Santa Chiaraのこと
9月27日に行われる聖フランシスコ800合唱団演奏会に先駆けて、8月30日日曜日に聖心女子大学で行われる講演の準備を始めていることは先週の「今日この頃」でも述べたが、いろいろ調べている内に、Santa Chiaraのところで引っ掛かっている。
Santa Chiara「サンタ・キアーラ」といっても分からない人が多いかもしれないが、では聖クララといったら、カトリック信者の方の大半は分かるだろう。聖フランシスコの生き方に共感して、修道女になりクララ会を作った女性である。
僕が、何をどう引っ掛かっているのかをきちんと説明しよう。バチカンがあるのがイタリアのローマなんだから、他の国の聖人聖女ならともかく、イタリア人の聖人くらいは堂々とフランチェスコ、そしてキアーラと呼んだらいいのにと、思ってしまうのだ。
なんでこういう言い方するかというと、クララと聞いていたら分からなかったことが、今回いろいろ書物をあさっている内に、あっそうか!とあっさり分かったのだ。フランチェスコという名前は本名ではないがChiaraキアーラは親が付けた戸籍上の本名である。
次の記事はインターネットの記事の受け売りである。
1194年、彼女はアッシジの裕福な貴族の家庭に生まれた。
母親は出産に際して死の危険から救ってもらうために熱心に祈ったという。
すると、
「恐れることはありません。あなたは光そのものをさらに輝かせる光をこの世にもたらすのですから」
という声が聞こえてきた。
そこで彼女はChiaraと名付けられた。

Brother Sun Sister Moon

Brother Sun Sister Moon01
「聖フランシスコの平和の祈り」フルオケ版が響き渡った!
モーツァルト200と刈谷のホールとの縁
モーツァルト200合唱団は、ここ10年ほどに渡って、刈谷国際音楽コンクールと提携して、受賞者の協奏曲の演奏を自分達の演奏会に組み入れることを条件に、刈谷市総合文化センターを演奏会場にして、セントラル愛知交響楽団というプロ・オケと共演して、毎年定期演奏会を行ってきた。しかしながら、市の方針が急に変わってコンクールの突然の終了を余儀なくされてしまったという。
みんなこのコンクールを『刈谷の誇り』と思っていただけに、口を揃えて、
「残念です!」
と僕に言ってくる。
僕としても、若き受賞者との共演にあたっては、意図的に演奏会よりかなり前から合わせ稽古を何度も行った。それは僕にとっても得ることが多かった体験だった。これまで、この「今日この頃」でも何度も書いたが、最初に僕の前で合わせをするほとんどの若者の演奏は、「コンクールに勝つための演奏」で、聴衆はその演奏に「驚く」かもしれないが、そのままでは決して本当の「感動」にまで持っていくことはできないのだ。
では、どこが違うのか?勿論ひとことでは言えないが、だいたい共通していることは、彼らは「演奏のポイント」を「細かいパッセージの完璧さ」において演奏しているため、それが過ぎた後の何気ないフレーズがつまらなかったり、テクニック的には問題ないけれどカンタービレを要求される美しい個所が退屈だったりする。むしろ、その部分こそが演奏全体の感動を左右する要(かなめ)の個所なのに・・・。
それでいくつもの課題を与え、自分の中で咀嚼して再び僕に立ち向かってくる彼らに、再びもう一段階上の要求を突き付けるという事を経て、演奏会に辿りつくプロセス全体に、僕自身、ある種のやり甲斐を感じていた。
それを誰よりも分かってくれていたのは、この国際コンクールの委員長を自ら努めていた近藤富士雄氏であった。受賞者達が、モーツァルト200演奏会において、コンクール受賞時よりも表現の幅を広げて羽ばたいているのに気付いて、演奏会の直後には毎回僕の元を訪れて感謝の言葉をくださった。近藤氏は、東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターの近藤薫さんのお父様である。
コンクール終了は経済的な理由によるという話であるが、それを言い出したら何も言えない。コンクールで儲かる人なんていないからね。
さて、そんなわけで、演奏会場はこれまでの関係で予約しやすい刈谷市総合文化センターのままであるが、今年のピアノ協奏曲第23番のソリストは、当モーツァルト200合唱団の専属伴奏者でもある江川智沙穂さん。
最初のオケ練習及びオケ合わせ
