今日は何の日?
この原稿を12月8日月曜日の朝に書いていますが、今日は、何の日か分かりますか?ふたつあります。ひとつは無原罪の聖マリアの日。もうひとつは旧日本海軍がハワイの真珠湾(パール・ハーバー)を攻撃し、太平洋戦争が始まった日です。ひとつは、僕にとって喜ばしく希望に満ちていて、もうひとつは、とても残念な日です。
昔、家族で南フランスのルルドに行った。そこは、聖マリアと出遭ったベルナデッタの故郷で、一年中ベルナデッタと聖マリアが祝われている。1858年2月11日。貧しく学もないひとりの少女がルルドのマッサビエルの洞窟で、白い服を着た美しい女性に出遭った。
少女は女性に言われるままに洞窟の奥に行き、手で土を掘ると、そこから泉が湧き出できた。それ以後、その泉を飲んで目の見えない人が見えるようになったり、病気が治ったりする奇蹟が起こったので、当時の教区司祭ペラマール神父は、その真偽を確かめるためにベルナデッタを呼んだ。するとベルナデッタは、聖マリアに言われるままに答えた。
「その女の方がこう言いなさいと私に告げました。Que Soy Era Immaculada Councepciouです、と」
それは、「私は無原罪の御宿りです」という意味で、無学なベルナデッタがそんなラテン語を知るよしもなかった為、神父はその事が本当であることを知り、やがてベルナデッタは、1933年12月8日の無原罪の聖マリアの祝日に、ローマ教皇ピウス11世によって列聖された(つまり聖人となった)。遺体は腐敗することなく、現在でもまるで眠ったままでいるようだ。
もうひとつは、昭和16年、日本時間で12月8日未明、大日本帝国海軍が、ハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、それが引き金となって、いわゆる太平洋戦争が始まった日である。日本はすでに中国に進出していたが、この真珠湾攻撃が引き金となって、中国を含む、英米、オランダなど連合国との全面戦争へと突入した。
この作戦の立案は、連合艦隊司令長官であった山本五十六(やまもと いそろく)であった。彼は、第11航空艦隊参謀長の大西瀧治郎少将に、
「日米が戦う場合、よほど思い切った先方を取らなければ、勝つのは難しい」といった内容の手紙を送っている。
僕がつくづく馬鹿だと思うのは、その前の日露戦争においてもそうであったが、日本はそもそも「戦争に勝つ」ということがどういうことなのか知らなかったのではないか?と思うからだ。
そこには島国だという理由があるのだが、つまり、地上の国境線を境にして侵略したりされたりする目に遭ったことのない日本は、たとえば日露戦争で日本海を航行するバルチック艦隊を破っただけで「ロシアに勝った!」と勘違いしている国民なのである。
よく考えてみよう。「アメリカとの戦争に勝つ」ということは、どういうことなのか?本当ならば、ワシントンまで出掛けて行き、ここを乗っ取って、日本人が米国本土に出て行って、住民をどかして住み着くということを意味するのだ。ヨーロッパ各国などは、そうやって侵略したりされたりして最終的に国境を決めてきた。一方、ハワイを攻撃して帰って来ただけで、乗っ取りもしないのに「勝った!」と喜んでいることが、いかに愚かというか、そもそも戦争というものを知らない、と思われても仕方ないよね。
その一方で、アメリカにしても、真珠湾を攻撃されてメンツをつぶされたので、戦争に踏み切るしかなかったものの、あの広大な太平洋の向こう側の日本を攻める事には、最初から頭を抱えていたことだろう。太平洋の北側にはハワイ以外島はないので、南の島をひとつひとつ取り、グァム島などを占領して初めて、B29などが日本本土を往復飛行できる距離で発着できるようになって、終戦直前に東京空襲や原子爆弾による爆撃が出来るようになったわけだ。
一方、日本側は「本土決戦!」と言って、竹槍を持ちながら反撃する覚悟でいたというが、本当に馬鹿だよね。米国から見たって、こんな小さい島の、しかも山ばかりの国を占領して、住み着く価値もないけれど、仕掛けられた戦争をやめることは意地でもできなかったに違いない。
要するに言いたかったことは、12月8日の真珠湾攻撃は、人類最大の愚行の内のひとつだということです。
忙しかった一週間
バルセロナから帰国して、この一週間は怒濤のように忙しかった。成田空港に到着したのが12月2日の午前11時40分。妻が車で迎えに来てくれて、一度帰宅したが、すぐに出掛けて行って、二期会主催のベルリオーズ作曲「ファウストの劫罰」の指揮者マキシム・パスカル氏によるマエストロ合唱稽古に出席した。

東京二期会「ファウストの劫罰」