秋に本番をいくつかひかえて

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

二期会の「さまよえるオランダ人」
 9月11日に初日の幕が開く二期会「さまよえるオランダ人」が立ち稽古に入っている。この作品は、まだワーグナー初期のシンプルながらエネルギーに満ちた(楽劇ではなく)オペラなので、僕は大好き。いつやっても良い!

 演出家の深作健太さんは、ドイツ・ロマン派を代表する画家カスパール・ダヴィット・フリードリヒの有名なEismeer「氷の海」という絵を、演出上のコンセプトとして用いながら、独創的な舞台をイメージしている。


Caspar David Friedrich “Das Eismeer”

 本人は「読み替え」と言っているが、最近流行の作品のコンセプトそのものを変えてしまうような読み替えではなく、むしろ作品の中にある深い真実を導き出すようなアプローチだと思う。たしかに第2幕では糸車は出て来なくて、その代わりロープが出てくる。でも、実質的な作業をしていながら、海に出ている愛する夫や恋人達を待ちわびている様子は、きちんと描写されている。

一方、指揮者の上岡敏之さんは、ゆったりめなテンポを取りながら、丁寧な音楽作りを目指している。

  
 (注:フライヤは画像クリックで拡大表示)


 自分にとって「さまよえるオランダ人」は、今年1月に新国立劇場で、マティアス・フォン・シュテークマン演出の再演の合唱指揮をしたばかり。でも、新国立劇場では、再演ものだと、練習期間がギュッと詰まっていて、あまり作品を味わっている間がない。合唱場面の立ち稽古を、ソリストなしで、
「はい、こことここに立って。ここにソリストが入るからね」
という感じで、位置決めだけ一日で全部行い、次の日にはソリストを入れての合同立ち稽古。レゴブロックをはめていく感じ。
 そして次の日は舞台稽古・・・といった具合で、初心者にはめまぐるしいほどの練習スケジュールである。

 でも、ここ二期会では、反対に、演出家がコンセプトを述べるところから始まり、ゆったりと進んで行く。
 立ち位置も、演出家がみんなを見て考えながら、
「その人ねえ・・・やっぱり、もう少し上手(かみて)にいこうか。あなたは、もっとみんなに混じって・・・」
と変更も多いが、それで何度も音楽を入れて通している内に、動きと音楽とが自然に体に入っていく。仕上がりが見えているようで見えていなくて・・・でも、だんだん見えてきて・・・演出家と共にクリエイティブに創りあげていくプロセスが楽しい。

 そういえば、プログラム用に、長い原稿を頼まれていて、先日清書して提出した。その中では、僕のワーグナー合唱についての、長い間の試行錯誤の歴史が書いてある。バイロイト音楽祭の伝説的合唱指揮者ノルベルト・バラッチュの下で働いためくるめく日々や、その経験を元に、ワーグナー合唱を日本の合唱団で指導したこと。さらに、2011年のミラノ・スカラ座での文化庁研修で、スカラ座合唱団のベルカントのレベルがバイロイト祝祭合唱団よりも高いことを知って、愕然としたこと。
 そこで僕が気付いたことは、実は僕は、バイロイトでの祝祭合唱団が持つ、ドイツ人独特の暗い響きを、かつてはそのまま日本の合唱団に無理矢理押しつけていたことだった。しかし、ドイツ人と日本人とは、体格も違えば声帯も違う。それなのに、同じ響きだけ日本人に要求するのはナンセンスだった。
 だから、それ以後は、ドイツ語という言語の特徴を、どうベルカント唱法のテクニックを使ってワーグナー合唱に生かしていくか、ということに挑戦していったのだ。そしてついに、日本人がワーグナーの合唱を歌う理想的なあり方に辿り着いたのである。
 そこに気付くまでの長い探求の道のりを、僕は4500字以上の原稿にしたため、二期会に送った。
 二期会「さまよえるオランダ人」の初日の幕が開き、プログラム原稿がオープンになった時点で、二期会の許可を得て、ここにもできたら掲載してみようと思っている。

母親の新盆と群馬の実家
 8月14日木曜日。国立の家から妻の車で群馬に向かう。次女の杏奈は高崎線に乗って新町駅に向かっている。渋川市に住む長女の姉の夫婦とはお寺で合流する約束になっている。その日はお袋の新盆の供養がお寺である。
 本来だったら、むしろ13日にお寺に提灯を持って行き、火をもらってお墓参りに行って、その提灯の火にお袋の魂を乗せて群馬の実家に帰り、そこに親戚一同が集まって泊まってお盆の供養をするべきなのであるが、その群馬宅はすでにもぬけの殻で、布団もなく、食器もなく、クーラーも取り外し済みで、とても人が泊まれるような状態ではない。なので、お寺での、お坊さんによる供養の後、お墓参りだけして、姉夫婦とは別れ、杏奈を乗せて国立の自宅まで帰って来た。

 二人いる僕の姉の内、次女は、栃木県佐野市にお嫁に行ったが、ご主人が2010年以降のある日、急に亡くなり、三人の子ども達も全員がそれぞれ結婚して外に出ていたので、この群馬宅に戻ってきて、しばらくお袋と一緒に暮らしていた。
 2016年、お袋が脳内出血で緊急入院を経て藤岡市にある介護付き老人施設に移った後も、姉は群馬宅にひとりで住んでいたので新町歌劇団の練習の後は、姉の居る実家に泊まって、翌朝は姉の出してくれる朝食を食べて、東京に帰って来ていた。
 その姉も、一昨年癌でなくなったので、今は新町歌劇団の21時までの練習の後は、それから高崎線に乗ってほぼ深夜に帰宅する。

