聖心女子大学に行ってきました

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

「グレゴリオ聖歌とオルガン」講義
 5月29日金曜日。僕は聖心女子大学のチャペルへ行って、「キリスト教文化研究所教養ゼミナール特別講座」というものを受講してきた。当ホームページのコンシェルジュも同行してくれた。
 講師は米沢陽子氏。肩書きは東京純心大学客員教授、及び立教大学大学院キリスト教学研究科特任教授で、研究領域は16-18世紀ドイツの鍵盤楽器と教会音楽ということである。

 講義のタイトルは「グレゴリオ聖歌とオルガン」であり、前半の講義は。聖堂1階祭壇前で行ったが、休憩後は、みんなで聖堂後方のニ階に登り、最初はグレゴリオ聖歌の有名なAve Mariaを歌った。


休憩後の歌唱、聖歌隊席からみた聖堂内

 次のVeni Creator Spiritus「来たり給え、創造主なる聖霊よ」については、我々受講者は1番、3番、5番と奇数番を歌った一方で、その間の2番、4番などの偶数番では、米沢氏がVeni Creator Spiritusのメロディーを定旋律として、様々なアレンジを施したオルガン曲をソロで演奏した。とても楽しかった。後から考えると、その前の日曜日は「聖霊降臨祭の主日」だったので、この聖歌を選んだのかな?
 ともあれ、この聖歌は人気を博していると見えて、沢山のアレンジがあるようだ。それにこのテキストには僕は特別な思い入れがある。グスタフ・マーラーが交響曲第8番、すなわち千人の交響曲の第1部で使って華々しい効果を作りだしているからだ。ちなみに千人の交響曲の第2部では、目下僕がとても密に関わってYoutubeを作っているゲーテの「ファウスト」第2部から歌詞がとられているので、なんともいえないシンクロニシティ(共時性)を感じる。
 

8月30日に聖フランシスコの話をします
 話がマーラーを軸にして逸れてしまった。ええと・・・何故その講座を受けに行ったかというと、実は僕自身が、8月30日にこの聖心女子大学で講演会をするからだ。つまりそれは、最近よくこのページで話題にしている「聖フランシスコ800合唱団」が9月終りに行う演奏会のための、約一か月前の講演会のことである。

 実際に僕が行う講演会は、この聖堂ではなく、同じ学内にある宮代ホールなのであるが、この聖心女子大学の卒業生であり、同時に聖フランシスコ800合唱団メンバーでもある関幸子さんは、この「キリスト教文化研究所教養ゼミナール特別講座」において講座コーディネーターを務めている。受講後、僕が講演会を行う予定の宮代ホールをはじめ、学内を案内してくれたわけである。


公開講演会の案内

 ミッションスクールといえば、僕は飯田橋に近い白百合学園中学高等学校によく呼ばれて、校内合唱コンクールの審査員をしたり、コンクールの一か月くらい前に行って、それぞれのクラスの歌唱にサジェスチョンをしたりしたが、ここ聖心女子大学は大学なので、随分雰囲気が落ち着いている。
 もちろん今回僕は、敷地内に入って一般の大人たちと一緒に講義を受けただけで、実際に学生たちと交流どころか話しもしていないのであるが、すれ違う学生たちや学校全体の雰囲気で分かる。
 ちょっと驚いたのは、休憩時間にチャペルのトイレに行こうとして、「男子トイレ」と書いた紙が貼ってあるドアを開けて中に入ったら、男子用トイレがない!
「あ、そうか!女子大だ!」
と思った。普段の礼拝には男子用トイレは必要ないのだ。男性の教師もいるだろうから、職員室近くにはあるのだろうが・・・。

