いよいよ7月に突入!

三澤洋史 

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いよいよ7月に突入
 今日は7月1日月曜日。いよいよ7月に突入し、アッシジに向けて出発まで、あと16日。練習には、今週末の7月6日土曜日に行き、それから、出発前の特別練習は、7月15日月曜日海の日に13:00-17:00という時間帯で行われる。

 コロナ禍の前には、当たり前のように行っていた海外なので、もっと普通に喜んで楽しみにしていればいいのに、不思議と・・・何か恐いような・・・本当に行っていいのかな、というためらいのような感情がある。別に、現地に行ってコロナに移ったら・・・とかいう具体的な心配では全くないんだけど、なんだろうな・・・理屈ではない不安のようなものが、僕の内面に巣くっている。
 新型コロナ・ウィルス感染拡大というものが、心の表面意識だけではなく深層心理の領域にまで、これほどマイナスの影響力を与えているのかと驚かされる。なにか楽しいことをするとバチが当たるみたいな・・・かつては外出も随分制限されたり、芸能人の誰かが感染すると激しいバッシングを受けたのを見たりしていたものな。
 とはいえ、別に遊びに行くわけではない。僕の守護聖人のアッシジの聖フランシスコの故郷に合唱団を連れて行って、Preghiera Semplice(聖フランシスコの平和の祈り)やCantico delle Creature(創造主への賛歌)をはじめとする自作の宗教曲を神様に捧げるのだ。誰に臆することあろう。誰に遠慮することあろう・・・と自分に言い聞かせているのに、自分で笑ってしまう。

 ともあれ、行くんだ!今年は、いつにない特別な夏なのだ!バチが当たるどころか、むしろこれは神様からの命令なのだ!

 先日6月8日土曜日のカトリック田園調布教会での国内演奏会では、かなりの人たちから、
「とても美しい曲で感動しました」
というお褒めの言葉をいただいた。作曲者本人を目の前にしてだからお世辞もあっただろうがね。でもお世辞だとしても嬉しい!
 次の週のイタリア語のレッスンで、イタリア人の先生に、
「正直に言ってね。こうしたジャズやポップスやラテン音楽の混じった曲想で、アッシジの演奏会を聴いて、怒る人っていると思う?」
と訊いたら、
「それはいないと思うわ。宗教曲にしては変わった曲ねえ、くらいに思う程度だと思うよ」
と答えてくれたので、ひと安心。別に大きな成功を期待しているわけではないけれど、これらの曲想の中に隠れている僕の真摯なる信仰心は伝わって欲しいと願っている。
 

「トスカ」指揮者ベニーニの素晴らしさ
 新国立劇場では「トスカ」の舞台稽古が進んでいる。昨日6月30日日曜日は、本公演のピアノ付き舞台通し稽古で、今日はお休み。明日からオケ付き舞台稽古となる。ところが、本公演の他に高校生のための鑑賞教室が2組キャストあるので、稽古もこの先入り組んでいて大変だ。
 指揮者のマウリツィオ・ベニーニは、昨年(2023年)5月の新演出「リゴレット」で来日し、キビキビしたテンポで緊張感を保ちながら全体を牽引していったのが記憶に新しいが、今回は特にこの作品が大好きなようで、歌手達にも容赦なく注文を付けるし、時には演出にまで口出しする。

 それにしても、保守的と言われようが何と言われようが、アントネッロ・マダウ=ディアツ演出の写実的な演出の素晴らしさよ。何度もの上演を経ても色あせない。そして、その舞台の中で繰り広げられるドラマも、キャストが変わる毎に毎回新鮮である。
 特に、第1幕最後のテ・デウムの場面は圧巻だ。この絢爛豪華な舞台の中でスカルピアは、
「トスカ、お前はわしに神を忘れさせる」
と言い放ち、トスカにないがしろにされた復讐を誓うのである。まさにこの舞台は、ゼッフィレッリ演出の『アイーダ」と並んで、新国立劇場の宝だね。今週末の7月6日土曜日に初日の幕が開く。

白百合学園合唱祭審査員
 「トスカ」稽古場での立ち稽古と舞台稽古の間にぽっかり空いた1日があったが、そこにまるで申し合わせたように入ってきたお話しがあった。それは白百合学園中学高等学校合唱祭の審査員のお話であった。
「空いてます。その他の日はずっと塞がっていますが、何故かそこだけオフです。喜んでお引き受けします!」

 この合唱祭は、中学校も高校も1学年4クラスあるので、それぞれ12クラスが午前と午後に分かれて自由曲のみを歌う。そして、中学校でも高校でも最優秀賞と優秀賞を決めるのだ。

