「ヨハネ受難曲」オケ合わせレポート

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

「おにっころの冒険」チラシ
 新町歌劇団による8月7日演奏会のチラシができあがってきた。主催は新町歌劇団なのに、表には「おにっころの冒険」しか書いてない。実は、これは僕の提案で、昨年の高崎芸術劇場における「おにころ~愛をとりもどせ」公演で「おにころ」は随分認知されたと思っているので、この際だから、今度の演奏会のチラシでは、「子どもたちが演じる」を掲げ、
「え?なんだろう?なになに?おにっころ?」
ということでキャッチし、あとは裏を見て、コンサートの全体像を把握してもらえばいいかなと思ったのだ。

写真 8月7日のチラシ(表)
おにっころの冒険(表)

 「おにっころの冒険」を演じるのは、主人公も桃花も庄屋も鬼の大将も、6月12日日曜日に行われるオーディションで選ばれるので、まだ影も形もない。大丈夫かな、とみなさん思われるでしょう。僕も思っている。あははははは!

 ただこのチラシの表に、若い僕の姿と共に写っているように、1994年に子ども達を集めてワークショップをし、小規模な発表会を行った経験がある。ワークショップは、かなり厳しくビシビシ指導したが、子ども達はよく付いて来てくれた。その中には、娘の志保と杏奈もいて、今でも、
「あれは楽しかった!」
と言っている。子ども達の中に潜在的に眠っている集中力とパワーを僕は知っているのだ。

 ただ、今回は、あの時よりもずっと台本も長いし、曲も何曲か新しく書き下ろした。だから、勿論楽観はできない。それに、今やジージとなった僕が、あの頃と同じようにパワフルに子どもたちと関わっていけるのかやや疑問であるが、この歳になっても、あるいはこの歳だからこそ、チャレンジアブルな立場に身を置いて、ちょっとリスクを背負いながらでも、トライしてみたい。
僕のアンチエイジのためにも(笑)、文化の伝道師としても、この企画は成功させたい。

 さて、それからチラシをひっくり返して裏を見ると、この「おにっころの冒険」はコンサートの第一部にしかすぎなくて、第二部として新町歌劇団と田中誠さんによる「日本のうた」と「イタリアのうた」が企画されているのが分かる。実際、新町歌劇団としてみれば、こちらがメインの活動で、第一部は企画のサポートに徹しているわけだ。

写真 8月7日のチラシ(裏)
おにっころの冒険(裏)

 5月28日は、午前中、東京バロック・スコラーズの最後の合唱だけの練習に出てから、夜に新町歌劇団の練習に行き、パプリカの練習とした。初谷敬史(はつがい たかし)君がよく下準備をしてくれていて、練習はスムースに運んだが、僕のアレンジのなかで、ちょっとした歌詞の読み間違いを、「おにころ」の子役をやって今は大人の合唱練習に参加している子に指摘された。
「青葉の森で駆け回る」
を僕は、「駆けめぐる」と読んでしまっていたのだが、「駆けまわる」だった。
「僕これ何度も歌っているし踊りも踊れるんだよ。間違いないよ」
だって。
 こっちはYoutubeから耳コピーしてメロディーとコードネームをゲットしたら、もうあまりオリジナルを聴かないから、こういうことが起きるんだな。それと、初谷君からも、メロディーの音がひとつ間違えているのを指摘された。

「見つけたのは一番星」
の、メロディーがラドシソミのところをラドシラミと書いてしまっていた。ひとつ言い訳させて欲しいのは、僕は和声的に考えてしまったんだな。4度の和音に当てはまるのはラドシラであってラドシソのソは非和声音だ。常識人としたら、和音内の音で考えるのだが、逆に言うと、ラドシソとわざとハズすのが粋(いき)というものかもな。
 そういえば話はハズれるが、
「お山に雨が降りまして」
という曲があるだろう。あれを和声になまじっか通じている普通の作曲家は、ドレミミソードドララララファーと書くだろうが、ドレミミソーシシと非和声音のシを使っている。でも、ここが素晴らしいのだ!これこそ天才的!

 ということで、子供に指摘されましてすぐに直しました。はい。すんません!

 前にも書いたけれど、パプリカって曲は、あんなに子ども達もよく踊ったし流行ったのに(歌謡曲ならナルメロとして後にリバイバルもあるだろうに)、ヘタすると社会から抹殺されて二度と演奏されないんじゃないかと危機感を感じて、「日本のうた」というカテゴリーに入るかどうか分からないけれど強引にプログラムに組み込みました。

 いつも「おにころ」公演をはじめとして、新町歌劇団を応援してくれているガトーフェスタ ハラダ(新町に本社がある)が、今回も少なからぬ資金援助をしてくれます。ただハラダとすると、「新町歌劇団にばかり援助しないで、うちも、うちも」となってしまうと困るので、冠コンサートにはしないでね、ということなので、地味にチラシの上に掲げました。
とてもありがたいことです!

