このようにして「被造物の賛歌」は生まれました
「被造物の賛歌」は、聖フランシスコの最も有名な祈りです。まるで聖人が、彼の人生の幸せな時期に、ウンブリア平野の美しい風景が彼の眼や心を観たし、自然に詩句が浮かんできて書き記されたかのように感じられますが、実はそうではありませんでした。
1225年の冬、フランシスコは、サン・ダミアノに50日以上滞在しました。彼はすでに聖痕(キリストが受けた5つの傷跡)を受けていました。ほとんど盲目で、かつ目に激痛を感じていて、太陽や火の光などにはとても耐えられないほどでした。
ブラザー達は、彼のために建物の片隅に小屋を建ててあげました。しかし、そこはとても荒れ果てていて、ネズミがあたりで飛び跳ねているような所で、哀れなフランシスコは、食べることも眠ることもできませんでした。
ある夜、フランシスコは主に祈りました。
「来てください、主よ。私を病気から救ってください」
すると霊は彼に答えました。
「喜びなさい!そして、あなたがすでに私の王国にいるかのように、晴れ晴れと生きなさい」
朝、彼は起き上がり、仲間達に言いました。
「今や、私は、とても喜ぶべきなんだ。だから新しく『全ての被造物と共に主を讃える』賛歌を作るんだ。この賛歌なしには『恩知らずな』我々は、生きることはできないんだ」
そして、位置について祈り、集中して言い始めました。
「いと高き全能の、そして善なる主よ・・・」
この言葉にはメロディーが付いていましたが、今日それは失われてしまいました。
彼は仲間達に、
「世界中に出掛けて行って、神を讃え、人々の心を慰めるように」
と教えました。
追加されたふたつの詩句
元の「被造物の賛歌」では、天と地にある被造物に関連する詩句で終わっていました。しかしながら、ある事情がフランシスコに「赦しに関する詩句」を追加させることになりました。
あることで、司教とその地方の司法長官との間で意見の対立がありました。清貧に生きるフランシスコは、彼らの和解を見るまでは、自分は死ぬことはできないと思いました。
「それは我々にとって大きな恥だ。神から任命された立場にある者が・・・」
フランシスコは感情を露わにし、ブラザー達の方を向いて言いました。
「司教と司法長官がこのように憎しみ合っていて、どちらの平和や融和に還ろうともしないとは」
そこで、何人かのブラザーに新しい詩句を持たせて、対立するふたりが仲直りするようにと送らせました。ふたりは、これらの詩句に触れて、フランシスコの気遣いに感動し、とうとう和解することができたのです。
その後、フランシスコは、自らの死の時が迫っていることを感じ、すでに病気で衰えた体にもかかわらず、もうひとつの詩句を加えました。それが「姉妹なる死よ」という詩句です。
そしてブラザー達に歌ってくれるよう望みました。ポルチウンクラ(フランシスコが最初に兄弟的生活を始めた場所でもあり、亡くなった場所でもある)で、彼が裸になって大地にそのまま横たわった時に。
このふたつの詩句は、「ただ追加されただけ」というのではありません。神に対する賛美のモチベーションは、“天地創造という事業を我々が受ける”ところから始まり、そして(天地創造が)人間存在の創造に辿り着くことなしには、完結することはないのだということです。
三澤注:神が人間を創ったのは、神の天地創造という業を見届け、自分の自由意志を持ってそれを賛美してくれる存在が欲しかったから、という考えが元になっている。
2024. 7.29
![]()