京都の秋
10月25日日曜日午後6時半。ローム・シアターを出て地下鉄東西線東山駅に向かって歩き始める。視界のはずれに黄色い輝きが入ってきたので瞳を向けると、まだ漆黒になりきれないダーク・ブルーの夜空に、妙に不自然に、まさに「ぽっかりと」という言葉がふさわしいほど鮮やかに半月が浮かんでいる。その左側にちょっと離れてオレンジ色のまばたかない星がある。火星かな?
「フライミー・トゥー・ザ・ムーン」の歌詞が頭に浮かんだ。それでホテルに帰ってから、あらためて訳し直してみた。
Fly me to the moon | ねえ 月まで連れてってよ |
Let me play among the stars | 星たちの間で遊ばせて |
Let me see what spring is like | 教えて 木星と火星とでは |
On a Jupiter and Mars | 春(青春)って どんな風? |
In other words: hold my hand | つまりね あたしの手を取って |
In other words: darling, kiss me | あなたに キスして欲しいってこと |
Fill my heart with song | あたしの心を歌で満たして |
And let me sing for ever more | いつまでも歌わせて |
You are all I long for | あなたは あたしが待ち焦がれていた |
All I worship and adore | 信頼と敬愛に値する人なんだから |
In other words: please, be true | つまりね 本気になってよ |
In other words: I love you | 言っちゃうけど 愛しているの |
フリースタイル・アカデミーのZoomレッスン
11月1日日曜日の9時半から、角皆優人君のフリースタイル・アカデミーが主催するZoomレッスンがある。タイトルは「三澤洋史のスキーと音楽の深い関係」。僕が講師だから、音楽畑の人たちからのアプローチも多いだろうけれど、かといってスキーのことを放っておいて音楽のことばかり語るわけにはいかない。
先週の後半から準備を始めた。何から始めようかなといろいろ試行錯誤したあげく、僕の生い立ちと、音楽やスキーとの出遭いから語ってみようと思い至った。たとえば、高校一年生の時、僕が音楽の道を志そうか迷っていた時に目の前に現れたとんでもない奴、Person Xの話は、きっと全ての受講者にとって楽しく興味深いものとなるであろう。
彼との出遭いが僕の人生を変えたのは間違いない。しかし、当時の僕はスポーツというものに全く興味がなかったので、僕たちの付き合いというものは、もっぱら彼が音楽好きということに支えられていた。
とはいっても、今でこそ僕はプロの音楽家であるが、僕が彼を音楽の道に導いていたのではない。逆だ。僕は、高校一年生の時には、聴いていたのは、せいぜいモーツァルトかベートーヴェンくらいで、マーラーなんて名前すら知らなかったのだ。
当時僕を捕らえていたのはむしろジャズで、書かれた譜面をなぞるだけのクラシック音楽には、ジャズほどの興味を感じなかったのだが、彼が、
「三澤君、指揮者によって、ほらおんなじ曲でもこんなに違うんだぜ!」
というのでびっくりした。あれれ、なるほどそうだ。ここにも創造の余地はあるんだ。しかも、喜びや悲しみだけではなく、崇高さなどを含む実に多様な表現力がある。もしかしたら、クラシック音楽こそ、自分が一生を賭けるにふさわしいものかも知れない、と、彼に導かれて思ったわけだ。
しかし、今から考えると無謀だね。なんにも専門教育も受けていなくて、高校になってから、「これだ!」って思ったからって、そうそう音楽家になんてなれるもんじゃない。さらにPerson Xはひどいんだぜ。僕が音楽家を目指すべきか悩んでいた時、しかも、音楽家の中で最もむずかしい指揮者になるなんて、浮かれて思っていた時、普通だったら、
「目を覚ませ!今からじゃ、君には無理だよ」
って言うのが親友ってもんだろ。それを、
「三澤君、君は指揮者になるべきだよ」
なんて言うんだぜ。無責任もいいとこだよね。
ま、それで、結果的には指揮者になったわけだから、悔しいけど言うけど、彼には先見の明があったってことだね。
さらに不思議なことがある。2009年から僕は、何故か突然スキーに取り憑かれ、そのことによって、またまたPerson Xとの付き合いに新たな、そして劇的な展開が生まれたのだ。そうでなければ、僕がこんなフリースタイル・アカデミーなんかで、お話しするわけがないじゃないですか。そのへんのところも話してみたい。
面白い話がある。今回、京都に向かう新幹線の中で彼にメールを打った。
「今Zoomレッスンの準備をしているんだけど、何か僕に語って欲しいことがあったら言ってくれる?」
と僕が訊いたら、Person Xはこう返事してきた。
1. スキー(スポーツ)と音楽は、どちらも一流になるとしたら、練習しないといけない。
ハノンのような単調でつまらない練習もしなくてはいけない。それもかなり長時間、真剣に。
だから、つまらないことをおもしろくする能力が必要。
2. スキー(スポーツ)選手も音楽家も、人生では本気で頑張る時期が必要。
どう頑張るかは、ベートーヴェンの中期を聴けば分かる。
3. 頑張った先に辿り着くのは、人それぞれの世界。
ブラームスの晩年もいいし、ベートーヴェンの晩年も素晴らしい。三澤君が言うように、若くして死んでも晩年がある。
みんなそれぞれの世界を産み出せると、世界はより良くなる。
これは、使えますね。これを僕なりに咀嚼しながら語ってみようと思う。でもね、ひとつだけ言うと、僕はハノンのような練習も、つまらないと思ったことはないんだよ。何かを「我慢して」とか、「苦労して」とか、思ってやった記憶がない。
楽しくて楽しくて、やっている内に、気が付いたらここまで来ていた。そんな風だから、逆にやってこれたんだよね。反対に、僕はきっと、幼少の頃からピアノだヴァイオリンだ、と英才教育を押しつけられていたら、反発して音楽家にはならなかったかも知れない。いや、絶対、音楽家にだけはならなかったのではないか。だからこそ、わざと、音楽的環境ゼロの家庭に生まれ、自分のワクワクすることしかやってこなかったのだ。
さらに、いろいろ話すよ。音楽の奥義やスキーとの共通点。もう皆さんに話したくてたまらないことが溢れている。
どうかみなさん。一人でも多く参加してね。
今度の日曜日。11月1日9時半からです。待ってます!