NHKの録音がいよいよ始まりました

三澤洋史 

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NHKの録音がいよいよ始まりました
 11月27日月曜日。「今日この頃」の原稿を書き終わり、お昼を食べてからゆっくりと家を出て、渋谷に向かった。今日は、いよいよNHKのバイロイト音楽祭2023の楽劇「ニーベルングの指環」解説の開始の日だ。今日の録音の演目は「ラインの黄金」と「ワルキューレ」の二つの楽劇。

 原稿はもう先方にWordの添付ファイルで送ってあって、僕は同じものをプリントアウトして持参するが、それは打ち合わせするためであって、別に、自分用にレイアウトしてホッチキスなどで留めていないバラバラの原稿を持っている。トークの途中でめくりが入ると目が落ち着かないし、録音室では、A4の原稿をふたつ並べられるので、喋りやすいことを最優先にしたものなのだ。

 録音は、もう何度もやっているので、かなりスムースに運んだ。音源を挟みながらのトークも、批評を交えながらのトークも、アイデアが採用されて嬉しかったし、きっと喜んでもらえると信じている。

 そういえば、いつも悩むことがある。キャストの名前を日本語で言う時、どこまで日本語的に言うのがいいかよく分からないのだ。NHKではヴォータンをウォータンと言わせる。バイロイト音楽祭の解説は、僕がバイロイトで働いていた20年以上前からやっているので、最初、
「ウォータンと発音して下さい」
と言われた時にはかなり抵抗感があったし、喋り始めてからもよく間違えた。だって、バイロイトで普通にWotanのWをヴォって発音していたので、癖が抜けなかったのだ。でも、それから何年も解説をやっている内に慣れた。

 でもね、みなさん、「ジークムント」を、ちょっと試しにしゃべってみてくださいな。これ、結構みんな普通にズィークムントゥと言っているでしょう。でね、一回目録音したときに何気なくズィークムントゥと発音してから、ふと気になってプロデューサーに訊いた。そしたら、
「ジでなくてズィでいいですよ」
と言われた。そうなのか・・・いいのか・・・でも、Siegmundのトゥは本当は無声音なんだよね。でも、日本語として言った時、ズィークはいいとしてもトゥは無声音は駄目でトゥもあまり良くなくて、結局Tの後Oを入れてムントが良いということに落ち着いた。日本語とするとズィークムントが正解!でもさあ、これって日本以外では何の役にも立たねー!

 録音は無事終わったが、その時点で、すでに一週間後に迫った12月5日火曜日の楽劇「ジークフリート」と「神々の黄昏」の原稿が、どうも間に合いそうにない気がした。「ジークフリート」は、なんとか先週に書き上がり、送って、先方とのやり取りの末にもういちど書き直したりした。あとは録音の日にその場で何か出てくるかも知れない。

 でもね、序幕と第1幕だけで2時間かかる「神々の黄昏」の音源を丁寧に聴いている時間が稼げなくて焦っていた。悩んだあげく、NHKに頼んで、明日に迫った5日火曜日の収録は「ジークフリート」だけにしてもらって、「神々の黄昏」については、さらに来週に遅らせてもらった。約一ヶ月前に一度通して聴いた記憶を辿って書けないこともないのだが、やはり自分の納得のいくように作りたい。

 NHKには迷惑をかけたかも知れないが、自分の心に余裕ができので、ゆっくりと音源を聴き始めた。それと同時に、批評のサイトも、もう一度あらためていろいろ検索してみた。
 すると、Klassik begeistertというサイトのPeter Walterの批評が、かなり的を得ていて、各出演者に対してバランスも良いので、「神々の黄昏」の解説では、これを中心に語っていこうかなあ、と思っているところである。
 収録では、時間が限られているので、実際に引用する個所は多くないが、この原稿を書いている12月4日月曜日は、午前中全部空いているので、ほぼ全文を訳してみたのをここに載せてみる。原文をコピペして、朝から訳してみた。こんな風に「今日この頃」の時間を使って申し訳ないけれど、本当に時間がないので許して下さい。

