起こっていた可能性があるのだ。
「麗しの五月」の和音進行は、譜面を見ただけで不思議とドキドキしてくる。Ⅳ度和音から属和音への移行。主和音には戻らずに、またⅣ度和音・・・・同じようにドキドキしながら筆を落としたシューマンの感動が伝わってくる。
もし、目の前にシューマンがいたら、僕はこう言うに違いない。
「Ⅳ度の第1展開に繋留(けいりゅう)で入ったナインスのメロディーが絡まってくる。しかも、伴奏は倚音(いおん)で淡い表情が与えられている。メロディーは6度上方跳躍して、次のドミナントの和音の第3音にすっぽりとハマっていく・・・お見事です。極上の味わいです!」
あはははは・・・。
「なんのこっちゃ」
と思う人はいるだろう。でもね、淡い望みかも知れないけれど、僕はこうした職人芸が、インスピレーションと出遭う現場を、なんとか現行犯で取り押さえて、みんなに示してあげたいと思うわけよ。
「ほら、この瞬間に天使が舞い降りた!」
という風に。
そういえば、予断になるけど(講座でも、この寄り道の時間が結構長かった)、ドミナント進行のところで、Am - Dm - G7 - CMajor7 - FMajor7 - Bm7b5 - E7 - Amというコード進行を持つ、ドミナント進行の見本のような曲として「別れの朝」という曲を取り上げた。
この曲の和声は、まさにドミナント進行のみで全曲出来上がっている。Aの部分は1小節ずつコード・チェンジ。サビのBの部分になると、半小節毎にコード・チェンジをする。
講座の事前準備の際、僕は、ある大事なことに気が付いた。和製ポップスだと思っていたこの曲が、実はドイツ人のシンガー・ソングライターであるウドー・ユルゲンスUdo Jürgensの曲であることが判明したのだ。
そこでドイツ語の歌詞を訳してみた。
Was Ich Dir Sagen Will 作詞 J.Fuchsberger 作曲 Udo Jürgens
Was ich dir sagen will, fällt mir so schwer次は、日本語の歌詞。 (出典 https://www.uta-net.com/song/21205/ から)
僕が君に言いたいこと それが僕の心を重くする
Das Blatt Papier vor mir bleibt weiß und leer
僕の前にある便箋は ずっと白紙のまま
Ich find' die Worte nicht, doch glaube mir:
言葉が見つからないんだ でも信じて欲しい
Was ich dir sagen will, sagt mein Klavier
僕が君に言いたいこと それは僕のピアノが語ってくれる
Was ich dir sagen will, wenn wir uns seh'n
僕が君に言いたいこと 僕たちが出会う時
Ich kann nur stumm an dir vorübergeh'n
僕は黙って 君の前を通り過ぎるだけ
Ich dreh' mich nach dir um und denke mir:
それから君の方に振り返る そして思うんだ
Was ich dir sagen will, sagt mein Klavier
僕が君に言いたいこと それを語ってくれるのは僕のピアノなんだ
Was man nicht sagen kann, weil man allein nur fühlt
何故なら 人は語ることができないことでも ただ感じることはできるだろう
Wie eine Brandung, die den Fels umspült
岩に打ち寄せて砕け散る波のように
Die dich erfaßt und mit sich in die Tiefe reißt
僕の想いは君をとらえ 深みに連れて行くだろう
Ich kann es fühlen, doch nicht sagen, wie es heißt
感じることはできる けれども僕は その想いを言葉にすることはできないんだ
Was ich dir sagen will, bist du bei mir
僕が君に言いたいこと それは君が僕のそばにいてくれること
Ist so unsagbar viel, doch glaube mir
とても言葉にはできない でも僕を信じて欲しい
