NHK・FMバイロイト放送の準備

三澤洋史 

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早朝散歩から始まる一日
 10月28日火曜日5時50分に目覚まし時計が鳴る。週末までずっと雨続きだったが、昨日(27日月曜日)からは雨が降っていないので、お散歩を再開している。2本の散歩用ストックを持って、約1時間強のコースだ。

 週末は仕事としてオフの日が続いていたが、今日は夜に東響コーラスの第九の練習がある。明日は二期会の「ダフニスとクロエ」の合唱練習が始まり、その後、六本木男声合唱団の練習にハシゴする。11月終わりのバルセロナ公演のための練習だ。練習後は月1回の「みんなで飲み会」というから、楽しみ。
 また、間もなく始まる「ファウストの劫罰」の練習では、合唱指揮だけではなくソリストのアンサンブル稽古も担当しているため、その準備をしている。早口のフランス語は、自分がしゃべるだけでも大変なのに、それを指導しないといけない。
 さらに、NHK・FMの「バイロイト音楽祭」の解説も頼まれているので、その音源を聴き始めてメモを取っている。

 そうした勉強は、勿論基本的には自分の部屋のデスクで行っている。午前中は集中してとてもはかどるが、午後になると気分転換に外に出たくなる。自転車で立川や府中、あるいは国立駅近辺まで出掛けて行って、エクセルシオールやタリーズなどでコーヒーを飲みながらの作業。
 今日は東響コーラスの練習があるので、午後は近いところのスターバックスに行くだろう。

頑張れ、高市さん!
 高市早苗さんが、自民党総裁のみならず、内閣総理大臣に就任したことに、本当に喜んでいる。というより、これでやっとこの国がまともになる希望が見えた。早速トランプ大統領がそのことを受けて来日し、会談するというし、なんと飛行機の中からわざわざ電話を高市さんにかけたというではないか。石破政権の時の閉塞感から比べると大違いだね。

 とはいえ、ホッとするのはまだまだ早い・・・むしろ彼女の戦いはこれから始まるのだろうな。何故なら、彼女はなんと“自民党”というホーンテッドマンションのような魑魅魍魎の世界の真っ只中にたった独りで放り込まれたような状態なのだから。
 たとえば石破茂政権の元で、中国に行ってむこうの言いなりになって、勝手に中国人ビザ緩和措置を決めてきた岩屋毅(いわや たけし)外務大臣のような親中議員だけでもウヨウヨいるだろうし、彼女の掲げる政策がいくら正しくても、どれだけの議員達が賛同してくれるのか?それどころか足をひっぱるのでは?と考え出したら、思わずため息をついてしまう。
 それ以前に、自民党自体が過半数割れしていて、そこに持ってきて公明党があんな感じだから、国会の中で政策一つ決めるのにも大変なのだ。まさに茨の道だ。

 その一方で、少なくとも個別に政策が合えば、むしろ野党の中に賛同してくれる党や人は必ずいるに違いない。前に僕は、参政党の神谷宗幣氏のことに触れて、高市さんの掲げる政策に近い点がいくつもあるという事を述べたけれど、彼とて、今の段階では「まずはお手並み拝見」という状態だろう。
 でも、同じ政策を高市さんが出した場合、そこに協力することで実現するならば、敵味方にこだわっている場合ではないだろう。

 先ほどのトランプ大統領の反応を見ても分かるけれど、見ている人は見ていて、分かる人は分かっている。高市さんの所信表明や、いろんな人の疑問や質問などに対する彼女の応答を見ていても、この人もの凄く勉強しているし、めちゃめちゃ頭切れると思う。必ず、心ある人たちが自然に寄ってきて助けてくれるのではないかな。

今日は、来日したトランプ大統領との会談。頑張れ、高市さん!

NHK・FMバイロイト放送の準備
ざっくり演奏を聴いています

 NHK・FMのバイロイト音楽祭2025の解説のための準備を始めた。実際にNHKスタジオに行っての収録は、11月20日が「ジークフリート」及び「神々の黄昏」と、11月23日が「パルジファル」なので、まだまだ3週間以上も先の話である。

 でも、原稿を実際に書き始める前に、まず録音を何度も聴いて、指揮者や歌手達の作り上げる音楽を完全に把握しておかないといけない。最初にそれぞれの楽劇全体を最低2回は先入観なく聴いて、演奏の全体像をざっくりと掴んでおく。その時には、配役を見ない時も多い。まあ、それでもフォークトとかコニエチュニーとか、すぐ分かる人も多いけれど、知っている人でも変化するから、先入観は禁物なのだ。
 それから初めて、キャスティングを意識して、細部を掘り下げて何度も聴きながら、それぞれの歌手やオーケストラ演奏の特徴を掴んでメモを取っておく。その時点では、すでに入手しておいたドイツ語などの批評も合わせて吟味する。
 ワーグナーの楽劇は、それぞれの曲がとても長いので、ただ聴くだけでも膨大な時間がかかるし、原稿を書き始めるためには、それを頭の中で整理しなければならない。さらに推敲を何度も重ねながら放送用原稿を仕上げていくわけだから、録音に漕ぎ着けるまでにかかる労力には果てしないものがある。