「パルジファル」合唱音楽稽古
 「パルジファル」の練習が進んでいる。男声の合唱団員には、新国立劇場合唱団のメンバーや元メンバーもいるし、古くからのよく知っているメンバーも少なくないので、僕が何を目標にしていて、どのレベルを目指しているのか分かっているのだが、最初、女性団員たちの取り組みが甘くて、そもそも声もろくに出してくれないので、だんだん腹が立ってきて、ある時、
「ふざけんじゃないよ。声出してくれないことには直しようがないんだよ!」
と大きな声を出して怒った。
すると、びっくりした彼女たちは、即座に声を出し始めた。

 次の混声の稽古を僕が女声だけの限定稽古に変更したので、恐らく彼女たちはまた怒られると思ってビクビクしながら練習場に来たかも知れない。でもね、いつまでも怒っていても仕方がない。大切なのは、彼女たちの方に、きちんと取り組んでくれる体勢ができればいいのだ。
 僕は今度は、子音の発音の仕方から始まって、フレーズの最後の長さ、ビブラートの調節、支えに関する様々なサジェスチョンなど、気長に、そして丁寧に丁寧に練習をつけたので、一日で目覚ましいレベルの向上を成し得た。

 合唱指揮者はいつも優しいばかりじゃない。せっかく自分がやるのだから、ここまでのレベルにいかないと絶対に納得いかないし、後で自分が後悔することになる、ということが分かっているので、相手がプロであろうと(プロであるからこそ)、あきらめたりしないで、最終的な結果を出したいのだ。そう。プロとは“結果”が全てである。
 逆に言うと、それこそが彼女たちに対するリスペクトでもある。もし僕が放り出してしまったら、それは無責任というものだ。彼女たちの潜在的な能力を引き出せなかったとして、合唱指揮者としての無能さを問われるのみである。

 とにかく、新国立劇場合唱団であろうと二期会合唱団であろうと、同じレベルのものを僕は要求し、そして達成しなければならない。言い訳は許されない。なんといっても「パルジファル」は、僕が最も敬愛するワーグナーという作曲家の、最も好きな作品なのだからね。
 音楽稽古はあと3回を残すのみとなり、明後日の6月1日水曜日から2日間は、花の乙女達の独唱者たちも加わっての練習となる。ここで子音の扱い方や、語尾の切り方などの摺り合わせをしておかないと、マエストロ・セバスチャン・ヴァイグレに失礼だ。

 男声は、初回からとっても真摯に取り組んでくれている。「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が新国立劇場と二期会合唱団の共同だったし、その前の「タンホイザー」では、二期会合唱団&ヴァイグレとのセッションがそれなりの成果を上げたからね。
 今回も「タンホイザー」同様、男声合唱の個所が多いので、サウンド作りに気を遣っている。特に第3幕のティトレルの葬列の合唱は、かつてのバイロイト音楽祭合唱指揮者ノルベルト・バラッチュが、dunkle Farbe(暗い音色)を執拗に団員に要求していたのが印象的だ。
 僕は、ある時まで、頭に残っているそのバイロイトの音色と全く同じものを、日本人の団員にも強要していたが、今は違う。体の大きさも骨格もドイツ人とは違う我々に、同じものを要求しても、ベストな結果は望めない。

 そのことに僕は、ミラノ・スカラ座での研修で目覚めた。大切なのは、普遍的で究極的なテクニックであるベルカント唱法だ。そのベルカント唱法のテクニックのひとつとしてdunkle Farbeもあるのだ。それを、それぞれの民族の体を使って、それぞれの民族に合った最良の方法でアプローチする。それが最良の方法だ。そしてそれは達成しつつある。

