「復活祭を巡るカンタータ」無事終了

三澤洋史 

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「復活祭を巡るカンタータ」無事終了
 昨日の4月26日日曜日。第一生命ホールにおいて、東京バロック・スコラーズ第21回演奏会が無事終了した。ミサ曲や受難曲のような大曲ではないが、僕自身にとっては当団TBSの音楽的クオリティを高め、次につなげるためのひとつのマイルストーンとなる事を目指す、とても大切な演奏会であった。

同時に、プログラムの曲目そのものが、聴衆にとっても充実した聴きごたえのある選曲であったと自負している。特に3つのカンタータは全てバッハ若き日の作品で、その中でも、カンタータ第4番のChrist lag in Todesbanden「キリストは死の縄目につながれた」は、最も早い時期の作品である。
 はっきりとは分かっていないが、恐らく彼のミュールハウゼンの聖ブラジウス教会オルガニスト時代に書かれたと伝えられていて、早ければ1707年から1708年頃の作品だと言われているが、もしそれが本当だとすると、1685年に生まれたバッハの22歳から23歳頃の作品といえる。マルチン・ルターのコラールをこよなく愛したバッハは、このコラールだけを素材として様々な変奏曲を作り、ひとつのカンタータに仕上げたのだ。なんという早熟な天才!

 また、カンタータ第182番のHimmelskönig, sei willkommen「天の王よ、あなたをお迎えします」はヴァイマールの宮廷楽長に就任した年の枝の主日のカンタータ(1714年3月25日)に初演されており、第12番のWeinen, Klagen, Sorgen, Zagen「泣き、歎き、憂い、怯え」も、同じ年の復活節第3主日(1714年4月22日)に初演されている。つまり、お誕生日が3月21日のバッハが29歳になったばかりの作品なのだ。

 どうです皆さん!みんなモーツァルトばかり早熟の天才と言うけれど、バッハだって、これらの作品の完成度を見る限り、若くして堂々と自分のワールドを築き上げているではないですか。
 しかも、晩年の作品にはない、自由な独創性というものが花開いてあるので、僕は今回の演奏会において、かつて当団で取り上げたことのあるこれらの初期の大傑作を、新しい団員に対しても、また聴衆に対しても、あらためて紹介したかったわけである。

 さて、その一方で、小規模ながらバッハの緻密な大傑作のモテットBWV225のSinget dem Herrn ein neues Lied「主に向かって新しい歌を歌え」は、通奏低音を伴った合唱という小規模な楽曲であるけれど、その内容は驚くべきものである。真作とされている6曲の内、特に第1番とされているBWV225の難易度はずば抜けて高いと同時に、それをクリアした時の喜びも大きい。
 僕は、この曲を指揮している時、毎回、練習においても、自分の魂が肉体から抜け出ているような感覚になり、上を向くならば、まばゆい光が神から降り注いでいるのを感じる。バッハの音楽は、どれも好きだけれど、その中でもこの曲だけは「特別の特別」だ。実際、昨日も、演奏中に天上の世界をさまよっている感覚であった。

 特に今回あえて触れておきたいことがある。練習中でも演奏会においても、オーケストラ(アンサンブル)のメンバー達が、仲良く、しかもとても真摯な態度で臨んでくれて、素晴らしい演奏を披露してくれた。
 これらのメンバーたちは、普段はそれぞれ全く別の環境で演奏活動をしている。でも、当団の演奏会の時だけ、このコンビネーションで一緒になっている。それでも回数を重ねてくるにつれて、このグループならではの独特の味わいというものが育ってきている。
 ヴァイオリンの伊藤文乃(あやの)さんは、普段は群馬交響楽団でソロコンサートマスターを務めている。決して威圧的ではないけれど確実な技術と統率力を持っている。バッハの初期作品の特徴であるヴィオラ2本がもたらす響きの豊潤さ。チェロの西沢央子(なかこ)さんとコントラバスの髙山健児さんの揺るぎない通奏低音の歩み。ファゴットの鈴木一志さんなんか、普段のオーケストラでは、こんなに通奏低音の休みない八分音符を吹くことなどないだろうに、息継ぎなど全く感じさせないくらいのしっかりした通奏低音を聴かせてくれた。
 さらにアルトの高橋ちはるさん、テノールの寺田宗永さん、大森いちえいさんの3人のソリスト達も実力を出し切って、説得力のある歌唱を聴かせてくれた。


(寺田宗永さん、伊藤文乃さん、私、高橋ちはるさん、大森いちえいさん)


 そういえば、音声障害でキャンセルを余儀なくされたテノールの澤武紀行(さわぶ のりゆき)さんから、浜松でも今回でも美しいお花が届いていた。こちらも残念だったけれど、声楽家にとって音声障害で降板というのは、本人としても無念であろうと想像する。こちらとしても、また機会があったら是非お願いしようと思っている。


澤武さんからのお花

カルッツかわさきと、かつての思い出
 そのTBSの最後のオケ合わせは、本番の日の前日、すなわち4月25日土曜日午後に、カルッツかわさき(川崎市スポーツ・文化総合センター)1階のアクトスタジオで行われた。川崎駅からミューザとは反対側の海側に向かって20分近く歩かされる。
 スポーツ専用の施設のようだけれど、ここのアクトスタジオは、音響状態が驚くほどよくて、とても練習がし易かった。練習だけではなく、リサイタルだったなら、客席を並べて演奏会としても充分使用可能だと思った。