Wenn du mich nicht verstehst, versprech ich dir:
君が分からなくても 僕は君に約束するよ
Was ich dir sagen will, sagt mein Klavier
僕が君に言いたいこと それをピアノが語ってくれるから
別れの朝 ふたりはびっくりしません?この曲・・・ぜーんぜーーん違う曲でしょう。ウドー・ユルゲンスの歌詞は、相手に自分の想いも告げられず、すれ違っても目を伏せて通り過ぎることしかできない内気な若者が、
さめた紅茶 のみほし
さようならの くちづけ
わらいながら 交わした
別れの朝 ふたりは
白いドアを 開いて
駅につづく 小径を
何も言わず 歩いた
言わないで なぐさめは
涙をさそうから
触れないで この指に
心が乱れるから
やがて汽車は 出てゆき
一人残る 私は
ちぎれるほど 手をふる
あなたの目を 見ていた
森一弘司教との出遭いと恩寵
その日は、講座が終わってから、とっても大切な行事が僕たち夫婦に控えていた。実はこういうことなのである。皆さんもご存じの通り、緊急事態宣言が発令され、真生会館の講座も、4月、5月が突然中止になったではないですか。
しかしながら、僕にとって真生会館「音楽と祈り」講座は、初めての宗教的な講演を定期的に担当したかけがえのないもので、今や心の支えになっているのだ。だから、それを聞いてあっさり、
「そうですか、ではお休みします」
というわけにはいかなかった。そこで僕は、自分で講演をビデオに撮って、真生会館「音楽と祈り」講座の名前を借りてYoutube配信してみた。
そこまでは皆さん知っているかと思います。
そうしたら、そのことを知った真生会館理事長である森一弘(もり かずひろ)司教様(以下失礼ながら司教と呼ばせていただく)が、なんと、感謝の気持ちを示してくれて、僕たち夫婦をお食事に招待してくださることになったのだ。こちらは勝手にビデオを真生会館の名前で配信したので、むしろ名前を使われて迷惑ではないかと心配していたというのに・・・。
当初は、緊急事態が解けてコロナが一段落したら夕食を、という話だったが、こんな感じで、一段落どころかなかなか感染に歯止めがかからないため、では昼食にしましょう、ということになり、16日講座の後ということになったわけである。
明治会館で僕たちは森司教にお会いした。案内役で講座担当でもあるNさんが、遠くから森司教を発見するなり、
「あれ?今日は珍しくマスクをしているわ」
と言った。
「いつもは、何度言ってもマスクなんかしたことないんですよ」
その言葉を聞きながら、遠くに凜と佇んでいる森司教の姿を見るなり、僕は直感的に思った。
「あっ、この人は、何も恐れていないんだ。人生で、何も恐れるものがない人なんだ」
その第一印象は、その後のうちとけた雰囲気での楽しい語らいの間も、ご挨拶して互いに別れ、家路を急ぐ間の、残り香のような記憶の中でも、決して変わることはなかった。そして今でも・・・・。
森司教とお食事を共にする日がしだいに近づいてきたある日、僕は書棚から一冊の本を取り出した。もう10年以上も前に買って読んだ、「神の発見」(平凡社)というタイトルを持つ、作家五木寛之と森司教との対談本である。
昔から五木文学の愛読者であった僕は、とんがっていた青年時代に代わって近年ますます宗教に傾倒してくる五木氏に、とても惹かれるものを感じていた。そんな折り、思いがけなく森司教との対談本を見つけて、即買って夢中で読んだのは必然的ともいえる。
神の発見
森 | ・・・・なにもかも諦めて、ベッドの上に身を投げ出し、布団にくるまって寝てしまったんです。少し涙も流しました。きょうで、この修道会ともお別れかな、明日去らねばならないかな、と考えたりして。 |
五木 | ええ。 |
森 | ぐっすり眠ってしまったんですね。そして夢を見たんです。夢の中にマリア様が出てきて、「なにも心配することはない。あとは任せなさい」と私に言ったのです。つぎの日に目が覚めたときはもう、悩みは消えてしまいました。 |
五木 | ほーう。 |
森 | そのあとは、もう四十数年になりますが、この道をやめようという思いは、一度も出てきません。それまで、自分の力に頼っていた生き方から、神にゆだねて生きる生き方への転換だったのだと思います。 |
森司教の著書
森司教のサイン