「ローエングリン」初練習

 

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

Aキャンプの宿泊
 常連のTさんは東京バロック・スコラーズのメンバーでもあるが、10月15日土曜日の練習の休憩時間に僕の所に来て言った。
「先生、1月の3連休は、宿泊をとるのが大変ですわ。昨年泊まったペンションうるるが、今度はいっぱいで受け付けてくれません。今、他を探していますが、Aキャンプ申し込み者には、早く言っておいた方がいいと思います」

 考えてみると、年末年始と同じで、ここの3連休(2023年は1月7日土曜日、8日日曜日、9日月曜日)は、スキー客にとっても家族などで行けるチャンスだし、宿泊所にとっても稼ぎ時なんだね。特に次シーズンでは、そろそろコロナも終息しそうなので、お客が戻ってきているのだ。

 僕は、あれだけの外国人をコロナ前には受け入れていた白馬だから、全く宿がないということはないのではないかと楽観していたが、認識が甘かったのかも知れない。

 そこで考えた。もしまとまった数の人たちが集まったなら、どこかにコンドミニアムを取って、グループで泊まるのもありかも知れない。そこで探してみた。五竜スキー場の近くにも、いくつかコンドミニアムはある。誰か車を持っている人がいたら、買い物をして一緒に過ごすのもいいかも知れない。
 Aキャンプの申し込みは午後1時半からゆったりなので、それも可能性あります。あらかじめ宿泊場所が取れた方はいいですが、とりあえず、Aキャンプ申し込み者で宿泊が心配で二の足を踏んでいる方がいたら、まず宿泊のことはおいといて、申し込むだけ申し込んでみて下さい。

「ローエングリン」初練習
 10月16日日曜日。「トリスタンとイゾルデ」演奏会以来初めて、愛知祝祭管弦楽団の練習に行く。演目は「ローエングリン」。来年2023年8月20日の本番に向けての船出だ。
 
 今回から、Zoomレッスンの生徒である小山祥太郎君がオケのトレーナーになり、再来週の10月30日に練習を担当するので、楽団の雰囲気を知ってもらうために彼も呼んだ。
すでに昨年のワーグナー・ガラスペシャルでやった第1幕及び第3幕序曲と結婚行進曲、それから第2幕のシーンは抜いて、10時から16時30分までに、かなり無理矢理練習を進めて、16時30分ピッタリに、最後の和音に辿り着いたぜ。

 もちろん初回なので、まだきちんと弾けているわけがない。でも、「トリスタン」のような中期以降の作品に比べたら、まだいろいろが単純で親しみやすいから、団員達は口々に、
「楽しい!」
と言ってくる。

「ローエングリン」は、「ラインの黄金」で指導動機Leitmotivを駆使する前の最後の作品だ。「ローエングリン」のテーマや「禁制」のテーマなど、全曲に渡って出現するモチーフはあるけれど、まだシステマティックな使い方をしていないし、そもそも曲の作りが、ひとつのメロディーを中心に4小節、8小節のフレージングを形作っていくという古典的手法に従っているので、屈託なく音楽を楽しめるわけだ。

 考えてみると、愛知祝祭管弦楽団って、ワーグナーの全曲に取り組んだ最初の作品が「パルジファル」で、それから「ニーベルングの指環」を毎年やってきたわけでしょう。「さまよえるオランダ人」も「タンホイザー」もやらずにだよ。実にヘンタイ的なオケですね。
だから、みんなが「ローエングリン」に触れて、
「あれ、普通に楽しいぞ!」
と、かえって新鮮な驚きを感じるわけだ。

 練習が終わって、小山君と帰りながら、
「今日、みんながまだ弾けていなくても、僕があえてすっ飛ばした個所は分かっているだろう。そこを、再来週はゆっくりと何度も丁寧に反復練習すれば良い。余計なことはしなくていいから、弾けなかったものが弾けるようになれば、トレーナーとすれば目的達成だ。あとは団員からの要望を聞けばいい」
と言った。

