ダブルビル千穐楽

 

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

寒くなってきたらスキーがしたくなった
 「マエストロ、私をスキーに連れてって2024」キャンプの告示をしたら、常連のお客さん達がすぐに反応して申し込んで来た。カーサビアンカが閉店して、次シーズンの集客は難しいだろうなと思っていたが、嬉しかった。
 今年は、夏がずっと長く暑かったから、冬場の雪は期待できないかなあ、と思っていたが、この数日で突然寒くなった。時が来ればこうやって季節が変わっていくんだね。早く雪が降らないかな。

 僕はいつもこの頃が一番スキーがしたくなるんだ。シーズン最後に滑ってから夏までは、自分の中でスキーへの想いを封印することにしているので、かえって大丈夫なんだけど、夏が過ぎて、
「あ、寒いな!」
と少しでも想う瞬間があると、その寒い感覚が、封印されたスキーへの想いとリンクして、
「早く滑りたい!」
と、心の奥底からふつふつと想いが湧き起こってくる。

 今年の三澤家は、スキー場で年を越すのはやめた・・・というか、去年はカーサビアンカがあったので優先的に予約させてもらったんだけど、年末年始って、実はめっちゃ競争率高いんだね。夏の終わりに調べたら、すでにもうどこも空いていなかった。
 そこで、12月27日から白馬に行き、30日に帰ってくる。27日は午後からゲレンデに出て、28日29日の2日間はフルで滑り、30日は3時くらいまで滑って帰途につく。

 僕個人は28日に角皆優人君の個人レッスンを頼んでいる。シーズン初めに、ややレベルダウンして基礎的な事を重視したレッスンをやってもらうと、感覚が戻ってくるのが早いのだ。
 そんな基礎的なレッスンなので、もしこれを読んでいる読者の中で、僕と一緒に角皆君にレッスンを受けたい方がいたら、大歓迎ですよ。複数いたら、いっそのことグループレッスンにしてしまったら、僕としても経費が助かります。午後は自由に滑ろうと思っていたので、とりあえず半日レッスンにしているけれど、午後から参加する人がいたら、僕も一日レッスンに伸ばしてもいいからね。

 何度も言いますが、マエストロ・キャンプは、年内に申し込むと10%割引になる“早割”があるからね。3月のBキャンプはともかく、1月は結構宿泊の競争率が高いので、お早めに宿を確保して、どんどん申し込んで下さい!

 ああ、早く雪が降らないかな。白馬に行く前に、日帰りでどこかに行けるといいのに・・・・。
 

ダブルビル千穐楽
 10月9日月曜日休日(スポーツの日)は、新国立劇場においてプッチーニ作曲「修道女アンジェリカ」&ラベル作曲「子供と魔法」ダブルビル(二本立て)の千穐楽だった。 あまり馴染みのあるオペラではないので、初日からの客足は芳しいものではなかったが、粟國淳さんの、保守的ではあるが、細かいところに神経の行き届いた演出と、それに全力で答えようとした、アンジェリカ役のキアーラ・イゾットン、及び子供役のクリエ・ブリオをはじめとするキャスト群などの奮闘により、しだいに評判が広がって、千穐楽はかなりの入りであったのが嬉しかった。良い作品は、できるだけ多くの人に観て欲しいと思う。

 その聴衆の中に、今日は、我が家の妻と孫の杏樹も混じっていた。終わってから一緒に妻の車で帰ったが、杏樹にとっては、なんといっても「子供と魔法」がとても楽しかったらしい。ティーポットと中国茶わんの二重唱、火のシーンのバレエ、世田谷ジュニア合唱団による楽しい算数の歌と踊り、一対の猫のダンス、森の鮮やかな色彩感、3匹の蛙のコミックな踊りと、息つく暇もなく次々に極上のエンターテイメントが繰り広げられるのに圧倒されていたようである。帰りの車の中は、その話題で持ちきりだった。
 しかしながら、妻が後でこっそり言うには、杏樹は「修道女アンジェリカ」の後半で、身じろぎもしないで観ていて、アンジェリカが死ぬ時には泣いていたという。

 僕にとっても、両方とも初めて関わったオペラで、思い入れも強く、終わってしまうのを惜しむ気持ちが深い。プッチーニの熱情とエモーション。心に染み入るメロディーと和声を作り出す驚くべき才能。一方、ラベルの機知と自由な発想。ジャズに通じる粋な和声感。
 最後は「ママ!」maman!という、歌とも言えないほどのh-fis音の呟きと、そこに付けられたGのメージャー・セブンスの短い和音。
「え?これでオペラの終わり?」
と思わせる意表を突くエンディングだけど、なんて素敵!

