聖フランシスコ800合唱団と特別な恵み

三澤洋史 

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聖フランシスコ800合唱団と特別な恵み
 夢で命令を受けて、もうやるっきゃない!という感じで立ち上げた聖フランシスコ800合唱団(今後は略してSF800合唱団と呼ぶ)だけど、早速進展があった。4月8日水曜日午後6時、Zoomで聖心女子大学の二人の方と、いろいろなやり取りをした。
 その前に、SF800合唱団では、第一生命ホールにおける演奏会本番の9月27日を一か月前に控えた8月の終りに、僕自身による講演会を一般公開で行おうと予定していたが、団員の中に聖心女子大学卒業の方がいて、要するに講演会を聖心主催でやって欲しいという話であった。
 
 Zoom会議の前には、その講演会の場合は学内で行うわけであるから、外部の人を対象に考えられていない可能性もあったので、その話とは別に、SF800合唱団は独自で講演会をするかも知れないとも思っていたし、団員にも伝えてあった。でもZoom会議をしてみたら、先方が考える講演会はオープンであるし、それなりの大きさの会場で行うという可能性を聞いて、それなら別々ではなく一緒に考えようということになった。

 また先方は、
「せっかく団員達がいらっしゃるのなら、午前中練習を学内で行い、希望者には見学を許していただきたい」
ともおっしゃってきたので、勿論それは願ってもない喜ばしいことなので、即座にOKした。
 さらに彼らは、講演に団員達が出席することが当然可能であるのみならず、むしろ、その途中で、合唱団には壇上に上がってもらって、何曲か演奏を披露してほしいと言ってきた。

 僕は、そんなに安易に奇跡を信じる方ではないけれど、これまでのいきさつを見てきて、聖フランシスコを愛し、その洗礼名を持つ自分にとって、この2026年という「聖フランシスコ没後800年」の年は、自分にとって忘れがたい特別な恵みの年として進んでいるなあ、という想いに包まれている。

 皆さん!今からでも聖フランシスコ800合唱団に入団し、練習に参加しませんか?オーディションもないし、やる気があればどなたでも参加できます。4月中は僕も演奏会が週末に集中していて、練習には出られませんが、5月2日からは練習に出ますので、その時に合わせてでもいいですから、どうかひとりでも多くの方と、この喜びを分かち合いたいと思っています!

浜松「ヨハネ受難曲」とTBS演奏会を控えて
 今週末は、浜松バッハ研究会の「ヨハネ受難曲」演奏会がある。しかしながら先週の練習後、一緒に日本海庄やで浜松餃子をつまみながら呑んだ澤武紀行(さわぶ のりゆき)さんが、音声障害のため降板してしまった。
 澤武さんは、「ヨハネ受難曲」演奏会の一週間後の東京バロック・スコラーズ演奏会でもテノール・ソロを歌うことになっていたので、先週は代役を探すので大変だった。世の中にテノールはいっぱいいるが、バッハの受難曲の福音史家を歌えるテノールは、我が国では、僕の知っている限り、ごくわずかしかいない。
 それで、浜松では、テノール・ソロを歌う予定だった谷口洋介さんに、急遽福音史家への変更をお願いし、その谷口さんの紹介で、コレギウム・ジャパンでも歌っている石川洋人さんにテノール・ソロをお願いした。ただ彼は事前の合わせの時間が取れないため、浜松の本番1日前のオケ付き練習から飛び込む。

 一方、東京バロック・スコラーズ演奏会のテノールは、谷口さんをはじめ名古屋の大久保さんなど、いろいろあたった結果、新国立劇場合唱団のメンバーである寺田宗永さんにお願いした。至急担当者から譜面を送ってもらって、今週4月16日木曜日の19時から合わせをする。その他、すでに決まっている大森いちえいさんは、明日の午後に僕の家に合わせにくるし、アルト・ソロの高橋ちはるさんは、やはり寺田さんの合わせをする16日の午後に、同じスタジオで合わせをする。

