30年の間に

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

子役たちの成長
 「おにころ~愛をとりもどせ」のビデオ収録のラフ映像が僕の所に届いた。収録は株式会社テレビマンユニオンということになっているが、実際に収録の指揮を執っているのは桑原渉(くわはら わたる)君だ。
 彼のお母さんは、新町歌劇団の熱心な団員。お父さんは、もと上毛新聞の記者で、いろいろな記事で新町歌劇団の活動を支援してくれていたのだ。そして渉君自身も、ずっと新町歌劇団の公演に子役で出演していた。もちろん「おにころ」も、何度も・・・・。

 映像を楽しみにしながら見た。一番驚いたことがある。まるで痒い所に手が届くように、各シーンの各キャストが必要に応じてアップになったりカメラを引いたりして、それぞれのシーンの最も伝えたいことが余すことなく表現されている。それに音声も、これまでの中で最も素晴らしい。
 上演中に指揮しながら、
「ああ、ここオケの音量がかぶっちゃって、歌詞が聞こえづらいかも知れないなあ」
と思っていたところも丁寧にバランス補正されている。
 もちろん、クリアであるということはアラも見える。第1幕前半では、群馬交響楽団が(どのオケでも本番になるとこうなる傾向はある)やや僕の棒に対して重かったので、僕が少し煽りながら指揮していた個所があったが、いつも、高崎芸術劇場という広大なステージで「歌唱が遅れ気味だぞ!」と僕に言われていた合唱団は、本番になったら僕の棒に妙に反応良くなって、逆に走ってしまったところが何カ所もあった。それも、第1幕後半からは落ち着いてオケの響きにしっかり溶け込んで、本当に良いサウンドでまとまっていた。

 すぐに渉君に返事を書いた。
「全部観ました。
お世辞抜きで、素晴らしい出来です。
これまでの全てのビデオの中で、
映像、音響ともに文句なくベストのクォリティです。
自分の作品で、隅から隅まで知っているはずなのに、
結構、随所で泣いちゃったよ。

それにしても、あのわたる君が、
こういう形で「おにころ」に関わってくれたことが、
何より嬉しい!
僕としてはもう何の問題もありませんから、
このまま進めてくださって構いません。
では。」
すると即返事が来た。
「ありがたいお言葉、大変恐縮です、
私自身も当日撮影しながら、そして後日編集しながら何度も涙をこらえるタイミングあり、
キャストからスタッフまで今回携わった皆さんの想いを強く感じています。
そしてこのような形で私も再び携われることが、本当に幸せだなと実感しております」

 「おにころ」の初演は1991年。それから30年の時が流れて、2021年7月25日、9回目の公演を迎えた。継続は力なりというが、財産はそれだけではなかった。

 たとえば、第1幕で旅人の女性の役を演じた薬師寺杏奈ちゃんも、途中からではあるが「ナディーヌ」や「愛はてしなく」で子役で出ていたのだ。その後国立音楽大学声楽科に進み、今回ソロの役をゲットした。体当たりの演技で魅力たっぷりだった。
 また以前は子役で出ていた小内みさきちゃんも、今回は大人の練習に混じって完全参加。お父さんはテノール団員の小内諭さん。みさきちゃんが、最初の子役オーディションに参加したときのことはよく覚えている。オーディション参加者が多く、かなり狭き門で、パントマイムやダンス、歌など、ちょっとのミスも許されない雰囲気で、みさきちゃんは全て完璧というわけではなかった。しかし、僕は彼女を見ていてピンと来るものがあった。 手前味噌で言うけれど、こういう時の僕の直感は当たるのだ。案の定、子役合唱団に入ってから、めきめき力を発揮した。何より、舞台姿が魅力的で、舞台でどう自分が振る舞えば良いのかを心得ている。これは天性のものだ。今回も、ラップの踊りや随所でひときわ目立っている。ビデオを観てあらためて感じた。
 飯野朔(さく)君も、最初子役の一人に入れたときは、協調性が悪く、声ばかり大きくて全てが雑だったけれど、僕はそれをとても面白いと思って可愛がった。本番では、予想した通り朔君でなければ出ない味を出していた。
 ところが、今回のオーディションで面白いことが起こった。

御荷鉾の山から落とされて
神流の川に流されて

という「おにころいじめ」の曲を歌わせてみたら、期待したあの爆音が聞こえない。しかも、もの凄く低い声で歌っている。以前の歌の2オクターブ下(笑)。どうも自分でどういう風に歌っていいのか分からないようだ。
 なるほど。彼は目下、変声期の真っ只中なのだ。それで、残念ながら、今回は最重要な役は取り逃したが、まあ、待っていよう。また声が落ち着いて来たら、力を発揮するだろう。

 30年は長い。その間に亡くなった団員もひとりやふたりではない。「おにころ」も10回目の公演はどんな風になるのであろうか?でもね、僕は、全然形にはこだわらない。高崎芸術劇場での群馬交響楽団を伴った大きな公演は、インパクトがあり、大勢の観客に観てもらえて嬉しかったが、それのみが最高峰の価値を持つのではないと思っている。観客500人の新町文化ホールで弦楽器1本ずつの公演でも、「おにころ」のメッセージが伝われば、それで満足なのだ。少なくとも打ち上げ花火1本でおしまい、というのだけは避けたいのだ。

子供のワークショップと公演を思案中
 今、新町歌劇団では、来年すぐではないけれど「ナディーヌ」を上演しようともくろんでいる。その前に、ひとつの計画がある。

 今回の子役のオーディションはソーシャル・ディスタンスを考慮して、わずか10人のみの合格者だった。通常の半分以下という超狭き門。だから、落ちた子ども達が沢山いて、その子達にはお母さん共々、劇場から招待券が送られ、本番を観ることが出来たが、本番を観てなおも、
「出たかった!」
という子供や、
「出してあげたかった!」
という親の意見が相次いだので、僕は、その子達をどこかで拾ってあげようと思っている。 
 そこで、先週は、ある台本を書いていた。タイトルは「おにっころの冒険~村に平和をとりもどせ」だ。これは子ども達を対象にした作品。登場人物は、おにっころ、桃花、庄屋、鬼の大将、村人達、みかぼ山の鬼達。

ここ数年、毎年時期が来ると、村に、みかぼ山から鬼がやって来て、子供をひとりずつさらって行く。
今日は庄屋の立ち会いの下、村でその生け贄をくじ引きで決める日。
ところが、くじで当たったのは、なんと、庄屋の娘、桃花だったのだ。
そこでおにっころが立ち上がった。
おにっころは、鬼が来る前にみんなを引き連れて、みかぼ山に向かって出発する。
さて、その後、おにっころ達がみかぼ山で見たものは・・・・・?
 意外な展開にきっと観客はドキドキしたりハラハラしたりホッとしたりするだろう。これに新町歌劇団のメンバーがフルで入ってしまうと密になってしまうため、大人の役もなるべく子供でやろうと考えている。それで、子供の練習は短期決戦で行う。来年の夏休みに入ったら、何日かのワークショップ(キャンプ)で集中的に練習をつけて、本番にまで持って行こうと思っている。
 一方、新町歌劇団の大人達の為には、同じ演奏会で別にもう1ステージ用意して、大人は毎週の通常練習の中でそれをさばき、子供たちと直前で合体させる。

 これを作りながら、もう僕の心の中はワクワクでいっぱいだ。今週は、曲をつけてみよう。やっぱり僕は、ちっともじっとしていられない。



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