 今日は、実はマエストロ沼尻竜典さんのお誕生日だそうで、終演後、舞台袖から楽屋に入ったところで、みんなでHappy Birthdayを歌ってお祝いした。

 う~~ん、さみしいな。明日からどうやって生きていこう。でもね、明日は、京都のロームシアターの「魔笛」の最後の合唱音楽練習があって、明後日からは立ち稽古に突入する。「魔笛」は僕の著書「オペラ座のお仕事」でも書いた通り、あらゆるオペラの中で最も好きな作品なので、Anytime OK!

 こんな風に、世の中は淡々と進んでいく!

i-Phoneのない週末
バッテリー交換に行く時間がない

 10月7日土曜日朝。困った!家でi-Padを充電しようとして見たら、なんとバッテリー残量が突然5パーセントになって赤い警告サインが付いている。急いで充電器につないだが、増えるどころか、次に見た時には4パーセントとむしろ減っている。とにかく電源を切った。バッテリーが壊れたに違いない。
 うーん・・・不便だ。i-Padは、メールなどは関係ないけれど、Petrucciからダウンロードしたスコアが入っていたり、旅行先でいろいろ調べたりするには便利なので、すぐにでも取り替えに行きたい。でも時間がない。
 その日は午前中からひとつコレペティ稽古が入っていて、その後、新国立劇場で「ダブルビル」本番。明日は浜松に行って、午後から浜松バッハ研究会の練習。9日月曜日も「ダブルビル」最終日。

i-Phoneを忘れた
 翌日、10月8日日曜日。妻は、立川カトリック教会で、風評被害のある福島野菜の販売を手伝うため朝早くから家を出た。長女志保は二期会「ドン・カルロ」公演のため、前の日から札幌に行っている。それで僕が浜松に出掛けてしまうと、孫の杏樹が家にひとりぼっちになってしまうため、僕は杏樹を連れて電車で立川に向かい、駅前に迎えに来た妻に杏樹を預けた。
 さて、立川からだったら、新横浜に出るのに、南部線で武蔵小杉に出て乗り換えるよりも、いっそのこと八王子に出て横浜線に乗り換える方が近いと、前の晩にi-Phoneの「駅すぱあと」で調べておいた。便利な世の中だね。
 杏樹を妻にスムースに預けられたため、「駅すぱあと」の時間よりも早い電車に乗れた。もしかして横浜線も一本早い電車に乗れるかな、と思ってカバンの中のi-Phoneを探すが・・・あれっ?・・・いつもある処に・・・ない!
「えっ!」

 思考が巡る・・・ええと・・・朝、i-Phoneを充電したまでは覚えている。
「あのさあ・・・i-Padだけじゃなくて、なんだかi-Phoneも、最近バッテリー減るんが早くね?」
なんて思っていた瞬間をピンポイントで思い出した。
 もう100パーセントになってるかなと思って見たら、まだ90何パーセントだったんだ。今日は一日家を空けるので、出掛ける直前まで充電を続けて、なるべく満杯にしてから出ようと思って、そのままにしたんだ。
 ところがよ・・・・子供っていうのは全くグズグズしている動物で、電車の時間は迫ってくるのにいつまでもパジャマのまんまでいたり、持って行く荷物の整理が全くできていない。
 ふたりでゆっくりお散歩モードで歩いて谷保駅まで行こうとしたけれど、全然それどころじゃない。
「おおい!もう間に合わないので、自転車で行こう!」
と、バタバタしながら家を出た・・・いっけねえ・・・慌てていたので、充電したまま忘れて置いてきた!ということはよ・・・i-Padもバッテリー不足で家に置いてきたから・・・ヤベえ!ええと・・・他に電子機器というものは・・・あるにはある・・・電子辞書とi-PodとKindle・・・全く役に立たない・・・駄目だこりゃ!

