霊肉の相克「タンホイザー」と人間を笑い飛ばす「ファルスタッフ」

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

霊肉の相克「タンホイザー」と人間を笑い飛ばす「ファルスタッフ」
 「タンホイザー」が快進撃を続けている。いくつかの感想をネットで読んでいるが、合唱の評判が良いのが嬉しい。合唱団の立ち位置は、コロナ禍でずっとソーシャル・ディスタンスが続いていたが、完全解除となった。
 最初の内はみんなが密で立っているだけでドキドキしたが、やはり本来、合唱は密状態で歌うからこそ、互いの声を聴き合い、響きもテンポもニュアンスも溶け合ってクオリティを維持できるのだとあらためて思った。
 特に巡礼の合唱では、行列を作って歩きながら歌うので、すでに舞台上にいる人がいる一方で、最後列の人はまだ舞台奥にいるという状態だ。これでタイミングがズレないでバランス良く歌うのは至難の業。毎回、細かいダメ出しは行っているけれど、手前味噌ながら、みんなよく頑張っている。  

 一方、ほぼ同時進行で「ファルスタッフ」の舞台稽古が進んでいる。間に「タンホイザー」公演が挟まっているので、いちいち舞台を壊して脇にまとめて置いておき、「タンホイザー」の舞台を組み立てて公演。終わると、また「撤去&組み立て」で、次の日には「ファルスタッフ」舞台稽古をしなければならない。
 舞台スタッフ達は大変な苦労だ。でも、これが出来ることが「世界レベルの劇場」ということで、かつての芸術監督トーマス・ノヴォラツスキーが、このシステムを作り上げた。ヨーロッパの歌劇場では、スタッフに“徹夜のシフト”というのがある。スカラ座などでは、そもそもオペラは20時とかに始まって深夜近くに終了する。そして、次の日の10時からプリミエのための舞台稽古が普通に組まれていたりするからね。

 今回の「ファルスタッフ」のキャスト達が凄い!まず、主役のニコラ・アライモが飛び抜けて素晴らしい。体型からして、これぞ天然のファルスタッフ。最初に稽古場に行った時、肉襦袢を着込んでいるのかと思ったが、本人がその体型なのだ。

写真 ファルスタッフ主役のニコラ・アライモの稽古風景
ニコラ・アライモ
(出典:新国立劇場)

 そして、歌がうまいとか、言葉が飛んでくるとか、演技が優れているとかいう次元ではなく、彼の一挙一動が、すでにファルスタッフそのままなのである。こうなるともう、ネイティブには全く叶いませんなあ。はい、すいませんでした。顔洗って出直してきます!

写真 ニコラ・アライモのファルスタッフ衣装姿
ニコラのファルスタッフ
(出典:新国立劇場)

 ニコラ・アライモはイタリア南部のシチリア島のパレルモ出身であるが、フォード夫人アリーチェ役のロベルタ・マンテーニャもパレルモ出身、また、クイックリー夫人を演じるマリアンナ・ピッツォラートはプロフィールにはイタリア出身とだけ書いてあるけれど、彼女も含めて、実はこの3人、幼なじみなんだって! どうりで息がピッタリ。 しかしながら、その中に、我らが脇園彩(わきぞの あや)さんがスッポリ入って、歌も演技も自然に溶け込んでいる。これは驚異的なことである。日本人もここまで来たか。う~ん・・・感慨無量!
 村上公太さんは、もっと強い声のイメージがあったけれど、とても頭の良い人なんだろうな。しなやかで柔軟な声でフェントンを好演している。相手役の三宅理恵さんの完璧にコントロールされた美しい声と相まって、爽やかな若いカップルが舞台で見られる。

 ヴェルディ最晩年のオペラであるが、こうしてベスト・キャストで観ると、むしろ若々しいエネルギーに満ち溢れていて、なんという傑作なのだろうと驚嘆してしまう。好色なファルスタッフという存在と、その回りの人たちを通して、人間の浅はかさや愚かさや罪深さをこれでもかと見せつけられながら、同時に、それを微笑みながら見守っている神の目すらも感じてしまう。
とにかく、「世の中すべては道化!」と言い切ってしまう最後のフーガに至るまで、人間愛に満ちた作品だ。

