オープン・コンタクトへの期待
1977年、ふたつの惑星探索機ボイジャー1号と2号が相次いで打ち上げられた。それは現在も秒速17kmで飛行を続け、2012年には太陽圏を出て恒星間空間に入り、すでに累計飛行距離250億kmを越え、48年経った現在でも地上と通信可能であるという。
ところが、そのボイジャー1号及び2号から送られてくる情報に、ある時から不可解なものが混じり始めており、いろいろ調べた結果、それは明らかに地球上の人類以外の知的生命体によって作られた情報だと結論づけられている。
ジョナサン・ノット氏との打ち合わせ
9月13日土曜日。「さまよえるオランダ人」二日目の公演を終えた後、宿泊先の都内某ホテルに行く。17時30分にロビーで待ち合わせとなっているが、ホテルのロビーは広く、大勢の人たちが行き交っている。途端に心配になってきた。ジョナサン・ノット氏の顔はなんとなく覚えているが、こ、この人混みの中で分かるかな?
似たような顔の外国人がキョロキョロしながら歩いてきた。思わず近づいて行って、
「失礼ですが、ノットさんですか?」
と尋ねた。
「ノー!」
とそっけなく言われた。それですっかり自信をなくした。
そこへ、またノット氏に似た人が歩いてきた。また断られるのかと思ったが、勇気を出してその人に向かって歩いて行ったら、彼の方が僕の顔を覚えていて、ニコニコ笑いながら近づいて来た。ああ、よかった!
握手をし、彼は僕を誘導して一緒にエレベーターに乗り、自分の部屋に連れて行ってくれた。一流ホテルのVIPルーム。一部屋だけれどダブルベッドがあり、机やテーブルがあって、かなり広い。でも、大きく開かれた窓からの眺めはビルばかりで、お世辞にもロマンチックとは言えない。まあ、都心だから仕方ないよね。
ソファーの前に低いテーブルがあって「マタイ受難曲」のスコアが置いてある。彼は先に座ると、手で僕にも座るよう案内した。僕は、自分の小型スコアを取り出し、
「これは、あなたの注意書きを書くためだけのスコアです。あなたの要望を何でも言って下さいね」
と言った。
その日はつまり、9月27日土曜日サントリーホール及び28日日曜日ミューザ川崎で行われる東京交響楽団「マタイ受難曲」演奏会のために、東響コーラスの合唱指揮者として、僕は、指揮者ジョナサン・ノット氏との打ち合わせに行ったというわけだ。
それから約1時間半、僕たちは「マタイ受難曲」についていろいろ相談した。最初に僕は、自分が指揮者として今年の3月にこの作品を指揮したことを語ったが、同時に合唱指揮者としては、何人もの指揮者と共に仕事をしてきた経験を話して、その場合には自分の主張を押し通すどころか、むしろ相手の要望をなるべく理解し、その趣旨に従って最善の仕上がりとなるよう努力してきたことを告げた。
もしかすると、そんな事を言ったら警戒されるかなとも心配したが、逆に彼はとても喜んでくれて、むしろ何カ所かについては、僕に、
「ここ、どう思う?どうやってた?」
と助言を求めてきたりもした。
テンポについては、曲によっては、たとえば四分音符イコール108とか、彼はかなり正確に規定して譜面に書き込んでいたし、場所によっては音符の処理の仕方に独特のこだわりを見せた。
「いろいろ聴いたけれど、カール・リヒターは、現代からみると、どう見ても時代遅れだね。テンポも遅いし全体的に重すぎる・・・でもね、だからといってオリジナル楽器の人たちは、今度は早すぎて表現も素っ気なさ過ぎる」
「おっしゃっている事、よーく分かります。私自身は、オリジナル楽器の人たちのアイデアはとても尊重しながら、あえてモダン楽器でバッハを演奏しています。オリジナル楽器には空間性が希薄なので、テンポが速くないともたないのでしょうね」
こうしたやり取りに彼は身を乗り出して賛同してくれた。僕たちは、とても意気投合した。
ノット氏による音楽稽古まで、あと二回の東響コーラスの合唱練習が残されている。そんなに根本的な路線変更はなかったが、いくつかのポイントに関しては、彼の意向に沿って練習をし直し、スムーズに渡せるよう努力してみようと思っている。
「さまよえるオランダ人」公演無事終了
いつも更新原稿は、仕事に行く前の午前中に仕上げてコンシェルジュに送るのだが、今日は、二期会「さまよえるオランダ人」公演千穐楽なので、公演後に原稿を仕上げようと思って、完成させないで家を出た。で、帰って来て仕上げている。現在、20時50分。
ひとつ、そのお陰で、書けて良かったなと思うことは、今日9月15日は、まさに演出家深作健太さんの誕生日で、また指揮者の上岡敏之さんも、今日じゃないのだけれど(いつだか正確には忘れたが)最近誕生日だったので、カーテンコールの後、舞台の緞帳の裏で、僕がピッチパイプで音を上げて指揮をして、ソリスト達及び合唱とスタッフ達で、Happy Birthday to Youを歌ったという事。それにしても合唱団を含む大勢の声楽家達によるハッピバースデイは凄い響きだな!
