にもプロジェクトとかけがえのない仲間達

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

アッシジ演奏会のビデオ作成に関して
 アッシジの聖フランシスコ聖堂での演奏会からもう一ヶ月経つ。演奏会では、この旅行のメンバーの一人である新岡香織さんが、録画の機材を現地に持ち込み、同行した人たちに頼んで演奏会を録画し、編集して、さらに丁寧な字幕をつけてYoutubeに発表してくれた。是非ご覧ください。


 その際、僕は、曲の間に行った自分のスピーチの原稿とその訳を求められて提供したが、問題は演奏会の最後に聖フランシスコ聖堂のカペルマイスターである神父が行ったスピーチの内容を日本語に訳すことであった。
 まず、ビデオを観たが、神父のスピーチは声が小さく、とても聞き取れない。これは無理だと思っていたら、アッシジ祝祭合唱団の団員でありながら、僕が練習に行けない時の副指揮者として練習を付けてくれていた酒井雅弘さんが、こんなメールをみんなに送ってくれたので一同びっくりした。以下がメールの内容。

かおりちゃん、みなさん

Speech Flowというソフトでテキスト化して、ChatGPT4で訳してみました。
ちょっとは意味が通じるようです。
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Si può immaginare che in questo caldo come si suona,come si canta.
Adesso ho apprezzato un attimino maestro, che è tutto succo, anche io sono succo, ma lui di più.
Perché veramente ha fatto gli sforzi.
Ringrazio per questa serata, ringraziamo il maestro che ha portato veramente questa bellissima musica in nostra Basilica,una musica indenita, e io sono molto contento che proprio il canto di una delle creature che Missa pro Pace poteva essere eseguita qui.
Per tutti, per tutta la pazienza che ti ha venuto questo caldo adesso vi auguro una buona e santa notte uscendo dalla Basilica se volete potete lasciare una piccola offerta tra Massimiliano che c'è con il cestino oppure acquisire qualche malietta per sostenere le vostre attività come questa e altre grazie a tutti e buona serata

暑い中でどのように演奏し、どのように歌うのか想像できます。今、指揮者が全身汗まみれであることに気づきました。私も汗まみれですが、彼はもっとです。
彼が本当に努力してくれたことに感謝します。この夜に感謝し、この美しい音楽を私たちのバシリカにもたらしてくれた指揮者に感謝します。この素晴らしい音楽は比類ないもので、私も本当に嬉しく思っています。ここで「Missa pro Pace」の一部として歌うことができたことを喜んでいます。
暑さの中でのご辛抱に感謝し、皆さんに良い夜をお祈りします。バシリカを出る際に、もしよろしければマッシミリアーノが持っているバスケットに少しの寄付をいただくか、活動を支えるために何かを購入していただけると嬉しいです。皆さんに感謝し、良い夜をお過ごしください。


 驚いた。ほぼ完璧ではないか!原文では、二つの単語がくっついていたりしたのを、僕がちょっと直したが、まずビデオでは本当に聞き取れなかったものを、よくSpeech Flowというソフトは文章化できたものだ。
もっと驚いたことがある。Speech Flowが訳した文章ではglischerzi(冗談、戯れ)という単語となっていたのを、ChatGPT4は、前後の文脈からgli sforzi(努力)の間違いだと判断して、「彼が本当に努力してくれたことに感謝します」と正しく訳しているのだ。信じられない!いやあ、AIって凄いな!

 まあ、しかし酒井さんも、このようなソフトを自由に扱えるんだもの、凄いよね。新岡さんも酒井さんも、東大コールアカデミーという男声合唱団のOBであるアカデミカ・コールのメンバーだ。やっぱ、東大卒の人たちは、やることが徹底しているなあ。みんな、ただものではないなあ。

 確かに神父様が言っていたように、聖フランシスコ聖堂は暑かった。聴衆のみんなプログラムを扇子代わりにして扇いでいたし、確かに僕も汗びっしょりだった。しかしこの聖堂の音楽責任者である神父ったら、汗まみれのことをsucco(直訳すると、果汁、ジュース、しぼり汁)と言うのがウケた。普通神父は、なかなかこういう表現を使わないものだが、やはり若くて頭が切れるから、こういう冗談めいた表現もサラリと出るわけだね。

 ビデオを観ていると、演奏会を指揮しているひとつひとつの瞬間に、自分が何を感じていたかが逐一甦ってくる。いずれにしても、自分の人生の中でもかけがえのない瞬間の連続であった。神に感謝!