 さて、先週末は、名古屋の本番も終わり、東京バロック・スコラーズの練習や地方の日曜練習などもたまたまなかったので、10月24日金曜日の朝にイタリア語レッスンに行った後、意を決して「ジークフリート」の録音を第1幕から聴き始めた。25日土曜日は、まず午前中に「ジークフリート」の残りを聴き、それから午後に「神々の黄昏」を冒頭から聴いた。そして26日日曜日は第2幕及び第3幕を聴いた。27日月曜日は、「今日この頃」の更新原稿を書いた後、「パルジファル」の第1幕を聴き始めた。

シモーネ・ヤングに惚れ込んでいる
 まだ、ほとんどメモも取らず、演奏や各歌手の印象もざっくりだけれど、まず女性指揮者シモーネ・ヤングの指揮の素晴らしさに「ジークフリート」冒頭から気付き、「おっ!」と思って姿勢を正し、聴き進むに連れて圧倒され、驚き、感動した。

 ヤングは、昨年から「リング」すなわち「ニーベルングの指環」4部作を指揮しているという。一方僕は、NHKでは2022年から始まったヴァレンティン・シュヴァルツ演出の新プロダクションとして、コルネリウス・マイスター指揮の4演目を解説し、2023年はピエタリ・インキネン指揮の解説を担当していた。
 互いにduで呼び合う仲のコルネリウス君については、個性的なテンポ設定や、意表を突くゲネラル・パウゼなどに難を言う人たちが少なからずいたが、僕には面白かった。その一方で、インキネンは無難にまとめていたけれど・・・これといって特徴はなかった。
 実は、昨年の2024年だけは「リング」からはずれて、「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」および「トリスタンとイゾルデ」の3演目をNHKで担当した。その間に、ヤングの「リング」が始まったので、皮肉なことに彼女の「リング」に出遭うのが遅くなってしまったということだ・・・まあ、ここで出遭ったのだから、遅かれ早かれ出遭う運命にあったのだろうが・・・。

 さて、ではシモーネ・ヤングのどこが良いかというと、まず僕自身の音楽的解釈と、そこから導き出されるテンポ設定にとっても似ている。自分が振っているのかと勘違いするくらい・・・あはは、自分勝手な感想だね。
 ええと・・・今だから言えるけれど・・・僕はずっとワーグナーが好きで、若い時から副指揮者や合唱指揮者として進んで二期会や新国立劇場のプロダクションに関わってきたけれど、僕のまわりにいたのは、若杉弘さんとか飯守泰次郎さんという大巨匠だった。
 彼ら巨匠が作り上げたワールドに関しては、今でも一定の尊敬は捧げているものの、「リング」って、「パルジファル」などのような精神的で崇高な物語でも音楽でもないだろう。ゲルマン神話が元になっている物語で、大半はキビキビと話を運んで行って欲しいのに、彼らのアシスタントをしていながら、必要以上に重苦しくもったいぶった演奏に辟易し、ずっと欲求不満を募らせていた・・・おお、言ってしまった!
 それが、ある時から愛知祝祭管弦楽団という自分の手兵を得て、
「リングというのは『ストーリー・テリング』なんだ、どうだ、ざまあ見ろ!」
という感じで、重量感や音圧は大事にしながらも、物語が進んで行く個所に関しては、音楽をサクサク進めていって、始めて胸がスカッとしたわけよ。

 その推進力がヤングの導き出す音楽にあるわけ。テンポは総じて速めで、僕から見ても逆に「ちょっと速過ぎるかなあ・・・」と感じる瞬間もあるが、それは僕の趣味との違いなのでいいとして、大切な事は、エネルギッシュでいながら、とても緻密な音楽作りをしていて、オーケストラ内のバランス感覚も抜群!ソロ楽器にはのびのびと吹かせているのが分かる。テンポも、勿論速いだけではなく、場面によっては逆に必要に応じてたっぷり時間を取ることも怠らない。とにかく楽員が彼女の音楽に心から賛同し、納得して弾いているのが伝わってくる。
こういう演奏に接すると、やっぱりスカッとする。彼女の演奏を聴いて、
「そうそう、その調子!あはは!気持ちいいね!ざまあ見ろ!」
と心の中で叫んでしまう自分がいる。

歌手達について
みんな健在

 歌手達も粒が揃っている。その中でも、やっぱりミカ・カレスのハーゲンを聴いて、おおっ!やっぱりそのバスの声は健在だね、と嬉しくなった。彼は、僕が「リング」の解説を担当した2023年に、キャンセルしたドミートリ・ベルセルスキーに代わって急遽ハーゲンとして抜擢された新人で、その年にはKlassik begeistertでペーター・ワルターという批評家によって、
「ハーゲンのHoihoの叫びは、ニュルンベルクからでも聞こえそうである。しかしながら、彼のキャラクターはアルベリヒやグンターよりも軽いところに収まっているようだ。もう少しだけ勇気が欲しい。もう少しアプローチを変えてみたらパーフェクトなのに」
と辛口の批評をもらっているが、その後、採用され続け、かつ彼自身も勇気を出して頑張ったんだね。今や、堂々とした存在感を誇っているよ。
 その一方で、逆の立場に立ってみると、ミカ・カレスという逸材が発見されたことで、ベルセルスキーはキャンセル損で出なくなっちゃったんだね。こういうところが実力主義のこの世界の残酷なところだね。