 ということで、今週末の浜松の本番はもとより、今週から来週にかけて、なんだか忙しい。というより、カンタータ182番、4番、12番のアリアって、初期のバッハがかなり本気出して書いているため、歌う方も難しいが、伴奏譜がとっても弾きにくくって難しい! 182番のテノールアリアなんて、左手がずっと16分音符で動いていて、まるで練習曲みたい。4番テノール・アリアは、テノール独唱はコラールのメロディーを4分音符中心にのんびり歌っているのだが、高音の伴奏がずっと16分音符。そういえばバッハって、「ヨハネ受難曲」でもそうだけど、どうしてテノールのアリアって、あんなに歌いにくいし弾きにくいんだ?アルトなんて、182番、4番、12番とみんな瞑想的で美しいのに・・・。バッハは、アルトが大好きで、テノールは嫌いだったのかとしか思えない。

 谷口さんとは、昨日4月12日日曜日午後、国立駅前のスタジオで合わせをした。もう何度も福音史家をやっていると言っていたし、すでに表現のポイントを押さえていて、かつ許容力もあるため、勢いに乗って2時間休憩なしに僕の弾くピアノに合わせて、音量や音色の変化に富む様々なニュアンスを試した練習は、とても実り豊かなものとなった。双方納得して、あとは浜松でのオケを伴った合わせを待つばかりになって別れた。

パソコン事故続きで編曲が進まない!
 孫娘の杏樹が中学生になった機会に、ひとつ部屋を与え、家の中で引っ越しをしたことは、すでに書いた。でも、その引っ越しによって、パソコンとかに小さいアクシデントがいろいろ起こって困っている。なんだか呪われているように、自分がやろうとしていることに邪魔が入るのだ。

 まず、部屋を換えるために、2017年に自作したデスクトップ・パソコンに接続している機器を全部はずし、新しい部屋の中で再び組み立てた。
 すると、ディスプレイが付かない。
「え?壊れた?」
と思って何度もつなぎなおしたが、やっぱり付かない。試しにノート・パソコンにつないでみたら、問題なく付くので、ディスプレイ自体が壊れたわけではないので安心した。さらに、良く見てみたら、パソコンには、もうひとつディスプレイ接続用端子がついていたことに気が付き、つないだら何のことはなくディスプレイに画面が現れた。

調べてみたら、場所の移動を想定したノート・パソコンは違うけれど、デスクトップ・パソコンは、移動するだけでよく接続の問題が生ずると書いてある。その中で、目下のところ一番困っているのは、今年9月の名古屋のモーツァルト200合唱団演奏会のための「イタリア語の三つの祈り」フル・オーケストラ版の編曲だ。
 モーツァルト200合唱団演奏会においては、過去2年、モーツァルトのミサ曲や協奏曲と共に自作の宗教曲を上演させてもらった。一昨年はMissa pro Pace(平和のためのミサ曲)、そして昨年は、アッシジの聖フランシスコ聖堂で初演したCantico delle Creature(被造物への賛歌)を演奏した。そして今年はTre Preghiere in Italiano(イタリア語の三つの祈り)を上演予定である。

 いつもなら、セントラル愛知というプロ・オーケストラでの上演なので、7月くらいにのんびり編曲を始め、8月のお盆前にパート譜も含めて提出すれば充分なのだが、今年はアマチュアの名古屋ムジークフェライン管弦楽団なのだ。ということは練習期間をたっぷり取って本番に向かうので、早く譜面を下さいと言われている。

 ところがだ。では編曲を始めようと思って、引っ越し後、譜面打ち込みようの小さいYAMAHA鍵盤キーボードと音源モジュールのEDIROL Studio Canvas SD-90を久しぶりにパソコンにつないで、起動し、YAMAHAの鍵盤を叩いた。
 普段だったらEDIROLが、入力している反応を目盛りで示すのに、何の反応もしない。何度やってもダメで、ふたつを繋いでいるMIDIケーブルのせいかと思って、新しいMIDIケーブルを買ってきてつないでもダメ。
 EDIROL自体は、デモ演奏や、マイクをつないでの拡声には反応してくれるので、鍵盤キーボードが壊れたのか?と思って、別の安いUSB接続の鍵盤キーボードを買ってきて、直接パソコンにつないだが、これにFinaleが反応しない。
EDIROLは、INの端子はMIDIケーブルしかないんだよね。それにプラスして、MIDIケーブルの時代はもうとっくに終わっていて、パソコン関係の世界って時の流れが速くて、昔の機器に何かあったら、もう対応できないんだよね。USBだって、一番最新のやつは、以前の半分以下の大きさじゃない。

