京都の秋

三澤洋史 

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京都の秋
 10月25日日曜日午後6時半。ローム・シアターを出て地下鉄東西線東山駅に向かって歩き始める。視界のはずれに黄色い輝きが入ってきたので瞳を向けると、まだ漆黒になりきれないダーク・ブルーの夜空に、妙に不自然に、まさに「ぽっかりと」という言葉がふさわしいほど鮮やかに半月が浮かんでいる。その左側にちょっと離れてオレンジ色のまばたかない星がある。火星かな?

 「フライミー・トゥー・ザ・ムーン」の歌詞が頭に浮かんだ。それでホテルに帰ってから、あらためて訳し直してみた。
Fly me to the moon ねえ 月まで連れてってよ
Let me play among the stars 星たちの間で遊ばせて
Let me see what spring is like 教えて 木星と火星とでは
On a Jupiter and Mars 春(青春)って どんな風?
In other words: hold my hand つまりね あたしの手を取って
In other words: darling, kiss me あなたに キスして欲しいってこと
Fill my heart with song あたしの心を歌で満たして
And let me sing for ever more いつまでも歌わせて
You are all I long for あなたは あたしが待ち焦がれていた
All I worship and adore 信頼と敬愛に値する人なんだから
In other words: please, be true つまりね 本気になってよ
In other words: I love you 言っちゃうけど 愛しているの
 多少意訳が入ってます。please, be trueは、「あなたは、本当のあなたのままでいて」というのも素敵だけれど、まあ、ここまでコクっちゃった流れとしては、「そろそろちゃんとあたしと向かい合ってよ」という意味に解釈するのが自然かなあ。

 この曲を男性が歌う時には、darling, kiss meがbaby,kiss meになる。でもねえ、やっぱり男の僕としては、訳す時には女性を主人公にしたいねえ。だって、こんな風に言われてみたいじゃないの。なかなか想うことを口にできない内気な女の子が、じれったくなって我慢できなくなって、「だーからあー!」というのがin other wordsだ。いいねえ。これを「別の言葉で言うと」とか「言い換えると」と訳すほどヤボなことはないんだけど、いざ訳そうとすると良い言葉が浮かばない。

 この曲を思い出す時、僕の頭には決まって、カウント・ベイシー楽団をバックに歌うフランク・シナトラの演奏が流れる。シナトラの歌は棒歌いに聞こえるので、昔はあまり好きではなかったけれど、最近その偉大さに気が付いた。クールに歌っているように見えるが、大事なところにはきちんと表情が入っている。そのバランスが絶妙。
 意外なことに、あの偉大なトランペッターのマイルス・デイヴィスも、シナトラの歌が大好きで、「フレーズの崩し方を盗むんだ」なんて言っていた。今なら、彼の言わんとするところが理解できる。
 カウント・ベイシー楽団の演奏は、「スイングするというのはどういうことか」という見本のようだ。アップ・テンポな曲でのドライブ感も比類なきものがあるが、こうしたちょっと押さえた曲想での、脇の下をくすぐるような表現は、他のフルバンドでは絶対にできない。プロ中のプロ。


 一晩明けて、今、この原稿を、四条烏丸の交差点のすぐそばのHolly's Caféで書いている。朝の9時。僕の横には、トーストとゆで卵、そしてコーヒーがある。今日は午後から「魔笛」のオケ付き舞台稽古。これが今の僕の現実。それで呑気にFly me to the moonの歌詞なんか訳している。
 不思議だ!僕は何の抵抗もなく、以前通りの音楽に満ちた生活にスポンとハマっている。長年こうした生活をしていたので、当然と言えば当然なのだが、あまりに自然なので、まるでその間に半年以上のブランクなんて存在していなかったかのようだ。勿論、いつコロナの感染がまた増大してしまうか分からない、というのは頭では分かっているが・・・・。
 その反対に、緊急事態宣言が発令されてから、全ての公演や練習がなくなって、ご隠居生活まっただ中の時には、こうした仕事に追われていた生活が遠い夢のように感じられていたんだよな。あの合唱指揮者としての自分というのは、本当にいたのだろうか?愛知祝祭管弦楽団などというものは、本当に存在したのだろうか?などという風にね。

