アンコール
ゆっくりな4つ振りで弦楽合奏を始める。2小節の前奏に続いて、Ave, ave verum corpus, natum de Maria Virgine...(おめでとうございます、真実の体よ、処女マリアから生まれ・・・)と合唱団が静かに歌い出す。長いコンサートがやっと終わる。オーケストラからも合唱団からも、静かで優しいオーラに包まれた響きが会場全体に響き渡っていき、聴衆がとても集中しているのが背中から感じられた。9月7日日曜日。刈谷市総合文化センター、大ホール。
クタクタの練習初日
9月5日金曜日。台風がまさに東海地方を直撃することは知っていたので、家を早く出て新横浜に向かった。セントラル愛知交響楽団とのオケ合わせの練習開始は15時からだったが、2時間前に名古屋に着く新幹線の指定席を予約していた。
しかし11時半頃に新横浜駅に着いてみると、改札前から大勢の人たちの群れでごった返していて、放送が大声で流れている。新幹線は、もう1時間前から止まっているが、間もなく再開するという。
そこで僕は、もう指定席に乗るのは諦めて、運行中止後、初めて動き出すであろう列車の自由席車両に乗ろうと思って、1号車付近を目指して歩き始めた。
「名古屋方面の列車は、止まっておりましたが、一時間遅れの最初の列車が間もなくホームにまいります」
というアナウンスの通り、新幹線が入り込んできたので、乗り込んだ。空いている座席はあるわけもなく、すでに東京、品川から乗っている乗客が通路やデッキに立っていた。そのデッキに溢れていた乗客を通り抜けて、僕は、なんとか通路に辿り着いた。電車は走り出した。
驚くことに、新幹線は結構頑張って、ほぼ通常のスピードで運行して行く。
「あ、心配することないな」
と思っていたら、50分くらい経った頃、電車がブレーキを掛け始め、ストンと止まった。「規定値以上の大雨と強風のため、しばらく停車します」
ここは一体何処だ?と思い、携帯電話を出してGoogle Mapで調べたら、静岡は過ぎて掛川の手前だ。
それから細かい事を書いても仕方がないので、結果だけ言うと、結局そこで新幹線は約2時間20分くらい止まっていた。僕も通路に立ちっぱなし。15時から刈谷で行われる練習にはとても間に合わないので、主催者に携帯電話で連絡して、まず、オーケストラの合わせ練習を15時から16時に変更していただくようお願いした。結果的には、その16時にも全然間に合わなかった。
ずっと立ちっぱなしで足はパンパン。お昼も食べてないのでお腹がめっちゃ空いている。このままではオケ合わせを指揮するどころではないぞと思い、名古屋駅でパンと飲み物を買い、刈谷に向かう東海道線のホームで立ち食いした。
ああ恥ずかしい。指揮者なのに・・・誰も見てなかっただろうな?でも、ここで自分で白状してしまうのが、僕ってもんだね・・・。
その日のオケ合わせは、15時から21時までの間に、まずピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲。大休憩をはさんで、ミサ曲と僕の自作のCantico delle Creature「被造物の賛歌」というプログラミングであったが、16時になっても僕が現れなかったので、ピアノ協奏曲のオケ合わせは、コンサート・マスターの寺田史人さんの仕切りで、指揮者なしで行ってくれていた。僕がホールに飛び込んだのは16時40分くらい。引き継いで指揮し始めたが、とても全曲は出来なかったので、翌日あらためて行うことになった。
実は、ヴァイオリンの中嶋美月(なかじま みつき)さんも、その日、東京から名古屋に向かっていて、品川で同じように2時間20分新幹線が止まっていた。なので、ピアノ協奏曲の後、オケは大休憩を取り、その後、夜の時間帯に、ミサ曲とCanticoの練習の合間に、ヴァイオリン協奏曲の練習を入れた。そもそも開始が一時間遅れで、そんな具合なので、どの曲も時間が足りないので、ほぼ通しただけで練習終了。あっちもこっちも直したいのに・・・ふう~っ!なんて日だ!
