マーラー交響曲第6番初練習

三澤洋史 

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「復活祭を巡るカンタータ」講演会
 4月26日日曜日に演奏会を控えた東京バロック・スコラーズは、3月14日土曜日午前中に、江戸川橋の文京福祉センターで練習を行った後、場所を移して午後2時から、本郷の求道会館にて演奏会とのカップリング講演会を行った。

 求道会館は、明治・大正・昭和の戦前期まで本郷のこの地で活躍した真宗大谷派の僧侶 近角常観の信仰を伝える仏教の教会堂である。50年もの長い間、閉鎖され荒れていたというが、東京都の有形文化財の指定を受け大正4年(1915)創建当初の姿に復元されたという。東西の文化が不思議に融合したその独特の建築空間は僕のお気に入りである。
 前回の「マタイ受難曲」のカップリング講演会でもここを使用させていただき、樋口隆一氏を講師にお迎えしたが、今回は「復活祭を巡るカンタータ」というタイトルで、複数の作品の選曲からはじまり、モテット第1番「新しい歌を主に向かって歌え」も入れながら、最終的にこだわって演目の構成を行ったので、講演も自分で担当することに決めた。

 講演会の準備は、お話の内容を周到に考えて、画像や譜面などの資料も混ぜてパワーポイントのファイルに落とした。結構時間がかかったが、自分でも納得できる・・・というか、やや御自慢の出来となった。曲目を構成した音源も、話の内容に沿ってCD-Rに焼いて、準備万端で講演に臨んだ。

 ところが、求道会館に着いて、早速プロジェクターに自分のパソコンをつなごうとしたらアクシデントが起きた。僕のノートパソコンは比較的最近買ったので、USBやHDMIをはじめとして、いくつかの端子が付いているが、求道会館のプロジェクターは古いタイプで、青い端子を左右のネジで留めるアナログVGA端子しか付いていなかったのだ。
 その段階でいやな予感がしたのだが、会館の職員が、僕のパソコンが繋げないことを知って、それにつなげるパソコンを持ってきたのだが・・・なんとWindows XPであった。でも、開いてみたら、パワーポイントのファイルは入っていた。不幸中のさいわい!だと一瞬喜んだ。
 しかしながら喜びは束の間。僕のファイルを起動させようとしても・・・動かない・・・。それはそうだよな。Windows XPって、僕が初めてパソコンを買った2000年代初めに使われていたものでしょう。2026年の今のバージョンに対応できるわけないよな。でも、起動くらいできてもよかったじゃないか!

 もちろん、近くにビックカメラのような電気屋があれば、走って行って、アナログ端子からデジタル端子に変換できるコードとかを買えたのだろうが、求道会館は閑静な住宅地の中にあるし、その時点でもう講演20分前だった。もうかなりお客も入っている。
 僕はあきらめて、少なくとも画像だけは使えるようにした。でも、パワーポイントでは、画像をちりばめながら丁寧にコメントを書き入れて、皆さんに分かりやすいように構成されている。これを作るのにどれだけ労力を要したことか・・・と思っている間にすでに開始時間が来てしまったが、せめて画像の掲示の準備ができないことには話も始められない。皆さんには、緊急事態であることを告げて、何分か待ってもらって・・・その間に動転した気も深呼吸をして落ちつけて、ようやく講演会が始まった。

 もちろんパワーポイントに書き込んだ僕のコメントの内容は覚えているが、それでも間が持たない時も少なくなかったので、アドリブでいろんな事もしゃべった。その中には、皆さんにとっては逆に有意義なものもあったかも知れない。とにかく、こんな焦った事は近年稀であった。

 その後、コンシェルジュが「今日この頃」読者限定でパワーポイントのスライドを公開されたらと言ってきたので次のようにさせていただくことにした。当日の録音でも聞きながらスライドショーをお楽しみいただけたらと思います。



