僕のスキー・シーズンが終了しました

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

「アイーダ」快進撃
 新国立劇場では「アイーダ」が快進撃を続けている。お客さんは連日満員で、この先、7回目の公演までずっと満員だそうである。凄いな。でもこれ、少し前だったら出来なかった公演だ。だって、ソーシャル・ディスタンスなんかとっていたら、舞台上に助演も含めたあれだけの人は、どうやったって上がらないし、古代エジプトさながらの素晴らしい舞台セットに、すきま風だけが通り抜ける状態だったろう。

 僕の日常生活の中では、「アイーダ」と同時進行して、東京バロック・スコラーズの練習や、いろんな事が進行しているが、今日は、僕にとってとても大切なシーズンが終了したことに焦点を当てて書いてみたい。

白馬への行き方
 4月6日木曜日。立川発8時24分特急あずさ5号南小谷(みたみおたり)行きに乗って白馬に向かう。一日にたった1本だけ、新宿から白馬まで乗り換えなしで直行できる特急。11時42分に着くから、3時間18分の旅。ちなみに白馬駅から新宿方面直行電車も、一日に1本だけ白馬発15時16分あずさ46号がある。
 これに乗らないと、列車で行くのは結構大変だ。必ず松本で乗り換えて、場合によっては1時間近く待って、大糸線という、のどか~な鈍行列車で果てしない旅をしなければならない。時間によっては信濃大町でさらに乗り換えさせられる。次の列車がすでに待っていることも多いが、30分待ちなんていうのもあるから、4時間をゆうに超える旅となる。
 高速バスは安いが5時間たっぷりかかる。一番早いのは、北陸新幹線で長野まで行き、長野から高速バスに乗る方法。勿論値段は一番かかる。

「ロ短調ミサ曲」のスコア
 さて、あずさでの道中はひたすらバッハ作曲「ロ短調ミサ曲」の勉強をした。この曲は、4月22日土曜日、浜松バッハ研究会の演奏会で演奏される(浜松アクトシティ中ホール)。自分が指揮した2016年の東京バロック・スコラーズ(TBS)の演奏をi-Podに入れて聴きながら、時々止めてフーガのパートの入りなどを確認し、頭に入れる。
 聴いていると、いろいろTBSのアラも見えてくるけど、自分のテンポで自分の解釈の演奏だから、ストレスは少ない。

 「ロ短調ミサ曲」を僕が演奏会で指揮したのは、まさに1991年の浜松バッハ研究会が生まれて初めてだった。作品が巨大すぎて、まるで大蛇に丸腰で挑むような気持ちだったのを覚えている。
 あれから、何度も演奏しているが、いやあ凄い作品だ!スコアを開く度に新しい発見があり、その作曲技法の高さや、曲想の豊かさに舌を巻く。というか、音楽って、ただ楽しいだけじゃなくて、バッハくらいになると、その中に、いわゆる“霊的覚醒の深さ”というものまで表現できるのだ。つまり、この作品の中には、他に類を見ない驚くべき精神の高みが表現されていて、“崇高さ”というものが音楽でここまで表現され得るのだということが証明されている。
 ま、こんな風にスコアを読んでいると、時間が瞬く間に過ぎ、あっという間に白馬駅に着いた。  

ワクワクについて
 とおみゲレンデでは天気がいまひとつで、6日午後には霧雨が降っていた。でも上のアルプス平まで登ると、大丈夫だった。これから角皆優人君のレッスン。先日、かぐらスキー場でコブと格闘して、結構いい感じになってきたため、シーズン終わりに、もう一度きちんと角皆君にコブのレッスンを受けで、次のシーズンにつなげたいと思って、わざわざ白馬まで来たわけよ。

写真 雪がほとんどない春のとおみゲレンデ
春のとおみゲレンデ


 こんな歳になって、今更コブもないでしょうと思われるかも知れないが、別に資格を取りたいわけじゃないし、ましてやレースに出るわけではない。その一方で、小学校4年生になった杏樹に、今にも抜かされようとしている。
 でもね、そういう事は全く関係ないの。要は自分自身。僕は自分の喜びのためだけにスキーをやっている。目的が「楽しいから」というだけ。何故いけない?むしろ、これこそが人生で最も大切なことなんだ。

