感動的だった「ファウストの劫罰」

 

三澤洋史 

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マエストロ・キャンプ、引き続きご案内
 二度に渡るマエストロ・スキーキャンプ。すなわち、2月7日(土)& 8日(日)のAキャンプと、3月7日(土)& 8日(日)のBキャンプの申し込みを絶賛受付中です!それで申し込む方のために、今年は初めてyahoo-mailを使ってみたのですが、
maestro-takemeskiing2026@ymail.ne.jp
は、受信箱がメインとプロモーションに分かれていて、そのプロモーションの方に広告がバンバン入ってくるし、アドレス帳との連携が悪いとか、あまり使い勝手が良くないため、もうひとつアドレスを作りました。
maestro.takemeskiing@gmail.com
 こちらの方は、年号をあえて入れずに、この先永遠に使えるものとしました。だから皆さんも、一度携帯電話とかパソコンに入れておけば、毎年、秋に僕の提示する新しいアドレスを待たずに、いつでもコンタクト取れます。特にスキーに関する事に関しては夏の間でもコンタクトができます。
 すでにyahoo-mailで申し込んだ方が数名いらっしゃいますが、そちらのメルアドも消すつもりはないし、マメに見ますので、無理矢理google-mailに切り替えなくてもいいですよ。

 ということで、引き続きキャンプの申し込み者「絶賛大募集中!」です。生まれて初めてスキー板を履くという方から、最上級者まで、全てのレベルの方を受け入れています。指導者は最高レベルの人材が控えております。

感動的だった「ファウストの劫罰」
 12月13日土曜日と14日日曜日。池袋の東京芸術劇場コンサートホールにおいて、東京二期会コンチェルタンテ・シリーズのベルリオーズ作曲「ファウストの劫罰」AB組ダブル・キャストでの二回公演が無事終了した。

 ベルリオーズの音楽は、楽想にしても、和声やオーケストレーションにしても、普通の作曲家とかなり変わっていて・・・というか正直言ってへんてこりんな所が多い。まず、ソリスト達のレシタティーヴォは、必ずと言っていいほど、ジャジャジャン!という感じで大仰に管楽器も伴ったりして入ってくるし、曲の展開の仕方も予想をはるかに越えて意表を突く。また随所に挿入された間奏曲が異常に長い。
 エピソード的に入る、たとえばメフィストフェレスが歌う「蚤の歌」は、勉強を始めた当初は、同じ歌詞でも、ムソルグスキー作曲「蚤の歌」の方が楽しいと思えたし、後半のマルグリートのファウストを想うアリアは、シューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」の方が良い曲と思えていた。
 しかしながら練習を重ねていく内に、このベルリオーズ節に慣れてくると、いろいろがだんだん不自然に感じなくなるし、先に述べた2曲も、これはこれで味わいがあって良いかも、と思えるようになってくるから不思議だ。
 逆の言い方をすれば、へんてこりんとはそれだけ独創的だということで、通し稽古に入ったあたりから、曲全体に対して、
「結構、感動的じゃないの!」
と思えるようになってきた。

 今回僕は、合唱指揮者という肩書きであったが、同時にソリスト達のアンサンブル稽古にも、こちらから申し出て付き合った。娘の志保がピアノを弾きながらコレペティ稽古をしていたが、特に二重唱や三重唱などは、やはり指揮者がいて、バランスやタイミングなど導く者がいないと曲としてまとまってこないから、指導者は必要だ。
 それで久し振りにソリスト達と付き合ったが、いやあ、声楽家達って、人にもよるのだけれど、器楽奏者とは全然違うね。昔、よく副指揮者をしていたので、知っていたはずだが忘れていたよ。
 曲想や歌い方について話し合う時に、僕自身が提示した解釈に反発してきたら、どう対応しようかと少し身構えていたが、その心配は全く無用だった。むしろみんなめっちゃ素直!その前に、音がきちんと取れていなかったりした人もいたし・・・(笑)。
「ここは、もっとピアノで、こんな表情でやってみようか」
とかなり内容に踏み込んで提案してみるが、
「私の解釈では、それは違うと思います」
なんて言う雰囲気ではなくて、みんな素直に、
「はい、はい!」
と言うことを聞いてくれる。でも、次に来た時に忘れて、とにかく大きな声でばかり歌いたがる人もいて、昔とあまり変わんないね。

 しかしながらね、そういう人に限って、本番が近くなると、急にエンジンが掛かってきて、いざゲネプロ(総練習)になったら、
「あれっ?できてなかった所が全部出来ているし、指導したところも覚えているじゃないか!それどころか、きちんと咀嚼して自分のものにしている。それとも、あの時はあまり耳に入っていなかったけれど、本番近くなって集中して勉強したら、自分で感じたのかな?だとしたら、案外、みんな優れた音楽家なんじゃないか・・・」
と嬉しくなってきた。

