いよいよ浜松バッハ研究会ふたたび始動

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

最近の動向
「パルジファル」合唱立ち稽古

 6月23日木曜日。17時から20時まで、西新宿の芸能花伝舎の体育館で、二期会「パルジファル」の合唱立ち稽古。前半が第2幕女声合唱で「花の乙女たち」のシーン、後半が男声合唱で第1幕と第3幕の神殿のシーン。

 この日はテレビの取材が入っていて、宮本亜門さんをカメラがずっと追いかけていた。立ち稽古は順調に進んでおり、この日で合唱は、一応すべてのシーンの演技がついた。もちろん、まだみんな頭にたたき込んだだけなので、これから通し稽古までの間に落ち着いて体になじませていかなければならない。

 立ち稽古が20時5分前くらいに終わると、僕はそそくさと稽古場を後にし、丸ノ内線西新宿駅に急いだ。実は、東京駅20時54分発特急ひたちに乗って水戸まで行かないといけない。今晩は水戸に泊まって、明日鉾田(ほこた)南中学校でワークショップをすることになっている。ワークショップについては後で説明する。

特急ひたちで独り宴会
 丸ノ内線の電車はすぐに来て、思ったよりずっと早く東京駅に着いた。東京駅って今は凄いんだ。お店がいっぱいあって何でもある。僕は地下に直行したが、目移りしまくってグズグズしている。
 「とんかつ弁当かな?」とか「うなぎ弁当も捨てがたいな」とか「天丼もアリかな?」とか「やっぱり栄養のバランスの良い幕の内かな」とか、さんざ迷ったあげく、結局、ちょっと高めだけれど、中トロも含む何種類かのマグロが入ったお寿司と・・・それから・・・目にとまったのが、なんと崎陽軒のシュウマイだったので、それを買って、500mlのスーパードライと共にひたちに乗り込んだ。
 ま、そこで独り宴会という感じ。マグロが最高!シュウマイもビールに合う。お野菜が全然ないので、栄養バランスは超悪いが、ま、一晩くらいいいでしょう。

はじめての水戸
 水戸へは生まれて初めて来た。結構大都会だね。ステーションビルにはビックカメラをはじめ、しまむら、吉野家、エクセルシオール、ミスタードーナッツ、神戸屋キッチンなど、ありがちなものは全てある。
 その晩はもうそれ以上食べたり飲んだりはしないでさっさと寝て、翌朝6時前起床。駅から近い千波湖(せんばこ)のほとりを散歩した。

写真 千波湖に浮かぶ2匹の白鳥
水戸千波湖

近くに有名な偕楽園がある。細長い千波湖の一番向こう側に徳川光圀公の銅像が立っていた。
「この紋所が目に入らぬか!」
というアレだね。水戸黄門様。うふふ。
 そのまま湖を一周して帰ってきて、朝食を取ったが、ダイワロイネット・ホテルの朝食会場はね、なんと一度ホテルを出て、一階の居酒屋「花の舞」なんだ。花の舞は、コロナ前にはよく飲みに行ったけど、こんな7時過ぎの早朝から入ることに、ある種の後ろめたさを感じるよ。豪華和定食セットで昨晩の栄養アンバランスを充分補った。

写真 水戸光圀の銅像
徳川光圀公


 集合時間が10時なので、ちょっと「トリスタンとイゾルデ」のお勉強をした。7月に入ると、マルケ王役の伊藤貴之さんのコレペティ稽古が始まるし、引き続きトリスタン役の小原啓楼(おはら けいろう)さんの稽古もある。
 単語の意味を調べて頭に入れながら、ワーグナーがその言葉にどんな発想を持ちながら音楽を付けたかを追体験しようと努め、そのことによって、どんなニュアンスでそれを彩ったらいいか考える。
 僕は、必ず自分ではっきりとしたイメージを持ってから他人の演奏を聴くようにする。その朝は、クライバーとベームの演奏を聴いてみた。クライバーはかなり繊細な表情が付いているのに驚いた。ベームは歌手の歌い方もただ声を張り上げているだけだし、全体に大味。やっぱり僕には全然心に響いてこない。
 これ、名盤と言われているのだが、みんな立派な声さえ出ればワーグナーの音楽になると思ってない?バイロイト祝祭管弦楽団は確かに盛り上がってはいる。でも、緊張感さえあれば名演だと思ってない?マルケの失望と寂しさに僕はもっと迫りたいと、反面教師的に思った。

