豪華絢爛「アイーダ」初日間近

 

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

豪華絢爛「アイーダ」初日間近
 先週「アイーダ」の事についての記事を書かなかったのは、メインキャスト達が、マルキーレンmarkierenと言って、立ち稽古の時に演技に集中する為に1オクターブ下を歌ったり、とっても小さい声で歌ったりして、声の消耗を防いでいたので、どんな声なのか評価しようがなかったからである。でも、本当の事を言うと、実はそれだけではなかった。

 指揮者のカルロ・リッツィCarlo Rizzi氏は、来日してすぐPCR検査をしたが、なんと陽性と出てしまった。それで、あろうことか隔離状態になってしまった。彼自身は、熱も出なかったし、最後まで完全に無症状ということだったそうだが、ま、陽性は陽性だからね。

 ということで、立ち稽古はマエストロ不在で、リッツィ氏がどういうテンポでどういう解釈をするか分からないまま、ずっと稽古が進行していたわけだ。彼の謹慎期間が解けて練習に復帰したのが舞台稽古の最中の3月29日水曜日。
 本人すこぶる元気で、舞台稽古と同時進行で、出演していないソリスト達をリハーサル室に呼びつけては音楽稽古を付けていた。その指導が素晴らしかった。リッツィ氏は、内に音楽を持っているだけでなく、実に情熱的なアプローチが良い。とても尊敬できるマエストロだ。

4月1日土曜日と2日日曜日はBO(オケ付き舞台稽古)であったが、隔離中のリッツィ氏は、東京フィルハーモニー交響楽団とのオーケストラ練習をしていない。なので、本来ならばBO2日目の4月2日は通し稽古Run Throughのはずなんだが、変更して、4月1日は第1幕と第2幕のBO、2日は第3幕と第4幕のBOということで、止めて歌手やオーケストラを直しながら、丁寧に丁寧に稽古を行った。
 ということで、やっと今日の総練習(ゲネプロGeneral Probe)まで辿り着いた。辿り着いたと言っても、オケ付きで通し稽古をしていない!だから今日も含めて初日まで気が抜けない。まあ、百戦錬磨のリッツィ氏のこと。本番は素晴らしい出来に仕上がるだろう。

ふうっ!・・・まだまだ、コロナはあなどれないね。

写真 新国立劇場「アイーダ」チラシの裏面
「アイーダ」スタッフ&キャスト

新国立劇場 オペラ『アイーダ』のページへ

 キャストはみんな素晴らしいが、僕は特にアムネリス役のアイリーン・ロバーツをイチオシしたい。音楽的で良い発声、演技にも表情があり、チャーミング。それよりもランフィス役の妻屋秀和さんとエジプト国王の伊藤貴之さんという2人の主役バスが、日本人というのが誇らしい。
 日本には、これまで優れたバリトンは何人もいたが、「アイーダ」を務めるバスには、音量だけでなく深い音色、それに舞台上における宗教的指導者や国王としての存在感などを求められるため、体格のこともあって、なかなか相応しい人材を確保することが難しかった。
 それが今や、アイーダ役のセレーナ・ファルノッキア、ラダメス役のロベルト・アロニカなど国際歌手の向こうを張って、何の引け目もなく堂々と歌い切る彼らに、頼もしい想いを感じるのは僕だけではあるまい。

 フランコ・ゼッフィレッリ演出の絢爛豪華な舞台には、いつ見ても圧倒されるけれど、それを生かすも殺すも、そこで演じる人たちのエネルギーだ。初演の1998年には120人だった合唱団が、いろいろ経済的なこともあって、今回は88人になってしまっているが、ボリュームも音楽的クオリティも、現在の方がはるかに上を行っていると僕はプライドを持って言う。特にデリケートな表現に注目してください。
 第2幕2場のアイーダ・トランペットが響き渡る有名な凱旋行進の場面では、助演達の上手(かみて)から下手(しもて)へ向かっての行進が華々しさを盛り上げる。ここも人員削減で、初演時には、舞台裏でも同じ速さで歩き続けられたが、今は、舞台袖に入るやいなや、舞台裏を下手から上手に向かって全速力で駆け抜けて、ハアハアいいながら、何食わぬ顔で再び上手から行進しているという。
 想像すると笑ってしまうが、いやいや涙ぐましい努力の賜物です。皆さんには、そんなこと気にせず、たっぷりとこのスペクタクル・オペラを楽しんでいただきたいと思います。

 その一方で、「アイーダ」というと、その豪華さにばかり目が行ってしまって、「大味で音楽的内容が希薄だ」みたいに言う人がいるけれど、全然違うことがこの舞台で分かる。粟國淳さんのこだわり抜いた演技指導と、カルロ・リッツィ氏のきめ細かな音楽指導が化学変化を起こして、ソリストだけの場面でも、とても濃厚なドラマが描かれている。今やあらゆる方面で完全に円熟したヴェルディの卓越したワールドが炸裂します。

チケットは、もうほとんど完売だというが、皆さん、これは観ないと損です!

