絶好調の「夢遊病の女」

 

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

絶好調の「夢遊病の女」
 最終仕上がりの“いつにないレベルの高さ”が予想されたため、この「今日この頃」でも、何度も記事にさせていただいたが、新国立劇場「夢遊病の女」公演の初日の幕が、10月3日木曜日に開いた。そして今は、昨日、6日日曜日に第2回目公演を終えたところ。

 初日から、予想通り盛大なブラボーの飛び交う大成功となった。ネットでの評判もとても良く、何人もの人が、
「これまでの新国立劇場の全ての公演の中でも際だって良い」
という趣旨の意見を述べていたり、中には「一番良い」という人までいた。

 その原因は何なのだろうか?あらためて考えてみた。まず音楽的に言えば、指揮者のマウリツィオ・ベニーニの功績が大きい。彼のイタリア・オペラに対する情熱がハンパじゃないのだ。
 彼の指揮はよく煽(あお)る。ともすると平板に流れてしまう所でも、彼に煽られると、ついていかないと分からなくなってしまうので、いいようのない緊張感が生まれる。時々打点が分からなくなるのも半ば意図的なのだろう。僕なんか小心者だから、とてもあんな風に大胆に指揮する勇気はない。

 そこにオーケストラも必死で付いていくし、我らが新国立劇場合唱団も、演技をしながら頑張って付いていく。その集中力に乗って、舞台上で歌っているメイン・キャスト達の歌も演技も凄い。
 アミーナ役のクラウディア・ムスキオのコロラトゥーラは完璧だ。背は僕よりちょっと低いが、普段でもちょっとした仕草がとっても可愛らしくて、役に入った時の演技も、真に迫って実に細やか。特に最後の景で、あんな高い屋根の上に登って、よく恐くないなと感心してしまう。僕だったら登っただけで膝がガクガクだ。

 また、この「今日この頃」でも何度か書いたが、なんといってもエルヴィーノ役のアントニーノ・シラグーザの円熟度が素晴らしい。
 彼は先日誕生日だったので、初日のカーテンコール中に(マエストロはもう舞台上に上がっているので)、音楽ヘッドコーチの城谷正博君がオケピット内の指揮台に登り、東京フィルハーモニーを指揮してHappy Birthdayの前奏を演奏し始めた。
 聴衆は一瞬何が始まったか分からなかったけれど、字幕テロップに「シラグーザ氏は60歳の誕生日を迎えます」と出たので、会場中の聴衆をも巻き込んで歌って、彼の誕生日を祝った。彼はカーテンコールの列で僕のすぐ横にいたのだけれど、彼の眼からは大粒の涙が溢れ、拭きもせずそのままにしていた。なんて純粋な奴!

 その他、ロドルフォ伯爵の妻屋秀和さん、アミーナの育ての親テレーザの谷口睦美さん、リーザの伊藤晴さん、アレッシオの近藤圭さんなど、脇役の粒も揃っていて、本当に充実したキャスティングである。

 公演はあと3回。かなりお客は入っているが、「トスカ」や「椿姫」のように超有名な作品ではないので、初日は満席ではなかった。だから、もしかしたら今からでもチケット購入できるかも知れないと思うが、ネットなどの評判があまりに凄いので、今後の公演は満席になる可能性があります。なので、急いでくださいね。

アッシジ祝祭合唱団の解団式
 10月5日土曜日10時。アッシジ祝祭合唱団のみんなが良く通った地下鉄南北線東大前のYMCAに一同集まった。僕の妻も合唱団員ではないが同席した。今日は“解団式”と称したアッシジ演奏旅行の打ち上げである。
 アッシジ以来遭っていなかった懐かしい面々がそろって、まず聖フランシスコ大聖堂での演奏会の録音をみんなで聴き、それから僕がスピーチをして、最後に僕の作曲した「主の祈り」をみんなで歌った。
 アッシジの演奏の様子は、団員の新岡香織さんが録画、編集してYoutubeに挙げているので、勿論みなさんも観れるし、団員達もすでに観ているが、こうして良い音で録音だけに集中してあらためて聴いてみると、自分の作品及び演奏ながら、結構感動した。合唱団も心を込めて丁寧に歌っているし、イタリア人達の即席で集まった演奏者達も真摯な態度で演奏に集中している。

 解団式が終わると、予約してあった近くの中華料理屋にみんなで行って立食パーティーとなった。昼間なのに普通にビールで乾杯し、その後ワインも飲んだ。練習は1年近く行ってアッシジ入りしたけれど、旅行中初めて話をして親しくなった人達が多かったので、
「これ、ここだけで終わるの、もったいないよな」
と思っていたら、アカデミカ・コールのメンバーを中心に、
「先生、せっかくラテン音楽風のミサ曲だから、これを持ってブラジルに行こうという話が湧き上がってますよ!」
と言ってきた。
 僕は即座に、
「ブラジル!いいですね。行きましょう!サンバ、ボサノバが大好きなので、一生に一度は行っておきたいと思っていたのです!」
と答えた。実は旅行中もその話は出ていたのだけど、あまり本気にはしていなかった。