ワークショップ
 午前10時前、みんなホテルのロビーに集合し、それからタクシーに乗った。向かう先は鉾田(ほこた)南中学校。実は、今年の9月に新国立劇場合唱団による文化庁主催のスクール・コンサートがここで行われるが、その前段階として、4人の歌手を連れてワークショップに来ているのだ。僕は司会とピアノを担当する。

 まずは、ソプラノの間野路津紀(まの るつき)さん、アルトの山下千夏さん、テノールの岩本識(いわもと しき)さん、そしてバスの金子宏さんに、それぞれの曲を歌ってもらい、たとえば、ソプラノだったらヒロインになることが多いとか、若い役が多いとか、ソプラノとテノールが恋人同士になることが多いけれども、それに焼きもちをやいて邪魔をするのがアルトの役どころだとか、バスは王様のように位が高い人を演じることが多いとか、それぞれの声部の持つ特徴を、僕が説明したり、彼らに自分で語らせた。
 ちなみに真野さんが歌ったのは「ラ・ボエーム」から「ムゼッタのワルツ」、山下さんは「カルメン」から「ハバネラ」、岩本さんは「トゥーランドット」から「誰も寝てはならぬ」、金子さんだけはオペラではなくて、ムソルグスキー作曲「蚤の歌」。

 そうやって、各パートを紹介した後は、それが集まった場合、合唱(ワークショップではひとりずつだから重唱)となることを説明し、メロディーを担当するパート以外は、ハーモニーの構成音を歌うのだと教え、例として、ベートーヴェンの第九交響曲の「歓喜の歌」を取り上げる。
 まずアルトの声部だけ歌わせる。僕は、
「同じ音ばっかりですね。これでは何の曲かよく分からないですね」
などとコメントして、次にテノール、バスと歌わせ、さらに、下3声だけで合わせて、
「やっぱりメロディーがないと格好がつきませんね」
と言ってから、ようやくソプラノを乗せて、ピアノ伴奏も付けてMの部分を演奏し、
「どうです、みなさん!それぞれキャラクターの違う4つの声部ですが、それが合わさると、こういう風にハーモニーができるわけですね」
ということを示して第1部を終わる。ここまでで約40分。

 9月のコンサートの中で、生徒たちが校歌や愛唱歌などを歌うコーナーがあるのだが、その準備として、第2部では、発声やさまざまなことに注意して歌うための指導を行う。まず生徒たちに歌ってもらい、それを踏まえて姿勢や発声のことを指導する。
 実は、その発声を教えるために、僕は「発声のこころえ」という曲を作曲し、かなり前からそれを使っている。曲の中では、ひとりの歌手が、わざと間違えた体勢や発声をやってみる。つまり、肩を上げて呼吸してみたり、おなかを突き出してみたり、反対におなかを引っ込めてみたりして、その度に他の3人の歌手から、
「あ、でもね。×××をしてはいけません!」
と注意される。
 今回は間野路津紀さんが、いろいろ間違える「オトボケ役」を演じてくれた。その曲が終わると、僕は具体的に発声のポイントを指摘し、それからまた校歌とかを歌わせる。そしてワークショップ最後には、僕はこう言った。
「みんな、願いは叶うんだよ。ここにいる4人の歌手も、強く願ったからプロの歌手になれて、今こうしてみんなの前に立っているんです。願いもしないのに気がついたらプロになっていたなんて人はひとりもいないのです。みんなそれぞれ壁にぶつかったり悩んだりしながら、でも夢をあきらめないで、ここまで来たんです。みんなも、それぞれ夢を持ってください。最後に私たちからもう一曲プレゼントします。『星に願いを』です。もう一度言います。夢は叶うんだよ!」
そして4人が僕のピアノに乗せて「星に願いを」を歌ってワークショップは終わる。