 迷惑でしょうけど、ドイツ人の批評って、随分日本人なんかと違って、本気で勝負している感じで、それでいて冗談交えたりしているので、興味のある方は是非読んでみてください。
「ハーゲンのホイホーの叫びはニュルンベルクまで届いた」
なんて、日本の批評家は言わないでしょう(笑)。
それでいて、その直後にミカ・カーレスのハーゲンの性格付けが弱いと、急所を突いている批評をしている。

 ホッ、やっと最後まで行った!急いで訳しながら、リアルタイムでここに書き込んでいたので、もしかしたら、表現が適切でない個所もあるかも知れない。でも、著者が言わんとしているものは、なんとか伝わっているんじゃないかな。

 すみません!今日はこれで勘弁してください!余裕がないんで・・・・。これをコンシェルジュに送ったら、新国立劇場の喜歌劇「こうもり」の最後の舞台稽古に行きます。

Klassik begeistert

Andreas Schagers Stahlkraftstimme lässt sich auch von einem Wagner-Gesangsmarathon nicht beeindrucken. Ganz im Gegenteil, die drei Tage Hochleistungssingen scheinen ihm gut zu tun. Denn auf einmal entdeckt dieser einzigartige Heldentenor, dass seine Stimme mehr als nur laut ist. Einzigartig ist auch die Rückkehr des Bayreuther Regie-Buhgewitters.
アンドレアス・シャーガーの鋼のような力強い声が、このワーグナー歌唱のマラソンを成し遂げたことによって(のみ)感銘を与えたというわけではない。
その正反対で、3日間の(「ジークフリート」と「神々の黄昏」の間に、急遽「パルジファル」を代役として入った)素晴らしい歌の業績を挙げられたことは、彼にとっても、とても良かったように見える。
無類の存在であるヘルデンテノールが“発見”されたのだ。彼の声は声量があるだけではない。
“バイロイトの演出に対するブーの嵐から、立ち戻してくれた”という意味でも無類の存在であった。
Bayreuther Festspiele, 31. Juli 2023
   バイロイト音楽祭2023年7月31日
Götterdämmerung
Musik und Libretto von Richard Wagner
   「神々の黄昏」
   作曲と台本:リヒャルト・ワーグナー

von Peter Walter
   批評:ペーター・ヴァルター


Einst hat er mit reiner Kraft Drachen besiegt und Zwerge erschlagen.
Nun ist Siegfried erwachsen.
Und prompt reifen die Früchte seiner Stimme zu ihrer vollen Blüte.
Gegenüber Brünnhilde sind Andreas Schagers Melodien feingeschliffen wie nie, verlieren dabei aber kein bisschen ihrer einzigartigen Stärke.
Besser kann man den Siegfried nicht singen!
かつて純粋なる力でドラゴンに勝利し、こびとを殺したジークフリートは、今や成長し、血の通ったその声もたちまち成熟した実を結んだ。
ブリュンヒルデと向かい合っても、アンドレアス・シャーガーのメロディーは、無類なほど繊細に磨き抜かれていて、それは彼の無比なるフォルテの時でも少しも失われてはいない。
ジークフリートという役をこれ以上に(素晴らしく)歌うことはできない。

Lieber Herr Schager, Sie haben die letzten drei Abende im besten Wagner-Haus der Welt drei Hammerpartien gesungen.
Erst den Siegfried-Siegfried, dann den Parsifal, und nun den Götterdämmerungs-Siegfried.
Jedes Mal von ca. 16-22 Uhr, dazu kommt noch Einsingen, Maske und einiges mehr.
Und am Ende dieses Tenor-Marathons zeigten Sie keinen Hauch an Erschöpfung.
Ganz im Gegenteil, die Waldvogel-Erzählung gelang Ihnen flott wie mit links.
Das ist mehr als ein Sänger-Zehnkampf, das ist, als würde jemand in allen olympischen Laufdisziplinen – von 100m bis Marathon – Gold gewinnen!
親愛なるシャーガー様。あなたは3日間、世界で最も素晴らしいワーグナー・ハ ウスにおいて、3つのハンマーのような役を歌いましたね。
最初は楽劇「ジークフリート」のジークフリート役。
それから「パルジファル」。
そして楽劇「神々の黄昏」のジークフリート。

毎回、16時から22時くらいまで上演時間は掛かり、その上、発声練習や化粧や衣装など様々なことに時間が掛かりました。
しかしながら、あなたはこのテーノール・マラソンの末でも、疲労のそぶりも見せなかったですね。
それどころか全くその反対で、森の小鳥のお話しを聴くのにきびきびと左側に回ったりしている。
それは歌手としては(陸上の)十種競技以上のものです。
それは、誰かがオリンピックの全ての陸上競技―100メートル走からマラソンま で―に参加して、金メダルを獲るのに等しい行為です!