六本木男声合唱団の練習所
 ここは地下鉄広尾駅の近くにあるが、この学校のすぐ近くで、昨年11月にバルセロナに演奏旅行に行った六本木男声合唱団が練習していたので、毎週通っていたから、実になつかしい。
 六本木合唱団の練習が終わって、祥雲寺から広尾駅1番口(南口)に向かう通りのまっすぐ先には、夜空に燦然と輝く東京タワーの姿が鮮やかに浮かび上がり、毎回感動したものだった。練習後、近くの居酒屋でおごってもらったりしていた時には、こんな近くに聖心女子大学があるなんて全然知らなかった。あるいは地図で見て知っていたかもしれないが、意識にも昇っていなかった。

聖フランシスコにアプローチ
 さて、僕の講演会は8月末なので、まだまだ先・・・とはいえ、そろそろ準備を始めなければいけないな・・・と聖心女子大学を後にしながら思った。僕の中では、あれとあれは絶対話したいとか、あるのだけれど・・・その一方で、アッシジの聖フランシスコという人物は、たとえば宗教改革を成し遂げたマルティン・ルターや、日本に宣教にきたフランシスコ・ザビエルのように、具体的に華々しい活躍をしたというより、「清貧、貞潔、従順」をモットーに、実に質素に生き抜いた人で、奇跡も・・・自分の体に「十字架に架かったイエスが負った5つの傷」が天から与えられたというのは衝撃的ではあるのだが、女性たちからは、
「怖い!気持ち悪い!」
と言われそうなので、そこをあまり強調しないで、上手に話を持っていかなければいけないな。
 ただね、魚や小鳥達にお説教をしたという話は、喜んで受け入れてもらえそうだ。その聖フランシスコを目標に生活を送っている桐生の聖フランシスコ修道会のブラザー達も、みんなやさしく穏やかだった。その一人のフレビアン神父は、後に六本木のフランシスカン・チャペルセンターの館長になり、僕と妻はフレビアン神父の司式で結婚式を挙げてもらった。

 まあ、これから時間をかけて、いろいろまた調べなおして、みんなが納得してくれるような・・・そして、僕の話を聞いて是非演奏会には行こう!と思ってくれるような、楽しくで有意義な講演会にしようと、決心を新たにしました。
 

ロ短調ミサ曲と再び向かい合って
Gloriaの練習

 次の日の5月30日土曜日は東京バロック・スコラーズ(以下TBSと言う)の練習。その日の練習に限って、僕の長女志保も含めて、ピアニストが誰もいないというので、僕がピアノを弾きながら稽古を付けることになった。とはいえ、椅子に座ってしっかりピアノを弾いてしまったら、みんなの歌を直す事ができないので、間奏の間は弾くとしても、立ちながら音取りをして、できるだけア・カペラで練習を付けた。

 その日の練習では、「ロ短調ミサ曲」のGloria in excelsis Deoと、それに直結しているet in terra paxをやった・・・と、ここまで書いた時点で、excelsisとexcoelsisと両方の書き方があるので、どっちかなと思って、原稿を中断して、インターネットでGloriaと検索したら、ZIGGYのGLORIAばっかり出て来たので、
「なんだこりゃ?」
と思ってつい聴いてしまった。

歪んだ煙を見つめながら
あてにならない明日を占えば
いつもよりは少しマシなはず
泣き出しそうな空の下でも

I WANNA MAKE IT TONIGHT
終わらない夜に
YOU HAVE NO NEED TO CRY
終わらないメロディーを

GLORIA, I NEED YOUR LOVE
お前の熱い HEART で HOLD ME TIGHT
LONELY NIGHT もう二度とみせないで
GLORIA, I NEED YOUR LOVE
お前の熱い HEART で HOLD ME TIGHT
LONELY NIGHT もう二度と見せないで
GLORIA

聴きながらまたまた、
「なんだこりゃ!」
と思った。

GLORIAって「栄光あれ!」っていう究極的なポジティブな単語じゃないか。まあ、とても善意に考えたら、Gloriaという言葉を使うことによって「泣きだしそうな空の下でも」ポジティブに変えようとしていると解釈できないこともないが、Gloriaという単語そのものが、ミサのテキスト全体の中でも飛びぬけて明るい言葉なだけに、違和感を感じてしまった。森重樹一作詩作曲で、随分昔の曲だね。