前の週は、つくばエクスプレス初体験
 実は、前の週も別の学校に同じ歌手たちを連れて行った。行く県は同じ茨城県だが、鉄道の線は全然違った。こちらは日帰り。朝、秋葉原から、つくばエクスプレスに乗ってまず守谷まで行った。
 僕は、つくばエクスプレスに乗るのは生まれて初めてだったが、JR秋葉原駅の改札を出て、つくばエクスプレスの改札まで、あんなに地下深くまで降りて行くとは思わなかったし、改札を入ってからも、また果てしなくエスカレーターを降りて行く。これはもう地殻を突き抜けてドロドロのマントルにまで達するのではないかと思われた。
 守谷からは、一度改札を出て、関東鉄道常総線に乗り換える。電化されておらずディーゼルなので、昔よく使っていた八高線を思い出して、懐かしかった。水海道(みつかいどう)でさらに反対側のホームに乗り換えたら、わずか1両の電車だった。その日は石下(いしげ)で降りて、石下西中学校に行った。

納豆悲話
 ということで、話を水戸に戻すと、鉾田市から水戸駅まで戻ってきて、ちょっと時間があったので、みんなでお土産物店に行ったら、定番の水戸納豆がある。いろんな店があって目移りして困るが、大仰な麦わらにくるまって結構かさばっているのが立派に見えた。それで、よしこれを買おうと決心して、大粒と小粒の2個入りをそれぞれ買った。
 納豆以外にもいろいろあるが、ドライ納豆だの、納豆せんべいだの、あまり触手が進まないものばかり。他の歌手たちも結局納豆そのものを買って行った。

「ねえねえ、もしあったらキモい納豆関連のお菓子って何かな?」
と他の歌手たちに聞いたら、みんなそれぞれ面白いことを言う。
「う~~ん、納豆プリン!」
「キモ!」
「あははは!」
「う~~ん・・・納豆ゼリー!」
「キんモっ!」
「あはははは!」
「納豆パフェ!」
「キモーーっ!」
なんて馬鹿な会話をしながら帰ってきました。

 でもね、家に帰ってきて、もの凄く楽しみにしながら納豆の麦わらをジャジャジャーンと開けたんだけど・・・・あのね、わらばかり立派で大きくて、肝心の納豆がちっちゃい!それに、これって、わらに入れて発酵させたんじゃなくて、ただわらに入れて売ってるだけだよね。もっと許せないのは、ダイエーとかで売っている方が美味しかったりして。僕はねえ、納豆にはうるさいんだ!

「まあ、お土産ものなんてそんなもんじゃない?」
と妻は笑いながら言うが、なんか損した気分。

 後で、インターネットでいろいろ調べてみたら、メーカーによって様々で、きちんとわらで発酵させているものもあるし、もっと良心的に丁寧な店も少なくない。早い話、僕たちのように電車の時間が迫っている状態で、そそくさと買うよりも、ネットで落ち着いて調べて頼んだ方が確実だということが分かった。
 でも、それじゃあ、地方に行ってお土産を買ってくる楽しみがないじゃない。最近、こんな風に、見かけに瞞されてちょっとした失望を感じることって、みんなも少なくない?

いよいよ浜松バッハ研究会、再び始動
ついにバッハ研が・・・

 若い頃から、日曜日というと地方に行っていることが多かったが、2020年春にコロナ禍が始まって緊急事態宣言が出されて以来、どこにも地方にいく所がなくなって、一週間の内、日曜日が最も暇な日となってしまった。
 特に合唱団は、コロナ初期に、ある地方でクラスターが出て、どの会館からも目の敵のように扱われて、そもそも貸してもらえないし、極端な人数制限を強いられたりして、肩身の狭い想いをしていた。しかし、そんな中でも、だんだんそれぞれの団体が立ち上がって練習を開始してきた。
 僕が一番気にかけていた浜松バッハ研究会が、なかなか再開できないのを残念に思っていたが、ついに6月26日日曜日、僕が久々に浜松入りして練習を行うということで、まず散り散りになっていた団員を集合させ、その練習後にあらためて総会を行って、今後の動向を決めようという半ば強攻策をとった。

まずうなぎ?


