夢と僕の使命

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

2月のマエストロ・キャンプ最終案内
 今からでも間に合います。どうか募集要項を読んで、これからでもいいので、「マエストロ・私をスキーに連れてって2026」キャンプにご参加下さい。今年は、どういうわけか、キャンプ参加者がみんな3月に集中してしまって、2月の参加者が少ないのです。せっかく、今回は、講演会の会場として、ピアノもある落ち着いた所が取れたし、皆さんとたっぷり会話もできるので、こんなチャンスはないですよ。2名以上の方は「白馬五竜RIVER SIDEやまや」に泊まってくれるのが一番良いのですが・・・。今は、スキー場の宿泊は、どこもどんどん高くなっていますが、ここは破格の値段です。

 ぶっちゃけ、募集要項はナナメ読みしてもいいから、とにかく今リフト券は事前にネットで申し込めるので、当日機械からゲットして、板や靴も借りて、プレ・キャンプは2月6日金曜日午後1時半までに、本キャンプは2月7日土曜日9時半までに、Fスタイル受付に登録にきてください。

 なお、ひとつ誤りがありました。3月分も含めて受講者にはあらためてメールをしますが、Fスタイルの受付事務所の位置が変わっております!エスカル・プラザ2階に上がって。正面の出口あたりといいましたが、2階に上がってすぐ右側にどんどん行って、右の出口を出た右側にチケット売り場があるのですが、その隣にあります。要するにアルプス平に上がるゴンドラ乗り場の方です。

 ただ勝手に滑るのとは全然違って、どのレベルでも大きな上達が見られることを約束します。そして、その進歩を自分の音楽に生かすことができます。
申し込みは以下のメルアドから。
 どちらでもいいですが、上のymailはもう来シーズンは使いませんが、下のgmailの方は、今後永久に使うつもりなので、将来のためにはこのアドレスの方が便利かも知れません。

maestro-takemeskiing2026@ymail.ne.jp
maestro.takemeskiing@gmail.com

夢と僕の使命
 1月30日金曜日の明け方、夢を見た。ある人が僕のもとに現れ、ぶしつけにこう言った。
「10月3日はアッシジの聖フランシスコの命日だ。それにちなんで、あなたの曲で演奏会をしなさい。」
それだけ言うと、その人は去って行った。
 すぐに僕は目が覚めた。それはとても夢とは思えないほど鮮明で現実的だった!

 すでに僕は、2024年の7月20日にアッシジに行って、聖フランシスコ聖堂において、自分の作品だけで演奏会を行っている。そのために、アッシジ祝祭合唱団なるものを、約1年前に新たに組織し、初練習の2023年9月2日から練習を重ねて、みんなでアッシジ入りして、演奏会を成功させた。

 それだけでも、後から考えて、よく演奏会ができたものだと自分で驚くほどだが、その時はむしろ旅行社の方から話が持ちかけられたし、時間もたっぷりあった。しかし、今回は、今から10月までの間に、すべて事を行わなければならない。

 しかしさあ、その人って強引だよな。それならそうで、もっと早く言って欲しかったよ。断言はできないけれど、僕の印象では、たぶん僕の守護霊だろう。威張って命令した感じでは全然なかったが、その一方で、有無を言わせない雰囲気ではあった。それでも、よく考えてみると、彼の主張は正しい。
「アッシジでは、没後800年のお祭りが数年前から始まっていたが、まさにそれらの行事は全て、今年の聖フランシスコの命日にちなんでの事だろう。それなのに、肝心の命日の近くに何もしないというわけにはいかないんじゃないの?」
という意味では筋が通っている。むしろ、それを思いつかなかった自分が間抜けなのかも知れない。