「ヨハネ受難曲」オケ合わせレポート
 5月29日日曜日14時30分。板橋区立グリーンホールに、福音史家の畑儀文(はた よしふみ)さんと小森輝彦(こもり てるひこ)さん、それにオルガンの浅井美紀さん、チェンバロの山縣万里さん、そしてチェロの西沢央子(にしざわ なかこ)さんの5人が集まり、レシタティーヴォのセッションが行われた。いよいよ6月5日の「ヨハネ受難曲」演奏会の準備が具体的に進水式をあげた。
 皆さんそれぞれ、バロックの約束事や、譜面に書かれていない音符処理に関しては、全て了解済みのエキスパートではあるが、それでも僕は、福音史家の語り口や言い回し、会話のスピードの変化、自分が感じるドラマ、そしてイエスの言葉に伴う様々な表情、それらに伴う通奏低音の音符の扱いなどを細かく伝えていく。
 今回の演奏会では、特に、このレシタティーヴォでどこまで彫りの深いドラマを描くかが勝負なので、念入りに何度も繰り返しながら創り上げていった。これで、どこに出しても恥ずかしくないものが構築されてきたぞ。

写真 ヨハネ受難曲ソリストと三澤
左から小森さん畑さん僕

 一度やや長い休憩時間を取って、18時から合唱団と残りのオーケストラのメンバーが入って全体練習。今や押しも押されぬ東京フィルハーモニーのコンサートマスターである近藤薫さんをはじめとするきら星のようなメンバーの顔ぶれ。

 普通は、第1曲目からオケ合わせを開始するのだろうが、今日は先ほどのふたりの歌手を残してあるので、福音史家のレシタティーヴォから群衆合唱やコラールなどの連結を演奏した。必要に応じてオケ練習に切り替え、音符の処理を指示する。午後から参加しているチェロの西沢さんが分かっているのと、コンマスの近藤さんが勉強してきているので、レシタティーヴォから群衆合唱への受け渡しは、とてもスムースにいった。オケのリズム感も良い。
 ちょっとでもオケがもたつきそうになると、コンマスの近藤さんだけでなく、コントラバスの髙山健児さんが気を利かして、テンポ・キープしてくれる。実に頼もしい。
今日の会場は、横に使うと充分にソーシャルディスタンスをとれないため縦に使っている。合唱団自体もとっても縦長になって歌っているため、後列がともすると遅れ気味になる。
「後ろの人はオケに乗って歌わないで僕の指揮で歌って」
とは言うが、やっぱりどうしても引きずり気味になる。それにつられてオケも遅れ気味になったりすると、相乗効果でどんどん遅れてきてしまうのだ。
 なにしろ、音速は1秒間340メートルなのだから、わずか340メートル離れているだけで鳴った音が届くのがなんと1秒後なのだよ。だから新国立劇場などで働いているから体感しているけど、舞台裏の合唱はオケの音よりもとっても早く歌わないといけない。

 今回はアリアの練習は翌日(つまりこれを書いている今日)の5月30日月曜日なので、アリアと大規模な合唱曲を抜かして曲が最後まで言ったところで、畑さんと小森さんは帰って行った。

 あらためて最初の曲を演奏し始めた。16分音符で暗雲立ちこめるような雰囲気の弦楽器に乗って、フルートとオーボエがところどころ短2度でぶつかりながら緊張感のあるメロディーを奏でる。その瞬間、僕の胸の中に戦慄に近い感動が走った。
 先日の宮崎のヴェルディ・レクィエムに感じたのと同じような感情だ。これが、今、この世の中に満ち充ちている悲惨さであり、人類が人類である限り・・・人類に罪というものがある限り、付きまとう悲劇なのだ。今、我々は、そんな世界の中を生きている。

 それから、終曲の前のRuht whol(憩え)の合唱曲と終曲のコラールを演奏した。特に終曲では心から救われた。
その時こそ、私は死から呼び起こされ
私の瞳はあなたを見る
大いなる歓びの中で
僕は思った。
それでも・・・こんな世界でも・・・世の上にはあまねく崇高なる光の世界が広がっていて、我々の心も本当はその世界とつながっている。

世の中から悲惨さが消えることはないかも知れないが、同時に人類から光明の世界へ至る扉が閉められたことも一度もなかった。われわれは、いつか必ずそこに辿り着く。

それを信じる限り、それが信じられる限り・・・人類から希望が消え失せることはない。

我々の「ヨハネ受難曲」は、今こそ、世に放たれなければならない。
我々の「ヨハネ受難曲」は、人類の悲惨と、そして希望を映し出す。

闇に光を・・・絶望に希望を・・・罪に救済を・・・涙に笑顔を・・・。

2022年6月5日日曜日。
武蔵野市民文化会館を訪れたひとりひとりの上に何かが降りる。

 これからソリスト・オケ合わせに行ってきます。ソプラノの國光ともこさん、アルトの清水華澄さん、テノールの鈴木准さん、そしてバスの萩原潤さんが来ます。
 6月4日土曜日にもう一度オケ合わせがあり、全曲を最初から順番通り丁寧に稽古してから、本番の日に臨みます。



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