芥川賞受賞作を読みました

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

新しいマウンテンバイク
 結構長く乗り続いていた大好きなマウンテンバイクが、あちこちガタが来ていて、自転車屋に持って行ったら、とうとう、
「ここも替えないといけないし、ここも取り替えないといけません。良く乗りましたね。ひとつひとつ部品を取り替えていったら、新しい自転車を一台買った方がずっと安いです。早く言えばもう寿命です」
と言われた。
「ではもう、廃車にするしかありませんね」
と言ったら、
「千百円でお引き取りします。でも当店で新しい自転車をお求めの場合は、引取料はタダだし、自転車の方も定価よりずっとサービスいたしますよ」
となかなか商売上手だ。
「ちょっと考えさせてください・・・」
「とりあえずお預かりしておきます。じっくりお考えください。新しくて良いマウンテンバイクが当店では沢山揃っておりますから・・・」
ということで家に帰って来た。
すると妻が言う。

「メルカリで探すの、どうかしら?」
「メルカリ・・・」
妻はロウソクを作っていて、四谷のサンパウロのような店にも出品しているが、同時にメルカリでも販売しているので良く知っているのだ。僕がグズグズしていたら、たちまち探して、
「ほら、これなんかどうかしら?」
といくつかサンプルを見せてくれた。

 その中の一台に気に入ったのがあった。京王線仙川(せんがわ)近くに住んでいる男性で、直接引き渡しということだ。仙川だったら、新国立劇場の帰りに途中下車して自転車を受け取り、そのまま乗って帰ってくることができる。妻がどんどん手続きしてくれて、相手の人と仙川で会い、自転車の引き渡しをした。
「ご自宅には何台か自転車があるのですか?」
「私、マニアでしてね、気が付いたら30台くらいあります」
「うわあ、凄いですね!」
 一時、僕は自宅から新国立劇場まで自転車で通っていたことがあったが、自転車を受け取った僕は、仙川から国立谷保の自宅まで、久し振りに長距離を自転車に乗って帰って来た。あらためて乗るとなかなかの距離だ。


新しい Louis Garneau

 前のマウンテンバイク同様、大好きなLouis Garneauルイガノで、自分では買わない色だけど、結構気に入っている。ライトだけは、前から気に入って使っているものに取り替えたが、車体の前面の白とライトがコーディネートされて、ますます気に入った。

豪雪の神立スノーリゾート
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
 長いトンネルで漆黒の窓際に慣れていた目に、痛い!と思わせるほど不自然に純白の雪景色が飛び込んできた。それは、日常生活では決して得られない「驚愕とある種の感動を伴う体験」だ。明かりのコントラストもあるが、トンネルに入る前と抜けた後との景色のギャップが大き過ぎるのだ。
 すぐに思った。自分で列車に乗ってトンネルを抜ける体験をしなければ、川端康成が小説『雪国』を「この文章で」始めた本当の動機は決して理解できないに違いない、と。

 かくいう僕も、湯沢には数え切れないほど来ているが、これほどの想いを抱くことは初めてだった。まさに雪に閉ざされた別世界。家々の屋根には雪がうず高く積もり、僕が見ている前でも下に滑り落ちる処があった。
「建物の下にうっかりいたら危ないな」
そんな僕の要らぬ心配をよそに、新幹線は静かに越後湯沢駅に滑り込んでいった。2月19日水曜日8時10分。

 僕は神立スノーリゾート行き無料送迎バスの停留所を目指して歩いた。8時05分のバスはもう出ているだろうから、8時25分発だ。余裕だ・・・と思ってのんびり階段を降りたら、おびただしい人が列を作って並んでいる。前のバスがまだ出ていないようだ。どうやら乗客を詰めるだけ詰め込んでの発車らしい。
 駅前に雪の山が出来ている。暖冬や雪の少ない年には、東京と変わらない景色にガッカリすることも少なくないが、今日は本当に寒々とした雪国の駅だね。・・・で・・・結果を言うと、遅れた8時05分には勿論のこと、列が長すぎて次の8時25分にも乗れず、8時45分まで待って、ようやく列の最後でギュウギュウのバスの入り口運転席近くに乗れた。ふうっ!

 まあこれで、神立スノーリゾートで滑れることは分かって安心した。それにしても、このスキー場は大人気だね。これはJR東日本のダイナミックレールパックという新幹線往復とリフト券の付いたツアーだ。バスはたちまち下部のスキーセンターであるKSR(神立スノーリゾート)Ground Baseに着いて、QRコードでリフト券をゲットしたら、アナウンスが聞こえた。
「本日はAリフトとDリフトの2本のリフトしか動いておりません」
 ええっ?このスキー場はセンターとゲレンデが直結していないので、Aリフトはただゲレンデに行くだけのリフトだから、実際にはDリフト1本しか動いてないということか?