 まあ、その時その時に目の前にあるものが真実だ。そこで最善を尽くすのだ。先のことは心配しても仕方ないし、過ぎたことは過ぎたこと。しみじみ想うけれど、自分というのは、なんて楽天的なんだろう。
 でもさ、こう思わない?もしこうなったらどうしよう、と心配して過ごすより、楽天的でいた方がしあわせに生きられる。心配で満たされた毎日よりも、仮にその心配したことが起こったとしても、その日まで知らずに明るく生きた方がベターじゃない。それが僕の生き方。今を100パーセント生きる。そして、今生きられることを感謝し、明日のしあわせを(何の根拠もなくても)確信する。

 話は戻るが、京都に来て驚いたことがある。街に行く人たちのほとんど100パーセントがマスクをしていることだ。ホテルにお昼頃に着いて荷物だけ預けてから、僕は徒歩でローム・シアターに向かった。四条烏丸から平安神宮まではちょっと遠いのだけれど、今朝はこちらに来るために早朝散歩をしていなかったからね。
 いつものようにマスクを外して歩き始めた。でも、すれ違う人たち全員がマスクをしている。いたたまれず僕もマスクをする。
「道行く皆さん!青空の下でただ歩くだけで、しゃべって飛沫を飛ばさないならば、マスクをしなくとも感染の可能性はゼロなのですよ!」
と、まさか全員に言って歩くわけにはいかない。それにしても、なんてお行儀が良いのだろう。
 パリでは、夜間の外出禁止令が敷かれて、破ると安くない罰金を払わせられるというのに、市民は、警官が見回りに来る場所と絶対に来ないところを知っていて(警官がわざとバラしているという噂もある)、来ないところでは普通にお店もやっていて人も群がっているという。
 また、イタリア人はそもそも人に何かを強制されるのが嫌いで、マスクをどれだけ強制しても言うことをきかない者たちが後を絶たないという。それどころか、仮にマスクをしていたとしても、道で友達に遭うと、互いにマスクをはずし、熱くハグハグしてほっぺにチュッチュ・チュッチュするという。
「僕は君のことを信じているんだ」
という証だというが、感染が怖くないのかねえ?

 それに比べて日本人は凄い!凄すぎる!凄すぎて時には息が詰まる監視社会ができあがっている。その意味では、同じ自己中でも、その方向性が違うということか。あるいは恐がりの人の割合が多いので、その人たち優先の社会が自然にできあがっているということか。その意味で、京都は最も日本的な街ということか。

 もうひとつ驚いたことがある。信号をほとんど人が守っていること。赤信号は、車が来なくとも、みんなおとなしく止まって待っているのだ。でも、これにはきちんとした理由があった。
 僕は狭い路地を歩いていた。行く手に信号がある。赤だ。でも僕は思った。
「なあに、そのまま突っ切ればいいさ」
と思っていたら、目の前をかなり早いスピードで車が横切っていった。
「おお、危ない!」
 京都では碁盤の目のように道が縦横に走っているだろう。90度でそれぞれ交わる曲がり角の視界は極端に悪いが、信号が着いているのは、狭くても大事な路地。道の広さは関係ないのだ。車は遠慮なくスピードを上げて通り過ぎて行く。だから、信号で止まる癖をつけておかないと危ないというわけだ。

今日のオケ付き舞台稽古が終わると、いよいよ明日とあさっては公演となる。久々のオペラの本番。胸の中に熱いものが再び燃えたぎるのを感じている。
 

フリースタイル・アカデミーのZoomレッスン
 11月1日日曜日の9時半から、角皆優人君のフリースタイル・アカデミーが主催するZoomレッスンがある。タイトルは「三澤洋史のスキーと音楽の深い関係」。僕が講師だから、音楽畑の人たちからのアプローチも多いだろうけれど、かといってスキーのことを放っておいて音楽のことばかり語るわけにはいかない。

