「ローエングリン」コレペティ稽古と熱い夏の始まり

三澤洋史 

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「ラ・ボエーム」の日々
 「ラ・ボエーム」は、先週まで大野和士さんが指揮する本公演と、阪哲朗(ばん てつろう)さんが指揮する高校生の鑑賞教室の稽古が錯綜していたため、互いの指揮者のテンポ感や解釈の違いに対応するのに苦労していた。
 でも、7月8日土曜日で本公演が終了したので、これからは阪さんに全面的に合わせられる。これまでの予定は以下の通り。こうした中で、よく割り切って出来たと思わない?

6月28日水曜日 本公演Ⅰ
6月29日木曜日 鑑賞教室立ち稽古
6月30日金曜日 本公演Ⅱ
7月2日日曜日 本公演Ⅲ
7月3日月曜日 鑑賞教室舞台稽古A組
7月4日火曜日 鑑賞教室舞台稽古B組
7月5日水曜日 本公演Ⅳ
7月6日木曜日 鑑賞教室オケ付き舞台稽古A組
7月6日木曜日 鑑賞教室オケ付き舞台稽古A組
7月7日金曜日 鑑賞教室オケ付き舞台稽古B組
7月8日土曜日 本公演Ⅴ
7月10日月曜日から15日土曜日
鑑賞教室公演 偶数日A 奇数日B

 合唱音楽稽古開始が6月5日月曜日だったから、もう一ヶ月以上、延々と「ラ・ボエーム」をやり続けているけれど、僕は「ラ・ボエーム」というオペラが大好きだから、極端に言えば、レパートリーとして1年中やっていてもいいです。
 鑑賞教室公演といっても、高校生達が完全に会場全席支配することはないので、空いている席があれば、一般客でも入ることが出来ます。合唱メンバーは本公演と全く同一だし、歌手も合唱もオケなどもレベルは本公演と決して遜色はないので、みなさん、どうか出掛けて下さい。詳しくは新国立劇場ホームページで。  

「ローエングリン」コレペティ稽古と熱い夏の始まり

集中する午前中
 作曲家というと、日中であれ夜中であれ楽想が突然湧いて、全ての行動をストップしてそれに没頭してしまう、などというのを想像する人も少なくないだろう。シューベルトなどは、よくカフェや食事中に急に楽想が湧き、勘定書きに五線紙を手書きで引いて残しておく、というような事がしばしばあったと聞くが、実はそういうことは(皆さんの夢を壊すようで申し訳ないが)稀だ。

 その反対に、ベートーヴェンやマーラーをはじめとする多くの職業作曲家達が、午前中を作曲の時間にと決め、その間に集中的に曲創りに励む。マーラーやプッチーニなどのように、その時間は誰も近づくことすら許さない、という極端な人も少なくない。そういう人たちは大抵、午後や夜間を、お昼寝やお散歩や、友人との談笑などに使う。
「午前中です。さあ、作曲のお時間です」
と言って作曲できるもんかいな?と思う人も少なくないだろうね。

 さて、それに関する僕の見解を述べてみよう。僕は、作曲だけが専門ではないので、午前中、必ず作曲ばかりするわけではないが、作曲をする時は必ず午前中だ。というより、何をするにしても、1日の内で最も集中して能率的に仕事がはかどるのは午前中なのだ。 こうして「今日この頃」の更新原稿を書くことをはじめとして、締め切り間近の月刊誌や演奏会プログラムの原稿、講演会の資料集めとパワーポイント・ファイルの作成、そして作曲や、様々な依頼や用途に対応する編曲など。これらは全て、この日に仕上げようとあらかじめ計画していた朝に、意識を集中してガーッと始める。すると、だいたい午前中に基本的なものが出来上がる。
 そして、午後には、それら出来上がったものに対しての距離を置いた推敲や、句読点などの手直しを行うと、これはこれで能率的なのだ。「今日この頃」の原稿も、ほとんどが午前中に仕上げて一度コンシェルジュにファイルを送る。それから、新国立劇場に向かう電車の中とかでプリントアウトした書類を読むと、ポツポツとつまらない間違いや漢字変換の間違い、あるいは、文章を前後並び替えた方が良いかな・・・とか出てくる。
 こうしたことが午後は距離感を持って見れるので、自分がグーッと入り過ぎて客観性を欠いた表現などに気付いたりするのだ。

 さて、そうした午前中の時間に《ピアノの練習》というものが入ることは、通常極めて希である。何故かというと、ピアノの練習って、時間ばかりかかって、弾きにくいところは果てしなく反復練習をしたり・・・つまり時間のコスパが著しく悪いわけ。だからもったいなくてピアノは、新国立劇場内で稽古や本番が終わった後、劇場内のスタジオでとか、要するに、ダラダラ使っても良い時間帯に行うのが適していると思っていた。