さて、この原稿を書いている日からみて昨日、すなわち7月19日日曜日。名古屋市、金山(かなやま)にある市民会館(日本特殊陶業市民会館)のリハーサル室で、午前10時からオーケストラ練習を行った。前の晩(7月18日土曜日)は志木第九の会の練習で、モーツァルトのレクィエムの練習を21時まで行って帰宅は10時半近くで、その朝は6時半に家を出たから、やや寝不足。
今年は久しぶりにアマチュアである名古屋ムジークフェライン管弦楽団との共演。昔からよく知っているメンバーが何人もいる。プログラムは、結構盛り沢山で、最初にモーツァルトの作品が3曲続く。ソプラノ独唱を伴う合唱曲Regina Coeli (天の元后)KV108で始まり、次にオルガン・ソロ・ミサ ハ長調 KV259。そしてピアノ協奏曲第23番イ長調 KV488。そして休憩の後は、僕の自作であるTre Preghiere in Italiano「イタリア語の3つの祈り」だ。
午前中は、まだ合唱は入らずに、オケだけでRegina Coeliとピアノ協奏曲のオーケストラ練習をやった。ただ、先ほども紹介した江川智沙穂さんが来ていたので、協奏曲はオーケストラのためにもなるため、ソロだけの部分はカットしたが、一緒にピアノを弾いてもらった。
ピアノ協奏曲の弦楽器の伴奏は、全音符など長い音符を弾きっぱなしで、弾くのは簡単だが、気を付けていないと、ピアノ・ソロの微妙なテンポの動きに置いていかれて、ズレたりする。逆に今日は、江川さんもオケ練習に付き合っているという意識があるので、あまり伸び伸びとは弾けないが、彼女とは、今週末にあらためて合わせ稽古をし、それからまだオケ合わせもあるので、オケの方にもピアニストのアゴーギクを伝えつつ、双方のニュアンスの擦り合わせは、本番に向かってゆっくり時間をかけて行っていこうと思っている。
さて、昼食休憩をはさんで、午後から合唱団が入ってオケ合わせ。まずはオルガン・ソロ・ミサ曲ハ長調 KV259だ。このミサ曲は、通常だと低弦楽器と共に通奏低音として参加する「オルガンという伴奏楽器」に、Benedictusにおいては、完全に独立した独奏楽器としての地位を与え、4人の独唱者たちのアンサンブルと対峙しつつ進んでいくユニークなミサ曲だ。
実は、この曲をもって、モーツァルトのミサ曲を歌うために結成されたモーツァルト200合唱団が全てのミサ曲を演奏することになる。つまりKV259は“最後までとっておいたミサ曲”というわけだ。オルガン・ソロは、演奏会では吉田文(よしだ あや)さんだが、今日はオケ練なので、先ほどピアノ協奏曲を弾いてくれた江川さんにここでも手伝ってもらった。
独唱者は、演奏会では、ソプラノは川島幸子さん、アルトは三輪陽子さん、テノールは大久保亮さん、バスは鈴木健司さんであるが、オケ練習の今日は、(まだ義務ではないので)女性二人が参加した。
三輪陽子さんは、僕のお気に入り歌手で、昨年もマーラーを演奏する愛知MFオーケストラで、交響曲第5番の前曲として、「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を、深みのある声としみじみとした語り口で素晴らしく歌ってくれた。
一方、ソプラノの川島幸子さんについては、以前から名前は聞いていたが、今回初顔合わせ。東京音楽大学ではピアノ科に在籍し卒業したが、副科で始めた声楽に傾倒し、その後ドイツに渡ってワイマールのフランツ・リスト音楽院のオペラ科を首席で卒業したという経歴を持つ。幅広く豊かな声を持ちながら、コロラトゥーラになると目を見張るほど軽々とこなす。歌って30秒で、
「あ、第一級の歌手だ!」
と思った。
「イタリア語の3つの祈り」フルオケ版
午後の後半は、僕にとっては待ちに待った瞬間だ。つまり僕の作った「イタリア語の3つの祈り」のフル・オーケストラ版での音が全世界に初めて響き渡る瞬間なのだ。オリジナルはアコーデオン、パーカッション、5人の弦楽器奏者とピアノという8人で演奏するために書かれたもので、それはそれで完結しており、今度9月の聖フランシスコ800合唱団の演奏会で、皆さんもそのオリジナル版を聴く事ができるが、フル編成となると、トランペット、ホルン、トロンボーン、そしてティンパニー等も加わった絢爛豪華な音色の洪水となることは必至だ。
