「さまよえるオランダ人」千穐楽

三澤洋史 

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アイヌのウポポ
 来週の火曜日、すなわち2月11日建国記念の日(カトリック教会的にはルルドの聖母の記念日)には、三鷹市公会堂 光のホールで、東京大学音楽部コールアカデミーの定期演奏会があって、そこの第2ステージで、OB合唱団のアカデミカコールが賛助出演をする。曲目は清水脩作曲の「アイヌのウポポ」。
 そのステージを指揮するにあたって、いろいろアイヌのことを調べたりしながら曲と向かい合っていたが、結局近藤鏡二郎氏が採譜したものを清水氏が編曲し、和声や対位法的処理を施して、清水脩作曲として世に出した時点で、これは紛れもなく清水氏のファンタジーのたまものと化している。それに気付いた僕も、オリジナルにこだわりすぎないで、清水氏に悪ノリして、自分のファンタジーに従って曲作りをすると決めた。


コールアカデミー定期(画像クリックでPDF表示)

 とはいえ、アイヌ民謡には、日本の他の土着の民謡にはない大きな特徴がある。まずそのアイヌ語の持つ独特のリズムだ。そもそもウポポという言葉は歌という意味だそうで、もう本当に全然違う言語的世界があるね。
 日本民謡も「八木節」などリズミックなものはあるが、だいたいはメロディー主体で、平板な日本語に沿ったセンチメンタルなものが多い。けれども、アイヌの民謡はもっとたくましく、精力的で、エキゾチックだ。
 そのエキゾチシズムによって、我々日本人の島国根性は、かつてそんなアイヌ民族を差別したというが、本当は人のことを言えた義理ではない。日本の北に住んでいる色白の人と、沖縄まで行かなくても鹿児島あたりに住んでいる浅黒い顔をした人とが、単一民族だと勘違いしているおめでたい日本人が、アイヌ民族だからといって、どうして差別できるというのだろうか?

 この原稿を書いている時から見て昨日の2月2日日曜日午後に最後の練習があったが、前回のOB六大学連盟演奏会で指揮した髙田三郎作曲「水のいのち」とは全く違うアプローチで、詩の内容に寄り添ったというよりは、もっと純粋にアイヌの音楽をエンジョイする気持ちで指揮してみようと、あらためて思った。

 みなさんも、興味があったら是非いらしてくださいね。立原道造の詩に北川昇氏が作曲した新作「眠りのほとりに」の初演もあるそうです。
 

「さまよえるオランダ人」千穐楽
 新国立劇場では「さまよえるオランダ人」が2月1日土曜日に千穐楽を迎えた。12月にフェイスタイムで事前の打ち合わせをした指揮者マルク・アルブレヒトとは、その甲斐あって、彼が来日した後でも、互いにやりたい音楽を突きつけ合ったが、目指すところは一緒で、ぶつかることもなくずっと仲良しで、本当に素晴らしいコラボができてただただ感謝である。

 東京交響楽団のオーケストラ練習では、彼がすぐ止めて細かい指示を出しているので、なかなか前に進まなかった。2日間あるオケ練習の1日目が終わった時、まだオペラ全体の半分も進んでいなかったので気を揉んだ。
 オペラのような長い作品の場合、いろんな指揮者がよくやる方法としては、1日目の練習では、とにかくオケが合っても合わなくても、自分の振り方を見せながら、ざっくり終わりまで行って全体像を提示するにとどめ、2日目の練習で、特にこだわるところを掘り下げていく指揮者が多い。いちいち止めなくても、プロの団員だったら、うまく行かなかったところは自分たちでもチェック出来ているのだ。
 几帳面なマルクはその方法を取らなかったが、オケが遅まきながら仕上がってくると、そのアンサンブルに乗って、彼がそこに振りかける味付けが素晴らしいことに気が付いた。
「指揮者は拍を刻むだけではない」
とはよく言われるが、自分たちでアンサンブルができるプロ・オケを前提として、彼の操るフレージングやサウンドが、彼の指揮棒や全身から感じられたのである。

 合唱団もそうなると、もうノリノリで、僕が見ていても惚れ惚れするほどエネルギッシュな歌唱と演技を繰り広げてくれた。だからカーテンコールでも、合唱に毎回ブラボーが飛んでいたし、SNSでも合唱の評判がすこぶる良い。まあ、僕も頑張ったけれど、今回はマルクの業績がかなりあるね。