 今回僕は、特に11月25日からバルセロナに行って、一週間日本を留守にしたから、出発の25日の午後の練習では、歌手達が互いに話していた。
「何でマエストロが来るまで、まだ一週間もあるのに、この先もう合わせ稽古がないんだろうね?」
そこで僕は、小さくなって彼らに頭を下げながら言う。
「済みません!今晩僕はバルセロナに発って、まさにマエストロ稽古の日のお昼頃に返ってくるので、その間の稽古がないっていう訳なんです」
「ああ、なんだ、そうか!」
 だから、その間に稽古ができていれば、もっと歌手達もその気になってきて、マエストロが来るまでの仕上がりが良かったかな?と、ちょっと罪の意識も感じた。
 とはいえ、本番に向かっての彼らの進歩のスピードを見ていると、その罪の意識も吹っ飛んでしまった。

 小田急多摩線の黒川駅にある読響練習所でのオーケストラ合わせ。指揮者のマエストロのマキシム・パスカルは、結構「早振り」するので、読売日本交響楽団のメンバーは、指揮者の打点で出るわけにはいかず、互いにタイミングを見計らって合わせて出る。つまり少し遅れて音が出るわけだ。
 そのタイミングが分からなくて、合唱団員達は最初の内、オケよりも早く出てしまった。僕はオケ合わせの休憩時間に、彼らに向かって、
「オケを聴いてから出てね!ちょっと遅れてもいいから」
と注意した。みんなは、
「分かんねー!」
と言っていたけれど、他にやりようがない。

 そうこうする内にオーケストラの中でも、
「ここはこのくらいで音を出そう!」
というのが暗黙の了解で決まってきたので、合唱団もだんだん、
「この辺かな」
と見当をつけられるようになってきた。

 僕も、長い間指揮者をやっているけれど、最近、ジョナサン・ノットやマキシム・パスカルのように、打点をあまり叩かない指揮者に当たることが多い。しかし、たとえば読響の楽員達は、ある意味、マエストロよりも各自が強いオーラを出しながら、自主的かつ積極的なアンサンブルを試みて、一致点を探り、そして見出している。
 つまり、指揮の打点に「合わさせられている」という消極的なものでは全然ないのだ。その彼らの姿を見ながら、僕は、この歳まで指揮者として生きてきたけれど、もしかすると、まだ学ばなければならないことがあるかも知れないと思った。
 まあ、とは言っても、「わざと分からなく振る」という選択肢は自分にはないけど・・・。

 それで、いよいよ本番が来た。ひとことで言うと、両日とも、驚くべき素晴らしい演奏会となった。特に最後の方で、母親殺しの罪で牢獄に入っているマルグリートを救おうとして、ファウストが、決して行ってはならないサインをし、メフィストフェレスと共に馬で駆けつけるシーンから、地獄のシーンを通って、終幕の天上のシーンにまでの一連の音楽の集中力の凄さ!
O merikariu Omévixé merikariba.my Dinkorlitz, fory my Dinkorlitz.
というデタラメな地獄の呪文の楽しさと、最後の児童合唱も入っての天上の救済の音楽の美しさ!
 合唱指揮者の僕は、いつも客席下手のかなり前の、すぐに舞台袖に駆けつけることが出来るように、扉のそばに座っている。二期会合唱団が、最初からこんなに沢山歌っているのに、最後の最後でNHK東京児童合唱団が舞台両サイドから登場して、清らかな歌声を聞かせると、その場の空気をすべてさらってしまう。あ、ズルいズルい、と思いながらも感動している自分がいた。

NHKバイロイト音楽祭の録音
 今日は、これから午後出掛けてNHKに行く。バイロイト音楽祭の録音なのだが、今日は3人での対談ということで準備のしようがないので、ある意味気が楽だ。先日の「神々の黄昏」収録の時、プロデューサーの方から、
「なんとなく“バイロイトの黄昏”という感じで話し始めていただくといいかなと思っています。かつてはチケットを入手するのに何年待ちと言われていたのに、最近は残券があるとか、読み替え演出などで聴衆がうんざりしているとか・・・バイロイト音楽祭が未来に生き残っていくためには、どうしたらいいのか?など、こだわらずに自由に話して下さい」
と言われたが、さてさて・・・どんな風に始まり、どんな風に展開し、どんな風にまとまるのか・・・あるいはまとまらないまんま無理矢理終わるのか・・・やってみなければ分かりませんなあ・・・あはははは!

