熱い時間が戻ってきた~愛知祝祭管弦楽団のワーグナー

三澤洋史 

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真生会館「音楽と祈り」10月講座
 10月22日木曜日の真生会館「音楽と祈り」講座の演題は「死者の月とモーツァルトのレクィエム」である。昨年の10月講座でも、実は同じような内容の講義を行っていた。同じように「死者の月」と位置づけられる、カトリック教会の11月について語り、そしてレクィエム一般の説明と、いろんな作曲家のレクィエムについて語ってみた。
 また、先月、すなわち9月の講座では、モーツァルトの死の年1791年の作品の特異性について語り、その中でもとりわけ「小さな大傑作」と呼ばれているアヴェ・ヴェルム・コルプス(まことの御体)を取り上げた。ある意味、それらは全て、今度の講座で満を持して語る「モーツァルトのレクィエム」への伏線であったといっても過言でもない。

 全ての巨匠(31歳で没したシューベルトも含めて)には晩年がある、というのが僕の持論であるが、モーツァルトの死の年の作品群は、それまでの作品と比べて、ほぼ全てに渡って著しい特徴が見られる。それはふたつある。澄み切った境地と、それとは相反したような陰影に富んだ和声表現である。

 しかしながら、レクィエムは、他のどの作品とも違う面を持っている。それはふたつの主題(モチーフ)でがっちりと固められた構成力である。そして、その背景として、晩年のモーツァルトを捉え続けていた、ヨハン=セバスティアン・バッハという巨匠の存在が見逃せない。




 この二つの楽譜を見てみよう。いわゆるレクィエム主題と呼ばれているAのモチーフは、バッハの「フーガの技法」の基本主題の後半部分と酷似している。また、モーツァルトが8小節書いたところで絶筆となったと言われているLacrimosaのバス声部には、ドイツ音名でBACHという音符が埋め込まれている。このふたつの事柄はただの偶然であろうか?
 このレクィエムが自分の最後の作品となり、しかも未完成で終わってしまうかも知れないと予感したモーツァルトは、自分の尊敬する巨匠バッハへのオマージュとして、やはりバッハの最後の未完の作品である「フーガの技法」から、基本主題と共に、絶筆の際にバッハが用いた自分の名前の音名による主題をあえて使用したと主張する学者が少なくないのである。

 それらのことを説明すると同時に、このレクィエム全体がこのふたつのモチーフから成り立っていると言えてしまうほどに、モーツァルトはこの曲を、これまでの彼には決してなかったほどに徹底的にシステマチックに作曲しているのだ。それもバッハへのオマージュなのだろう。
 「モーツァルト 最後の4年~栄光への門出」(春秋社)を書いたクリストフ・ヴォルフは、これぞモーツァルトの新境地と言っていて、彼はそれを最晩年故とは位置づけず、モーツァルトは死ぬつもりなど全くなくて、新しい境地を持ってこの先頑張るぞと思っていた矢先に、突然の死によって遮られてしまったと述べている。

 それはそれで説得力があるが、ともかく、レクィエムが結果的に最後の「孤高の傑作」となってしまったことに異論のある人はいないだろう。

 ということで、講演の準備もあるので、今週は「モーツァルトのレクィエム」に浸ります。あ、そうそう。今年の12月5日のモーツァルトの命日にウィーンのシュテファン大聖堂で僕がモーツァルトのレクィエムを指揮するという話は、コロナによって流れてしまったけれど、ツアーは来年に引き延ばされ、日程は命日とは離れるけれど、2021年10月23日土曜日シュテファン大聖堂で行われることになりました。その参加のためのチラシがあるので、興味のある方はご覧になってください。さらに、行ってもいいなと思える方がいたら、一緒にウィーンへ行きましょうよ!

 
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PCR検査陰性~でもねえ
 京都のロームシアターで公演される「魔笛」のために、参加している全てのキャスト、スタッフ達のPCR検査が一斉に行われた。僕も生まれて初めて受けてみた。発表があるまでちょっとドキドキしたが、僕も含めて参加者全員が陰性だったそうだ。ああよかった!
 でもねえ・・・自分がPCR検査を受けてみて初めて思ったけれど。これって、実は将来的には何の証明書にもならないんだよね。確かに僕が検査を受けた10月14日水曜日午後13時45分の時点では陰性であった。それは間違いないが、もしかしたら今頃陽性かも知れないじゃないか。
 巷では、もっとPCR検査を、と騒いでいるけれど、決して安くないこの検査を世田谷区民全員にしたところで、本当に確かめようとしたら、毎日でもしないと意味ないんだよね。この人は人生において何年何月何日の時点では、新型コロナ・ウイルスは体内にいませんでした、ということだけしか分からないのだから。
何でみんな、こんなことに気が付かないんだろう。

 

熱い時間が戻ってきた~愛知祝祭管弦楽団のワーグナー
 僕がタクトを静かに降ろした。ヴァイオリンのみで奏される「ローエングリン」前奏曲のイ長調の和音があたりに響き渡る。フルートとオーボエの和音がそれを受け、さらに4人のヴァイオリン奏者のフラジオレットの和音に受け渡される。それだけで、もう日常とはまったく違った清冽な空間に僕たちはトリップしていく。
 3週間前の新国立劇場における「魔笛」の音楽練習でもそうだったけれど、コロナ禍による長いブランクなどまるでなかったかのように、僕たちはいつもの感じで、ワーグナーのワールドに浸っている。4年間に渡る「ニーベルングの指環」と共に格闘した戦友達と、また熱い時間を過ごしている。
「ローエングリン」の練習は進んでいく。打ち解けていて、それでいて緊張感に満ちた雰囲気・・・・戻ってきたんだ、僕は還ってきたんだ。って、ゆーか、こんなワクワクする楽しいことを僕は生業(なりわい)にすることを許されているなんて、もう感謝しかないね。