 ワーグナーは、若い頃の作品ながら、最晩年まで「タンホイザー」のことを気にしていて、さらなる改訂を考えていたようである。彼の内面において、ヴェーヌスの愛欲の世界とエリーザベトの清らかな世界の相克が、自身の死の直前まで彼を捕らえていたようである。
 その一方で、あのバイタリティを持って人間そのものを笑い飛ばしてしまうヴェルディも偉大である。どちらが“より優れている”というものではない。こうして同時進行で関わっていると、このふたりが1813年という同じ年に、この世に生命を受けたということに、大きな暗示的意味を感じてしまう。

バイロイト日記2001年
 先週の「今日この頃」で、バイロイトから来たWinter和子さんとDieter Klein元バイロイト大学教授と会った話をした。その際に、昔、バイロイト音楽祭合唱音楽指導スタッフの一員で働いていた時に書いていた日記の中から、彼らについての記事だけを引っ張り出してきたら、Cafe MDRのコンシェルジュが、
「このホームページでは、1999年、2003年、そして2010年の日記のみしかアップされていません。2001年のがあるならアップしませんか」
と言ってきた。

 恐らく2001年のバイロイト日記に関しては、音楽祭の準備などで起こっている事は初めての1999年と同じだし、プライベートの記事が多いので、公に出すまでもないかなと思っていたような気がする。
 そこで、全文をあらためて読んでみたら、意外に面白い・・・というか、個人的には、忘れていたあの頃のバイロイトにおける日常が詳細に書いてあって、とてもなつかしいが、それだけではなく、特に、音楽祭が始まってからの、戦後50周年記念の第九特別演奏会の練習の様子や、Chor Fest(合唱団のお祭り)で、僕がお芝居をして一同の爆笑を誘ったこと、また、バイロイト病院への慰問音楽会の様子など、読者が読んでも興味深いかな、と思った記事が並んでいるので、アップすることにした。

どうか、みなさん、読んで楽しんで下さい!
 

スキーの神髄は独りのコソ練にあり
2月1日水曜日 神立スノー・リゾート

 先週の川場スキー場に引き続き「寒波の再来」とテレビなどで騒がれていたけれど、蓋を開けてみたら、2月1日は快晴。気温も上がって、雪も柔らかい。まるで神様が僕のために取っておいてくれたような素晴らしい一日であった。

写真 真っ青によく晴れた神立スノーリゾート
神立晴れ

 まずCリフトで上がると、目の前に頂上がそびえている。下から見ると威圧感があるなあ。その上には青空が大きく広がっている。まずはプロキオンと呼ばれる上部のなだらかなコースで、ゲレンデ全体を俯瞰してみる。途中のコブ斜面が広がるレグルスを右手に見ながら滑ると、ゲレンデ入り口から、ポールと共にピッチの大きいコブが作られているのが分かる。
「おお、ここがきっと、僕の今日のメインのコブになるだろう」
と予測する。

図表 神立スノーリゾートのゲレンデ地図
神立のゲレンデマップ

 一日の計画を立てる。いきなりレグルスのコブにはいかないけれど、まずは非圧雪斜面で体を慣らそう。もう一度Cリフトで上がって、まっすぐ下に降りるペガサスを滑り、途中から非圧雪の急斜面ヘラクレスに入ってみた。新雪と自然コブが混じり合った、やや難しい斜面で、コブへの準備には最適。まずはここを何度かショート・ターンで攻めてみた。
 一度Eリフトに乗って山頂に行く。ここの山頂からの眺めは圧巻だ。というか、とても神聖な“気”が支配していて、思わず手を合わせたくなる。他のスキーヤーやスノー・ボーダー達がいるので、そうもできないのであるが、しばしそこに佇んで、大きく深呼吸をしながら、天上から降り注ぐ聖なる光のシャワーを浴びる。短い瞑想のようでもあり、体の中に“気”が満ちるのを感じる。

写真 神立頂上から眼下を見下ろす
神立神聖なる頂上

 それから、もう一度あらためて深呼吸をすると、僕は目の前の深い谷のオリオンに身をひるがえして飛び込んでいった。まさに鳥になって大空を翔る気持ち。ショートターンを繰り返しながら、一気に降りる。そしていよいよレグルスに向かった。

