イタリア人の見た日本

三澤洋史 

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Youtube掲載開始
 先々週の5月25日の更新原稿で予告していたが、シューマン作曲「ファウストの情景」に関するYoutubeの第1部を先日録画した。録画は次女の杏奈が張り切ってやってくれて、ただいま最終編集中。彼女はメイクアップ・アーティストで、我が家では唯一、プロのビジュアル系。

 この原稿を書いているのは6月8日月曜日の午前中だけれど、今日の夕方には最初のYoutubeが杏奈によって公開される予定である。内容は、まだシューマン作曲「ファウストの情景」に具体的に取りかかる前段階だ。タイトルは、「三澤洋史の作品解説 ロベルト・シューマン『ファウスト』からの情景 Part 1」。
 3章に分かれていて、第1章は、ゲーテが「ファウスト」を書いたいきさつ。ゲーテは20代半ばから戯曲「ファウスト」に取り掛かり82歳で亡くなる直前まで推敲を重ねていたというのだ。第2章は、「ファウスト」原作の難しさと「ファウスト」を扱った音楽作品について。
 第3章は、主として「ファウストの情景」の公演に携わる歌手たちを対象として、どのように勉強していったらいいかのサジェスチョンを与えている。具体的に言うと、いきなり音取りから始めないで、まずゲーテの詩を口に出して良く読む事を薦めている。それによって、シラブルが整っていて韻を踏んでいるゲーテの原詩をまず味わって欲しいから。
 その次にシューマンの楽譜を観ながらリズム読みをすることを薦めている。作曲家シューマンがその詩に何を感じ、具体的にどう作曲に生かしていったかの過程をたどるのだ。そして、最後に初めて音取りをして、ただ歌うだけでなく、テキストのニュアンスに寄り添ったきめ細かい歌唱を目指して欲しいのだ。

 さて、現在僕自身は次の動画の準備中だ。原稿はラフに書きあがっていて、一度仮録画してそれを観ながら吟味しているところ。いいところで言葉を噛んだりしちゃうんだな。テレビなんかのアナウンサーって本当にすごいよね。
この第2弾は、最後の有名なChorus Mysticus「神秘の合唱」についての詳しい説明だ。

Alles Vergängliche  移ろいゆくものは、すべて
Ist nur ein Gleichnis;  比喩にすぎない。
Das Unzulängliche,  達成されないものが、
Hier wird's Ereignis;  ここでは到達可能となる。
Das Unbeschreibliche,  筆舌に尽くせないものが、
Hier ist's getan;  ここで成し遂げられた。
Das Ewigweibliche  永遠に女性的なものが、
Zieht uns hinan.  私たちを上方に引いていく。
(訳:西川隆範)

 特に、最後の二行がとても有名で、いろんな作曲家がこの詩で壮大なクライマックスを作って全曲を終わっている。この詩に対するシュタイナーの説明も動画の中で紹介している。やっぱりゲーテってただものではないな!

イタリア人の見た日本
 もう71歳になったし、イタリア語を今さら習ったところで、イタリアに行って働く事もなければ、ましてや留学する必要もないけれど、そもそもイタリア語を勉強するのが大好きだし、これから歳とっていくにつれて何もしなければ、どんどん頭がボケていくだけなので、毎週のイタリア語の個人レッスンは欠かせない。

 元々はバッハやベートーヴェン、そしてワーグナーやマーラーなどドイツ音楽一辺倒だった僕が1981年に留学したのがベルリン。その留学経験は、1999年から2003年までのバイロイト音楽祭での祝祭合唱団スタッフとしての従事など、一定の結果を導き出すのだが、その一方で、僕は、2001年の秋から新国立劇場合唱指揮者に就任した。
 すると、オペラ劇場のレパートリーは、むしろ半分以上がイタリア・オペラなのだ。それなのにドイツ語のように自由自在にイタリア語を操れないのは、合唱指揮者としてどーよ・・・と別に周りが咎めたわけでもないけれど、自分で納得がいかなくなってきた。
 そこで一念発起して文化庁在外研修に応募し、3カ月のミラノ・スカラ座に研修に行ったのが2011年のことであった。本当は1年くらい居たかったが、劇場をあまり留守にするわけにはいかない。でも、その3カ月は濃密な日々だった。

 で、やっと本題に入って来るのだが、全然イタリア語がしゃべれない状態でミラノにノコノコ行くわけにはいかないので、事前に日常会話くらいは勉強しておかなければとイタリア語の先生を探したら、なんと僕の家から歩いても15分のところにロザルバ・ディ・メーリオRosalba di Meglioというイタリア人女性がいて、彼女の元で集中的に勉強を始めたというわけなのだ。

 ロザルバに付いたのが少なくともミラノに行く1年くらい前だから、2010年頃か・・・で、現在まで続いているので、もうかれこれ16年にもなるんだね。今は、いろんなイタリア語の小説を日本語に訳して持って行き、直されて帰って来る。その間の会話は勿論全てイタリア語。
 前回のレッスンまでは、Francesco Recamiフランチェスコ・レカーミ著のLa casa di ringhieraという小説を訳していた。このタイトルは、文字通り訳すと、「手すり付きの家」という意味だけど、それはミラノやトリノなどイタリア北部の典型的なアパートのこと。4階以上高くなく、各階のそれぞれの家は、ドアの前の手すり付き回廊ringhieraでつながれているのだ。
 それぞれの章は、あるミラノのアパートに住むいろんな家族の物語。様々な騒動や事件が起こる愉快な話のオムニバスである。大人を対象に書いているので、ちょっとHな場面も出てきたり・・・たとえば今週まで読んでいた最後の物語では、松林の中で裸で折り重なるように死んでいた男二人の同性愛者を、おじいちゃんと孫が発見したのだけれど、その後忽然と消えた話で、声を出して笑うほどではないのだけど、
「ウフフ・・・なんだこりゃ・・・イタリアらしい物語だなあ」
と頬がゆるむ瞬間が3ページに一度はある。