 合唱祭の日がだんだん近づいて来たある日、メールが来た。あれれっ!しばらく会っていないピアニストの伊藤佳苗さんだ。なになに?
「6月末に行われる白百合学園合唱祭で、三澤先生の横で、審査員としてご一緒することになりました。先生のお名前を見て、びっくりいたしました」
だって!
当日会ってお話ししてみたら、伊藤さんは白百合学園の卒業生なんだって。またまた驚いた。
 伊藤さんとは、特に90年代にYAMAHAがエレクトーン2台でオペラの伴奏を行うことにとても力を入れていて、僕も、ピアノかフルオケか?という極端な選択肢しかないオペラ伴奏に、第3の道の可能性を見出し、かなり積極的に関わったのだが、一番好んで共演したのが塚瀬万起子(つかせ まきこ)さんと伊藤佳苗さんとのコンビだったのだ。
 塚瀬さんが、子供の頃からエレクトーンに親しんでいたのとは対照的に、伊藤さんは、指揮者伊藤栄一氏の娘で、国立音楽大学ピアノ科を出たばかり。どちらかというとクラシック音楽一辺倒。エレクトーンの操作には、まだ精通していたわけではなかった。でも、このコンビは互いに足りないところを互いの長所で補い合って、仕上がりのレベルがとても高かったのだ。
「三澤先生にビシビシ言っていただいたけれど、そのお陰で今のあたしがあるのです」
と、合唱祭当日も何度も言うので、照れくさくなったが、実際そういうことではなく、
「佳苗さんのクラシックの素養がオペラの仕上がりに大きく影響したのさ。塚瀬さんがエレクトーンに精通していたことも大きかったけどね。だから二人でうまくいったんだよ」

 白百合学園は女子校だが、とてもお行儀が良い。全校歌い終わって審査発表の時間になった。最初に審査員の講評。僕の後に伊藤さんが壇上に着くと、いきなり、
「みなさん、ごきげんよう!」
と挨拶するので驚いた。
伊藤さんが席に戻ってきたので、
「ごきげんようって挨拶するんだね」
と言うと、
「在学中の時からずっとそうなのです」
と言う。
 でも、大人しいように見えていた生徒達は、審査発表となって優秀賞や最優秀賞などが決まると、大興奮状態で黄色い声で叫びだし、賞状を受け取る時にはみんなで泣いている。あははは、これお行儀が良いというより、みんなとっても純粋なんだ。

 最後に高校生全校でモーツァルト作曲戴冠ミサ曲のCredoを演奏した。伝統なんだって。だいたいこの学校は、中学校から英語に加えてフランス語の授業もあるそうだ。さらに、このミサ曲でラテン語の勉強もするという方針だそうである。
 最初の一声を訊いた途端、あれっ?て気が付いた。そうか、これ女声合唱で歌ってるんだ。どうりでテノールのパートをアルトとか歌ってる。いやあ、しかし、みんな頑張っているなあ。
 控え室に戻ると、皆さん、僕の著書「ちょっとお話ししませんか」を持っていて、伊藤さんに一冊あげていた。最後に校長先生のシスターにご挨拶して別れると、僕は飯田橋駅に向かって足も軽くルンルンと歩いて行った。とても気持ちの良い一日でした。
 

ちいさな宇宙人アミ3部作完読
 昨日、「小さな宇宙人―アミの3巻のシリーズ」を全て読み終えた。これねえ、手に入れるの簡単ではなかった。その前に出版の歴史を振り返ってみると、まず第1巻目のエンリケ・バリオス著「アミ 小さな宇宙人Ami, el niño de las estrellas」は1986年チリで出版され、ベストセラーになった。日本では1995年に石原彰二訳で徳間書店から出版。その後続編が出て、また徳間文庫から文庫本が出たが、何故か2019年以後全て絶版になってしまったとのこと。それからはプレミアムがついてどんどん価格が高騰して今に至っている。


アミの本

 僕は第1巻をメルカリで6月7日に買ったが、定価1200円の徳間書店の単行本を3.699円で買った。その後第2冊目の定価590円の文庫本「もどってきたアミ」をAmazonを通して5.929円で買った。3冊目は、定価686円の文庫本「アミ3度目の約束」をやっぱりAmazonから6.875円で買った。
 これでも最も安いものだったのだよ。Amazonを見ても「アミ 3冊セット」41.960円や、帯付きで新品同様85.000円などというものもある中、僕は本の状態など全く気にしないで、読めればそれで良いというタイプなので、とにかく一番安いものを購入したのだ。

 そもそもアミの本については、まず書店で奥平亜美衣著の「次の世界へあなたを運ぶ《小さな宇宙人アミの言葉》」ヒカルランドを見つけてアミの世界に初めて近づいていき、同じヒカルランド社の「ありがとう、アミ」のセミナーの様子にますます興味を持ち、それからいよいよ本丸の『アミ 3冊セット」を紐解いていったわけだが、全て読み終わってどうだったか?皆さんには興味のあるところでしょう。