にもプロジェクトとかけがえのない仲間達
 8月14日水曜日。大型の台風が関東を直撃しそうなことは知っていたが、突然、JRが16日金曜日の東海道新幹線、名古屋東京間における始発から終電まで全ての列車の運休を決定したというニュースが飛び込んできた。

その時の僕の絶望感を何と表現したらいいだろう!
 にもオーケストラ・オイリュトミー・プロジェクトの多摩パルテノンにおける公演を17日土曜日に控えて、16日は午後から貴重な通し稽古及びゲネプロの日なので、まさにその日の朝、実質「愛知祝祭管弦楽団」のかなりの数のメンバーが、新幹線で名古屋から東京にやって来ることになっていた。それが、始発から終電まで一本も動かないとは!
 ということは、名古屋組は本番の日の17日の朝から出てこなければならない。しかし、前の日が一本も動いていなかったら、みんな始発から新幹線に殺到するだろうから、一体何時に全員が揃うのだろう・・・と、考えれば考えるほど、ネガティブな状況ばかりが頭の中で発展して、落ち込むばかりであった。

 そう思っていたら、突然、名古屋組をまとめているチェロのKさんから連絡が入った。
「返事がない方もありますが、東京公演メンバーの動向です。天候次第のところもありますが、15日の新幹線が取れたことも幸いでした。
1. 15日移動→16日からのリハに参加可能予定
(楽器別に具体的な名前が列挙されているが、結局この時点で24名)
2. 17日移動→午後のリハから参加予定
(この時点で8名)」

 ええっ?この24名は、みんな自腹のつもりで15日中に移動してくれるの?信じられない!マジ嬉しい! ということは・・・名古屋組は、むしろもう16日の朝には東京にいるんじゃないか。
 こう気付いた僕は、再びKさんと「にもプロジェクト実行委員会」宛てにメールを送った。メールのタイトルは「16日どうせ朝から東京にいるのだったら」というもので、逆に16日は、名古屋組は、やろうと思えば午前中からでも練習出来るわけじゃない。多摩パルテノンのホールの都合もあるけれど、オケピットが空いていればそれでもいいし、リハーサル室があったら、そこでもいいから、とにかく「できるメンバーで練習をしよう!」という提案だった。

 というのは、ホールでの練習は、元来オイリュトミー中心で動いていたので、最初の予定では、オケは、東京方面から参加する約10名の補充メンバーと名古屋メンバーとの合同練習もないままに、いきなりオーケストラ・ピットに入って、オイリュトミーに合わせての「通し稽古」をしなければならなかったのだ。
 だから、もし練習が少しでもできたら、かえって有り難かった。問題はむしろ東京メンバーの方で、昼間のオケ練は想定していなかったので、そもそもウィークデイだし、一体何人集まれるか分からないと言われたが、まあ、心配しても仕方ない。ということで、いろいろやり取りをした末、16日14時からリハーサル室でオケ練をやることにした。

 16日金曜日。国立あたりは、予想していたより雨も風も穏やかだった。僕は、朝9時からのイタリア語のレッスンに行くのに、雨は降っていたので、妻の車で先生の家まで送ってもらったが、帰りはひとりで傘もささずに帰って来た。家に居ると、時折、突然土砂降りになったりしたが、「雨雲レーダー」を見ても、東京西部地区は房総半島あたりとは違って見るからに穏やかであった。

 あのさあ、結果論で言うのもなんだけど、新幹線の終日運休って、あんなに早くから決めなくて良かったんじゃねえの?

