「さまよえるオランダ人」プレ・レクチャー最終準備

三澤洋史 

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「聖グレゴリオの家」の理事会
 実は、昨年から、「聖グレゴリオの家-宗教音楽研究所」の理事になっていたのだが、理事会やその他の催し物には全く出席できない、いわゆる“幽霊理事”であった。日曜日の午後というのは、これまで基本的に新国立劇場の公演や舞台稽古などで埋まっていて、残りの週末を、地方にオーケストラや合唱の練習などに行くことに振り分けていて、先方から指定された日は、全て塞がっていたのだ。
 それが、この4月からは、前もって言ってくれたら日程的にかなり融通が利くようになったので、6月1日日曜日、2年目にして、やっと理事会に理事として出席することができた。

 事前に調べたら、聖グレゴリオの家では、毎週日曜日10時半に聖堂でミサがあるという。僕はひとりで参加しようと思っていたが、妻がとても興味を持っていたので、勿論彼女が車を出してくれたら楽だから、車で東久留米まで行き、二人でミサに参加した。
 聖堂に入ると、「聖書と典礼」と共にふたつの小冊子が配られた。ひとつは通常のミサ用、もうひとつは「主の昇天の記念日」用の聖歌が、グレゴリオ聖歌用のネウマ譜で書かれている。
 ミサが始まった。聖グレゴリオを名乗るだけあって、典礼音楽は、聖歌隊によってグレゴリオ聖歌で歌われる。聖歌隊の前では、女性の指揮者が、キロノミーと呼ばれる独特の指揮法でアルシス(高揚する部分)とテーシス(弛緩する部分)を示しながら指揮している。
 つまりミサ全体がグレゴリオ聖歌と共に進行していくのである。勿論、歌える人は一般の信徒でも声を出して参加している。僕はネウマ譜を勉強したのでなんとか一緒に歌えたが、妻にとってはチンプンカンプンだったようだ(笑)。
 でも、僕も妻も、ミサをグレゴリオ聖歌と共に行われることが、これほど稀有な体験となるのかとあらためて思った。ミサって、普段とても形式的なものに感じられるけれど、グレゴリオ聖歌と一緒なら、その形式に魂が入り、空間が浄められる感じとなる。
 
 ミサが終了するなり、彼女は、
「一週間おきにここに来たい!」
と、ただちに言った。所属教会の立川カトリック教会では、彼女はオルガンも弾かなければならないので、そういうわけにもいかないけれど、気持ちはよく分かる!
 僕も、少なくとも、時々来ようと思った。自宅からは結構遠くて行きにくいんだけどね。みなさんも是非どうぞ!ミサへの参加は誰でも自由です。初めての人には、洗礼を受けた信者かどうか尋ねられるけれど、気後れすることはありません。ただ聖体拝領だけは受けられないけどね。
 とにかく、グレゴリオ聖歌で行われるミサの空間性は、カトリック信者は勿論のこと、キリスト教に興味ある人には全員経験して欲しいな。人生観変わります!

 さて、妻は先に帰って、午後の理事会では、新米の僕なんかが、何かを発言する立場にはないだろうから、最初は大人しくしていた・・・が、途中から、恐らく僕と同時期に理事になったオルガニストの椎名雄一郎(しいな ゆういちろう)君が意見を言い出して、僕も賛同したことがきっかけになって、気が付いたら、椎名君と僕とで随分意見を言っていた。
理事会が終わったら、理事長の方から、
「貴重なご意見をありがとうございました!」
と御礼を言われて、なんとなく理事会の片隅に居場所を見つけられた気がして嬉しかった。

「さまよえるオランダ人」プレ・レクチャー最終準備
 今週の6月5日木曜日は、兵庫県立芸術文化センターで行われる「ワンコイン・プレ・レクチャー」のために西宮まで行ってくる。講演会は午前と午後の2回あるため、前の日の6月4日に現地に乗り込んでいく予定だ。
 この講演会は、7月19日初日の、佐渡裕指揮「さまよえるオランダ人」公演に先立つもので、主催者がメールで書いてきたところによると、チケット発売の日に完売となり、「800席の客席が、午前午後ともに満席となる予定」ということだ。ええっ?信じられない。両方で1600席?・・・そんな大勢を相手に講演会をしたことなんてないなあ!講演会なんて、通常、どんなに多くても、100人もいかないからね。
 芸術監督の佐渡裕さんがワーグナーを初めて指揮するという話題性もあり、兵庫県立芸術文化センターでは、特に今回は、オペラ初心者も含めた広い聴衆層の確保を目指して頑張っているようだ。凄いと思う!ワン・コインという発想もいいね。他の団体も見習うべきだと思う!クラシック音楽は、まだまだ食わず嫌いの人たちが少なくないから・・・。

 僕の方の準備も仕上がってきて、使う音源や、パワーポイントの編集もほぼ出来上がってきていて、内容にはそれなりの自信があったのだけれど・・・“1600席のお客様”という話を聞いて、ちょっと軌道修正をしようと思い始めた。
 僕自身の個人的なことだけ言えば、大好きなワーグナーの大好きな「さまよえるオランダ人」だから、どんな突っ込んだ話もできるし、どんなオタッキーな質問にも答えられる自信があるけれど・・・今回は、そういう事ではなくて・・・あまり専門的な内容に踏み込むよりも、むしろ幅広い層を対象に、ワーグナー初心者も大いに視野に入れて、噛み砕いた内容で話した方が良いように思うんだ。
 あと2日くらいしか残されていないけれど・・・僕だけが独りよがりに、
「なかなか良い内容だったろう!」
と悦に入ってみても、聞いた人たちに、
「講演を聞いてワーグナーって難しそうなので、やっぱり行くのやめた!」
と思われたら本末転倒だからね。