(出典:神立スノーリゾート

 まずAリフトに乗る。降っている雪の量がハンパじゃない。風もある。勿論ゴーグルもしているし、ヘルメットもかぶっているのだけれども、顔に容赦なく雪が吹き付けてくる。それからDリフトに乗り換えててっぺんまで登ってゲレンデに出た。

 これは・・・圧雪してあるのだろうが・・・降りしきる雪でもうほとんど新雪状態だ。まだ何も知らない僕は、いつものコブ斜面の方を目指そうと思って、いつしか圧雪地帯を抜けて超新雪地帯に入り込んでいた事にも気が付かなかった。
 気が付いたら両板がズブリと新雪にハマリ込み、体も半分埋まっていた。ニセコでも似たような体験をしたが、ニセコの雪は軽かった。この重い深雪は、どうしようもなくて、ハマリ込んだ両板がどうやっても抜けない。
 仕方ないのでグローブで丁寧に板の雪をのけて、ようやく左足の板の先端が雪の上に出た。次は右足・・・でも、右足を出そうとすると軸足の左足の板がまたしてもズブズブズブ・・・苦労して両板の雪をのけても立ち上がる状態からはほど遠い。こっちがズブズブ・・・あっちがズブズブ・・・。
 僕はあきらめて仰向けになった。自分の背中の重みで雪を押しながら場所作り。傍から見ていると子供のように寝っ転がってゴロゴロ雪と戯れているように見えるだろう。体であたりの雪を固めながら居場所を確保して体勢を立て直し、やっと立てた。ふうっ!これだけで一体何分経ったのだろう?
 後で気が付いたのだが、今日はコースの真ん中だけ圧雪して解放していて、それ以外は深雪のまま放置というわけなのだ。用心深く滑れば深雪地帯でもいけないことはないのだが、最初にあんな思いをしてしまったから、もう気持ちがくじけてしまって、わざわざそんなゾーンに入る気にもならない。
 驚くことには、圧雪地帯さえ、スキーヤーやスノーボーダー達が滑って固めたって全然追いつかないほど、雪は降って降って降り積もっていくので、常に半新雪状態。しかも降り続く量がこれまで見たこともないほどで、常に視界ゼロに近い。

 KSR MID BASE2階の食堂で“早お昼”を食べる。この豪雪の様子を携帯電話のカメラに収めて皆さんに知らせようとも思ったが、窓からの視界も極端に悪く、真っ白で役に立たない。なんだかなあ・・・もう帰ろっかな・・・。
 それでも、長めの食休み後、気を取り直して再びゲレンデに出てみたら、リフトがもう一台動き始めていた。 僕と一緒にリフトに乗り合わせたスキーヤーは、やはり僕と同じようにコブを目指して来て、動き出したばかりのこのリフトに乗ったと言うが、
「さっき、リフトに乗っていて、スキーの先端を雪に取られて落ちそうになったんですよ」
と言う・・・と、それを聞いているそばから、僕のスキー板の先端が後ろに引っ張られて、
「うわっ!」
と上半身が前にのけぞった。
 要するに、雪が降りすぎて、リフトのすぐ下まで積もってしまったので、足を取られるのだ。危ない!もっと降り積もったら、板の先端を常に上げていないと、下手すると足の骨だって折りかねない。

 動き始めたリフトは、新しくオープンしたゲレンデに僕たちを導いたが、そこはもっとボコボコの荒れ果てたゲレンデで、うっかり上まで登ってしまった初心者は本当に可哀想だった。もっと丁寧な案内が必要だったと思う。まあ、スキー場責任者も、こんな非常事態で右往左往していたのだろう。


越後湯沢駅前

僕は、
「今日はもう、だめだこりゃあ!」
と、自分にしては珍しく早々と引き上げて、まだ明るい内にもう都内に戻ってきてしまった。

 実は、この原稿を書いている日の明日、すなわち2月25日火曜日には、ガーラ湯沢に行く。相変わらず豪雪が続いているというが、明日は久し振りに晴れるらしい。しかも、三山共通リフトだ。残念なのは、ガーラの南エリアが(少なくとも今日までは)クローズしているので、湯沢高原スキー場に連絡しているロープウェイには乗れないかも知れない。でも、少なくとも石打丸山スキー場には行けるだろう。先週の分、欲張って滑ってこよう!
ガーラ湯沢コースマップ
(出典:株式会社ガーラ湯沢のデジタルMAPより)

芥川賞受賞作を読みました
 初台のくまざわ書店で何気なく目にとまった「ゲーテはすべてを言った」(朝日新聞出版)という本を取ってレジに持って行った。第172回芥川賞受賞作とタスキに書いてある。そして読み始め、すぐに読み終わった。


