ひとりディナーのしあわせ
7月2日金曜日。川崎での「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の合唱稽古を午後4時過ぎに終わってから、東神奈川経由で新横浜に出る。新幹線に乗るためだ。
ホームでは、アナウンスがあって、
「ただいま大雨のため、豊橋三河安城間で、電車が止まっております。状況が変わり次第お知らせします」
とは言いながら、僕が乗ろうとしている「こだま」は、普通に定刻で来て僕を乗せて発車した。
すぐに車内放送が響き渡った。
「雨が弱まってきたため、豊橋三河安城間は運転を再開しました。なお、この先、場合によっては徐行運転などで遅れることも予想されます」
まあいい。今日はのんびりプチ旅行気分。各駅停車で三河安城まで行くのだ。新幹線のWIFIを使ってYoutubeで馬淵睦夫さんの「ひとり語り」などを観ながら、時々窓の外の景色を眺める。
三河安城という駅は、いつも「のぞみ」に乗っていると、
「ただいま三河安城駅を通過しました。あと10分ほどで名古屋に到着します」
と必ずアナウンスされるので、名前は意識していたが、降りるのは生まれて初めて・・・とはいえ、この付近には何度も来ている。愛知祝祭管弦楽団がこのエリアの練習場を使うことが多いためだ。でも、通常は名古屋まで「のぞみ」で来て、むしろ在来線で刈谷(かりや)や名鉄の知立(ちりゅう)などに戻っている。
多くのJR駅がひとつの駅構内に在来線と新幹線を共有しているけれど、三河安城駅は互いにちょっと離れている。JR東海道線では、隣に安城という駅があり、こちらの方が急行が停まるメジャー駅。その一方で三河安城駅は各駅停車しか停まらない。
さて、新幹線駅で降りた僕は、ホテルにチェックインすると、荷物も解かずにあるイタリアン・レストランに向かった。店が蔓延防止で9時までしかやっていないと聞いて急いだのだ。時計を見たら、もう8時になろうとしていた。
その店の名前はトラットリア223という。これは「ドゥードゥートレ」と読むという。本当のイタリア語は「ドゥエドゥエトレdue due tre」だけどね。
以前、愛知祝祭管弦楽団の団員に連れてきてもらった店で、かなり美味しかった記憶がある。先日の名古屋訪問の際は、名古屋に緊急事態宣言が出ていて、8時過ぎたらどこも空いていなくてひどい目にあった。今回は、そのリベンジの意味もある。前回はファミマ食で千円くらいだったから、今回は少し贅沢したっていいんだ!
ということで、その晩注文したのは以下の通り。
〇モレッティ(イタリアの定番ビール)
〇トリッパ(ハチノス)と豆のローマ風トマト煮(イタリア風モツ料理)
〇白のグラスワイン
〇フォッカチャとたっぷりのオリーブ・オイル(サービス)
〇剣先イカと色とりどりのお野菜のペペロンチーノ・自家製ボッタルガ(カラスミ)添え(スパゲティーニ)
〇赤のグラスワイン2杯
ひとりディナー
愛知祝祭管弦楽団の弦分奏
7月3日土曜日9時過ぎ。ホテルに団員のお迎えが来てくれて練習会場に向かう。今日は、弦楽器だけの分奏。団員も僕も、フル編成の時とは違って、少しリラックスしている。倍以上ゆっくりのテンポで演奏させたり、同じ所を何度も何度も反復練習をしたり、ビオラだけとか楽器毎にやって音程を細かく直したり。
「あのさあ、レのシャープ、ファのダブルシャープ、ラのシャープって書いてあるけれど、とどのつまりはEs-Durだと思えばいい。ファのダブルシャープだと思うから音程が悪くなるんだ。これって、つまりただのソなんだよ」
すると不思議。Gだと思っただけで音程が良くなって、みんなでバッチリ合った。
僕は練習の時によく歌う。結構早いパッセージでもなるべく歌えるものは歌う。そして、それをみんなにも言う。
「みんなも歌いなさいよ。歌えるものは弾けるんだ」
そう。記譜上は難しいものでも、歌ってみると案外シンプルだったりするのだ。で、それを分かってみると、ある意味譜面を離れて自由に弾けるのだ。その意味では、鈴木メソード(ヴァイオリンの特別な教え方。耳から入る)のアプローチなども理に適っているといえる。
歌う歌わないはともかくとして、クラシック音楽の演奏者は、どうしても譜面に捕らわれてしまい、最後まで譜面から離れられない人が少なくないのだ。初見に強い人ほど暗譜に弱いという関係性も事実だし、音感が良い人ほど、音楽を突き詰めたりしないで本番がつまらない、というのもあながち嘘でもない。
僕はというと、高校一年生の夏休みから、生まれて初めて正式にピアノを習ったけれど、譜面を見たらまだバイエルしか弾けていないのに、知っているメロディーには、コードを自由につけて、いろんな伴奏形やテンポで弾き語りをしていた。また右手でメロディーを弾く時には、次第にメロディーから離れてアドリブを自由自在に行っていた。
当初は、むしろ譜面だけは苦手だったのだ!でも、その譜面も間もなく読めるようになって、そのうちピアノ譜だけでなく、交響曲のスコアも、読むだけで頭の中で音楽を鳴らせるようになった。だから指揮者になったのだ。でも、譜読みをしている時は、めちゃめちゃ音符に忠実主義のくせに、早く覚えて今度は譜面からどれだけ離れられるかばかり考える。この辺は、ジャズの感覚が残っている証拠。
そういえば、日本人って、あまり家の中とかで普通に歌ったりしないよね。最近、何かの拍子に気が付いたんだけど、僕の家の中で用もないのに歌を歌うのって、僕と孫娘の杏樹の2人しかいない。おかしいな。なんでみんな歌わないんだろう?って、ゆーか、むしろ僕はなんで歌うんだろう?杏樹とふたりで踊りも踊る。
こう書きながら思い出したけれど、長女の志保や次女の杏奈も、子供の時は歌ったり踊ったりしていたね。では、なんで大人になったらそうしないのだ?つまんないよね。大人って!
