燃え尽きた夏「ローエングリン」

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

飯守泰次郎さん、ありがとう!
 僕が飯守泰次郎さんと初めてお会いしたのは、1990年のこと。なんで年まで覚えているかというと、日生劇場で「トリスタンとイゾルデ」を上演した時のことだから。今、記録をネットで確認してみると、つくづく凄いプロジェクトだったんだな、と思う。

「トリスタンとイゾルデ」公演は1990年11月於:日生劇場

演出:鈴木敬介
Aキャスト:P.シュナイダー(指揮)/G.シュナウト(イソルデ)/W.ファスラー(トリスタン)/C.ヴルコプフ(ブランゲーネ)/H.シュタム(マルケ)/I.シュルテ(クルベナール)/ニッセイワーグナーオーケストラ) 

Bキャスト:R.リヒター(指揮)/渡辺美佐子(イゾルデ)/若本明志(トリスタン)/青山智恵子(ブランゲーネ)/戸山俊樹(マルケ)/宮原昭吾(クルヴ ェナール)

 この時、リストには書いていないけれど、飯守さんは外国人指揮者及びAキャストの歌手達が来る前に、日本人キャストの立ち稽古を振りながら、歌手達に様々なアドバイスをしていたし、休憩時間に僕たち副指揮者にも、
「ワーグナーはね、こうやるもんなんんだよ」
という感じで、いろいろ丁寧に教えてくれた。
 バイロイト音楽祭でアシスタントを務めた飯守さんの語る一言一言を、僕は漏らさず記憶していた。記録によると、彼は1970年からなんと20年間に渡ってアシスタント・コンダクターを務めていたんだな。どうりで、彼の身辺からはバイロイトの香りがプンプン漂っていたはずだ。
 それから、僕が実際に1999年からバイロイトで働くようになったら、多くの歌手やスタッフ達が僕のところに来て、
「お前、日本人ならイイモリ知ってるよな。彼は優秀なアシスタント・コンダクターだった。お前も頑張れよ!」
と言われた。

 さらに時は経って、2014年から飯守さんは新国立劇場芸術監督に就任し、二期4年間務めた。その間に、特にワグネリアンの僕にとっては、ハリー・クプファー演出の「パルジファル」や、クラウス・フローリアン・フォークト主演の「ローエングリン」、ゲッツ・フリードリヒ演出の「ニーベルングの指環」4部作など、いろいろ良い思いをさせていただいた。

写真 飯守芸術監督送別会-1
飯守芸術監督送別会-1

写真 飯守芸術監督送別会-2
飯守芸術監督送別会-2


 写真は、2018年7月18日水曜日、飯守さんの4年間に渡る芸術監督お疲れ様会の様子。音楽スタッフが大集合して、和やかな雰囲気の中で、途中意外と真面目なワーグナー談義をしたり、とにかく楽しい会でした。
 若い美人の奥様がニコニコしながら飯守さんの隣にいらして、
「あたし、三澤さんのファンで、ブログ、楽しみに読んでいますよ」
というので、ヤバイ、悪口なんか書いてないよな、と、ちょっとドキドキしたりした。
 その奥様が、ある時急逝したと聞いて、
「なんで?あんな若いのに・・・」
と驚いて、僕は飯守さんの心中を思遣った。
 その頃から、お会いする毎に飯守さんが元気がなくなったように見えたのは、僕の先入観か気のせいか。

 僕が8月20日の愛知祝祭管弦楽団「ローエングリン」公演を間近に控えてスコアとにらめっこしている8月15日。飯守泰次郎さんの逝去の知らせが耳に入ってきた。僕は、1990年の出遭いの時から、これまで数え切れないほどの交流の軌跡を頭に思い描いてみた。
 不思議と悲しいという気持ちはない。むしろ、やっと奥様の処に行けて良かったね、という感じだ。それと、深い感謝の想いが沸き起こってきた。僕もその内そっちに行くから、そうしたらまたいろいろ話しましょうね。

 8月20日。飯守さんがいなくなったからといって、別に、これからは自分がワーグナー演奏を背負って立つなどという大それた野望は全くないが、そういうことより、もっと親しく、どこかで観ていますかね?という気持ちを抱きつつ、僕は愛知芸術劇場コンサートホールの指揮台に立って、指揮棒を振り下ろした。
 

燃え尽きた夏「ローエングリン」
 静かに指揮棒を振り下ろすと、ヴァイオリンのTuttiがイ長調の和音を奏でる。そこに木管楽器が入ってくる。それが4人のトップ・ヴァイオリン奏者に受け継がれる。これだけで、まるでこの世とも思えない清冽な音響空間にさまよいこんだよう。
 ワーグナーの全ての作品の全ての音楽の中でも、この響きほど、天国的な崇高さに満ち、独創的で、これまでのどの作曲家も思いもつかなかったオーケストレーションはないだろうと僕は断言する。恐らく、バイエルン国王ルートヴィヒⅡ世も、この瞬間に我を忘れてワーグナーに心酔したに違いない。

 書きたいことはいっぱいある。でも、とどのつまりは、演奏の中に全て出し切ったので、何を書いても「嘘になってしまう」とまでは言わないけれど、言葉では表しきれないもどかしさを感じる。多分、来週あたり、もっときちんと考えが整理されて、いろいろ書けるかも知れない。今日は、思いついたことだけを無秩序に書くので許してください。