 当然、引き返す時間はない。こんな時、こんなに焦るもんなんだと自分であらためて気が付いた。
「ええと・・・新幹線には・・・乗れるんだったよな」 
 新幹線の予約はi-PhoneからEXですでに予約済み。改札にはSuicaで入るので問題はない。帰りはi-PhoneがないのでEXは無理!まあ、たまには普通に切符を買えばいいんだ。

連絡の手段がない!
 でもさあ・・・そういうことではなくて、i-Phoneもi-Padもないということは・・・こちらから緊急の連絡が誰ともできないということであり、逆に家族などから移動中の僕にアクセスする手立てがないということだ。
 LINEは勿論のこと、メールも使えないので、電話しか方法がないが、仮に公衆電話があったとしても、今は手帳に誰の連絡先も書いていない。全部i-Phoneに入っている。家の電話番号は覚えているけれど、妻の携帯の番号はうろ覚えで確信がない。あれえ、前は覚えていたんだけど、常に携帯電話任せで、記憶も飛んでしまった。あ~あ・・・。

 まあ、何事も順調に行っていれば別にいいんだよ。でも、こういう時って逆に心配になるんだよな。こんな時に限って、今頃家族に緊急事態なんか起こってたりして・・・とか・・・こちらが、たとえば、新横浜へ向かう電車が止まるとかの何らかのアクシデントで、新幹線に乗り遅れたりしても、浜松バッハ研究会の人に連絡できないな・・・とか・・・いろいろネガティブな事態が次々と心に浮かんでくる。

八百徳のお櫃うなぎ茶漬け
 しかしながら、そんな心配も無用で、何の苦もなく新幹線に乗れた。お祝いに浜松駅前の八百徳でお櫃うなぎ茶漬けを食べちゃお!浜松といったら何といっても鰻だい!お櫃うなぎ茶漬けは、名古屋で言うところの「ひつまぶし」だが、ここの良いところは、お茶漬け用のお茶が昆布茶なのだ。それが鰻の臭みと中和して実においしい!
 正方形に細かく切って刻み海苔と一緒に御飯の上に乗っている鰻を、一杯目は御飯茶わんに取ってそのまま食べる。山椒を振りかけてね。二杯目からはいよいよ昆布茶を掛け、葱やワサビを入れて食べる。う~ん!たまりませんなあ!
 皆さんに紹介するために写真を撮っちゃおう・・・あ、そうか・・・携帯がないんだった・・・残念!ということで写真はありません!i-Phoneを持たないと本当にいろいろが不便だ!

 皆さん!浜松に来たら一度は八百徳に寄ってみてください!絶対に後悔しません!・・・ええと・・・ただね・・・美味しいので決して文句はないのだが、最近はいろいろな所で値上げが進んでいるでしょう。ここも随分高くなった。問題があるとすると、税込みで4400円をどう考えるかだな。

写真 八百徳のお櫃うなぎ茶漬けの写真
お櫃うなぎ茶漬け
(2022年6月27日「今日この頃」より by CafeMDRコンシェルジュ)

浜松バッハ研究会
 浜松バッハ研究会には、4月の「ロ短調ミサ曲」演奏会以来、初めて行く。長らくバッハ研究会の代表を務めていた河野周平さんは、代表を退いて歌うことに専念しようとしていたが、他に手を挙げてくれる人がいないため、さしあたって代表代行ということで、僕を練習場の最寄りの駅である弁天島まで、いつものように車で迎えに来てくれた。i-Phoneがなかったので、無事について彼の顔を見ただけでホッとした。

 今日は「メサイア」の練習。新しいメンバーもいるので、まず、僕のバロック音楽に対するスタンスをあらためて簡単に説明した。かつて80年代に、日本オラトリオ連盟でオリジナル楽器を使用してモーツァルト「レクィエム」や「マタイ受難曲」などの演奏会を指揮した経験から、オリジナル楽器の弓の使い方や様々な方法論をモダン楽器に応用すれば、バロック音楽のスタイルを保持しながらモダン楽器の表現力を加味出来る事に気が付き、それを東京バロック・スコラーズをはじめとして、今日まで貫いていることを説明した。
 歌唱も、基本はオールマイティである“ベルカント唱法”、特に“横隔膜”の使い方と“腹圧”の保持が鍵を握っていることを伝え、「メサイア」第1部の各曲のレガート個所や、逆にコロラトゥーラの個所でどう応用していくかなどを具体的に指導した。

 現メンバーはとっくに分かっている事柄。でも僕は、同じ事を何度も言って、何度もやらせる。それが僕のやり方で、その労苦を厭わない。というか、毎回みんなが少しずつでも良くなってくるのを見ることが楽しい。