Auch sein Blutsbruder, Michael Kupfer-Radeckys Gunther, brilliert mit grandioser Stimme.
Sein Bariton ist böse, röhrt ordentlich durch die moralisch äußerst dunkle Partie wie ein Mafia-Boss. Kein Wunder, so hat er keine Scheu.
Seine Textverständlichkeit ist indessen glasklar, seine skrupellosen Drohungen donnern, als kämen sie von einem Göttervater. Nächster Halt: Wotan!
彼の血を分けた兄弟でもある、ミヒャエル・クプファー・ラデツキーの演じるグンターは、輝かしく堂々とした声だ。
彼のバリトンは邪悪で、まるでマフィアのボスのように暗い役で、モラルから最も遠い存在として貫かれていて、唸っているようだ。
彼は恥というものを知らないのだから無理もない。
彼の喋るテキストは明瞭で、彼の道徳的なためらいの全くない威嚇は、雷のようで、神々の父であるヴォータンが来たかと思うほどだ。

Der Strippenzieher dieser dubiosen Handlung ist natürlich Hagen (Mika Kares), den Ring will er haben.
Eigentlich gar nicht für sich selbst, sondern für seinen Vater Alberich (Ólafur Sigurdarson). Beide meistern ihre Partien mit künstlerischem Können.
Alberichs einstige Tyrannei sitzt nach wie vor tief in seiner Stimme, vor dem Fluch dieses Zwergs hat man weiterhin viel Angst.
Zumal ihm niemand entfliehen kann.
Hagens Hoiho-Rufe könnte man wohl bis nach Nürnberg hören, doch scheint er sich vom Charakter her leicht hinter Alberich und Gunther einzuordnen.
Noch ein ganz bisschen mehr Mut, ein bisschen mehr selber anpacken, dann wird’s perfekt.
この怪しい陰謀の綱を後ろで引いているのは、勿論指環を欲しがっているハーゲン(ミカ・カーレス)である。
基本的には、彼自身の為と言うより、父アルベリヒ(オウラフル・シーグルザルソン)のためである。
この二人の役は、芸術的にも熟練した能力を有している。

アルベリヒのかつての独裁者ぶりはいまだ健在で、彼の低い声に現れているが、人々はこのこびとの呪いの前に、今後も少なからぬ恐れを抱き続けるであろう。とりわけ呪いからは何人たりとも逃れることはできないであろう。

ハーゲンの「ホイホー!」の叫びは、ニュルンベルクまでも届くだろう。
だが、彼の性格付けに関して言うと、アルベリヒやグンターよりも低く位置付けられるように感じられる。
もう少しだけ勇気が欲しい。
もう少し、何かやり方を変えたらパーフェクトなのに・・・。