お櫃うなぎ茶漬け-1

 僕は久し振りに浜松の駅に降り立つと、迷わずに駅前の八百徳(やおとく)に直行。名物の「お櫃(ひつ)うなぎ茶漬け」を注文した。おいおい、何しに浜松に来たんだい?決まってんじゃねえか、まずうなぎよ。それから合唱練習よ・・・あ、バッハ研のみなさん、冗談ですからね。本気にしないでくださいね。
 一杯目は、お櫃からそのまま出して山椒だけかけて食べる。う・・・うまい!さて、二杯目からは、いよいよお茶漬け。ネギをまぶして、ワサビをちょっと多めに、鼻にツーンと来るくらい乗せて、上からお茶をかける。ここのお茶は昆布茶なんだ。それが、うなぎの臭みを消すことで、名古屋の櫃まぶしよりも品格が高い感じがする。いやあ、しあわせ!

写真 お櫃鰻茶漬け、ちょうどお茶をかけたところ
お櫃うなぎ茶漬け-2


バッハの音楽は全てを浄化する
 バッハ作曲ロ短調ミサ曲の最初のKyrieが練習会場に響き渡った。
「ああ、これだ!」
と、今更ながら驚いた。先日の「ヨハネ受難曲」のHerr !という響きが、まだ僕の体の中に残っていたのを、後ろからKyrieに追突され、Herrが口から飛び出した感じ。
 あのHerrを書いたバッハも天才だけれど、このロ短調のビッグバンを創造したバッハはまさに神だね。誰にも書けそうだけれど、誰にも書けない、まさに巨匠の業を見せつけられたよ。
 みんないろんな風に感じていいんだけど、Krieの冒頭は、僕にはオレンジ色の深い光と感じられるし、地球上の全てのものが地軸から発する重力に貫かれているように、全ての被造物をあまねく貫く“法の力”そのものの音楽的体現のようにも感じられる。

 合唱団員の中には、少なからず不安を抱えながら来た人もいたのではないか?でもね、バッハの音楽は、鳴ってしまえばこっちのもんだよ。半音階的な主題を持つ2度目のキリエも、輝くばかりのグローリアも、バッハが鳴っている空間というものは、特別なパワーを持っていて、全てを浄化し、全てのネガティブなものをポジティブなものに変える。病める者は癒え、汚れている者は浄められ、不安は安堵に変容し、迷いは確信に変わる。
 そんな音楽なんだ。だから、もうこの練習場でこの音楽が鳴ってしまったならば、もうつべこべ言わずに2023年4月22日土曜日、浜松アクトシティ中ホールで演奏会を行い、それに向かって突っ走るのは、神からの至上命令なんだよ。
分かったあっ?みんな!
 僕は個人的には、この世に生まれてバッハの音楽に出遭い、バッハの音楽に触れ合っていられる。それだけでしあわせなんだよ。

エキストラの募集
 それでこの紙面でみなさんに呼びかけたいのだけれど、団長の河野周平さんが、
「まだまだアクトシティで本番をやるためには人が足りません(たとえばその日の練習にはテノールの参加者は3人だった)。どこからかエキストラが欲しいのですが、三澤先生からも呼びかけていただけないでしょうか?」
と言っているので、僕の指揮でロ短調ミサ曲を歌ったことがある人を中心に、どうかこの本番に乗ってもいいと思っている方いたら、是非申し込んで下さい!
再生浜松バッハ研究会を助けると思って!
お願いします!

あのう・・・でも・・・自分がうまいと思っても・・・邪魔する人は駄目ですよ。



Cafe MDR HOME


© HIROFUMI MISAWA