午前中にピアノ
 ところが、ここのところ、午前中の時間もピアノの練習をしている。というのは、今年8月20日日曜日に愛知芸術文化センター・コンサートホールで行われる愛知祝祭管弦楽団による「ローエングリン」のメインキャスト達の合わせが、今週から来週にかけて集中しているため、ピアノを練習しなければならないからだ。

 オペラでは、自分でピアノを弾きながら歌手に練習をつける人をコレペティトールKorrepetitorと呼び、その稽古をコレペティ稽古と呼ぶ。コレペティトールは、ピアノが弾けるだけではだめで・・・というか、ピアノが弾けることはむしろ最低条件で、たとえば、左手でシンプルな和音だけ弾き、その上に歌手のメロディーをなぞりながら、歌手の音取りを手伝ってあげることから始まって、発声及び表現指導・・・たとえば、その場面場面での声の出し方、音色、ニュアンスなどの指導、そして僕などは、かなり詳細な歌詞のドイツ語発音指導など、行うべき事は多岐に渡る。
 だからピアノの弾き方だけでも、譜面通りに弾いてるだけではダメで、何通りも弾けるようにしておかなければならない。それが間に合わなくなってきたので、午前中もピアノに向かっているわけだが、ピアノも弾いたら弾いたで、午前中は、指の練習以外のところで、結構能率が上がるんだね。

「ローエングリン」をより至近距離から見る
 こうしてピアノ・ヴォーカル・スコアに向かって、自分で弾きながら「ローエングリン」の和声法に始まる音楽作りに触れ合ってみると、スコアだけ見ている時には分からない至近距離からのワーグナー初期の作曲法に気付き、その面でも新発見が多いのだ。
 この時代の彼の作曲法は、長調短調のそれぞれの和音の他に、なんといっても減七和音(ディミニッシュ・コードと呼ばれる和音、すなわちC Eb Gb Aなどのように、それぞれの音程が短3度から成る音で構成される和音)が大活躍する。
 まだ「ワルキューレ」のホヨトホーの増3和音も、「トリスタンとイゾルデ」のマイナー・シックススも発見されなかった中で、減七和音こそ、調性感をぼかし、不安な感情や、不穏な空気、絶望感や怒りなど、様々なネガティブな表現を一手に引き受けた立役者だったわけだ。

 また、「ローエングリン」では、ひとつの和音を長く伸ばし、その上に歌手が細かい音符でRecitativoレシタティーヴォのように語りながら歌うという個所がとても多い。「ラインの黄金」以降では、その語る人物像や内容に対応して、細かくLeitmotiv(指導動機)が音楽的に彩っていくため、必ずしも自然な会話のスピードでなくていいのだが、「ローエングリン」では、たとえばフリードリヒのように、機関銃のような超高速のおしゃべりをこなさなければならないという意味では、ワーグナーの全ての作品の中でも、この作品が最も過酷なのかも知れないな。
 その際、テキストに書かれた通りには全ての単語を喋り切れないため、ドイツの街角でネイティヴな人たちが語っているように、どこの子音をどこと合わせてそれらしく聞こえるかという作業を歌手達としていかなければならない。

これからみんなと丁寧にコレペティ稽古
 「ローエングリン」でフリードリヒ・フォン・テルラムント役を歌う青山貴さんは、先週末までの大野和士さん指揮の「ラ・ボエーム」マルチェッロのカバーであり、同時に、今日7月10日から15日土曜日まで毎日公演する「高校生のための鑑賞教室」のA組キャストのマルチェッロ本役だ。
 なので、劇場では毎日会っていたのだが、お互い忙しく時間も合わずに、なかなかセッションができなかった。それがやっと今週実現する。

 一方、マルケ王役の成田眞さんは、新国立劇場合唱団のメンバーでもあるので、行動が一緒で内部で連絡を取り合えるため、これまでにすでに3回ほど合わせ稽古をしている

 7月12日水曜日には、「ラ・ボエーム」本番の合唱の出番が終わったら、まだ公演中だけれど抜け出して、国立音大までちょっとした遠足をする。オルトルート役の清水華澄さんが、クニオンの常勤になっているので、そのコレペティ稽古のために行くのだ。彼女は恐縮して、
「いや自分こそ都心に行きます!」
と言っていたけれど、まあ、僕もたまには、かつて学生の時に住んでいた玉川上水までいくのも気分転換になっていい。

 愛知祝祭管弦楽団では、7月29日土曜日に、伝令の初鹿野剛さん、フリードリヒの青山貴さん、オルトルートの清水華澄さんとのオケ合わせ、30日日曜日に、ローエングリンの谷口洋介さん、エルザの飯田みち代さん、マルケ王の成田眞さんとの合わせがあり、今後はそれに向けて、各キャストに対して丁寧なコレペティ稽古を進めていこうと思っている。

おおっ!だんだんワクワクしてきたぞう!

2023.7.10



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