 第2幕冒頭は、これまで、いろんな公演を観てきたけれど、いつも、
「もっと面白くなるんだけどな」
と思っていた。
 一般には、オルトルートもフリードリヒ・フォン・テルラムントも「悪人」とひとくくりにされるのだけれど、この二人は全然違う。フリードリヒは、元は善人だ。まあ、善人と言い切ってしまうと極端かも知れないが、少なくとも一生懸命努力して武勲を上げ、上の人に認めてもらいたいという功名心の強い無骨な人間に過ぎない。
 それを巧に操ってそそのかすのがオルトルートだ。彼女は自分で呪術を使うくせに、フリードリヒが負けたのはローエングリンの“魔法”のせいだと主張し、
「あんたは悪くないのよ」
と言いくるめる。
 よく、負けたり試験に落ちたのは明白なのに、自分の負けを認めたくなくて、何かといいがかりを付けたがる人っているじゃないですか。審判がズルしたとか・・・・。それと同じで、功名心をくすぐられてフリードリヒもすぐに責任転嫁し、「名前や素性を明かそうとしてはいけない」というローエングリンこそ怪しい奴だ、とのオルトルートの主張に同調する。
 ここのプロセスこそ、この作品で最も色濃く描かなければならないのだ。指揮者って(演奏者もみんなそうだけど)、第1の聴衆だから、僕は、すでにオルトルート経験者の華澄ちゃんも含めて、ふたりを捕まえて何度も稽古をした。
 ふたりとも、僕の稽古だけではなく、間に自分なりに咀嚼して努力を重ねたのだろう。最終的に彼らから出てきた表現は、長年の僕の欲求不満をスカッと解消する素晴らしいシーンとなった。本当にありがとう!二人とも!

 その他、本当は一言ずつでは全然足りないので、来週また書くかも知れないけれど、清らかなリリック・コンビ、すなわちローエングリンの谷口洋介さんと、エルザの飯田みち代さんの二人の第3幕結婚行進曲後の、睦まじさと、そこからしだいに立ち上がってくるエルザの疑惑、及び、ローエングリンの戸惑いから叱責に至るまでの過程も、適切に描かれていた。
 成田眞さんのハインリヒ国王は、当日の舞台稽古で、始終2階中央に立たされて声がきちんと届くかなとやや心配したが、その豊かな声で存在感を聴衆に与え、本番では落ち着いて指揮ができた。

写真 ローエングリンの素晴らしいキャスト達
素晴らしいキャスト達

 それから・・・合唱団のみなさん、よくここまで仕上がりました。「ローエングリン」という作品は、二期会でアシスタントしていた時代にもやったことがなくて、僕が手掛けた合唱団というと、バイロイト祝祭合唱団と新国立劇場合唱団しかないのだ。だから頭の中で鳴っている響きの理想像が高くて、容易に納得することができないから、練習途中、何度も怒鳴りまくって、けしかけてけしかけて、なんという乱暴で怖い指揮者だとお思いになったでしょう。
 本番近くの8月15日火曜日が最後の合唱練習日だった。でも、台風が来るので、みんながどうしようと思って僕の所に相談に来たよね。僕はこう言った。
「僕はね、朝から新幹線が動いている内になんとか名古屋に行くよ。その間に止まったって関係ない。夜の練習が終わった後、新幹線が動いてなかったら名古屋に泊まってもいい。とにかく練習はやるんだ!」
「でも、団員が来れるかどうか・・・」
「来れる人たちでやるんだ!」
本当は、這ってでもいいから全員来い!って言いたかったんだよね。
 でも、その内、ハッと気が付いた。オケの練習が本番前日の8月19日の10時からあり、12時から通し稽古だ。そのために僕はどっちみち18日金曜日の夜から泊まっているのだ。その名古屋入りを早めれば、18日夜に練習できるじゃないの・・・・と。
 そこで、急遽会場を取ってもらい、15日の練習はキャンセルして、合唱団には無理矢理18日に集まってもらって最後の集中稽古をした。例によって鬼のように・・・。でも、これが効いたんだよね。巨大な火の玉のように燃えさかっている僕の周りでみんな火が燃え移って、あのエネルギッシュな合唱に仕上がったのだ。結婚行進曲もきれいだったよ。みんな本当にありがとう!

 さて、僕の火の玉どころか、僕以上に大きな火の玉となって、僕自身をも燃やしてしまおうという勢いで、もの凄いエネルギーを放射していたオーケストラのみなさん!あんたたちヤバイです。こんなオケは世界中探してもありません。よくここまでやってくれました。毎幕ごとに飛び交っていた「ブラボー!」の叫びは、聴衆の正直な反応だったと思うよ。

とにかく、本当に僕の人生にとっても稀有なる一日でした。
みんな、本当にありがとう!

写真 キャストに演出家たちも交えて
演出家達もまじえて

 今回は、長女は仕事で、どうしても来られないので、妻と孫が観に来ました。孫はあの長大な「ローエングリン」をとても集中して聴いていたそうだ。終演後、親友の角皆優人君が、「マエストロ・私をスキーに連れてって」キャンプでコーチをしてくれている松山さんや画家の山下さんなどを連れて楽屋に来てくれ、とっても褒めてくれた。誰が褒めてくれるよりも嬉しかった。
 その後、ホテルに帰り、その晩は泊まって、翌朝の新幹線で東京宅に帰るが、午後には新国立劇場に行って「修道女アンジェリカ」と「子供と魔法」の練習に出た。それなので、原稿が21日月曜日には間に合わないため、今22日火曜日の午前中にこの原稿を書いています。

写真 角皆君たち友人と
Lohengrin角皆君たちと

2023.8.21



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