公衆電話の撤去とスマホ依存症
 帰り道、心配性の僕は、家族が無事かどうかの確認のため、家に電話してみようかなと思った。けれどね、浜松駅に着いてちょっとあたりを見回しても、今は公衆電話ってみんな撤去されてしまって、なかなか見つからないんだよね。もう全世界は“携帯電話ありき”で動いているのだ。今どき公衆電話から電話を掛けるのはガラパゴス的人間なのだ。絶滅危惧種なのだ。ましてや、家に携帯電話を忘れるなんていうのは言語道断というわけだ。

 電車に乗っても、周り中みんなずっとスマホのディスプレイを観ている。一列全員携帯電話をいじっていたりするのも珍しくない。何やっているのかな、とちょっとのぞき込んでみると、ゲームをやったり、LINEで果てしなくチャットしていたり、いろんな人のFacebookやInstagramをサーフィンしたり、映画を観たり、結構くだらないことに時間を費やしているよね。
 それらが全て1台のスマホで出来るんだから、永遠にスマホをのぞき込んでいることになるんだ。こんなに長い間観ていたら、脳がおかしくなるんじゃね?と心配する「今日この頃」です。

何事も起きなかった一日
 南武線谷保駅に着いたら雨が降っている。自転車置き場に行くと、僕の白いLuis Garneauマウンテンバイクの隣に、まるで縮小コピーのような杏樹のLuis Garneauが置いてある。「取りに来なかったんだな。明日の朝来なければ」
と思って、傘を差しながら自転車に乗って家に着いた。
 妻が帰るなり、
「携帯忘れて行ったでしょ」
と馬鹿にするような顔と声で僕を出迎えた。
「まあね。別にたいしたことはなかった」
と思わず答えた。おいおい、本当は全然「たいしたことなかった」どころじゃないだろう。あんなに道々心配し、不安になっていたくせに・・・・。

 孫の杏樹がまだ起きていたので、寝かしつけた。足をなすって欲しいと言ってきたので、ゆっくりなすっていると、すぐに呼吸が深くなってきて、だんだん寝息になってきた。眠ったなと思っても、しばらく薄暗がりの中でぼんやりと杏樹の顔を見ていた。外は雨が降っている。平和で静かな夜。夜遅くには娘の志保も札幌から帰ってくる。

 何事も起きなくて良かった。いつもの日常。でも、それがとっても有り難い事だとしみじみ思った。

バルトーク&ルイージのオペレッタ
 杏樹を寝かしつけてから、居間に戻ってきてテレビを付けたら、NHKでバルトーク作曲「オーケストラの為の協奏曲」をやっていた。いつものN響ではない。調べたら、ウーゼドム音楽祭2022の録画で、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮のニューヨーク・フィルハーモニックだって。この曲は大好きで、いつかどこかでやりたい。しかし、この指揮者、なんだか動きが変だね。
 みなさん!僕がバルトーク好きだって知ってた?オペラや宗教曲やマーラーやワーグナーばかりが好きなわけではないよ。今流れている曲も好きだけれど、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」が一番好き。あとね、ストラヴィンスキーが大好き。ベルリン芸術大学指揮科にいた時、「春の祭典」を暗譜でレッスンに持って行ったんだ。そしたら、先生が怒って、
「俺は、この歳になってやっと『火の鳥』を振ったんだ。こんな曲をレッスンに持ってくるお前は生意気だ!」
なんて言ったんだよ。ひどい先生だよね。沼尻竜典さんと同じ先生だけどね。ま、そんなことはどうでもいいや。

 その後は、またまた大好きな指揮者ファビオ・ルイージの特集。彼がオペレッタを振っている時の楽しそうな表情を見ると、とってもハッピーになるね。彼のワクワクの原点なんだね。ビールが進んで、気が付くと焼酎のソーダ割りになっている。もうすぐお湯割りの季節がくるね。目下の所、一番気に入っているのは“木挽”。

 僕は、最初にいつもビールの350ml缶を一杯だけ飲む。夏の間はアサヒ・スーパードライ一辺倒。でも、ここのところはいろんな銘柄のいろんなビールを試している。目下気に入っているのは、アサヒの黒生とキリンの秋味、それに永遠の定番であるサッポロの黒ラベル。プレミアム・モルツはあまり好きではないのだけれど、「香るエール」は気に入っている。

 ほろ酔いの中、ルイージの番組を見終わった。ロシアとウクライナの戦争が終わらないどころか、イスラエルがハマスの攻撃を受けて大変なことになっている。ああ!いつ世界に平和が来るんだろう・・・と、嘆きながらベッドに入った。

2023.10.9



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