 レグルスに出来ていたピッチの大きいコブは、入り口だけでなく、驚くことにゲレンデの一番下まで連続して続いていた。長めのコブは僕の練習にはぴったりだが、その分深く、その反対に出口ではかなり盛り上がっている。簡単ではなかったが、コブの中で足を伸ばし、出口では体全体を折りたたむように縮めてスピードを吸収すると、結構落ち着いて滑れる。
 コブの中はU字形になっているが、ズラすのは、底の手前側の壁を使っても、反対に向かい側の壁を使ってもできる。浅めのコブでは、思い切って溝に板のトップから突っ込んで行き、ズラシなしに、板のたわみによってスピードコントロールをすることもできる。このような長いコブでは、いろいろが落ち着いて出来るので、とても練習になる。
 とはいえ、コブって、はっきり言って、もうすぐ68歳になろうとするじーさんの体力を越えている運動量だよね。これってウサギ跳びを繰り返すのと同じだよね。だから、途中で一度止まって、一息ついてから行くが、一度だけ決心して、入り口から下部までのかなりの距離をノンストップで滑り切った。
 一番下あたりのコブでは、ピッチが短くなっているばかりではなく、溝と出口の高低差がハンパなく大きいため、足を伸ばし切ったと思うと深く折り曲げる動作を繰り返す。なんとか滑り降りたが、息が上がっていて、
「ハアハアハア・・・もう駄目!」
となった。

 見ると、ウエアーの中は汗びっしょり。それで、ゲレンデの中に建つミッド・ベースのトイレで上半身を着替えた。背中のリュックサックの中にはヒートテックの下着とタートルネックが2セット入っている。
 そのまま昼食にした。スキー場のお昼って、どうしても高カロリーのものになっちゃうじゃない。血糖値が心配なので、
「今度こそさっぱりしたものを食べよう!」
といつも決心するんだけど、どうしても目がガッツリしたものを求めていて、気が付くと、ミッド・ベース2階でソースカツ丼を食べていた。やべー!

写真 神立のお昼のかつ丼
神立やっぱりガッツリ昼食


 さあて、午後もガッツリやるぞう!と意気込んでリフトに乗る。たまたま赤いウエアーに赤い帽子をかぶった年配の女性と一緒になった。先日Winter和子さんが同じような色の身なりをしていたなあ、と思っていたら、リフトが走り出すといきなり話しかけてきた。
「この近くの方ですか?」
「いえ、東京から来ました」
「まあ、東京からですか!」
と驚いたので、僕からも、
「どちらからいらっしゃいましたか?」
と訊いたら、なんと、
「宮崎です」
と答えるではないか。おいおい、東京どころではないわ。
「どうやっていらしたのですか?」
「羽田まで飛行機で、それから新幹線で・・・」
「それで、神立をわざわざ目指したのですか?」
「いえ、ホテルからたまたま送迎バスが出るので・・・。でも、こことても気に入りました」
 それから、僕も昨年、宮崎音楽祭で宮崎に行った話なんかして盛り上がっていたが、リフトを降りる前に、
「あのう・・・・大変申し訳ないのですが、ひとつお願いがあるのですが・・・・」
「なんですか?」
「あたしの滑っているところを撮って欲しいのですが・・・いえ、お忙しいなら結構ですよ・・・・」
「いいですよ」
ということで、本当はレグルスに向かおうとしていたが、手前のペガサスに二人で入って行った。
「これで撮ってください」
「あ、i-Phoneですね。同じだから操作分かります。では、下に行って合図しますから滑ってきてください。通り過ぎたら今度は後ろから追い掛けますから」
「大事なことはですね、あの眼下に広がる美しい景色と一緒に撮って欲しいということです」
あっそ。注文多いね。
「分かりました」
ということで、先に降りて手袋を脱ぎ、2本のストックを片腕に抱えながらi-Phoneの画面を見た。
 ところが、もう録画がとっくに始まっている。これではもったいないし後で編集が大変だろうから、僕は一度録画を止めて、彼女に、
「どうぞ!」
と叫び、滑り出したのを見計らってONを押した。
 映像がブレないように周到にボーゲンで滑り、景色のことも考慮して、まあまあうまく撮れたのではないかと思った。でも、それから確認したのだが、なんと、撮れていない!
「あれ?そんなはずないんだけどなあ」
よく見たら、なんとただの写真になってしまっている。
 すぐに気が付いた。i-Phoneでは、一度止めたらその瞬間にデフォルトの写真モードに自動的に戻ってしまうのだ。
「すみません。失敗しました。もう一度撮ります」
「いえ、ここからはもう急斜面なので、私はうまく滑れないので無理です」
そんなでもないんだけどなあ・・・。
「それでは、この下のメインゲレンデはなだらかですから、そこでもう一度撮りましょうか?」
「この景色が良かったんですけどね・・・あのう・・・もう一度ここに来て撮ってもらうことなんてできませんよねえ・・・」
う~ん・・・そうしてあげたいのはやまやまなんだけどね・・・レグルスのコブが僕を待っていて・・・・。
僕の躊躇を察して、彼女は即座に、
「あ、いいんです。無理言って申し訳ありません!今の話はなかったことにしてください」