 さて、その本を訳し終りそうな先々週、次の本を彼女が紹介してくれた。それは、Antonietta Pastoreアントニエッタ・パストーレ著のLeggero il passo sui tatami「畳の上では足取りが軽い」で、小説ではなく、日本人の男性とパリで知りあい、一緒に日本に移り住んで来たイタリア女性の日本滞在記なのだ。

 前の小説とは話題も展開の仕方も全く違うのは明らかなので、先生から本を借りて、家でコピーしながら、「どんな内容なのだろう?」という好奇心に勝てなくなった。先週の金曜日は、前の本の最後のページまで訳して、直してもらうレッスンだったのだが、残りの文章がいつもよりちょっとだけ短めだったこともあって、新しい本の最初のページだけラフに訳して先生のところに持って行った。

E la primavera del 1977 e vivo in Giappone gia da due mesi, ma provo ancora, molto forte, la sensazione di torovarmi in un'arcana dimensione pittorica.
1977年の春。すでに日本で二カ月暮らしているが、未だ強い試練の最中で、絵のような神秘な世界の中にいる感じだ。
I cartelli che tappezzano i muri delle citta appaiono ai miei occhi come semplici decorazioni; le insegne a lato di bar, ristranti e negozi, che in certi quartieri quasi nascondono le facciate dei palazzi, mi sembrano disegni astratti dalla valenza puramente ornamentale.
街の壁に貼られたポスターは、私の目にはシンプルな装飾だ。喫茶店やレストラン、お店の看板は、いくつかの地区では、大邸宅の正面にほとんど隠れているけれど、私には純粋な装飾として使われている抽象的なデザインのように見える。

 この後、またいくつかの説明が続いているが、それが何を指すのか、僕には分らなかった。日本の看板には、沢山の絵や装飾が施されているのかな?と漠然と思っていた。すると先生が、僕がまだ読んでいない後の方の文で教えてくれた。
「E la bellezza degli ideogrammi a dar vita a questamagia, a quest'atmosfera fiabesca che mi affascina e mi disorienta.『この魔術性や、お伽噺的雰囲気に命を吹き込むideogrammiの美しさは、私をうっとりさせ当惑させる』という文章のideogrammiって何だか分かる?」
「ええと・・・辞書には表意文字って載ってたけれど・・・」
「そうよ。漢字のことよ」
「え?漢字・・・あ、そうか!これまでの文章って、ずっと漢字の事を言っていたんですか?いやあ・・・日本のポスターって、そんなにお伽噺的雰囲気と言われるほど、きれいな絵に溢れていたっけ?って不思議に思いながら訳していました」
「そうじゃないの。きれいな絵のようって彼女は表現したけれど、別にそうでもなくて、外国人から見ると、漢字ってそもそもとっても摩訶不思議なものに見えるのよ。
日本に実際に来て街を歩くと、どんどん目に入って来るでしょう。アルファベットで満ちている外国とはまるで違う風景なの。
漢字って、ひとつの字に何画もあって、それが連なると複雑な絵のようにしか見えないけれど、勿論、絵とも全然違う。それに、アルファベットはaでもbでもそれだけでは意味がないし、組み合わさってこそ初めて意味を成すのに、漢字は一つの字ですでに意味があるじゃない。さらに、意味がある字と意味がある字が組み合わさったら、全然別の意味になったりもするじゃない。もう、外国人にとっては全く歯が立たないのよ。
あたしだって、日本に来るので一生懸命勉強したし、住み始めてからも、最初頑張って覚えようとしたけれど、途中で・・・挫折した!読める日が来る気がしなかった。
日本人って、みんな普通に小説とか読んでるじゃない。あの漢字みんな辞書も使わないで読めるんだもの。それだけで、すごく頭が良いって尊敬しちゃう!外国人、みんなそう思っているよ」

 それを聞いてて思った。え?そうか、外国人って、僕たち日本人のことをそんな風に見てるんだ!そういえば、小学校、中学校、勿論高校に至るまで、国語の授業やテストといったら漢字ばっかやってたな。「書き順」間違ったら駄目だし、撥ねるところを撥ねなかったらバツだし、めちゃめちゃ厳しかった。
それに比べたらアルファベットの国は確かに易しいね。逆にもし、どこかの国に漢字のようなものが立ちはだかっていたら、お手上げだね。

 この最初のページだけでこんな感じだから。日本人の僕にとっても、これからこの女性が我が国で何に遭遇して驚いていくのか?どんな風に日本や日本人を見ていくのか?自国民の僕たちが当たり前過ぎて気付いていないどんな事を気付かせてくれるのか、とっても楽しみである。興味深い内容の記事があったら、また教えるね。

2026. 6.8



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