 まあ、僕とすると全く何もしないわけではないんだけどね。例えば、名古屋のモーツァルト200合唱団では、今年の9月22日に、モーツァルト作曲「オルガンソロ・ミサ曲」などと共に、僕の作曲の「イタリア語の3つの祈り」を演奏するが、第1曲目「主の祈り」と第3曲目「アベ・マリア」にはさまれた第2曲目は、Preghiera Semplice(原題は「単純な祈り」という意味であるが、日本では「聖フランシスコの平和の祈り」と訳されている)である。

 さて、朝起きて、
「大変だあ!」
と思った。
 その朝の時点で、あと2日でもう2月に入るわけだ。フランシスコの命日まで約8ヶ月しかないじゃないか。僕の作品だけで演奏会を開くといったら、おのずと2024年にアッシジで演奏会をしたようなプログラムになるだろう。すなわちMissa pro Pace「平和のためのミサ曲」をメインプログラムにして、その前にPreghiera Semplice「聖フランシスコの平和の祈り」とCantico delle creature「被造物の賛歌」を演奏するということだ。これは大変なことだ!
 それをできるのは2つの合唱団しかない。ひとつはアッシジに行ったアッシジ祝祭合唱団と、さっきも述べたモーツァルト200合唱団だ。モーツァルト200合唱団は、数年前から、ミサ曲を含む僕の作品を取り上げてくれているから。しかし、モーツァルト200合唱団は名古屋だし、アッシジ祝祭合唱団は、とっくに解散してしまっている。

 焦った僕は、その朝、とりあえず今自分が音楽監督を務めている東京バロック・スコラーズ(TBS)のメンバーに一斉メールを送った。TBSは今年の4月に復活祭にちなんだ演奏会を行うが、元来は、その後バッハの「ロ短調ミサ曲」にじっくり長い期間をかけて取り組む予定だ。だから、まだ勿論次の演奏会の時期も決まっていない。それに、これだけの期間で一日の演奏会のプログラムを消化するためには、そうとう能力がなければならない。だから、「ロ短調ミサ曲」の練習開始を少し遅らせて、優秀なTBSのメンバーで、この演奏会をやってもらえないだろうか?というお願いであった。同時に団員からの返信での忌憚のない意見をお願いした。

 ただ一斉メールを送った後で、冷静になって考えた。元来TBSはバッハを歌う合唱団だし、バッハを歌うノウハウを徹底して叩き込んでいるわけで、それを、音楽監督とはいえ、自分の都合で勝手に路線がブレるのは、将来的に良くないんじゃないか?とも思った。 それに、通常TBSはオーディションをしなければ入団できない厳しい団体で、仮に、その演奏会に加わりたいという人が現れた場合、その期間だけ特別団員として、誰でも参加自由にするとしたら、団員としたら「どうなんだろうなあ?」と思ってしまうだろう。

 その次の日には、東大コールアカデミーのOB合唱団であるアカデミカ・コールの練習があったので、練習中に夢の話と演奏会の話をした。このアカデミカ・コールのメンバーの中には、アッシジ祝祭合唱団の指導をしてくれた酒井雅弘さんをはじめ、アッシジにまで行ってくれた何名かの団員がいたし、そもそもアッシジ祝祭合唱団の練習場所が、アカデミカ・コールの練習場所でもある東京メトロ南北線・東大前駅に直結した東大YMCA
で行われていたのである。
 そして、さらにその次の日の浜松バッハ研究会の練習でも、その演奏会の話をした。この合唱団の中にも、数は少ないけれどアッシジにまで行ってくれた人はいたのだ。

 さて、そうこうしている内にTBSのメンバーからアンケートの返事が届いた。「とてもいいです。是非やりたい!」と言ってくれたメンバーもいる一方で、やはり予想していたように、「バッハを歌いたくて入っています」という方もいた。むしろ、それはそうだよなと思った。聞くまでもないよな。いや、焦ってメールを送ってしまった自分が馬鹿だった。ということでTBSに丸投げするのは、あっさりあきらめた。