 それで、一緒にペガサスを降りてボルックスまで行ったが、ボーゲンだけれどきちんとレッスンを受けた滑りだ。滑りながら声を掛けた。
「とっても安定していますよ。ダメ元で、そのまま撮ってしまっても良かったですね」
と言ったら嬉しそうだった。

 気を取り直して、ボルックスの緩斜面でi-Phoneをビデオ・モードにして撮影開始。撮りながら、親友の角皆優人君のビデオ「私のスキー教程第2巻」を撮影した小保内祐一さんって、本当に凄いなと思った。
 あれだけのコブ斜面や新雪を滑っている角皆君を、まったくブレないで前や後ろから撮影しているんだ。僕も、それを心掛けながら撮っていたけれど、整地をボーゲンで滑る女性をブレないで追い掛けるだけでも、決して簡単ではない。
 後ろから彼女を等距離で追い、スピードを上げて横に並び、追い越してから反対を向いて撮影を終えた。
「ありがとうございました!」
「いえいえ、上で撮れればよかったんですがね。それでは楽しんでください」
と言って別れた。

 さて、残りの時間を取り戻さなければ。練習練習!何度もレグルスのコブを滑っていく過程で、自分で少しずつ雪を削っていくため、溝は少しずつ深く、反対にコブの出口は、どんどん高く盛り上がってくる。まさにハードルが1cmずつ上がっていくよう。
 でも、これが一番良い練習なんだね。最後のコブの状態を、いきなり初めて滑ったならば、ハジき飛ばされてしまうかも知れないけれど、毎回無理しないで少しずつ自分の能力が高められていく気がした。

 今日は、終わってから神立の湯に入ってみようと決めていたが、例の赤い女性の一件もあり、ギリギリまで練習していたので、あまり時間がない。でも、話のタネに入ってみた。おおっ!ガーラの湯より広くて素晴らしい!腿の筋肉のパンパンの腫れも、ゆっくり揉みほぐして取れた。スキー直後のお風呂ほど良いものはないね。本当は、サウナにも入って、サウナ~水風呂~サウナ~水風呂を繰り返したかったんだけど、その時間がなかったのは残念。
 これが、ガーラ湯沢だったなら、17時2分発「たにがわ86号」発車ギリギリまで入っていることも出来るんだけど、17時6分越後湯沢発の同じ電車に乗るためには、神立から16時30分に出ている送迎バスに乗らないといけないんだ。

 次は、2月9日木曜日。再び、ガーラ湯沢に行く。本当は共通三山で石打丸山スキー場に行ってみたかったんだけど、今、共通三山やってないみたい。またまた独りでガシガシ滑るつもり。

 みんなと滑るスキーも楽しいけど、スキーの神髄は、こうした独りのコソ練にあり!我を忘れた集中練習と瞑想とは“アクティブ”と“パッシブ”という全くの“対極”にありながら、実はつながっている。僕の波動はとても高くなっていて、至高なる存在に包まれているのを感じる。

写真 一人で練習するには格好のゲレンデ
神立お気に入りの練習場




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