エバハルト・フリードリヒとの再会
 バイロイト祝祭合唱団指揮者のエバハルト・フリードリヒが、昨年に引き続き、東京春の音楽祭「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の合唱指揮で来日しているので、3月28日の午前中、またまた逢いに行った。今回は奥さんのキャロリンと一緒。
 品川駅近辺のカフェに入って、コーヒーと菓子パンでダベった。エバハルトは、今回はワーグナーと同時に、ブラームスの「ドイツ・レクィエム」のコンサートのための合唱指揮者もしていて、その日が合唱練習初日だと言っていた。
「ワーグナーだと別に平気なんだが、『ドイツ・レクィエム』って緊張するな」
「エバハルトでも緊張するの」
「そりゃそうさ。ブラームスってデリケートだし、きちんとやらなきゃ」

 それからいろんな話題に次々と飛んで、めちゃめちゃ楽しかったのだが、この夫婦、2人ともとてもおしゃべりで、しかも会話がドイツ人の中でも最速。だから、いちいち日本語に直して思考する時間なんて全くない。
 僕は、頭の中をまっさらに解放して、ドイツ語を体全体で受け入れ、ドイツ語で思考して(思考する時間すらない)そのまましゃべる。また聞く。答える。聞く。答える・・・2時間半ほど絶え間なく喋って、
「また逢おうね」
とバイバイして新国立劇場に向かったが、頭の中でドイツ語がグルグル飛び交っていて、日本語が出てこない。それに頭の後ろがめっちゃ疲れている。

でもね。こういうのも、たまには刺激になっていいね。  

コブほとんど杏樹に抜かされた!
 3月31日金曜日。ガーラ湯沢。今日は孫の杏樹とふたりで滑りに来ている。杏樹は、自分の体と同じくらい大きいリュックサックを背負っていて笑える。中にはブーツやヘルメットなどが入っている。板はすでに宅配便で送ってある。

 午前中、杏樹をキッズ・スクールに預けて、僕はひとりで滑った。快晴。まとまった雪が長いこと降っていないのが明らかで、ゲレンデはグサグサ荒れている。太陽に照らされた白銀のゲレンデがギラギラと目に痛いし、頬を吹き抜けていくのは春風。爽やかなんだけど、下まで滑り降りると、もう体がなんとなく汗ばんでいる。
 中斜面のジジを何度か滑ってウォーミングアップをしてから、北斜面に行き、非圧雪のブロンコに出来ているコブと格闘した。

 杏樹のキッズ・スクールのお迎えが12時15分なので、少し前に行くと、杏樹の属している最上級のオオカミクラスの子ども達が帰って来たが、その中に杏樹がいない。あれっと思って待っていたら、一番最後に、なだらかなメロディというゲレンデを、若い女性インストラクターと共に2人の子供が降りて来た。その内の1人が杏樹だった。
 インストラクターは僕に向かって、
「この2人は特別に急斜面でコブのあるところで滑っていました。ターンする時にちょっと内側に倒れるので、今後気を付けてください」
とだけそっけなく言って、もうひとりの男の子の親のところに行き、同じような注意をした。

写真 キッズレッスン―オオカミクラス
キッズレッスン―オオカミクラス

「ああ、お腹がすいて死にそう!」
と杏樹が言うので、すぐにスキー・センターのチアーズの二階にある、ご当地グルメ「新潟食道」に行って、杏樹は「新潟濃厚味噌ラーメン」を食べ、僕は栃尾揚げとタレカツ定食を食べた。
 食べながらいろいろ話を聞いた。杏樹のオオカミクラスには10人くらい子ども達がいた。受講生のレベルの違いに対応して2クラスに分けることを先生達は考えていたが、生徒達に滑らせて様子を見た結果、3年生(次の日から4年生)の杏樹と1年生(2年生)の男の子だけがピックアップされて、コブのある所に連れて行かれたと言う。
それで僕は、
「杏樹、一体何処で滑っていたのさ、ジージ連れてってよ!」
と言って、杏樹に案内されて行ってみた。
 そこは、バルーシュやソーシャブルという4人乗りリフトで上に登って、さらにコーチという2人乗りリフトで登った、高津倉山頂からの急斜面グルノーブルだったのだ!
 グルノーブルは、通常は整地でコブなんかないのだが、長い間新雪がない間に、きっと沢山のコブ好きのスキーヤーによって作られたのだろう。結構しっかりしたコブが一面にいくつも出来ていた。
 そこを3回も滑らされたというのだから驚きだ。1年生の男の子は、さすがにコブのなかは苦手で、コブの隣の不整地を滑っていたようだが、杏樹が先生に言われて滑ったら、先生は、
「ヤバっ!杏樹ちゃん、めっちゃ上手じゃん!」
と言ったらしい。
「で、何を先生から教わったん?」
と聞いたら、
「ううん、なんにも。だって先生、ただ上手だ上手だって言ってただけ」
「まあ、いいや、とにかく滑ってみい?」
で、杏樹が滑り始めたら、目を疑った。凄く上達している。