 こう言うとみんな勘違いするけれど、たとえば「他の女性と不倫する」とかいうのは、本当は「楽しいこと」や「ワクワク」とは違う。むしろその逆。その時は肉体的には良いかも知れないけれど、いろいろ楽しくないことを引き起し、最終的にはどんどん楽しくない状態に追い込まれる。人は嘘をつくことによって、正直な自分と、周囲に見せる自分との間に壁(ギャップ)を作り、その事が自分自身の魂を傷つけていく。それをワクワクと勘違いしている人は、本当のワクワクを知らない。
 本当のワクワクとは、「魂が心の底から歓ぶこと」。それは、魂が清らかにならないと見えてこないので、沢山の人は、勘違いしたままワクワクに従うことに罪悪感や躊躇を覚え、ワクワクするのはイケないことだと思ってしまうのだ。それで、むしろ不得意なこと、つまらないことを我慢してやるのが価値あることだと思い込んでいる。優等生ほどその傾向があり、時として、その反動として突然不良的行為をし、またまた罪悪感に囚われるという、負ののスパイラルを繰り返す。

 まずは本当の魂のワクワクを知ること。そしてワクワクが湧き上がってきたら、躊躇しないでアプローチすること。自分なりに納得するまで全力で集中する。最も大切なことは、決して結果を気にしたりしないこと。無心になること。
「赤毛のアン」では、アンがこう言う。
I don't know what lies around the bend, but I'm going to believe that the best does.
「曲がり角を曲がった先に何があるのかは分からないわ。でも、きっと一番良いものがあると思うの」
これを信じること。

写真 グランプリコースのコブ
グランプリコース下部のコブ

角皆優人君のコブ・レッスン
 ということで、角皆君のレッスンを受けました。いろいろ「目からウロコ」があったぞ。レッスンは、まず整地での体の前後動の確認から始まった。ストックを突いて切り替える時に、足を後ろに引きながら重心を前に移動し、ターンの終わりで足を前に出す意識で、結果的にカカト加重となる。これが、後にコブに入る時に役立つのだ。

 それから、いよいよコブに入った。最初は、最も安全なピポット・ターンと言われるもの。僕が、かぐらスキー場で徹底的に練習した成果が現れて、これは角皆君に結構褒められた。コブの頂点でクルッと回転し、コブの谷に向かってズルズルとカカト加重で降りて行く。そしてコブの一番深い部分にストンと降りて、次のコブの出口に向かう。
 これが出来ると、どんな形状のコブでも絶対安全に降りられるので、自分自身の自信につながる。まあ、アグレッシブなアプローチとは言えないので、これだけやっても本当の「コブを滑る楽しみ」には到達しないんだけどね。で、その後いよいよ、本来の目的でもあるバンクターンのレッスンに入っていった。

写真 角皆君とスキー姿でツーショット
角皆君レッスン

バンクターンの謎
「ではバンク・ターンに行ってみよう。はい、ここでターンしてくださいね!」
と言われて、
「あれっ?」
と思った。何言ってんだか全然分かんねえ・・・・ピポット・ターンと同じに、コブの出口でターンするんじゃないの?

 僕がポカーンとしているので、アシスタントの美穂さんが、いちいち僕の滑るところを先回りして、ストックを突きながら言う。
「はい、次はここ」
言われるとおりに、そこに行ってターン。
「はい、今度はここ」
また、ターン。その場所って、コブの出口と違って、スキーの板の前後の部分が宙に浮いたりしないので、とてもターンしづらい。
「ここターンしづらいよ!」
と言うと角皆君は、
「そうだよ。だからさっき足を引いたり出したりのレッスンをしたじゃないか。テールジャンプする勢いでターンするのさ」

 なるほど・・・そうか。バンクターンって、もしかして、コブの外側に出ちゃって、そこからあらためて次のコブに入るのか・・・・ということは、自分は全く分かってなかったということか。
 ということは・・・ということは・・・その後、コブに入って行っても、コブの一番深い底には行かないのか・・・・むしろコブの横壁をスライドしながら通って行くのか・・・それで次の外側にまた出るのか・・・ああ、ピポット・ターンと全ての意味で軌跡が真逆なんだ!