ゲーテはすべてを言った

 この本を買ったのは、ゲーテという言葉と芥川賞受賞作という言葉の二つに引っ掛かったから。つまり、芥川賞を取るような新人が、今更ゲーテにこだわるというのが新鮮だったのだ。なかなかないでしょう。この組み合わせ。
 
 ゲーテには、若い頃から人並みに関わっている。「ファウスト」をはじめとして、「若きウェルテルの悩み」や「ヴィルヘルム・マイスターの『修業時代』『遍歴時代』」など主要作品は青春時代にみんな読破していたし、なんといっても音大声楽科を目指して勉強していた高校生の時から国立音楽大学声楽科に在籍していた時代にかけて、「魔王」「野ばら」「糸を紡ぐグレートヒェン」「ガニュメート」など、ゲーテの詩によるシューベルトの歌曲に親しんでいた。今でも空でドイツ語の歌詞が頭に浮かぶ。
 さらに、ドイツ留学の時代に、ドイツの神秘学者ルドルフ・シュタイナーと出遭ったことが、ある意味決定的といえるかも知れない。シュタイナーはゲーテを特別尊敬していて、自分の組織したアントロポゾフィー協会本部の建物もゲーテアヌムと名付けているほどなのだ。

 そんなに関わっていて今更なのであるが、実は白状すると、僕はヘッセとかドストエフスキーとかに激しく傾倒した時期はあるが、ゲーテの作品に本気で感動し傾倒したことがないのである。というか、シュタイナーや他のドイツ人のインテリ層が、どうしてそんなにゲーテを敬うのかという本当の理由が理解できていないのである。なので、内心ゲーテへの理解に少しでも近づければなあ、という淡い希望のもとにこの本を買って読み始めたということだ。

 この小説は、次のようなエピソードから始まる。物語の主人公博把統一(ひろば とういち)教授は、日本におけるゲーテ研究の第一人者であるが、彼は、夫婦の結婚記念日に、娘の徳歌(のりか)の招待でイタリア料理店に行った時、デザートと共に飲んだティー・バッグのタグの部分に書いてあった格言、Love does not confuse everything, but mixes. - Goethe(愛はすべてを混乱させることなく、混ぜ合わせる=ゲーテ)という言葉に出遭う。統一は、ゲーテ学者なのに、その格言の出所が分からなかった。

 統一は、イェーナに遊学していた時に、ヨハンが言った言葉を想い出していた。
「ドイツ人はね、名言を引用するとき、それが誰の言った言葉か分からなかったり、実は自分が思いついたと分かっている時でも、とりあえず『ゲーテ曰く』と付け加えておくんだ、何故なら、『ゲーテはすべてを言った』から」

 極端に言えば、この小説全体が、統一の出典探しに終始すると言っても過言ではない。そして結局、出典が曖昧なまま、彼は自分の担当するテレビ番組「眠られぬ夜のために」の収録で、
「・・・、彼は実際、こうも言ってるんですよね。『愛はすべてを混淆(こんこう)せず、渾然(こんぜん)となす』」
と言ってしまう。

 登場する主要人物はみんなインテリで、統一は、師である独文学者・芸亭學(うんてい まなぶ)の次女の義子(あきこ)と結婚して長女徳歌(のりか)を産み、その徳歌も大学の文学科で卒業論文を準備しているところだし、彼女の彼氏である紙屋綴喜(かみや つづき)も大学院進学を目指している4年生というある意味“閉ざされた世界”で終始ストーリーが展開される。

 読んでいてつまらなくはない。むしろ、あっという間に読めた。それに、「この本の中に表現された膨大な知識」を有する作者が、なんと2001年生まれで、この芥川賞を取る前の2024年に、「人にはどれほどの本がいるか」で第10回林芙美子文学賞佳作をすでに受賞するほどの“早熟の才人”であることに驚かされる。

 しかし、それでも僕はあえて言ってしまえば、これって、本当に芥川賞を与えるに相応しい作品なのか?ということだ。読んでいて抵抗感を持ったことがふたつある。ひとつは、登場人物の名前がみんな難しすぎること。何故、博把(ひろば)とか芸亭(うんてい)など、カナをふらないと読めない名前ばかり出てくるのか?作者が登場人物に勝手な名前を付けるのは自由ではある。でも、ここまで意図的だと、読者はそれだけで違和感を覚えてしまう。そんな変な名前ばかり世の中にはいないだろう・・・と。
 もうひとつは、登場人物が、皆、大学教授か優秀な学生ばかりで、個性や魅力に乏しいこと。ストーリーも、知的な閉ざされた世界の中のみで展開し、その過程に於いて作者の知の披瀝ばかりが感じられて抵抗感を持ってしまう。
 この本を手に取ったとき、僕は確かに、ゲーテについて新しい見識を持ちたいと思った。でも、この小説を読んで知ったことといえば、ただ、
「ある格言の由来について分からなかった場合、最もそれをなすりつけるに相応しい相手としてゲーテが選ばれる」
 それ以外については、結局、ゲーテに関する何か新しい見解はひとつももたされなかった。