 午後2時。妻の車で送ってもらって、多摩パルテノンのリハーサル室に行くと、行方不明だったコンサートマスターの高橋広君もちゃんといるし(前乗りして古本屋をあさっていたらしい)、管楽器のメンバーはほとんど前乗りしてくれていたし、東京メンバーも(中には台風を理由に会社を休んでくれたメンバーもいると聞く)、予想より多くいて、普通にオケ練習が成立できて、むしろとても充実した合わせとなった。それから通常通りの舞台稽古へと流れて行った。

 残念だったのは、16日には打楽器の夫婦がいなかったこと。それで、17日土曜日の本番当日に、ピットに行く前にやはり一度はティンパニなどのオケ合わせをやっておきたかった。
 元々その日の午前中は、リハーサル室での予備練習が取れていたのだが、いろいろ調べていく内に、10時半から12時までオケピットが空いているという。それでまた確認を取ってもらったら、その夫婦は10時半の練習に間に合うように、朝名古屋を出てきてくれるという。ああ!なんてみんな奇特な人たちばっかりなんだろう!もう感謝で涙が出ちゃう!
 それで10時半から、オケピットで3楽章のティンパニが大活躍する個所などを念入りに練習出来た。逆に言うと、台風があったから、こうした練習が2度もできたので、むしろ台風有り難う!

 こうして迎えた「にもオーケストラ・オイリュトミー・プロジェクト」の演奏会は、満員のお客様の前で大成功に終わった。オーケストラが受け持ったのは、第1部の最後のエルガー作曲「エニグマ変奏曲」からNimrod「二ムロット」の美しい弦楽合奏。それから第2部のドヴォルザーク作曲交響曲第9番「新世界から」である。
https://noharajp.net/nimo/news/post-2913/

 僕は、特に「新世界から」では、楽譜はほぼ暗譜していたので、舞台上で所狭しと踊るオイリュトミーたちを見ながら、まずは彼らのフィジカルな動きに自分の音楽を融合させていった。けれども、気付いてみると、オイリュトミスト達も彼らの中で、オーケストラが醸し出す響きや色彩感に微妙に反応していく。
 勿論僕は指揮者なので、かといって彼らの動きに全服従して合わせたりするわけにはいかないし、受け身過ぎるのはかえって良い結果を生まない。オケに対しても、自分のバトンでテンポを決め、アインザッツを出していかなければならないし、バランスも決めなければならない。解釈上の優柔不断は許されない。交響曲としての統一感は決して失うわけにはいかないから。
 その意味で言ったら、むしろ完全に自分の世界だけに没入した方が完成度は高いだろうが・・・いやいやいや・・・そうじゃないんだな。彼らの反応は見ながら、こちらも自分自身を失わずに・・・むしろしっかり持って、そんな双方の要素のギリギリの境界線で、それぞれ偶成的に生まれる空間性を感じながら、高度なコラボレーションを一刻一刻と進行させていくところに、価値があるのだ。

 これは自分の人生の中でも稀有なる体験だな。最高にアクティヴでありながら最高にパッシヴである交差点。緊張の絶頂。それでいて、他では決して味わえない、かけがえのない体験。って、ゆーか、結構ハマるな。楽しい!めっちゃ楽しい!

 東京公演は終わった。15日木曜日の名古屋から早乗り組のホテル代も、結局“にもプロジェクト”が出してくれることになった。
 8月24日土曜日には、愛知県長久手市文化の家「森のホール」の公演が控えている。やったー!もう一度「新世界から」を指揮することができるんだ。二ムロットの清冽な至福感も楽しみだ。

新シーズン始動
 この原稿を書いている8月19日月曜日は、午後から新国立劇場で、新シーズン開幕の演目であるベッリーニ作曲「夢遊病の女」の合唱音楽稽古が始まる。エルヴィーノと結婚を約束しているアミーナという女性は、夢遊病を患っていて、あろうことか久し振りに故郷を訪れた領主であるロドルフォ伯爵のベッドで寝ているのを発見され、エルヴィーノとの結婚を破棄されるという荒唐無稽なストーリーだ。
 ちょっとガッカリするのは、アミーナが浮気をしていると勘違いして結婚を取りやめたエルヴィーノは、腹いせにリーサという別の女性と結婚しようとするのだ。おいおい、そもそも結婚することが先決で、相手は誰でも良かったんかい?

 来週から合唱音楽稽古が始まる日生劇場のドニゼッティ作曲「連隊の娘」もそうだけど、ベルカント・オペラのあらすじには、たわいのないものが多い。まあ、テレビもない時代。娯楽をオペラに求めたからって批判されるものでもない。ワーグナーのようなシリアスなものは、むしろ稀なんだ。
 僕も、少し気楽になって、この秋はふたつのベルカント・オペラを楽しもうと思っている「今日この頃」である。

2024. 8.19



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