このフルオケ版を編曲するについて、昨年のCantico delle Creature「被造物の讃歌」とMissa pro Pace「平和のミサ曲」については、冒頭に書いたように、演奏がセントラル愛知というプロ・オケのためオケ練習及びオケ合わせは演奏会の直前に行えばよかったので、9月の演奏会のためには、お盆くらいまでに仕上げて送れば充分間に合ったのであるが、今回は、アマチュアオケの名古屋ムジークフェライン管弦楽団なので、担当者から、
「当団は4月中旬に定期演奏会が終わると、早速三澤先生の曲の練習に取りかかります。こちらで練習をつけておいて先生をお迎えするため、遅くても4月中には、スコアとパート譜を送ってください」
とせかされて、
「おっとっとっと!そうか、アマチュアだとそういうことになるのか、うっかりしてた!」
と焦りまくったいわくつきのフルオケ版である。
さらに困った事が起きた。この「今日この頃」にも書いていたが、本来なら、音符打ち込み用のキーボードと音色モジュールとで、サクサクとパソコン上で譜面を仕上げていくのが、何故かキーボードとモジュールとの接続がうまくいかなくて、仕方がないので、ひとつひとつパソコン上から音符を打ち込んでいくしか方法がなく、スコアとパート譜の作成は遅々として進まなかったのだ。だから4月の前半は特に忙しかった。
さてそんな苦労もしたフルオケ・バージョンのTre Preghiere in Italianoが一体どんな風になるのだろう?と思うと、今朝東京の家で起きた時から、僕の頭の中では、スコアのイメージが鳴り渡っていたが、楽しみで、新幹線の中でもワクワクし続けていた。
では実際にはどうだったのだろうか?皆さんの夢を壊すようで申し訳ないが、通常、最初に音を出した時は、だいたいガッカリする。僕の頭の中では、完璧な音が鳴っている一方で、現実に出て来る音は、まるで違うから。ただそれは奏者の責任ではない。まず、既成の曲と違って、楽員はこの曲を誰も知らない。それに目の前にあるパート譜は、自分のパートだけ書いてあるので、譜面だけを頼りに曲の全体像をつかむ事は不可能だ。
ということで、はやる心とは裏腹に、
「ガッカリして不機嫌になったりしないようにしなければ!」
と、冷静を保とうと努力しながら、いよいよオーケストラ練習のタクトを降ろした。
結果を言うと、少なくともガッカリはしなかった。その理由としては、通常プロ・オケの場合は、僕の指揮での練習が間違いなく初練習になる一方で、アマチュア・オケなので、事前練習が丁寧になされていたこと。それによってオケの中でのバランス感覚が、すでに団員みんなにある程度共有されていたことが挙げられる。この違いは大きいな。
オリジナルの編成が決して物足りないわけではないけれど、やっぱりフル・オーケストラの表現力はあなどれない!バッハの時代にはまだ確立していなかったが、古典派からロマン派を通って行く内に、ティンパニー、トランペット、ホルン、トロンボーンなど様々な楽器が加えられ、やがて定番となったオーケストラというものは、西洋文明の辿りついた沢山の“文化という頂”の内で、明らかなひとつの地位を誇っている。
モーツァルト200合唱団のお陰・・・さらに・・・
モーツァルト200合唱団のお陰で、3年かけて僕のMissa pro Pace「平和のためのミサ曲」、Cantico delle Creature「被造物の讃歌」、Tre
Preghiere in Italiano「イタリア語の3つの祈り」の3曲が全てフル・オーケストラ版として演奏されることになる。まさに作曲家冥利に尽きる!
モーツァルト200合唱団の演奏会は9月22日火曜日国民の休日。そして今年は、まさに聖フランシスコ帰天800年の年である。僕が夢の中でお告げを受けて、急遽立ちあげた聖フランシスコ800合唱団の第一生命ホールでの演奏会はその週末の9月27日日曜日。 さらに、というか、だから、と言うべきか、そのコンサートには、自分の団体の演奏会でまさにその3曲を歌い切る予定のモーツァルト200合唱団員の内、なんと30人ものメンバーが、わざわざ東京に駆けつけて演奏会に参加してくれることになっている。これも運命か?神様の計画の中にあらかじめ入っていたのか!
夢の中で、
「今年こそ聖フランシスコ帰天800年の年なのに、何故お前はなんにもしないのか?」
と言われて、
「本当だ!大変だ!」
と慌てた1月終りのあの朝から、全てはあるべきひとつの意図に従って進んでいるようにしか感じられない。
世の中に偶然なんてない!
2026. 7.20
![]()