 昨日(2月23日日曜日)は、新国立劇場で「カルメン」のオーケストラ付き舞台稽古が行われており、午後の第1幕と第2幕の通し及び直し稽古が終わって1時間の休憩になったので、またまたオペラシティのくまざわ書店に行った。すると文藝春秋3月号が入り口付近ですぐ目にとまった。「芥川賞発表」と書いてある。その横に小さく「受賞作二作全文掲載」と書いてもある。
「なあんだ。これを買えば単行本を買わなくて済んだわ」
と思ったが後悔はしていない。だって、そもそも単行本の「ゲーテ」という言葉が目に入らなかったなら買わなかったから。文藝春秋なんて、もっと目にとまらなかっただろう。受賞作はふたつあったんだね。もうひとつは安堂ホセのDTOPIA。後でゆっくり読もう。

 それより、「ゲーテはすべてを言った」のことを選考委員達がそれぞれどのように読み、感じ、評して、どのような協議の過程を経て受賞したのかに興味が湧き、手に取ってパラパラとめくった。いつもとは違って定価1750円と随分高かったので、う~~ん・・・と思ったけれど、気が付いたら本を持ってレジに並んでいた。

 主人公達の命名の謎はすぐ解けた。文藝春秋の受賞者インタビューの中で作者本人が語っていた。博把統一(ひろば とういち)は、「博(ひろ)く世界を把握して統一した世界をつくり」というゲーテ的イメージで命名したということで、統一の義父である芸亭學(うんてい まなぶ)も、苗字を音読みすると「ゲーテー」。主人公の娘は徳歌(のりか)だが、名前をひっくり返した歌徳は、ゲーテの中国表記だそうである。別に構わないのだけれど、こういう知識のひけらかしを登場人物の名前を使って行うことも、なんだかウザいと思うのは僕がひねくれているせいかな?

各選考委員達の受賞理由は以下の通りだった。
松浦寿輝: 「ゲーテはすべてを言った」は雑学小説とでも言うべきか。全編に染み通った教養主義が愚直なものかパロディ化されたものか、最後まで尻尾を掴ませない手際が巧みと言える。

島田雅彦: 「ゲーテはすべてを言った」は全編ゲーテを巡る書誌学的ペダントリーで押し、その過剰さで読者をねじ伏せる・・・新手のメタノベルと受けとめた。

小川洋子: 「ゲーテはすべてを言った」の登場人物達は皆、落ち着き払っている。何があっても取り乱さない。主役は一度書かれて標本にされた言葉だからなのだろう。どこまでも言葉を追い掛けてゆき、それが見つかったからといって何がどうなるわけでもなく、平凡な一家の生活は続いてゆく。言葉の先にある空白に落下したような、特別な読後感を味わった。

奥泉光: ・・・しかしやや物足りなさを覚えたのも事実で、それは登場する学者一家の人々が陰翳を欠く点で・・・直接には書かれぬ皮肉な気分や、そこはかとない悪意の笑いが全体から漂ってほしいと思ったのは、ないものねだりなのだろうか。

山田詠美: 文学的おしゃまさん!〈ミルトンにもプラトンにもさっきの前菜のポタージュに浮かんでいたクルトンほどに〉って・・・駄洒落か・・・でも、いちいちディテイルが愉快なんだ。これから、私も、スマホは〈済補〉と表記いよ。過剰にブッキッシュな意匠を凝らした稀な成功作。

吉田修一: 「ゲーテはすべてを言った」小説から書物の匂いがした。もう何年も小説の選考にたずさわっていながら、久しく嗅ぐことのない匂いだった。・・・今回、まだ二十歳そこそこの若い作者が書いたこの古色蒼然とした小説に、なぜかとても好感を持った。

平野啓一郎: ペダントリーもここまで徹底されれば立派なものであり、私は若い作者の博覧強記と一種の老成に、大きい才能の出現を感じた。本作には苦悩はなく、それは新人作家の出発点としては、物足りなくも感じられそうだが、全編に横溢する『ゲーテとの対話』的な明朗さは、寧ろ心地よかった。

川上弘美: 「ゲーテはすべてを言った」の統一さんが、いい人すぎて、この小説自体には好感が持ててしかたないのですが、いい人は、少し苦手です。

川上未映子: 人間と書物と記憶を端的に切り結ぶ状態そのものである「名言」を巡る、研究者とその一族、関係者たちのある季節の顛末を明朗な衒学的筆致でまとめあげた出色の作。

 ま、なんだかんだと悪口も言ったって、しばし、この20代前半の若者の小説で楽しんだわけだから、ありがとう!鈴木結生君!これからも頑張ってね!

2025. 2.24



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