はかどった二日目のオケ合わせ
ところが、その代わり、翌日の12時からの練習はとてもはかどった。前日、どの曲も通すだけはしておいたのが功を奏して、問題がある個所は、僕だけでなくみんな分かっているので、僕が指摘すると「待ってました」とばかり反応の早さが全然違う。
協奏曲は、刈谷国際音楽コンクールと提携していて、その受賞者による演奏だ。ふたりとも若いので、いろいろ面白いことが起こる。ピアノ協奏曲第17番KV453を弾いた高尾真菜(たかお まな)さんは、完璧なテクニックを持っていたが、事前の合わせ稽古の時に、あまりにもイン・テンポだったので、僕が、
「細かいパッセージの所なんかは、バーンと突っ走ってもいいんだよ。反対に歌うところは、もっとたっぷりに・・・ピアノってね、ヴァイオリンなんかと違って、音が持続しないし、ビブラートも掛けられないだろう。だから、他の楽器よりテンポで表情を出していいんだ」
とサジェスチョンしたんだけれど、今回のアクシデントで僕が初日練習にいないので気の毒だった。
「先生の言う通り弾こうとしたんですが、テンポ変えてもオケが付いて来てくれないので、気弱になって戻したりしちゃいました」
「それはそうだね。今日は安心して自由に演奏してご覧。オケは僕が仕切ってやるから」
ということで、その日の練習では、彼女がサクッと弾くところは、前もってオケに僕の方から「行くぞーっ!」と合図して、逆にたっぷりするところも少しオーバーに前もって指示を出し、うまくいった。
一方、コンサートマスターの寺田史人さんが練習後僕のところに来て、
「昨日は、ピアノがパーッと前に行っても、こっちがついて行けなくて、逆にこっちが気付いてついて行く頃には、彼女がこっちに合わせたりして、ギクシャクしていましたが、今日は気持ち良いですね」
ああ、良かった!
ヴァイオリンの中嶋美月(なかじま みつき)さんの弾いたヴァイオリン協奏曲第5番KV219終楽章では、途中に何度も短いカデンツァがある。そのカデンツァからオケ付き部分への移行では、独奏部分の最後に一度音楽がちょっとだけ止まって、それからオケに入るための四分音符分のアウフタクトを彼女が弾くわけだが、その止まっている間に、僕が、彼女が弾き始めるための合図を軽くすると、その僕のわずかな動きの間に、彼女がすでに弾き始めてしまう。
つまり僕にとってもオケにとっても、毎回「おっとっとっと!」という感じで、毎回、中途半端なタイミングでオケが入らなければならなくなるのだ。
僕は彼女に言った。
「あのさあ、僕の動きに対して、落ち着いてもう1拍待ってくれる?僕の動きはオケへのアウフタクトではなくて、君の弾き始めのためのアウフタクト。それで君が弾き始めたのを聴きながら、僕は、オケの一拍目から始まる合図をあらためて出すんだ。オケのメンバーも、君のアウフタクトを落ち着いて聴いてから入ってこれるんだよ」
オケのメンバーもこのやり取りに笑っている。面白いね。弾くことに関しては何の問題もないほど、しっかりして音楽的に弾ける彼女だが、それでも、これからプロとして活動していくために、知らなければいけない事って少なからずあるのだ。だからこういう機会って貴重なのだともいえる。もし彼女に、すでにオケの一員としての経験というものがあったとしたら、他人が演奏する協奏曲のカデンツを見る機会もあるだろうから、起きるはずもないことなのだろう。
さて、ミサ曲も独唱者達が入って、落ち着いて何度も止めながら練習出来た。特にCantico delle Creature「被造物の賛歌」は、昨日は、オーケストラ団員にとっては、世界で初めて演奏する曲だったので、まずは自由に音を出させてみた。だからみんな大きすぎてバランスも何もあったものではなかったけれど、面白いね、一晩寝るだけで、音楽ってガラッと変わってくるのだ。特にプロの音楽家の場合は。
今日は、最初から、何も言わなくても、バランスもそうだし、この音楽においての自分たちの役割・・・つまり今は伴奏なのか、メロディーなのか、誰と一緒にアンサンブルをしているのか、というのが分かっているので、それにさらにこちら側から指摘すると、驚くほど整然としたサウンドに仕上がってくるのを感じた。
また、さらに、何度も見直しをしたつもりなのに、昨日は数カ所、音の間違いも発見した。即座に分かる時もあるけれど、
「あれ?なんか変だな?」
と思いながら昨日の練習後、よくスコアを見てみたら、「あった、あった!」という感じで、特にin Aのクラリネットとかで、極端にフラットの調号が多いところでは、逆にシャープで記譜したり、その反対だったりして、書いている時に頭がこんがらがっていたんだね。