 ところがね、第1巻を読み始めた時が一番驚き感動したのだけれど、どんどん読み進んで行って、第3巻の『アミ 3度めの約束」の最後のページを閉じた瞬間に思ったことは、むしろ驚きとか感動とか言う前に、
「やっぱりそうだったか。いや、考えて見れば当然だよな。それしかないよな」
という、ただ“納得”のみが僕の胸に残った。つまり、僕はこれらの真実をすでに自分の胸の中で全て知っていたのだ。

 聖書を紐解いてみると、ルカによる福音書にこういうくだりがある。
「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」
イエスが、
「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」
と言われると、彼は答えた。
「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」
イエスは言われた。
「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」
ルカによる福音書第10章25-28
 このイエスの言葉と、アミの言っていることは究極的にはいっしょなんだ。ただ、僕たち人間の認識には限界があって、どうしても僕たちは神あるいは主というものを、人間のようなものに感じてしまうことから抜けられない。

アミは言う。
「神は愛そのものなんだ。愛が神なんだよ」
あるいは、
「神は人間のかたちをしていない」

 それでも、人は神をなかなか抽象的なものと認識するのができないからこそ、むしろ神より自分の守護聖人にアプローチしていく人がいることに触れて、第3巻の「アミ3度目の約束」では、ペドゥリートのおばあちゃんが聖人に取り次ぎをお願いすることの滑稽さが描かれている。
「聖シロリさま、まだあたしの願いは完全にはかなえられていません。どうか、お聞きとどけください。・・・・どうしたのかしらねえ、いままでこんなことなかったのに」
「おばあさん、神にお祈りするんじゃなくていいの?」
「そう、でも聖シロリはあたしにとって、神とお話しするための電話みたいなものなんだよ。きちんと奇跡を起こしてくれるんだ・・・」
「どうして神に直接お願いしないの?」
「ダメダメ。神はとてもおいそがしいから、年寄りからの自分かってな小さな願いごとの電話なんか、いちいち相手にしていたらごめいわくをかけてしまう。でも聖シロリは神の近くにいて、神がいつお手すきなのかちゃんとわかるから、そのときあたしの願いを伝えてくれるんだよ・・・」
「ブッ!」
アミがふきだした。
その後でアミは説明する。
「でもね、おばあさん。ひと言言わせてもらうけど、神は大きな電話局をもっていて、宇宙にある魂ぜんぶからの電話を、いちどに、しかも直接受けることができるんだよ」
「あたしだって、それくらい知ってるよ。でも聖人や天使たちにもなにか仕事をあげたいんだよ。仕事がなくて、自分たちを役立たずなんて思いはじめちゃったりしたら、かわいそうだし・・・」
 実際、カトリック信者の中に、こう思っている人は多いと思う。そういう人に「神は愛そのものなんだよ」と説いても、なかなか分かってもらえないかも知れない。また同じように、救世主が世に出て、同じような真理を説いても、受ける人たちの認識力の違いによって宗教の対立や時には宗教戦争さえ起こしてしまうということは、何にも増して世の中の悲劇だ。
「ある師はある地域ではとても崇められている。でも別のところでは別の師が崇められている。そして、それが宗教戦争を生み出すんだ。でもわれわれが求めているのは、そんなものではなくて平和と統一だ」

「すべての宗教に霊感(インスピレーション)をあたえているのはおなじ精神なんだよ。また千年がすぎ、さらにつぎの千年がすぎ、あらたにその進歩と人類の必要に応じて、別の教訓をひろめるために別のひとが選ばれる。こうやって別の師と別の宗教が生まれる。そして、人々はその名前に混乱をきたし、宗教戦争をひき起こすまでにいたる。でも、それがすべて愛である偉大なその精神と、愛によって道を照らすために送られていた師を、どれほど深く傷つけるかということをまったく理解できないでいるんだ」
 アミで語られていることを、僕は元から全て知っていた。ただ、それは僕の心の奥で眠らされていたのだ。でも今や全て目覚めた。

 たとえば、今、こう思っている。
「神は愛だ。その愛のひとしずくが音に乗せられる。すると、それがバッハの音楽になり、それを演奏したり聴いたりする僕の心の中で光となり歓びとなり慰めとなる」
「その愛を持った僕が行動する。すると愛が僕にインスピレーションを与え、次の道を開いてくれる」
「そのように、愛の力は全ての道に生き生きと行き渡っていて、僕たちが愛を感じ、愛の力を信じていくならば、神は常に僕たちと共にいる」

 ありがとう、アミ。僕はこれから強く勇気を持って生きていくだろう!でもね、悲しいのは、地球はまだまだ野蛮で支配的でエゴイスティックで、国境や民族による差別や搾取などがなくなるためには、まだまだ遠い道のりを経ないといけないのか?分かる人だけが愛の実在とパワーを認識できても、もっとみんなが気付いてくれないかなあ・・・・でもね、少なくとも目標は分かった!

少なくとも、愛の実現に少しでも手を貸そう。誰も気付かなくともいい。報われなくとも構わない。

愛が見ている。

2024. 7.1



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