マーラー交響曲第6番初練習
 講演会がまあなんとか無事?終わり、軽く打ち上げも行った後、僕は東京駅に向かい、新幹線に乗って名古屋に向かった。その晩は、名古屋から東海道線を戻って刈谷で一泊し、次の日は刈谷のちょっと手前の大府市民会館でMFオーケストラの練習。いよいよマーラー作曲、交響曲第6番の初練習である。

 マーラーの第6番は、第5番から比べても技術的にはかなり手ごわいが、MFオーケストラのメンバーは、予想していたよりずっとクオリティが上がっていて、僕の指揮にも良く付いてきてくれた。おそらくあの超絶技巧の第5番を経た経験が、かなりプラスに働いていると思われる。

 それは僕にとっても当てはまる。勿論、団員達とは違った意味であるけれど。第5番に取り組んだ経験を経たうえで、第6番に向かってみたら、これまで見えてなかったものが見えてきたのだ。
 正直言って、これまで僕は、この第6番をあまり好んで聴いていなかった。何故なら僕は、基本的にポジティヴな人間なので、「ハンマーで打ちのめされて沈んで終了」というような終わり方をするようなこの曲を避けてきたような傾向がある。
 それに、この曲がTragische「悲劇的」と呼ばれていたことも気に食わなかった。この副題は、ウィーン初演の時のプログラムに記載されていたというが、聴衆が分かりやすいように書かれたのだろう。マーラーが望んでいたのではないとされているが、マーラー自身、強烈に抵抗したという話も残っていない。
 しかしながら、今回僕の中での大きな発見は、第6番が、あらゆる意味で第5番と一対となっている作品だ、という認識だ。それは、第5番がポジティヴで第6番がネガティヴという一般的な“対比”とは異なっていて、むしろ両者の“共通性”を感じることで、僕の中では大きな価値観の変化が起こってきたのである。

 極端かつ、やや乱暴な言い方をすれば、第6番もまた、別な意味で徹底的にポジティヴな作品であると言えるのである。第6番には第5番にあったような「遊びの精神」はないが、そこに表現されているのは「徹底した“闘争”の精神」なのだ。その意味で少なくとも、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」とは真逆の音楽である。
 終楽章の最後の方はゆっくりと静かな音楽が長く続き、「諦念の表現」のようにも思われるかも知れないが、最後の3小節のffを聴く限り、マーラーには、チャイコフスキーのような女々しい諦めはないと確信できる。

 第6番は、第1楽章冒頭Allegro energico,ma non troppo. Heftig, aber markig(快活にエネルギッシュに、しかしいき過ぎないように。激しく、しかしながら腰がすわってどっしりと)から、
「俺の手で世界をひっくり返してやる!」
と言わんばかりの(ある意味思いあがった)闘争心がある。
 第2主題も、ただの「安らぎに満ちた音楽」とは対照的な、華麗さと自己陶酔に満ちている。そして第1楽章の終止部は、この第2主題の自己陶酔のままきっぱりと終わる。

 続く第2楽章は、マーラーが最初に書いたようにAndante moderatoにするのか、あるいはこれまでの多くの指揮者が演奏してきたようにScherzoを持ってくるのか、意見が分かれるところで、僕も最初のうちだけ少し悩んだが、今では断然Andante moderatoだと思っている。
 まあ、長い第4楽章Finaleの前に、一度安らぎに満ちたAndante moderatoを持ってきてバランスを調整するという考えも分からないではないが、第1楽章の後に、またラララの連打が来るのは「また同じか」という感じになってしまうので、どうみてもAndanteでしょう。
 その曲順には、最新のUniversal版のスコアでやっと決着が付いた感じであるが、その前の沢山の録音がScherzoを第2楽章に持ってきているので、僕はi-Podに入れる前に、ファイルを並べ替えてAndanteを先に持ってきて聴いている。

 その他、いろいろ言いたいことはあるが、本番の8月1日までにまだ何回か通って練習もするだろうし、その間に僕の認識も変わるだろうから、今はこのくらいにしておこう。いやあ・・・でも、本当にマーラーは良いですなあ!

2026. 3.16



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