そういうことをいろいろ発見して、各楽器のダイナミックや全体のバランスも整理してきたら、だんだんスコアを書いていたときに頭に浮かんでいたサウンドに近づいて来た。しかも、スコアと生音って、写真や映像と、実際にここにいる生身の人間の違いみたいなもので、「今、ここに実際に響いてます!」っていう、確固たるものになるんだね。
そして本番の日を迎えました
早朝散歩とお参り
今年の夏は、あまりにも暑かったので、早朝散歩をずっと控えていた・・・というか、できないでいた。その代わりプールに行ったりしていたけれど、やや運動不足の感は否めなかった。
でも、刈谷にきてからの9月6日土曜日と7日日曜日の早朝は、恐る恐る外に出てみたら、案外風が涼しかったので、いつも刈谷に来ると散歩コースにしている、「フローラルガーデンよさみ」まで行って折り返し、高須天神社でお祈りして、約1時間ちょっとのお散歩が再開した。
それぞれ集中した演奏
そしていよいよ本番を迎えた。協奏曲は、若い二人とも、実力をしっかり出し切って、本当に音楽的で説得力もあり、素晴らしい出来であった。それにしても、モーツァルトの協奏曲って、最初譜面を見る時には、
「どれも似ているなあ」
と思うんだけれど、実際に譜面を深く読み、実際に演奏してみると、ちょっとしたニュアンスを与えるだけで、それぞれのフレーズが異なったキャラクターを生み出し、発展して、それぞれ個別の個性が際立ってくるのを感じる。
やはり、天才というのは、こういうものなのだな、と改めて感心させられる。同じように“作曲に携わる者”として感じるのは、近くにありながら、追いつこうとすると、どんどん遠くに逃げてしまう存在。永遠なる距離感を感じさせる。
「クレード・ミサ」と呼ばれるKV257ハ長調ミサ曲は、途中のCredo「信仰宣言」が特徴的で、Credo! Credo!と何度も何度も繰り返すので、最初しつこいと思いつつ、体が慣らされて、練習後の家路でもCredo! Credo!がエンドレスで頭の中に流れてしまう。
ソプラノ飯田みち代、アルト三輪陽子、テノール大久保亮、バス鈴木健司の4人は、それぞれのソロも、そして特に4人のアンサンブルになった時のサウンドの融合も抜群だった。それだけにソリストの緻密な響きが、合唱の量感との良い対比を成していて、仕上がりも満足いくものとなった。
「被造物を大切にする世界祈願日」
そして最後のCantico delle Creature(被造物の賛歌)であるが、妻からラインが入っていた。実は今日の9月7日日曜日は、世界中のカトリック教会で「被造物を大切にする世界祈願日」となっている。まさに、その日にこの「被造物の賛歌」を演奏出来るなんて、なんて自分は恵まれているのだろうと、すでに感動を胸に抱きながら、心を込めてこの曲のタクトを降ろした。
勿論自分の曲なので、ある意味ではもの凄く冷静で、
「今、このバランスでは金管楽器は少し大きいかな」
とか、
「弦楽器もう少し出そうか」
とか拍単位でいろいろなことを考え、それをタクトや左手で表現しているのだが、同時に、全体を体から離れて俯瞰している、もうひとりの自分がいる。
合唱団は、言葉も明瞭で、サウンドも良く、オーケストラもゲネプロよりもうひとつ響きに透明感と輝かしさが加わった。
聖フランシスコが、太陽や月や星から始まって、全能の神が創りたもうた、ひとつひとつの創造物を丁寧に讃え、その後半では、病や、そして死までも讃え、初めて「禍いなるかな」という言葉を出して、「死に値する罪を負いながら」の死を慎むように諭し、その反対に創造主の想いにリスペクトしながらの死を讃えるという、壮大な詩!
最後にフォルティッシモで合唱団が声を伸ばし、それを僕の腕が切った瞬間。僕の心の中には、
「生きてて、この曲を演奏出来て、良かった!」
という想いのみが支配していた。
後で、打ち上げの時にアンケートを見せていただいたが、聴衆の皆さんが本当に今回の演奏会、とりわけCanticoにいろいろ感じてくれて、ポジティブな意見を述べてくれたのが嬉しかった。
今年は聖フランシスコがCanticoを作って800年経った記念の年、その中でもとりわけ「被造物を大切にする世界祈願日」にこの曲を演奏出来たのが偶然であるはずもない。
モーツァルト200合唱団では、来年の演奏会で、僕がアッシジで演奏したもうひとつの組曲である「3つのイタリア語の祈り」のフル・オーケストラ版を演奏させてくれると言ってくれている。この曲もまた頑張って編曲します。調子が載っているので、こうなったらまたまた何か新しい曲を創ろうかな・・・などとも思っている「今日この頃」です。
2025. 9.8
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