 理想的なのは勿論、アッシジ祝祭合唱団のような、そのための合唱団を作ることだ。さて、いろんな事を早急に決めないといけない。第一、今から動いてもホールさえ取れるかどうかも分からない。ただ、僕にとってはもはや「やらない」という選択肢はないのだ。これは至上命令なのだ。逆に言うと、わざわざ夢で言われたということは、「やるしかない」だけではなくて、必ず成功するという確信がある。いや、それだけではない。それが、その後、もっと予想もしないようなものを僕にもたらしてくれる可能性さえ、僕は予感している。

 というノーテンキな僕です。まあ、皆さんは、
「また三澤がヘンなこと言ってる」
と距離を置きながら見守っていてください。とにかく早く動かなくては!

新国立劇場「こうもり」千穐楽と「リゴレット」
 久し振りに新国立劇場に出入りして「こうもり」公演の合唱指揮を務め、千穐楽を迎えた。女声合唱団員の中で、僕と長く一緒に働いていたベテラン団員11人から、カードと共にスパークリング・ワインの贈り物があって嬉しかった。
 こういうものは本当は後まで取っておくものかも知れないが、あまりに嬉しかったので、その晩に家族で飲んでしまった。11人だから、いつも飲んでいるようなレベルのものではなく、彼女たちの気持ちも混じって、僕にはことのほかおいしかった!ありがとう、みんな!
 一方、若い女性団員は、僕と一緒に写真を取りたがった。勿論、喜んで僕は何度も応じたよ。この後、新国立劇場では「リゴレット」の合唱指揮にも携わるのだが、「リゴレット」は男声合唱だから、女声合唱団員とは、次いつ一緒出来るのか分からない。

 その「リゴレット」の合唱音楽稽古に、この原稿を書き終わったら行く。あさってから立ち稽古。昨年は、二期会や六本木男声合唱団など、いろいろな団体で仕事をし、みんな楽しかったが、やっぱり新国立劇場に来ると、24年間務めただけあって、やりやすいし、毎年の試聴会でふるいにかけられているので、レベル的にも世界に出しても恥ずかしくないね。

本当に誇りに思います!

浜松バッハ研究会の「ヨハネ受難曲」
 昨日の2月1日は、13時から19時で浜松バッハ研究会による「ヨハネ受難曲」の練習。前回まで、合唱は午後にピアノ及びオルガンで練習し、オケは夜にオケ練習と分けてやっていたが、今回からいよいよ合体して、いわゆる「オケ付き合唱稽古」だ。

 オーケストラは、主として浜松交響楽団のメンバーから、バッハが好きなメンバーが集まって構成された浜松バッハ研究会管弦楽団。「アマチュアの寄せ集め」などという言葉で言うなかれ。僕がこの団を率いてからもうかれこれ35年くらい経っているからね。バッハに関しては、下手なプロなど足下にも及ばないぞ!
 かつては北川靖子(きよこ)さんを毎回コンサート・ミストレスとして呼んで、指導を兼ねて弾いていただいていたが、お亡くなりになってしまったので、いろいろ探したあげく、今回は川原千真さんをお呼びしている。もちろん使っているのはモダン楽器だけれど、弓の使い方、すなわち弓の「圧」と「走らせ方」が、古楽器にも通じる様式に従っているので、他の弦楽器奏者にとっても、とても参考になるし、何より僕の指揮にピタッとつけてくれるのでオケの皆さんもとても信頼している。

 さて、今日のオケとの合わせ稽古では、合唱の個所だけでなく、この辺で一度、合唱団にもオーケストラのメンバーにも、全体像を知ってもらおうと、前半は全曲を無視やり通した。とはいっても福音史家はおろかソリストなども誰もいない。
 で、どうしたかというと、僕が歌った。もともと僕は本番で指揮しながらチェンバロも弾くので、まず冒頭の合唱曲を終えると、練習用の電子楽器をチェンバロ音にして、チェロのトップ奏者と一緒に、弾きながら福音史家を歌った。それから曲が始まると指揮をし、そのまま次の福音史家の個所に移っていった。

このように自分で歌って弾きながら指揮するということはね、全部自分のテンポで、全部自分の解釈で、自分の音楽なんだ。この醍醐味は誰にも渡せない。僕だけの「ヨハネ受難曲」ワールドだぜ!