オランダ人カーテンコール

 千穐楽では、音楽評論家の加藤浩子さんが公演にいらっしゃって、ご自分のグループのパーティーに終演後招待してくれた。先日は、日生劇場の「連隊の娘」でもパーティーに招待してくれたのだけれど、結構同じメンバーの方達がいた。
 加藤さんは、日本ヴェルディ協会の重鎮であると同時に、ワーグナーも大好きで、僕は自分が率いる東京バロック・スコラーズの講演会でもお呼びしていた。
 今回のパーティーでは、主役のゼンタを歌ったエリザベート・ストリッドとそのご主人、また、エリック役のジョナサン・ストートンの3人が呼ばれていて、最初は彼らと楽しい会話をした。エリザベートのご主人は、僕が昔留学したベルリン芸術大学のすぐ隣にあるベルリン自由大学で教えているという。


加藤さんからお呼ばれ

公演後の軽い疲れにビールと白ワインがよく染み渡った。
 

カルメン立ち稽古が始まる
 「さまよえるオランダ人」の公演と同時進行して「カルメン」の音楽稽古が進んでいて、もう今週から立ち稽古に入る。ここでも僕は、フランス語とそのフランス語的表現にこだわって厳しく稽古をつけている。
 「カルメン」は、最初、バリトン歌手の村田健司さんの言語指導でフランス語の薫陶を受けた。その後、自分もパリに行って、ソルボンヌ大学夏期講習などで、新しい情報なども取り込んだけれど、人に教える立場になると、あらためて村田さんの論理的な教え方の素晴らしさを再発見して、合唱団員達に対しても、村田流のやり方を踏襲している。
 「カルメン」だけでも何度もやっているので、今では、譜面もフランス語も、ほぼ完全に頭に入っている。だから譜面もあまり見ないで、団員達の口元を見ながら、音楽稽古の大半を発音の修正に当てているが、面白いことに発音が修正されてくると、発声も良くなるし、自然に音楽的になってくる。すでに発声的にはある程度出来上がっている人達だから、足りないところを補うだけで、全体のバランスが取れてくるのだな。

 指揮者は、コロナの時に、日本に来てから2度目の緊急事態宣言が出て、外国人指揮者が日本に入国することも、日本から出国することもできなくなって、逆に日本で稼ぎまくった指揮者ガエタノ・デスピノーザだ。つまり、一度入国してから、来日予定の指揮者のキャンセルを受けて、どうせ自分も帰れないし、いくつもの演奏会や公演の指揮を臨時で任せられたのだ。確実な指揮で、僕もとても仲良くなったので、再開するのが楽しみだ。

 それから「トゥーランドット」の時に、無理難題を言ったり、舞台機構的に危ないことを要求してきたので、僕と激しく喧嘩しまくった演出家アレックス・オリエとも再会する。あんなに言い合いをしたのにアレックスったら、本番直前に、
「君と一緒に仕事して本当によかった。お陰で良いものができた。ありがとう!」
とハグしてきたんだぜ。こういうノリを日本人は理解できないから、言うべき時に言うべき事を言わないで、陰でコソコソしているんだ。


「カルメン」スタッフ・キャスト


 ということで、「オランダ人」から気持ちを切り替えて、「カルメン」に臨もう。この「カルメン」のプロダクションが終わると、僕はしばらく新国立劇場を離れる。首席合唱指揮者の最後の仕事だ。悔いのないように頑張りたい!

週末は「マエストロ・キャンプ」
 週末には、「マエストロ、私をスキーに連れてって」2025キャンプがある。あれから、案内を出したお陰で、新しい参加者も増えた。ええと・・・言っておきますが、これからの参加希望もアリです。ひとりでも多くの方に参加してほしいです。僕の講演も皆さんに新しい気付きを与えると信じていますが、それよりも、どのレベルでもインストラクターが一流なので、その辺のスキー・スクールでは決して得られない上達が約束されますよ!

さあ、迷っておられるあなた!
瞞されたと思って、今からでも募集要項をよく読んで申し込んで下さい!

2025. 2.3



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