 といういきさつで、次女の死の後、この群馬宅は完全に空き家になったので、僕たち夫婦は、折ある毎に妻の車で群馬に行って、少しずつ荷物の整理を行っていた。特に今年4月7日の母親の死をきっかけに、この家を取り壊し、更地にして土地の地主に返すことに決めた(ここは借地であったのだ)。ということで特に最近では、家の片付けのためにほぼ毎週通っていた。
 人がある家に長い間住んでいると、沢山のものがたまるんだね。片付けても片付けても、ものがなくならない。片っ端から整理して、あるものは街のハズレにある清掃センターに持って行き、タンスやテレビや冷蔵庫など大きなものは粗大ゴミとして引き取ってもらったり、木はチェーンソーで3本切り倒して、枝を電動ノコギリで切り刻んだりしていた。
 ある程度、母屋も大きな物置小屋も庭も片付いてきたので、3つの解体業者に見積もりをお願いして、一番安い業者に正式依頼した。9月終わり頃から解体に入るという話だ。そうなると、子供の頃からずっと住んでいた新町そのものと縁が切れるようで、なんだか淋しい。
 まあ、新町歌劇団は、今後も存続していくので、新町に全く来なくなるということでもないんだけど、数々の思い出が、更地となると共に自分の体から離れていってしまうような気がするね。

東響コーラスの「マタイ受難曲」
 さて、東京交響楽団の専属である東響コーラスでは、目下の所「マタイ受難曲」の練習をしているが、団員にとって最重要課題として、先日、出演のためのオーディションがあった。
 しばらく東響コーラスの合唱指揮はやっていなかったので、オーディションは緊張した。何故なら、ここのオーディションは人数が多いため、ひとりずつではなくて、なんと各パートから1名ずつ計4人でいっぺんに歌い、それを審査するのだ。まあ、審査する方としたら、ちょっとした聴音の試験のよう。
 オーディション範囲は、少し絞り込んでおいて、当日発表する。団員はそれを暗譜で歌う。結局課題曲に出したのは、第15番コラールErkenne mich, mein Hüterと17番コラールIch will bei dir stehenとを時間枠で交互に出したのと、それから全員共通で27bのSind Blitze, sind Donner in Wolken verschwunden。
 採点は、まずコラールを聴きながら、落ち着いて、各パートの団員の「基本的発声レベル」を頭に刻み込んでおき、27bでは、もっと具体的に、16分音符のさばき方や、それぞれの音符の処理の仕方及び歌唱レベルを評価する。まあ、心配していたより、4人を聴き分けることはできたが、歌唱が終わって、忘れない内に点数を書かないといけない。なかなか神経を使った。


 「マタイ受難曲」演奏会は9月27日サントリーホール、28日ミューザ川崎シンフォニーホール。ソリストには、外国人勢に混じって、先日僕が東京バロック・スコラーズ「マタイ受難曲」演奏会で歌ってもらったバリトン萩原潤さんとバスの加藤宏隆さんもいる。ただし加藤さんは、僕の演奏会ではイエスだったけれど、今度はバスのソロだって、男声の低音系独唱者がふたりもいて、その他にミヒャエル・ナジというイエスがいるんだ。なんと贅沢な人選!

モーツァルト200合唱団の練習と合わせ
 8月16日土曜日には、名古屋に行って、モーツァルト200合唱団の練習。今回の9月7日の演奏会は、プログラムが盛りだくさんで、第1部でモーツァルト作曲ピアノ協奏曲第17番KV453とクレード・ミサと呼ばれるミサ曲ハ長調KV257。第2部でヴァイオリン協奏曲第5番KV219と僕の作曲したCantico delle Creature被造物の賛歌。

 被造物の賛歌は、2023年4月に作曲し、昨年2024年7月20日にアッシジの聖フランシスコ聖堂で初演したが、その時には弦楽器5人、フルート&クラリネット1人ずつとピアノという編成だったけれど、今回はフル・オーケストラ版+ピアノという編成なので、とても楽しみだ。

 一方、協奏曲のヴァイオリニスト中嶋美月さんとは7月25日に東京音楽大学中目黒キャンパスで合わせをし、ピアニスト高尾真菜さんとは、先日の8月16日に、モーツァルト200の練習後に、合唱団伴奏ピアニストの江川智沙穂さんと共に2台のピアノで合わせた。最近の若者達のテクニックの確実さには本当に驚くばかりだ。
 ただ、その表現に関しては、まだまだ伸びしろがある。二人とも、いろいろ指摘したが、要は、もっと遠慮しないでテンポもダイナミックも自由にやっていいよ、ということに尽きる。「個性を強調」とまで言わなくても、インテンポから抜け出ることを恐れないで、時には意図的に力を抜いて、強弱も自由に変えて、その人にしかできない演奏ってできないかなと思う。

 ミサ曲では、4人のソリスト達が来て合わせた。ソプラノの飯田みち代さんは、先日白馬に行って、親友の角皆優人(つのかいまさひと)君から水泳のレッスンを受けて、目からウロコの体験をして絶好調であった。なんでも、尾てい骨の意識化を学んできて、
「尻尾が動くのが分かるんです」
と、ワケの分からないことを言っていた。アハハハハ!


2025. 8.18



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