「角皆君、角皆君!」
「なあに?」
「あのね。分かっちゃった。自分って、バンク・ターンというものを全く分かっていなかった、ということが今よーく分かった!」
「あはははは!」

 それからは、さっき何で美穂さんが、あんな所をターンの場所で指摘したのかも分かったし、その後、コブのどこを通って行くのかも分かった。
「三澤君。分かり易いねえ。ブラボー!もう大丈夫!」
「僕、これまで何やってたのかねえ?」
「もっと難しいことをやろうとしていたようだね」

 僕がやっていたのは、コブの出口から一番深い底に向かって、スキー板のトップから一気に突っ込んでいって、底で足を伸ばし、次の出口で体をかがめるやり方。つまり体の屈伸運動のみで減速を行い、スライドによる減速をほとんど行わないやり方。
 これでも思ったより減速は出来るのだが、なにしろウサギ跳びを連続するのと一緒で、めっちゃ疲れるため、コブを下まで降りきることができずに、いつも途中で飛び出して、
「ハアハアハア!」
少し休んで、また飛び込んでいった。

 角皆君が言う。
「そこに行ってもいいんだよ。ただその前に、確実に下まで降り切れる過程を踏む必要がある」
全く、おっしゃる通り!
「それができたら、バンク・ターンの左右の振れ幅をだんだん小さくしていったり、ニューラインと言われるモーグル選手達のやっているラインにだんだん行ったり、いろいろ出来るのさ」

コブとの一期一会
 次の日、4月7日金曜日の午前中。僕は再びひとりで、アルプス平のテクニカル・コースのてっぺんに立っている。

写真 テクニカルコースのコブ
テクニカルコースのコブ


不思議だ。コブに対する恐怖感が全くなくなっている!

 そう。このコブ達を相手に、どのようにアプローチしてもいいんだ。ピポット・ターンだって別に恥ずかしくもないし“負け”でもない。幅の広い安全なバンク・ターンもいつでもできる。そして、イケるなと思ったら、もっと攻撃的に滑ればいい。コブと戦うのではなく、コブと戯れるのだ。
 整地と違って、関わり方は千差万別。自分で軌跡を決められる所もあるけれど、決められない場合も多い。相手にもキャラがあるからだ。それに、こちらの対応だって、そのキャラに対するバリエーションは百通りもある。
 勝った負けたは存在しないし、むしろ全ては一期一会。こんな楽しいことって、人生にそうそうあるもんじゃない。コブと戯れている時の僕の目は、きっとキラキラ輝いているに違いない。

スキー・シーズン終了
 本当は、午後まで滑るつもりで、白馬発15時16分あずさ46号の指定席を予約していたけれど、麓では朝からすでに小雨が降っていて、午後に大雨の予想も出ているため、11時過ぎにスキーは切り上げた。
 そして、白馬発12時22分の大糸線松本行き各駅停車に乗り、14時松本着。14時50分発あずさ38号に乗車変更して、16時57分立川着。ちょうど、孫の杏樹の学校の学童保育の時間が17時までだったので、妻のお迎えの車に乗せてもらった。杏樹に逢うなり僕は言う。
「じーじねえ、角皆君にレッスンを受けたから、まだまだ杏樹には負けないよ」
「杏樹だって、これからどんどんうまくなるよ!いーだ!」
「次のシーズンは、また競争しようね。杏樹もいっぱいレッスン受けて上手になりな」
「杏樹、ジュニア1級取るために頑張る!」

こうして僕の今期のスキー・シーズンは終わった。

 さあて、浜松バッハ研究会、東京バロック・スコラーズ演奏会など、これから頑張るぞ!ちなみに、今日から新国立劇場では「リゴレット」の合唱音楽稽古も始まる。センチメンタルな気持ちに浸っている場合ではない。気持ちを引き締めて68歳の人生を生きていこう、と思っている今日この頃である。



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