合唱のための講演会
 「ローエングリン」は合唱オペラで、合唱の分量がとても多いし、曲によってはかなり難しい。モーツァルト200合唱団と、元々ある祝祭合唱団は、すでに練習を開始しているが、僕は彼らのモチベーションを高めるために、10月18日火曜日(つまりこの原稿を書いている翌日)、再び名古屋に行って、彼らのために特別に「ローエングリン」講演会を行う。
その内容については、講演会のためのレジュメを作って担当者に送っておいたが、特別にみなさんにもお見せしよう。
(ローエングリン講演会レジュメ)

 本当はね、「ローエングリン」の物語のテーマである聖杯伝説に、僕はめちゃめちゃ興味がある。かつて、映画「ダ・ヴィンチ・コード」を観て衝撃を受け、すぐにダン・ブラウンの同名の著作を読み、さらに著者が資料として拠り所にしていた「レンヌ-ル-シャトーの謎」(柏書房)をはじめとして、いろんな本を読みあさった。すると、読めば読むほど、聖杯伝説にまつわる謎は実に深くて、謎が謎を呼び、きりがないんだ。

 驚くことがひとつある。ワーグナーは、「パルジファル」を作るにあたって、マグダラのマリアがイエスの十字架上での死の後に住んだといわれる、南フランスの村レンヌ-ル-シャトーを訪れていたというのだ。
 そのワーグナーの話を頼りに、1940年から45年にかけてフランスを占領していたドイツ軍がその近郊を探し回ったが、何も発見できなかった。言い伝えでは、そこには莫大な財宝が眠っていたといわれていたのだ。

 明日の講演会で、その話に深入りしてはいけないと自分に言い聞かせてある。ここでハマリ込むときりがなく、結局聖杯伝説だけで時間切れになってしまっては元も子もないので、気を付けて早く通り過ぎなければ!とにかくワーグナーは、「ローエングリン」を作ってから、彼の最後の作品である「パルジファル」まで、聖杯伝説にこだわり続けたことは事実である。

 さてとにかく、これから来年の8月まで「ローエングリン」と付き合えるのはとっても嬉しい。新国立劇場では来年1月終わりから2月にかけて「タンホイザー」があるし、やっぱりワーグナーはいいですなあ!

写真 聖杯伝説を厚かった書物4冊の表紙
聖杯伝説の謎


角皆優人君のDVDの音楽を作っています
 親友の角皆優人君は、昨年、スキーのDVDを作って、僕が作曲してあげた。できあがったものを見てみると、結構ためになる内容であったが、彼自身どうも気に入ってないようで、今シーズンが始まるのに合わせてまた新しいのを作るという。いや、前のも決して悪くはないんだよ。でも、彼は真面目すぎて遊びがなくて嫌だという。もっとエンターテイメント的なものを求めているんだな。

 そこで、新しいDVDのための音楽をまた頼まれて、編集されたビデオがどんどん送られてきた。前回はビデオ開始と終了時のテーマ音楽のみだったが、今回は、角皆君の滑る、整地、新雪、コブ、エアリアル(ジャンプ)などの映像に合わせての音楽。
 だから、ここのところ、暇な時間を見つけては、映像を何度も観ながら、イメージを膨らませて作曲している。彼のアクションや画面切り替わりに合わせて音楽も変化させてみた。これが実に大変なのだけれど、映像に合わせて作曲する作業は、ドラマと音楽との融合を目指す僕にとっては、ちょっと新しいチャレンジで、とってもエキサイティング!
 やりながら思った。昔のディズニー・アニメーション映画のアクションと音楽との一体感って凄いよね。個々のアクションとピッタリ合いながら、音楽としてもきちんと成り立っている。あれって、現代のようにデジタル処理ができなかった時代なので、ものすごく労力と時間がかかっているよね。演奏も生だったし。通常の作曲の才能とは種類が違うものの、ある意味巨匠の技だと思うよ!