 それ以外の歌手達については、もっとじっくり聴いてから判断するが、ほとんどみんな適材適所で、ヴォータンのトーマス・コニエチュニーもいつも通りの素晴らしさだし、アルベリヒのオウラヴル・シーグルザルソンもワルトラウテのクリスタ・マイアも健在。
 一方、森の小鳥で新しく登場したヴィクトリア・ランデムは、従来のレッジェロ・ソプラノとは全然違って、ブリュンヒルデも歌えそうな声量を持つリリコ・ソプラノ。ビブラートがちょっと気になるし、前川依子さんのようなタイプを理想とする僕には、キャラクター設定にやや違和感を感じるけれど、その分表現力は抜群で、ジークフリートを導く役どころとしては、これもアリかなと思わせる説得力と存在感がある。
 楽劇「ジークフリート」では、森の小鳥が出てくるまで、男ばっかりだし、第3幕のエルダはともかく、ブリュンヒルデのソプラノを聴けるのは、楽劇全体の最後の最後だから、女声の存在感を高めてくれたという意味では良いかも。ただね、レッジェロ~深いアルト~ドラマチックソプラノという描き分けのクリアさ、という意味ではどうなんだろうな?

フォークトについて思う事
 ところで、主人公のジークフリートを演じるクラウス=フローリアン・フォークトのことについて、あえて語ってみたい。
 彼はね・・・もの凄く上手なんだよ。とても考え抜かれているし、必要な表現は全部行っている。でもね・・・はっきり言って僕には、彼がそもそもどうしてジークフリートを歌いたがるのか、全く理解できないんだ。というより、声としては真逆なんだ。
 最近のジークフリートで気に入っていたのは、アンドレアス・シャーガーだった。彼こそ、まさに天然のジークフリートだ。2023年の僕の原稿を引っ張り出してきたら、Klassik begeistertというサイトでアンドレアス・シュミットという批評家の文章を僕は引用している。
「オーストリーのアルプスの麓(ふもと)の農家で育ったシャーガーは、ジークフリートそのままである。彼の表現は、エネルギーではち切れそうで、そのダイナミックで大きな声は疲れ知らずに見える。彼のジークフリートは、演技に於いても歌に於いても、これ見よがしに力を誇示し輝いてる。しかし、第3幕においては、10個ほどの音が正しくなかった」
 あははは!要するに自由奔放だけれどあまり正確でない・・・というより音楽的にテキトーということだね。その意味では、知的なフォークトは100パーセント正確で、しかも表現も緻密だ。でもねえ、だからこそ彼はジークフリートには向かないんだよ。いや、音が正確だからいけないって言っているんじゃない。

 たとえば、フォークトは、ジークフリートの朴訥なキャラクターを強調しようとして、所々で意図的に汚い声を混ぜている・・・というか、わざと悪い発声で歌っている。それを聴く毎に僕は嫌な気持ちになる。彼の完璧というほどの発声を自分で壊しながら、ジークフリートを歌う必要はない。それこそまさに、彼の声がジークフリートに向かない証拠じゃないか。
 前にも書いたかも知れないけれど、彼の声帯ってね、ちょうど“さだまさし”さんのようなんだ。軽くて薄い。それは彼の短所なんかじゃなくて、その特性を生かせる曲は、ワーグナーではノーブルな「ローエングリン」か、ギリギリ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のワルターくらいしかない。
 その一方で、ワーグナー以外の作曲家では、彼に向いている役柄は無数にある。モーツァルトでもロッシーニでも、膨大なレパートリーを持つことができるじゃないか。それなのに、わざわざ真逆なジークフリートを歌って、あんな雑なシャーガーと比べられて「ジークフリートらしくない」と、わざわざ僕なんかにけなされる道を歩むことはないよ。

 あ、言ってしまった。まあNHKの放送ではここまでは言えないよな。またフォークトのファンは多いだろうしな。僕だってフォークトとは、「クラウス!ヒロ!」で呼び合う仲だし、性格的にも大好きだからこそ思うんだ。無理しない発声でもっと合う役を歌っていれば、何歳になっても歌い続けられるテクニックを持っているからね。

 さて、この原稿を書いているのは・・・というか書き直して、あらためて清書しているのは10月28日火曜日の10時半だ。というのは、昨日、家の近くの、熊野神社と本宿交番前交差点との間の甲州街道沿いにある、スターバックス・コーヒー府中西府店で、あまり真面目に資料も見ずに「今日この頃」をノートパソコンで書きあげて、さらに、きちんと推敲せずにコンシュエジュに送ったら、後で、内容に誤りがあったことが発覚したのだけれど、昨晩、僕は早く寝てしまったので、朝のコンシェルジュからの電話で、誤りを指摘されて、書き直したのだ。ということで遅れてしまって大変申し訳ありません!

2025. 10.28



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