 ただね、よく考えたら、それで通し稽古だろう。全然休む暇もない!合唱曲が終わる。そのまま福音史家の譜面をチェンバロを弾きながら歌う。そのまま合唱曲に飛び込んでいくが、指揮棒を持つ間もなく入って行くので、振りながら指揮棒を持つ。そしてアリアに入って行くので、一息付けるかと思ったら、歌唱部分をオケの人たちのために歌う。しかもいくつかのアリアはチェンバロで伴奏すると決めていたので、それも歌いながら弾く。福音史家はテノールだし、ソプラノのアリアでも、上の音域はファルセットで歌ったり、1オクターヴ下げたりして歌う。で、また福音史家のレシタティーヴォ。
 いや、別にそれは僕がやるって決めただけの話なので、アリアは嫌なら別に歌わなくてもいいんだよ。でもね、やっぱり歌って仕上がりの片鱗だけでも皆さんに感じ取って欲しいじゃないですか。

 そんなわけで、途中休憩をはさみながら、僕は指揮し、チェンバロを弾き、歌い続けた。そしたら、全曲を通し終わる頃になったら、だんだん目がショボショボしてきた。いやあ、疲れた!
 本番では、歌手がいるのでここまでは疲れない。チェンバロを弾くといっても、福音史家の個所そのものはほぼ暗譜しているので、合いの手の和音を入れるだけだが、自分で歌うということになると、間違えたりしたら恥ずかしいではないですか。で、ずっと歌詞も含めて譜面をガン見しながら伴奏のチェンバロを弾いたので、とにかく目が予想以上に疲れたね。
 
 とはいいながら、やっぱりバッハを演奏するのは楽しい!自分の喉や唇を使ってドイツ語を発音し、メロディーを歌う楽しさ!また、通奏低音の数字(コードネームと一緒)だけを頼りに、どう弾いても構わないチェンバロの楽しさ!時にはゆったりとアルペジオでもいいし、厚い和音を10本の指全部使って一気に鳴らしても構わないんだ。
 そして勿論、指揮では優しい音から激しい群衆の叫びまで、紙に書かれた二次元のオタマジャクシから、立体的なドラマを目の前に生き生きと具現化していく喜び。「一粒で二度おいしい」というグリコのキャラメルなんてメじゃないよ。楽しさは3倍以上でした。

 ということで、僕がやりたい音楽だけはみんなには間違いなく伝わったとは思う。帰りの新幹線ひかり号の中では、ホッとしてちょっと目をつむったら、次の瞬間には、新幹線がスピードを落として、どこかのホームに入り込んできた。ん?三島とかかな?と思って、駅の表示を見たら新横浜だった。おっとっとっと・・・急いでコートを羽織って、車外に出た。

 新幹線改札から外に出ると、なんだか沢山の女性がワサワサいる。若い子もいるけど、それよりもちょっとお姉様達が目立つ。きっと横浜アリーナで何か催し物があったのだろう。その人たちが、みんな新横浜駅から乗ってきていっぱいになり、一車両に男性は僕を含めて数人。
 なんだなんだ、と思って、後で武蔵小杉から南武線に乗った時にネットで調べたら、旧ジャニーズ・ジュニアの公演があったようだ。どうりでお姉様達が、電車の中で、
「・・・君、今となったらイマイチだわねえ」
なんてしゃべっていたわけだ。
「そう言っているアンタだって、ジャニーズ・ジュニア現役時代からみたら、イマイチなんじゃね?」
なんてツッコミも入れたくなったが、やめておいた。

2026. 2.2



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