Die Leidtragende des ganzen Geschehens ist die einst aus festem Schlaf erweckte Brünnhilde.
Catherine Foster singt die ehemalige Walküre mit viel Einsatz und Bravour.
Gegen ihren Siegfried hält sie sich wacker, ihre Stimme strahlt mit Stolz und Liebe in alle Ecken des Hauses.
Doch im Schlussmonolog – der musikalische Höhepunkt des Rings – greift sie leider auf einen äußerst vibratoreichen Gesang zurück, als wolle sie noch einmal so richtig stark „Hojotoho!“ rufen.
Mein Ohr will da irgendwie ein ganz bisschen Theorin raus hören – kein gutes Zeichen.
Egal, sie hat zwei Abende kämpferisch wie eine Walküre gesungen und dafür viel wohlverdienten Applaus geerntet!
Das gilt ebenso für Aile Asszonyis spaßige Gutrune, von der Regie hier zu einer äußerst extrovertierten, aber zwiespältigen Figur transformiert. Die Bayreuth-Debütantin singt ihre Partie selbstsicher, von dieser Sängerin möchte man gerne mehr hören.
全ての物語の悲劇を背負っていくのは、かつて深い眠りから目覚めたブリュンヒルデである。
キャサリン・フォスター演じる、かつてのワルキューレは出番も多く素晴らしい。彼女は、ジークフリートを相手に勇敢に立ち回る。
彼女の声は全ての個所に於いて誇りと愛に光り輝いている。
しかし終幕のモノローグにおいては、リング全体のクライマックスであるが、残念ながら、ことの他強いビブラートの歌唱に舞い戻ってしまい、まるであの強いホヨトホーの響きのようになってしまった。
私の耳には、かつてのイレーネ・テオリンが聞こえてきてしまった。
(テオリンは、昨年、その大きなビブラートの故に、盛大なブーを浴びた。バイロイトは恐いところである)。
それはさておいて、彼女は、「ワルキューレ」とこの作品のふたつの楽劇で敢然と歌唱した業績を買われて、それに相応しいだけの拍手を得ていた。

お茶目なグートルーネ役を引き受けたアイレ・アッソーニも同じように大切だ。演出でことの他“野獣化”され、さらに分裂した姿を行き来するのだ。
バイロイト・デビューにおいては、その役を確実にこなしていたが、この歌手については、もっと聴いてみたい。

Christa Mayer beherrscht auch als Waltraute die Bühne aus den mächtigen Tiefen ihres Mezzos.
Ihre wenigen Worte dringen sanft, aber stark in die Ohren des Publikums ein.
Hätte Brünnhilde mal auf diese wunderbare Stimme gehört, so wäre das Ende der Götter vielleicht noch aufzuhalten gewesen.
Aber die drei in bester Harmonie singenden Nornen haben’s ja schon vorhergesagt, da gibt’s kein Zurück von diesem Schicksal mehr.
Äußerst stimmstark gibt sich der Mannen-Chor (Einstudierung: Eberhard Friedrich), da kommt mal so richtig Schwung in eine der seltenen Chorszenen dieser 15-stündigen Tetralogie!
ワルトラウテ役を演じていたクリスタ・マイヤーは、その力強い低音域を持つ彼女のメゾソプラノの声で舞台を支配していた。
少ないテキストではあるが、柔らかく、しかしながら聴衆の耳にはその切迫感が強く響いていた。
ブリュンヒルデが、この彼女の素晴らしい声(願い)を聞いていたならば、神々の終演は押し留まったのではないか、と思わせる。

しかしながら3人のノルンの最良のハーモニーが予言していた通り、その運命か ら逃れることはできないのであろう。
ことのほか音圧が凄かったのは、エバハルト・フリードリヒ率いる男声合唱で、15時間にも及ぶ指環4部作の中で、ほんの少ししかない合唱の場面が、まさにあるべき緊張感を作り出していたことだ。

Richtig schwungvoll geht es auch im Graben zu. Pietari Inkinen lässt das Festspielhaus tief in die Wagner-Klangwelt eintauchen. Die vielen magischen Orchesterstellen füllen den Saal randvoll mit schallenden Bläsern und flirrenden Strichern. Hochdifferenziert gestaltet er die ewigen Melodien, die Holzbläser-Soli dürfen singen und die Hörner klingen. Inkinens Bayreuther Ring-Debüt lässt die Orchesterlandschaft im Wagner-Tempel wieder in ihrer vollen Pracht erstrahlen… und wird mit donnerndem Applaus belohnt!
オーケストラ・ピットの中は、全く躍動感に満ちて進んでいた。
指揮者ピエタリ・インキネンは祝祭劇場の奥深くでワーグナーの響きの世界に浸っていた。
多くのマジカルな管弦楽の個所がホールの隅々まで満ちていて、鳴り響く管楽器やキラキラする弦楽器、無限旋律は様々な表情を描き分け、木管楽器ののソロは歌い、ホルンは響き渡っていた。
インキネンのバイロイト・デビューは、ワーグナー神殿の管弦楽の大地に、再び充分な豪華さを輝かせた。
それは嵐のような拍手をもって称賛された。

2023.12.4



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