思い返せば、二期会「オランダ人」の音楽練習は、千駄ヶ谷にある二期会会館で行われていたが、立ち稽古に入ると、場所を変えて、西新宿の芸能花伝舎というところで行われていた。ここは、元小学校を改造して(というよりか、ほぼそのまま)稽古場にしている。特に二期会が立ち稽古に使っているのは、元体育館であって、だだっ広いので冬は寒くて仕方ないが、真夏の間は何故か冷房がガンガン効いているので、むしろ上着を一枚羽織るほど涼しくて有り難い。
立ち稽古期間は、かなりの日をオフにして空けてあったのに、合唱団の立ち稽古は、よりによって火曜日と金曜日の16時から20時というスケジュールが多かったので、東響コーラスの19時から21時の練習日とぶつかることが多く。そういう時には、花伝舎を18時30分に失礼して、徒歩で新大久保の練習場に向かった。真夏の陽ざしが少しも衰えない中、約25分掛けて急ぎ足で向かう間に汗が出て困った。お腹も空いたので、途中でコンビニに寄り、おにぎりやサンドイッチを歩きながら食べ、「東響コーラスの団員に見られたらヤだな」と思ったのも、今となっては、なつかしい思い出。
演出の深作健太さんは、第3幕で、オランダ人達を裏コーラスではなく、彼らに脈絡のない色とりどりの服装を着せて登場させる。要するにこれは難民の格好だ。舞台上でノルウェー人の男声合唱が大騒ぎしていると、真っ暗な1階客席空間から彼らが扉を開けて登場。怪しい懐中電灯の灯りが至るところから光りだし、聴衆が「何だ、何だ!」と思っていると、どんどん前に進んできて、通路いっぱいに並んで歌い続ける。一階席の聴衆にとっては、自分のすぐ近くで歌っているのだから、驚き、そして楽しいに違いない。
やがてオランダ人達は、オーケストラピットの両脇の階段から舞台上に登って行く。すっかり圧倒されて逃げ惑うノルウェー人達の男女を蹴散らすようにして、彼らは舞台一杯に広がって歌い、やがて後方の氷の壁の中に消えていく。
素晴らしいアイデアだ。それでいて深作さんの演出には、奇をてらったわざとらしさはなく、全てが自然でかつ必然性を感じさせる。終幕もゼンタとオランダ人が結ばれて、二人でゆっくりと後方に歩いて行くのを見ると、ワーグナーが望んでいたカタルシスを感じて、自然に胸が熱くなる。
このプロダクションが終わると、二期会から依頼を受けた合唱指揮の仕事がさらに2つ続く。ひとつは11月14日金曜日、NHKホールにおけるNHK交響楽団第2049回定期公演ラベル作曲「ダフニスとクロエ」で、指揮はシャルル・デュトワ。次は、12月13日及び14日のベルリオーズ作曲「ファウストの劫罰」演奏会形式公演。指揮はマキシム・パスカル。管弦楽は読売日本交響楽団。この演目については、合唱指揮だけではなく独唱者の音楽稽古も行う予定になっている。それとオペラとしては、僕は久々に新国立劇場に戻って、来年1月後半の「こうもり」と、2月後半の「リゴレット」の合唱指揮を務める。
2025. 9.15
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