 せっかくだから、冒頭に話す内容だけ、ちょっとだけネタバレしよう。ワーグナーが「さまよえるオランダ人」の具体的な構想を思いついたのが何時だったかということについては、いくつか説があるが、一番遅い可能性で、かつ、はっきりしている事実がある。
 それは、元ロシア領(現在ラトビア共和国の首都)リガの歌劇場を解雇されたワーグナーが、多額の借金を背負っていて、その借金取りから逃れるためもあり、同時にパリで一旗揚げようと、船でパリに向かった時である。その途中で、ワーグナーの乗った船は、もの凄い暴風雨に遭遇し、そのまま沈没して死ぬのではないかと思うほどの恐怖の中で、船員から聞いた「呪われて海の上を永遠にさまよう難破船とその船長」の物語がきっかけであったようだ。


幽霊船伝説

 さまよう難破船の話は、昔から至るところで伝承されていたというが、いずれにしても、ワーグナーは、嘔吐し続ける船内で、手帳に必死でメロディーの断片を書き続けていたようである。そして船はノルウェイのサントヴィーケという港に着いたが、「さまよえるオランダ人」の物語の冒頭のシーンも、目的地から7マイルも流されて辿り着いたのが、まさにサントヴィーケだったという設定になっている。
 パリでの就職活動はなかなかうまくいかなかったらしい。その中で、ワーグナーは、「さまよえるオランダ人」の構想を練っていたが、お金に困っていたので、そのラフな台本をパリの歌劇場の支配人のところに持って行って売り込んだ。
 一方、支配人のレオン・ピエは、足下を見ながら、
「演目としてただちに採用はできないが、台本のアイデアだけは買い取ろう」
と言って彼に500フラン(現代の約3000ユーロ)を渡したという。それだけでも、ワーグナーにとっては助かったのだろうね。

 ところがその後、支配人は、その台本を他の台本作家に渡し、タイトルも「幽霊船」に変えて、オペラ座の指揮者をしていたルイ・ディーチュに作曲させてしまったという。ひどい話だねえ!ルイ・ディーチュの「幽霊船」は、現在は誰も知らないが、フランス人は、「さまよえるオランダ人」のことを今でも「幽霊船」と呼んでいるという。


ゼンタの自己犠牲

 一方、ワーグナーはパリ滞在中に「さまよえるオランダ人」の台本をほぼ完成させたが、1842年(28歳)4月7日、失意の内にパリを離れてドレスデンに向かった。「さまよえるオランダ人」の初演は、結局、ドレスデンのザクセン宮廷歌劇場で1843年(29歳)1月2日に行われたという。

 ということで、その後、聞き所を、音楽を聴かせながら説明していき、後半は、1999年から2003年の5年間の、僕のバイロイト音楽祭における夢のような生活の話題なども盛り込みながら、楽しいお話しを繰り広げようと思っている。

またまたマーラーに浸る日々
 さて、これで春から抱えていた4つの講演会が終わると、今週末の6月8日日曜日には、まるで待ち構えていたかのように、名古屋のマーラー交響曲第5番の初練習が始まるんだ。このオーケストラは愛知MFオーケストラと呼ばれ、 10月13日(月・祝)に愛知県芸術劇場コンサートホールで演奏会が行われる。 MFの意味は、ミサワ・フロイデだったかな?前曲として、リュッケルトの詩による5つの歌曲が演奏される。それらの曲も、同じ8日の後半にオケ練習だけする。


愛知MFオーケストラ 第一回定期演奏会

 独唱は三輪陽子さん。そのピアノ合わせもオーケストラ練習の後に行う。そのままオケで一緒に合わせたら、と思う人もいるだろうが、僕はまずピアノでじっくりとお互いの音楽を確認し合ってでなければ、決して中途半端にオケとは合わせたくないんだ。
 特にこのリュッケルト歌曲集が僕は大好きなので、いろんな思い入れがあるし、それをじっくりと三輪さんと突き詰めて稽古し、お互い納得し合ってからオケで合わせたいのだ。三輪さんのことだから、きっと最後にはしみじみと感動的に歌ってくれるに違いないと信じているが、オケを前にすると、どうしても指揮者って仕切ってしまうので、僕の方が自分の想いを押しつけてしまって、彼女が窮屈になったりするのを僕は望まないからね。対等な関係で、一緒に創りあげていきたいのだ。

 すでに名古屋で、僕はマーラー作曲の交響曲第2番、第3番、第4番を指揮している。その後に手掛ける第5番は、初めて声楽の入らない純粋器楽だけの交響曲なので、まさにオケとの一騎打ち。しかも、弾くのめっちゃ難しいよね。

 でも、とっても楽しみ!日曜日が来るのを指折り数えている「今日この頃」です。

2025. 6.2



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