 ただ、この地域にはちょっと好ましくない思い出がある。中で練習している時にはいいのだけれど、川崎駅からそこに向かう途中とか、練習が終わって外に出た時には、少しキュンと胸がいたんだ。
 というのは、このカルッツかわさきの道路をはさんだ向かい側には川崎市教育文化会館があって、かつて新型コロナ・ウィルス感染拡大の時期に、新国立劇場のオペラの合唱練習をそこでやっていたことがある。

 その会館の中にある大ホールで、客席に合唱団員達がたっぷりとソーシャル・ディスタンスを取って座り、合唱指揮者の僕とピアニストが壇上にいて、僕の目の前には透明なセルロイドがおかれ、そこで練習をつけていた。
 合唱団員達の声はホールいっぱいに響き渡るが、ニュアンスもバランスも何も分からず、大雑把な仕上がりしか期待できなかったのだ。
 教育文化会館の練習が終わって駅に戻る間、道路の左側を歩いていると、バスがひっきりなしにやって来て、それぞれの停留所に止まって来るので、歩くのが馬鹿らしくなって思わずバスに乗ったが、コロナで沢山の練習や本番がつぶれた後で、期待していた収入が途絶え、さらに川崎までの往復の電車代も馬鹿にならなかったので、バス代を払うだけで、なんだか罪悪感のようなものに捉われた思い出が蘇ってきた。

 反対側のカルッツでのオケ練習が終わって、あの時と反対側の道を歩みながら、なんだかキュンとしてしまった。あれはいったい何だったのだろうか?コロナ・ウィルスの感染拡大は、一説には、トランプ氏を絶対に大統領にしないために、ディープステートがしくんだ罠だとも言われているね。実際に2020年から2021年にかけて複数の不正選挙が行われたようだったし、それに対して裁判所などの動きが極端に鈍かったりした。
 トランプ大統領をめぐっては、先週も書いたように、イランの各施設への攻撃に始まって、基本的な行動は善意から来たものだろうが、相手の対応も含めて、どうも彼の期待したようには事が進まず、結果として不本意ながらイランにおいても沢山の人を殺してしまっている。
 さらに昨晩も、ホワイトハウス記者主催の夕食会会場近くから発砲音が聞こえ、犯人が逮捕されたという記事が飛び込んできた。

 僕とすると、トランプ氏に全面信頼を寄せている、という感じでもないし、トランプ氏の行動が全て正しいと言うつもりもないけれど、でも、もしトランプ政権がつぶれるようなことになったら、他に誰がアメリカを仕切れるのだろうか?という事を考えると、アメリカが抱える闇に絶望的になるのは僕だけであろうか?

自作の編曲の日々
 新国立劇場などの練習に通わなくなって、ウィークデイに時間ができたが、現在は地味だけれどとても忙しい(笑)。「イタリア語の3つの祈り」の編曲が佳境に入っているのだ。この組曲について、最初は「3つのイタリア語の祈り」と呼んでいたのだが、今回あらためて名古屋のモーツァルト200合唱団及び聖フランシスコ800合唱団で演奏するにあたって、「イタリア語の3つの祈り」に変えた。
 まあ、皆さんには、どっちでもいいようにも思われるでしょう。ただ、原題のイタリア語では、Tre Preghiere in Italianoと呼ばれていて、大事なのは「3つの」と「祈り」を離してはいけないのだ。原題の意味は、「3つの祈り」が「イタリア語で書かれている~あるいは唱えられる」という順番なので、日本語で言うと反対の並びになってしまうが、そちらの方が正しいと思われるのだ。

 それで今は、モーツアルト200合唱団の演奏会のためにフル編成のオーケストラのための編曲にかかっている最中で、特に一番長くて難しい第2曲目のPreghiera Sempliceがもう完成間近かである。
 前にも書いたように、キーボードと音源モジュールとの接触がうまくいかなくて、Finaleのスコア・ファイルを作るにあたって「高速ステップ・ツール」が使えないので、1音1音打ち込んでいく通常の「ステップ・ツール」で作業をしている。最初は果てしなく時間がかかるように思われたが、こういうのは慣れるもんだね。今では結構速く打ち込めるようになってきた。って、ゆーか、早くキーボードを修理に出せばいいのだが、その時間がもったいない!

 でも思うね。フル・オーケストラの表現力は素晴らしくて、何でも表現できそうだけれど、それは確かな一方で、オリジナルの編成もね、馬鹿にならないんだよ。実は、この「イタリア語の3つの祈り」初演時の編成は、弦楽器5人、ピアノ、それに加えてアコーデオンだったのだ。
 アッシジ演奏旅行の時には、フルートとクラリネットを使ったのだけれど、実は、9月22日のモーツァルト200合唱団の演奏会のすぐ後にある9月27日の聖フランシスコ800合唱団の演奏会においては、思い立って初演時のアコーデオン奏者である津花幸嗣さんに恐る恐るお願いしたのだ。お返事が返ってくるまでちょっと時間がかかったので、
「もしかしたら、このメルアド、もう使っていないのかな?」
と心配したけれど、スケジュールを調整してくれたみたいで、OKが出た。
 だから、たとえばモーツァルト200合唱団のメンバーも、自分達の演奏会では、フル編成のオーケストラの伴奏でこの曲を歌った後、東京に来て、アコーデオン・ソロの入ったオリジナル編成で歌うことができるのです!

 実際、聖フランシスコ800合唱団で演奏するレパートリーは全て知っているモーツァルト200合唱団のメンバーは、かなり27日の東京の演奏会にも出てくれるんだよ。

2026. 4.27



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