 これまではボーゲンのまま滑っていたが、ややワイドながら結構平行になっているし、なにしろスピードを全然恐がっていないどころか、むしろ楽しんでいるので、溝では攻めて、コブの出口では自然にスピード・コントロールが出来ている。
 ストックについては、白馬で松山さんに教わった時にきちんとできていたのだが、本人その重要性に関しては気付いていないのだろう。結構気紛れで、やる時とやらない時がある。でもまあ、そんな細かい事はどうでもいい。ヤバイ、もうほとんど抜かされそうだ。

 レッスンでグルノーブルを3回滑って、下まで降りて来た2人の子供は、疲れ果ててお腹がすいたこともあって、先生に飴をもらってスキーセンター・チヤーズで動けなくなっていたが、先生が、
「もうすぐ集合時間よ。ここから歩いて行ったら、まるでサボっていたみたいに思われるから、1回リフトに乗って上から降りてこよう」
というので、わざとメロディから滑って来たというのだ。あはははは。そういうことだったのか。僕は、ずっとこんな緩斜面でレッスンしていたのかと一瞬疑ったよ。

 その後、僕と杏樹はグルノーブルを2回滑って3回目行こうとしたら、
「ジージ、もう疲れた。結局5回滑ったんだよ」
というので、
「う~ん・・・じゃあ、少し早いけどもう下に降りてガーラの湯に入るか」
「お風呂!うん、それがいい!」
というのでガーラの湯に入ろうとしたが、
「ちょっと待って・・・ということは・・・男湯に入るってこと?」
「そうだよ。それともひとりで女湯に入る?」
「ひとりは嫌!でも、小学生の男子がいたらどうしよう。下はタオルで隠せるけど、おっぱいもとなると難しい・・・・」
「ははははは、何言ってんの。まだなんにも膨らんでないじゃないか。男の子と一緒じゃないか」
「でも、女のおっぱいは女のおっぱい」
「大丈夫大丈夫!」
と言って、半ば強引に男湯に入った。すると手前に小学生らしい男子がいた。
「ほら、じいじ、言った通り男子がいる。どうしよう!」
とうろたえている。僕は男の子を通り過ぎて、強引に一番奥まで杏樹を連れて行き、
「ここにずっといて、ここでお風呂に入り、ここで洗えば、全然大丈夫じゃないか」
と言って納得させた。

 しかし、最近まで何のためらいもなく、家の近くの“湯楽(ゆら)の里”で僕と一緒に男湯に入っていた杏樹も成長したなあ。おっぱい見られるの恥ずかしいだって・・・あはははは・・・でも・・・そんな杏樹は、僕といつまで一緒にお風呂に入ってくれるんだろう?長女の志保とは中学2年まで入っていたけどな。次女の杏奈は小学校5年生まで・・・ということは、もうすぐじゃないか!
 その後、杏樹はクレープを食べ、僕はソフトクリームを食べて、新幹線に乗って帰って来た。本当に楽しい一日でした。

 話は少し逸れるかも知れないが、僕がオペラの合唱指揮者をしていて、フランス語に苦手意識を持っていたのを克服するために、家族でパリに行って、夏休み中解放している国際学生都市La Cité internationale universitaire de Parisに3週間泊まりながらソルボンヌ大学夏期講習に通っていたりしたら、それが、娘2人がフランス留学するきっかけとなった。
 また、イタリア語をきちんと習おうと思ってミラノ留学したり、イタリア語の先生に今日まで個人レッスンを続けていたら、志保が、パルマに中学2年生からずっと住んでいた男性と結婚して、杏樹が生まれた。
 こんな風に、自分がワクワクすることをやっていると、どうも周りに影響を与えるようだ。ちなみに志保は、オペラのコレペティトールにイタリア語は必須だということで、僕と同じ先生に通っている。

 別に、杏樹をモーグルの選手にしようなんて気持ちはないけれど、何でも良いから、「自分に自信が持てるものがある」ということは、その人を人生のいろんなところで助けると思う。
 その一方で、杏樹は、ジュニア検定というものがあることを知り、小学校6年生までにジュニア1級を目指す、なんて張り切っている。ありゃ、そんなことに興味があるんだと驚いた。もう今シーズンは終わりだけど、来シーズン、もういっそうの彼女の飛躍をサポートしよう。

 で、肝心の僕は、4月6日木曜日7日金曜日に白馬に行って角皆君の個人レッスンを受けて来ます。僕は僕なりに、コブを滑る躍動感を、自分の音楽にリンクさせようと思います。

あ~あ、もうスキー・シーズンが終わってしまう・・・。



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© HIROFUMI MISAWA