こう思う僕は、きっと前世イタリア人とかブラジル人とかのラテン系だったに違いない!
ええと、何の話をしていたんだっけ?あ、そうそう・・・3日の土曜日は、トレーナーになった気持ちでの練習なので、最後までゆっくりのテンポのまま次に行ったりもした。料理でいえば下ごしらえ。インテンポで結果を確認しなくてもいい。やるべき事をきちんとやっておけば、後で結果は自然に付いてくる。
さて、分奏なので、いつもより早く練習が終わって外に出てみたら、三河地方では暑くて湿気の多い夏空が広がっている。
「あれっ?良い天気じゃないか!」
i-Padで天気を確認した。ここは晴れているが、東海地方から関東にかけては依然雨が活発らしい。それどころか熱海などでは、大規模な土石流などが起きて、行方不明者が何人も出ているらしい。
新幹線の運行も不規則になっているようなので、三河安城や豊橋には出ないで、知立駅まで車で送ってもらって、そこから名鉄で名古屋に向かった。それが正解だった。名古屋からの新幹線は、遅れてはいるが幸い動いていたので、無事帰宅した。
翌日の日曜日、テレビを付けて驚いた。夜の新幹線がストップして、車内で夜を明かした人もいたという。ふう~っ、危ない橋を渡ったが、無事でした。神様、ありがとうございます!
「マイスタージンガー」間もなく立ち稽古
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の合唱音楽稽古もいよいよ大詰め。もう音楽的な事柄に関しては、伝えるべき事は伝えたので、今週は、暗譜稽古と、各音楽に対応する発声法のあり方など、最後の仕上げに専念する。それから8日木曜日から立ち稽古となる。
懸念された、この曲をわずか60人で演奏するという件に関してであるが、是非聴いてみていただきたい。バイロイト祝祭劇場での210人から比べたら、そりゃあ量感の面からいったら仕方ありませんよ。でも、音量的にはどうでしょう?
人数が少ないのは見ればすぐ分かるし、その見かけからすれば充分だと思う。その中でも、歌唱も多ければ演技の動きも激しい徒弟達は、当初の予定は20人だったのに、今回は女性5人と男声6人のわずか11人。それが最大5声に分かれるので、ほとんどソリスト的な歌唱を要求されるが、とっても頑張ってます!
僕は時々、以前この「今日この頃」で宣べた、1999年のバレンボイム指揮バイロイト祝祭管弦楽団の演奏を参考に聴いているけれど、ドイツ語の発音にしても、対位法的に絡んだ細かい音符の処理にしても、人数が少ない分だけ、精度は我々の方が高いと手前味噌で言います。それに、僕が世界で一番尊敬する名合唱指揮者バラッチがどんなに頑張っても、練習量が違う。バイロイト音楽祭では、全演目を、わずか1ヶ月の間に立ち稽古も合わせて仕上げるわけだし、この録音に関しては、練習期間が始まってから、どうみても10日以内だったからね。こちらは「マイスタージンガー」だけで、(週末はのぞいてだけれど)すでに4週間みっちりやっている。
あと3日で川崎通いも終わる。新国立劇場で「カルメン」とかを並行してやっていて、ソーシャル・ディスタンスを考えると劇場内に音楽稽古をやるスペースが取れないので、川崎の労働会館サンピアンという、競輪場の向こう側のホールで、ずっと練習していたんだ。
駅から歩いて約20分かかる。暑い日には汗びっしょりになるし、最近では雨にビショビショ降られて・・・・初台駅に直結していて濡れずに入れる新国立劇場は、なんと恵まれているのでしょうか!明日の晩は、もう片割れの合唱団が頑張っている「カルメン」公演を観に、劇場に久し振りに行くつもり。それから、木曜日からいよいよ立ち稽古が始まる。
去年とは打って変わって、忙しい毎日が展開している。
生き甲斐もある。
本当に、ありがたい!