 先週の後半から準備を始めた。何から始めようかなといろいろ試行錯誤したあげく、僕の生い立ちと、音楽やスキーとの出遭いから語ってみようと思い至った。たとえば、高校一年生の時、僕が音楽の道を志そうか迷っていた時に目の前に現れたとんでもない奴、Person Xの話は、きっと全ての受講者にとって楽しく興味深いものとなるであろう。
 彼との出遭いが僕の人生を変えたのは間違いない。しかし、当時の僕はスポーツというものに全く興味がなかったので、僕たちの付き合いというものは、もっぱら彼が音楽好きということに支えられていた。
 とはいっても、今でこそ僕はプロの音楽家であるが、僕が彼を音楽の道に導いていたのではない。逆だ。僕は、高校一年生の時には、聴いていたのは、せいぜいモーツァルトかベートーヴェンくらいで、マーラーなんて名前すら知らなかったのだ。
 当時僕を捕らえていたのはむしろジャズで、書かれた譜面をなぞるだけのクラシック音楽には、ジャズほどの興味を感じなかったのだが、彼が、
「三澤君、指揮者によって、ほらおんなじ曲でもこんなに違うんだぜ!」
というのでびっくりした。あれれ、なるほどそうだ。ここにも創造の余地はあるんだ。しかも、喜びや悲しみだけではなく、崇高さなどを含む実に多様な表現力がある。もしかしたら、クラシック音楽こそ、自分が一生を賭けるにふさわしいものかも知れない、と、彼に導かれて思ったわけだ。

 しかし、今から考えると無謀だね。なんにも専門教育も受けていなくて、高校になってから、「これだ!」って思ったからって、そうそう音楽家になんてなれるもんじゃない。さらにPerson Xはひどいんだぜ。僕が音楽家を目指すべきか悩んでいた時、しかも、音楽家の中で最もむずかしい指揮者になるなんて、浮かれて思っていた時、普通だったら、
「目を覚ませ!今からじゃ、君には無理だよ」
って言うのが親友ってもんだろ。それを、
「三澤君、君は指揮者になるべきだよ」
なんて言うんだぜ。無責任もいいとこだよね。
ま、それで、結果的には指揮者になったわけだから、悔しいけど言うけど、彼には先見の明があったってことだね。

 さらに不思議なことがある。2009年から僕は、何故か突然スキーに取り憑かれ、そのことによって、またまたPerson Xとの付き合いに新たな、そして劇的な展開が生まれたのだ。そうでなければ、僕がこんなフリースタイル・アカデミーなんかで、お話しするわけがないじゃないですか。そのへんのところも話してみたい。

 面白い話がある。今回、京都に向かう新幹線の中で彼にメールを打った。
「今Zoomレッスンの準備をしているんだけど、何か僕に語って欲しいことがあったら言ってくれる?」
と僕が訊いたら、Person Xはこう返事してきた。

1. スキー(スポーツ)と音楽は、どちらも一流になるとしたら、練習しないといけない。
ハノンのような単調でつまらない練習もしなくてはいけない。それもかなり長時間、真剣に。
だから、つまらないことをおもしろくする能力が必要。

2. スキー(スポーツ)選手も音楽家も、人生では本気で頑張る時期が必要。
どう頑張るかは、ベートーヴェンの中期を聴けば分かる。

3. 頑張った先に辿り着くのは、人それぞれの世界。
ブラームスの晩年もいいし、ベートーヴェンの晩年も素晴らしい。三澤君が言うように、若くして死んでも晩年がある。
みんなそれぞれの世界を産み出せると、世界はより良くなる。


 これは、使えますね。これを僕なりに咀嚼しながら語ってみようと思う。でもね、ひとつだけ言うと、僕はハノンのような練習も、つまらないと思ったことはないんだよ。何かを「我慢して」とか、「苦労して」とか、思ってやった記憶がない。
 楽しくて楽しくて、やっている内に、気が付いたらここまで来ていた。そんな風だから、逆にやってこれたんだよね。反対に、僕はきっと、幼少の頃からピアノだヴァイオリンだ、と英才教育を押しつけられていたら、反発して音楽家にはならなかったかも知れない。いや、絶対、音楽家にだけはならなかったのではないか。だからこそ、わざと、音楽的環境ゼロの家庭に生まれ、自分のワクワクすることしかやってこなかったのだ。

 さらに、いろいろ話すよ。音楽の奥義やスキーとの共通点。もう皆さんに話したくてたまらないことが溢れている。

どうかみなさん。一人でも多く参加してね。
今度の日曜日。11月1日9時半からです。待ってます!

 

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