 「ローエングリン」前奏曲は、救世主キリストの人生を表現している。限りなく高い天上世界から、清らかな存在がしだいに地上に降りてくる。音楽も、しだいに高音から楽器の数を増やしながら音域の幅を低音に向かって広げてくる。
 救世主はついに地に到達しその存在を輝かせる。これがフォルティッシモのところ。しかし世の中は救世主を認めない。それでも構わない。彼は、地上に降り立った慈愛の化身。傷つけても決して傷つかず、汚そうとしても決して汚れぬ絶対的な存在。やがて再び地を離れ、本来の世界に還って行く。

 歌劇「ローエングリン」のストーリーは、表向きは、エルザがローエングリンと約束した禁制を破ったことで、破局に至る悲劇であるが、それは実は大事なことではない。この作品には、ワーグナーが実はこだわり続け、自分の作品に表現していった最重要な要素が隠れているのである。
 それは異教との問題である。北ヨーロッパにおいて、キリスト教の宣教が最も遅れたといわれる異教の地フリースランド出身のオルトルートは、キリスト教側のローエングリンに憎しみを抱いている。そのローエングリンと結ばれようとするエルザをそそのかそうとして策略を巡らすが、その時に祈る相手が、ヴォーダン(ヴォータン)でありフライアである。
 彼女がこの作品の結末で滅ぶことによって、この物語はキリスト教の勝利であり異教の敗北のように表現されているが、なんとその後ワーグナーは、そのヴォータンやフライアの活躍する北方神話の世界を、壮大な「ニーベルングの指環」四部作で描き切るのである。 ということは、ワーグナーは、キリスト教的世界観をあの崇高な音楽を描いていながら、同時に同じくらいのシンパシーを、異教である北方神話に抱いているということである。

 また、ローエングリンが物語の最後に自身の素性を明かすが、彼は聖杯の騎士であり、彼の父親はパルツィファルだという。ここにおいては、彼の最後の作品である舞台神聖祝典劇「パルジファル」との内的つながりが見られるのだ。
そうしたいろんな意味で、「ローエングリン」というのは、ワーグナーの生涯においても重要な作品である。

 午後の練習は、「トリスタンとイゾルデ」に入っていった。前奏曲を始めた途端、僕の全身に衝撃が走った。後で聞いたら、その瞬間、団員のほとんども同じような感覚を持ったらしい。

これは、あり得ないほどの傑作だ!

 こんな音楽、ワーグナー以前に誰が予感しただろう。ワーグナー以外に誰がこんな音楽を作れよう。初期の「ローエングリン」も素晴らしい。しかし、管弦楽法について言えば、「トリスタンとイゾルデ」という音楽が生まれるまで、世界にはこのような陰影に富んだ響きというのは存在していなかったのだ。それほど、この音楽は独創的で革命的なのだ。
 またこの音楽は、たとえば僕がチェロにちょっと表情をつけるだけで、空間にえも言われぬ香りのように音楽が立ち登り、たゆたうようにあたりに広がって行くのだ。まるで極上のワインのような音楽。

 先ほどの「ローエングリン」と「ニーベルングの指環」の関係と似ているが、「トリスタンとイゾルデ」の愛欲の世界は、一度「タンホイザー」でワーグナーによって否定されている。すなわちヴェーヌスの世界である。
 ヴェーヌスとのふしだらな生活に浸っていたタンホイザーは、ローマ教皇からも見離される罪を犯していたが、それがエリーザベートの犠牲的な純愛によって救済される、というのが歌劇「タンホイザー」のストーリーであった。
 でも「トリスタン」においては、ワーグナーは、まるで「罪ってなんてステキなんでしょう!」と言っているようにヴェーヌス的世界を貫き通すのである。だからワーグナーが一度否定したからといって信じてはいけない。むしろ彼が拒否するものほど、本当は大好きなのである(笑)。

 僕は、今回あらためてこの音楽と取り組んでみて、この音楽から淫乱さや放縦さなどは全く感じないことを発見した。むしろ「イゾルデの愛の死」の最後などは、ある種の気高ささえ感じ、僕の脳裏に浮かんだ言葉は「ニルヴァーナ(涅槃)」という言葉であった。

 久し振りの愛知祝祭管弦楽団の練習があるため、僕は夏のある日、スコアを開いてあらためて読み始めた。すると、いつもはすぐに頭の中に音楽が鳴り出し、オケの響きがイメージできたのに、それができない自分がいて愕然とした。
 コロナ禍で仕事がなくなって暇になり、スコアを見ることもしない生活が続いていた間に、感覚が衰えてしまっていたのだ。もの凄くあせった。自分はもう以前のように音楽のインスピレーションを自在に受けることができなくなってしまったのではないか、と、とても恐れたのだ。
 でも今日、こうしてみんなの前に立って指揮をしていると、全身に音楽がみなぎるように溢れてきて、次に自分が何をみんなに指示し、どういう方向に導いていくべきか、というのが、まるで無意識のように分かって、ああ、いつもの自分にこうして還れたのだ。よかった!と心から思った。
 オケの団員達も、コロナ禍で、いろんなことがストップしていただけに、またこうした機会が与えられて、とても喜んでいる。僕たちから沢山のものを奪ったコロナに対して、「コロナのお陰で」などと感謝する気持ちにはまだとうていなれないけれど、半ば当たり前のようになっていたことに、ひとつひとつあらためて「ありがたいことだなあ」と思えることは、人間として必要なことなんだなと実感している「今日この頃」です。

 


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© HIROFUMI MISAWA