 でも、こうして帰国して落ち着いてしまってから、あらためてその話を聞くと、
「実現するといいな!」
と、結構本気で思ってしまう。ま・・・あまり期待しすぎると失望したときの落胆が大きいから、気長に待っていよう。だけど・・・実現するといいな・・・いいな・・・いいな。
 僕が昔指揮をしていた六本木男声合唱団はブラジル演奏旅行に行ったんだよね。僕は六本木男声合唱団とはモナコには行ったけれど、初谷敬史君からブラジルの話を聞いてて、「いいな・・・いいな・・・」とずっと思っていたんだ。

ちょっとだけ昔話になるけれど、僕は新型コロナ・ウィルス感染拡大で、仕事がみんなキャンセルになった2020年の春から夏にかけて、暇な時によくYoutubeでいろんな音楽を聴いていた。といってもクラシック音楽よりもボサノバやサンバなどのラテン音楽を聴くことが多かった。
 杏樹は当時ピッカピカの小学校1年生のはずだったけれど、コロナによる緊急事態宣言が発令されて、6月まで学校に上がれなくて、授業が始まっても週3日だけ通う、などで時間がたっぷりあったので、よく彼女を膝に乗せて一緒にブラジルの歌手Roberta Saホベルタ・サをYoutubeで観ていた。次に紹介する曲には、リオデジャネイロを代表するコルコバードの丘に立つイエス像が見える。


「昔から、リオデジャネイロに行ってサンバを聴きたいと思っていたのですよ」
と言ったら、
「先生、行くとしたらサンパウロですよ」
「あ、そ・・・」

 ま、サンパウロでもサンバは聴けるさ。それよりも、もしかして、リオデジャネイロに行ったら、いつもホベルタ・サに逢えるような気がしてなかった?あるいはイパネマ海岸に行って、イパネマの娘と恋に堕ちたらどうしよう、なんて思ってなかった?


懇親会後にみなさんと (写真提供:古屋英樹様)

水泳って大好き
 9月中は、僕が「夢遊病の女」の稽古で身動きできなかったため、日生劇場のドニゼッティ作曲「連隊の娘」合唱稽古は、僕のスケジュールの合間を縫って行われていた。今回は、2年以上も前から、演出家の粟國淳さんの強い希望で僕を合唱指揮に選んでくれたと聞いているが、実際に稽古が始まってみたら、日生劇場には気を遣わせてしまって申し訳なかったと思っている。
 その一方で、先週は、「夢遊病の女」の公演が始まって、中2日ずつ休日となったので、当初日生劇場のために合唱付きの立ち稽古に宛てていたのだが、プロダクション側から、
「まずソリスト立ち稽古を固めてからコーラスを合流させる、という方針に変わったため、今週の合唱立ち稽古は4日間オフとなります」
ということになった。

 そこで意外にも休日が増えたので、僕は先週4回プールに行った。何のスポーツもそうかも知れないが、特に水泳って、しばらく行かないと、体が忘れちゃうみたいで、初日はけっこうしんどかった。
 僕の場合、どんなに調子が良くても、1500m以上泳ぐと、仕事に差し支えるので意識してそれ以上泳がないんだけど、久し振りに泳ぐと、1000mでもきつかった。けれど、続いて毎日行くと、もう2日目には結構立ち直っていて、4日目にはちょっとだけうまくなっている自分を発見した。

 水泳は、結構チマチマしているスポーツだ。劇的に上達するときもあるけれど、むしろミニマムな上達を少しずつ重ねていく忍耐力が要求される・・・う~~ん・・・忍耐力というよりも、ちょっとの上達に喜びを見い出せるポジティブ志向がないと、なかなか続けることが難しい。

 バタ足ひとつでも、足の付け根から始まって、指先までの動きの意識化や、それぞれの関節を曲げるタイミングや連動の仕方で、進む速度が明らかに違ってくる。腕も同じで、空中に上がった腕の入水の仕方ひとつで、受ける水の抵抗が変わり、速度に影響する。

 以前、トータルイマージョンという方法で泳いでいた時は、キックが2ビートで、腕の動きが前進の主導権を取っていた。でも今はむしろ6ビートで泳いでいて、キックと反対側の腕の掻き始めのタイミングを合わせている。キックは瞬間的だけれど瞬発力がある一方で、時間を掛けて水を後ろに押す腕の動きは、そのキックの瞬間的な力を受けながら、加速あるいはスピードの維持という別の働きをしているわけである。このふたつがピタッと合ったときには、その瞬間、グンと小気味良く進むのが感じられる。

 また今週から合唱の立ち稽古も始まって忙しくなるので、なかなかプールにも行けないが、これからも時間を見て、なるべく行ってみたい。だって、プールから出た瞬間の、あのちょっと疲れたけれどスッキリした感覚って、他では得られないのだ。

2024. 10.7



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