 ただ、僕が一つ主張したいことがひとつある。それは、すでに「神々の黄昏」の収録で語っている事なのだが、近年のキャスティングの傾向についてだ。最近では、クラウス・フロリアン・フォークトや、アンドレアス・シャーガー、あるいはゲオルク・ツェッペンフェルトなどのように、複数の演目にわたって出演しているキャストが目立っている。勿論、それらの歌手達は、優秀であるし歌唱が安定していて余裕もあるので、そのことで公演の質は保たれている。
 しかしながら、バイロイト音楽祭のホームページで、来年の演目とキャスティングを見て、僕は大いなる懸念を持った。フォークトの例を挙げると、彼は「ニーベルングの指環」における「ラインの黄金」では、なんとローゲ役として出演し、すぐ次の「ワルキューレ」ではジークムントを、楽劇「ジークフリート」と「神々の黄昏」ではジークフリートを演じることが決まっている。
 また、現在「神々の黄昏」で素晴らしいハーゲンを歌っているバスのミカ・カレスは、来年は、同時に「ワルキューレ」でフンディングを歌い、そして「さまよえるオランダ人」でダーラントを歌う予定だ。

 これでは、いくらなんでも“使い回し”し過ぎではないか。最近のバイロイト音楽祭では、経費削減が話題となっていて、そのためかどうか分からないが、キャスティングに対しては、やってはならない一線を越えてしまっているように僕には感じられる。
 まず体調管理が心配だ。カバー歌手はそれぞれにいるだろうが、ひとりが倒れたらみんな代役になってしまう。まあ、それは実質的な問題だけど、それよりも、もっと大きな問題は、聴衆の夢を壊す危険だ。

 考えてみよう!フォークトがローゲを歌うならば、彼は、弱音も駆使した圧倒的な表現力によって、きっと狡猾で人を馬鹿にしたようなローゲを素晴らしく演じ切るに違いない。しかし次の「ワルキューレ」で彼は悲劇の英雄ジークムントを演じるんだよ。フォークトの演じるアクの強いローゲに反感を持ちながら魅せられた聴衆は、一体どのような気持ちで彼のジークムントを迎えたらいいのだろうか?どのように感情移入したらいいというのだろうか?

 そういえば、昨年までバイロイト祝祭合唱団の合唱指揮者を務めていたエバハルト・フリードリヒに代わって、今年から合唱指揮者となったトーマス=アイトラー・デ・フリントは、2003年の僕のバイロイト日記を見たら、僕と一緒に合唱アシスタントをしていて、僕は彼にピアノを弾かせて合唱団の稽古をつけていた。稽古の途中から来たので印象が薄かったので覚えていなかったのだ。
 NHKの収録では、あえて言わなかったけれど、正直言って、かつての伝説的合唱指揮者ノルベルト・バラッチュからそのままアプローチの仕方を受け継いだエバハルトのレベルには到達していないねえ。

 エバハルトは、毎年「東京春音楽祭」の合唱指揮者として3月終わりから4月の後半まで来日し、必ず僕と会って一緒にお茶を飲んだり、居酒屋に行ったりしているけれど、昨年の春、突然、
「バイロイトをねえ・・・辞めようかと思っているんだ」
と僕に告げた。
 理由をたずねたら、音楽祭総監督のカタリナ・ワーグナーから「来年から経済的理由で合唱団を80人に減らす」と告げられたそうで、結局「それでは責任を持てない」と、昨年の音楽祭の開催中に、公に降板を発表し、バイロイトを去ったのだ。

 しかし、今年のプログラムを見たら、合唱団の人数は134人。全然減っていないではないか。公(おおやけ)な掲示はないけれど、真相はどうも、経済的な理由からカタリナ・ワーグナーが一度80人と決めたものの、それではいくらなんでも名物の合唱団としては不充分だろうという周りの声が勝って、結局元に戻したということのようだ。だったら、エバハルトは辞める必要なかったじゃないか、と、むしろ僕の方が悔しい気持ちでいっぱいになって、すぐにメールを書いた。
 でもエバハルトの方ではもう心の整理がついているのか、人間ができているのか知らないけれど、人数そのものには触れないで、むしろ合唱団の中の人数比が違うと書いてきた。たとえば、
「テノールとバスの人数が同じなんて考えられない。これでは、あのバイロイト特有の深い響きは得られない・・・」
などなど・・・聴いてみると、確かにバイロイト特有の響きは失われてしまっているね。残念!でも仕方がないなあ。

 さて、この原稿を見直ししたら、NHKに出掛けてきます。そういえば、NHKって、最近ではトランプ大統領が来日して高市早苗総理大臣と会ったときの映像が意図的におかしいとか、いろいろ叩かれていて、みんなで受信料を払うのを辞めようとか言われているけれど、僕自身は、昨晩(12月14日日曜日)も、NHK交響楽団・シャルル・デュトワ指揮・ラベル作曲「ダフニスとクロエ」の合唱指揮でテレビに映っていたり、このバイロイト音楽祭の収録で何度も通ったりしている。
 中で働いてみるとね、ミキサーもディレクターも超優秀で、録音もスムースに進むので、彼らには何の罪もないと思うし、やっぱり日本一の放送局であることは間違いない。

上からの圧力のことや組織のことなんかは良く分かんないけど・・・。
さて、それでは、お昼を食べてから座談会に行ってきます!

2025. 12.15



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