 あまり極端な変化がないので、比較的やりやすい「整地映像に合わせた音楽」は、完成させて角皆君宛にギガファイル便で送ったところ。また、コブ映像と新雪映像は、まずピアノ・スケッチ音源を作り、映像と組み合わせたファイルを彼に送って承諾をもらったものの、オーケストレーションがまだできていない。
 コブ映像に関しては、バルトークのような音楽を作り、最後のジャンプ映像に、放物線を描くような音楽を当てはめてクライマックスを作った。新雪にはドビュッシー風の全音階の音楽をあてはめたが、一般の人が描く新雪の幻想的なイメージより、角皆君の滑り方がもっとアグレッシヴなため、最後は速いワルツでエネルギッシュに閉めた。新雪をあんな風に滑る奴いないよ。いやあ、天才!僕と同じ67歳なんて信じられない!
 変化のタイミングがいっぱいあって、最も音楽をつけるのが難しいエアリアル(ジャンプして宙返りなどする)の音楽は、まだ思案中。次々とジャンプが出てくるため、オスティナート(同じパターンが繰り返される音楽)に、跳び上がる瞬間のモチーフやフレーズを、まるでパッチワークのように貼り付けていこうかな・・・でもパッチワークっていったって、手芸と違って、それらが最終的にまとまりのある音楽に仕上がるのかどうかは疑問・・・・まあ、そのうち、なんらかの形に仕上がるでしょう。全然違うアプローチになったりして・・・・。

 今週は、10月21日金曜日から、ロームシアターでの「蝶々夫人」公演に参加するため、京都に1週間近く滞在する。ノートパソコンは持って行って「今日この頃」も書くけど、曲作りや録音に関しては、キーボードも音源モジュールもないから、家のように自由には編集ができない。11月10日が締め切りだというので、行く前にできるだけ作業しておいて、仕上げは帰ってきてからじっくりかな。
 そうそう、そのDVDには、僕と角皆君との対談も入っていて、初めての人にも、スキーの上級者にも楽しんでもらえるような内容になっている。ということで、DVDが完成した暁には是非お求め下さい。言っとくけど、その辺の中途半端なスキー・ビデオとは格が違いますからね。

NHK「バイロイト2022」放送の解説
 またまたNHKから、年末の「バイロイト音楽祭」実況演奏のFM放送の解説を頼まれた。最初は「ニーベルングの指環」4部作のみの依頼であったが、
「他にやりたいものがあったら言ってください」
とメールで書いてきたので、
「それならば《トリスタンとイゾルデ》を是非やらせてください。8月28日に愛知祝祭管弦楽団で全曲指揮したので、まだスコアが完璧に頭の中に入っているし、団員向けには講演のビデオも作りました」
と書いて、YoutubeのURLも載せておいたら、すぐに、
「お願いします」
と書いてきた。やったー!

 ラジオ解説の原稿を作るのは楽ではない。時間がタイトに決まっているので、原稿を作った後、NHKに出向いて行ってスタジオで録音するまで、何度も読み直し、時間を計って原稿を手直しする。それでも実際の録音時には、読むスピードによって、ちょっと長すぎたり、逆に削りすぎて時間が余ったりしてしまうのだ。短いのはなんとかなるが、長すぎるのは1秒たりともいけない。
 自分の場合、話すことがなくて困るということはない。しゃべりたいことはいくらでも出てくる。特に「トリスタンとイゾルデ」なんて、指揮したばかりだから、細かい個所について話し出したら、丸一日だってしゃべり続けられるだろう。ただね、自分が話したいことではなく、要は、ラジオに耳を傾ける人が、どんな内容の話を僕から聞きたいかだな。
 すでに音源はパソコンの中に入っている。先ほども書いた京都滞在の間に、5つの楽劇の音源を何度も聴いて、歌手達や演奏の感想や、様々なポイントを書き留めておき、東京に帰ってきてから原稿を集中的に作るだろう。

 最初の録音の日が11月23日だから急ぐ必要はないが、急な仕事でも入ってきたら慌ててしまうので、いろいろを早めに進めていこうと思っている今日この頃です。



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