 ということで焦っている。このキーボードにEDIROLが反応しないと何が困るのかというと、Finaleの譜面に音符を入力するのに、“高速ステップ入力”という方法が使えないのだ。それは、YAMAHAの鍵盤を押して音高を決めながら、パソコン側のキーボードの数字を押して、4分音符とか8分音符とか規定して、どんどん打ち込みができるというわけだ。
 まあ、それができなくても通常の“ステップ入力”もできないわけではない。画面の左端に並んでいる、音符や休符あるいは3連符などををクリックして規定してから、譜面の中でクリックすると、規定された音符がひとつひとつ書き込まれていく。でも、これって、とっても時間がかかるので、なかなか進まない。

 ということで、いろいろ解決策を模索しながら、並行して「イタリア語の三つの祈り」の方はどんどん進めないといけないので、“ステップ入力”でチンタラやってますが、30分に一回はため息をついています。

20世紀の三輪眞弘展
 三輪眞弘(みわ まさひろ)君とは、ベルリン留学時代に親しくしていた作曲家だ。一緒にいた時も優秀だったが、日本に帰国してからも、2004年芥川作曲賞、2007年プリ・アルスエレクトロニカでゴールデン・ニカ賞、2010年芸術選奨文部科学大臣賞、2020年サントリー音楽賞などを受賞するなど、まさに華々しい活躍をし続けてきた。現在京都芸術大学、文明哲学研究所教授を務めている。

 その三輪君の作品のみを集めた「20世紀の三輪眞弘展」が13時30分から池袋のとしま区民センターで開演するというので、東京バロック・スコラーズの本番前の最後の通常練習だというのに、早めに切り上げて、12時半前に浜田山の練習所を出発し、明大前、新宿で乗り換えて、池袋を目指した。

 タイトルを見ても、うっかりしていて何とも感じなかったけれど、プログラムを見ながら音楽を聴き始めて、「20世紀の・・・」という意味が後で分かった。つまり、この演奏会は、最近の三輪君の作品ではなく、1900年代終わりの、つまり僕たちが遭わなくなってからあまり経っていない三輪君の作品が集められているのだ。
 僕がベルリンで勉強していたのは1981年から84年まで。その後、三輪君は1996年までベルリンにいたという。そしてここに集められた音楽は、早い作品で1986年、一番遅いもので1995年に作られたのだ。

 僕が帰国した頃には、まだコンピューターはアナログの時代で、そこから急にデジタル・コンピューターが発達していった。僕は80年代後半によくミュージカルの指揮をしていた時に、キーボード奏者たちがYAMAHAのDX7というデジタル・キーボードを使い始めて、その音色の多彩さに目を丸くした覚えがある。それで自分もDX7を買おうかと思ったけれど、いろいろ調べたらRolandのD50というの方が音色がまろやかで好ましかったので、Rolandのキーボードを買った。それ以来、僕はYAMAHA派よりも、むしろRoland派だ。
 でも、そんな僕なんかのように、気分に任せて即興で弾いて喜んでいるのとは全く違って、アカデミックなクラシック音楽の末裔に位置する三輪君のアプローチは、コンピューターの使い方もまるで違う。たとえばある曲は、日本音階などからあるパターンをコンピューターで解析し、それを元に、あるアルゴリズムに従って曲を構成していくようである。
 つまり、そういった日本音階から作られた音楽は、“無調”という付き放された冷たい感触では全然なく、とても複雑ではあるけれど、絶えず「ある種の心地よさから」離れないでいる。
 さらに全ての曲はとても緻密で、不規則なようでいて、背後にある規則性が隠れており、聴き終った瞬間に、
「なるほど」
と納得させるものを与えている。

凄いな、やっぱり!

 妻は、三輪君の奥さんの郁子ちゃんとベルリン時代から仲良しで、帰国後も何度か遭っていたようだったので、この演奏会を楽しみに来ていた。僕とは演奏会の会場で一緒になって、帰りの彼女の車の中で、
「三輪君も郁子ちゃんも変わらないねえ!」
と互いに言い合っていた。

2026. 4.13



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