 まあ、そんなことはどうでもいい。練習を進めて行く内に、難しそうに見える8分の3拍子の部分よりも、かえってゆっくりした後半のEt in terra paxの部分の方が扱いづらいなと感じた。
 voluntatisのメリスマは特に、中途半端なテンポの中で16分音符を均等にノンレガートでさばいていくのはプロでも難しい。もっと速い歌唱の方が難しく見えるが、ある意味喉に任せて脱力さえ行えれば、逆に楽なのである。
 その反対にこのテンポだと、1音1音歌いながら自分でチェックしないと音の均衡が保てない。これ以上時間かけたら、これだけで終わってしまうので、また後日あらためて取り組もうと思って先に進んだ。

もう一度原点に還って
 慣れているメンバーの中には、
「そろそろ本番の日と会場を決定してほしいな」
と思っている団員もいるかも知れないけれど、逆に「ロ短調ミサ曲」の初心者もいるし、「ただ歌い込んで本番」ではなくて、
「TBSはこういうコンセプトで発声も歌い方も徹底している」
と団員全員が再確認する作業を、この機会にあらためて行うべきだと思った。
 そうでないと、逆にキャリアのある団員の中からも、
「みんな歌えているけれど、なんとなくいろいろが中途半端だな」
と思う人が出てきて、結果的にモチベーションがなかなか上がらないという可能性が大だ。

20世紀末の現象と新しい道
 最近もこのページで書いたが、東京バロック・スコラーズは、そもそも「21世紀のバッハ」というモットーを掲げて2006年に発足した団体だ。20世紀の終わりにはオリジナル楽器の大きなブームが起こり、「オリジナル楽器でなければバッハ演奏にあらず」という風潮であったが、僕はそれに強く反発していた。

 弦楽器を例にとれば、古典派からロマン派の時期を経て行くうちに、望まれる音楽の変化と、楽器の進歩発展に伴い、弦も羊の腸からスチールに代わり、弓の張力も強くなって大きな音も出るようになった。
 加えて、ロマン派的表現のひとつのシンボルとしてビブラートというものを多用するようになった。それは声楽でも同様である。特に20世紀の後半まで、そうしたロマン派的アプローチでバロック音楽も古典派音楽も行われていたので、ある意味あざとい演奏が巷にはびこっていた。

 その反動として、特にバロック音楽の演奏においては「一度原点に還ってみよう」という潮流が生まれたのは当然の結果だと思う。しかし逆に古楽器さえ使っていれば安心というものでもない。
 古楽器は、ビブラートをかけても効果的ではないのでノンビブラート奏法が自然であるが、弓の張力も低いため、そのままでは、表現として現代人が納得するようなものを構築するのは難しい。
 それで僕は思った。仮に現代楽器を使っても、きちんと様式感さえ守っていれば、かえって現代楽器の持つ発達した表現力と相まって、バロック音楽においてもより表現力のある演奏が可能なのではないか、と。

 先日の演奏会では、モテット第1番と3つのカンタータにおいても、ある程度その方針は貫く事ができて、結果はそれなりに出せたとは思っているが、今回、再び「ロ短調ミサ曲」という大曲に取り組むにあたって、もう一度あらためて基礎から構築し直そうと、僕は決心している。

オーディション大歓迎
 なので、このホームページを読んでくれている読者の中に、あらためてバッハにアプローチしようと思っている方がいらっしゃったら、是非東京バロック・スコラーズに入ってください!ただしオーディションがあります。でも、合格して練習場に来たら、逆にオーディションに受かるレベルの人しかいないということですから、誇りを持って練習に参加してください。僕も、音取りの段階では優しいですが、本気でレベルアップを目指すので、一生懸命付いてきてくださいね!
 「ロ短調ミサ曲」は、音楽史全体を振り返ってみても、比類ない高みにそびえる曲です。心ある人には、少なくとも一生に一度は是非、歌うにしても聴くにしても味わって欲しい「現代に残る遺産」です。

2026. 6.1



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