早めのお盆帰省ラッシュ
8月8日土曜日。午前中に南北線東大前のYMCAで聖フランシスコ800合唱団の練習の後、一度自宅に戻って、晩の志木第九の会の練習に備えて、一度お昼寝し、それから細々とした用事を済ませようと思い、国立駅を降りた。
その際、次の日の浜松バッハ研究会の練習のための新幹線のチケットを自動券売機で買おうとしたら、満席であった。
「あれえ?明日ってまだ8月9日で、お盆にしては早いよな・・・」
と思ったけど、指定券が買えないのでは仕方ないので、そのまま家に帰った。
翌朝、新横浜駅に着いたら、人がいっぱいいる。呑気な僕もさすがに気がついた。
「そうか、次の週の日曜日はもう8月16日だから、前倒しして、みんな今日中に帰省してしまうのか。」
カレンダーを見たら、さらに8月11日火曜日は「山の日」という祭日なので、8月10日月曜日だけ会社を休めば、8月16日日曜日まで、まるまる一週間お盆休みが取れるわけか。なあるほど・・・。
しかたなく自由席券を買って、早めに自由席車両の1号車の方に行った。
電車が着いた。予想していた通り、一号車もすでに満席である。でも立っている人たちは、みんなデッキの所に集まっていて、客室の通路までいっぱいというほどは混んでいない。
僕がひとりで客室内に入って行くと、先頭入口から若い女の子が入って来て、互いに中央付近で立っていた。僕が乗っているのはひかり号で、目的地の浜松に着く前に、熱海と静岡に停車する。
熱海が近付くと、僕のすぐ前に座っていた男性が立ちあがってデッキの方に歩いて行った。僕は女の子に目配せをして席を譲った。女の子はちょっと驚いたが、ニコッと微笑んで僕の善意に甘えた。正直言うと、僕も座りたかったが、それ以上に騎士道的精神に酔っていたのだ。このまま浜松まで立っていくのさ!
熱海に停車した瞬間、突然、ちょっと離れたところに座っていた男性が、立って急いで降りて行った。おお、ラッキー!さっきの親切の報い!ということで僕も熱海から座る事が出来た。おお楽ちん!
クリスマス・オラトリオについて
浜松バッハ研究会は、4月18日土曜日に「ヨハネ受難曲演奏会」を行ったばかり。次の目標は来年の「クリスマス・オラトリオ」だ。まだ1年半近くもあるため、日程は決まっていない。それに加えて、いつも使っているアクトシティ中ホールが来年の9月以降、改修工事に入るというので困っている。だからといって「クリスマス・オラトリオ」の演奏会を9月より前の夏にやるという選択肢はないので、恐らく浜松市福祉交流センターになる可能性が高い。
クリスマス・オラトリオがバッハの傑作のひとつであることに異を唱える者はいないが、具体的な上演に関しては、問題がないわけではない。たとえば「マタイ受難曲」ならば、いくら長くても、その求心力ゆえに、これを別々の日に分けて上演することは考えられないが、クリスマス・オラトリオは、それぞれ独立した6つのカンタータから成り立っている。しかもその上演日まで元来は指定されている。
最初の3曲は、第1部―12月25日降誕祭第1祝日、第2部―12月26日第2祝日、第3部―12月27日第3祝日と、3日間続いているが、第4部以降は次の通り。第4部―1月1日新年用、第5部―新年後第1日曜日、第6部―1月6日顕現節(公現祭)。
こうした教会の暦に従って一作ごとに別の日に上演されているわけであり、教会の聖歌隊及び演奏者達も、当然のごとく一日1カンタータで演奏されていた。しかしながら、これを我が国のように教会ではなく演奏会場で行う場合、6日間会場を借りて、6日間演奏者に会場に通わせ、ひとつずつ演奏する事は現実的ではないので、いろいろ悩ましいのだ。
だから一般の合唱団では、よく第3カンタータまで演奏して終り、というやり方をするのを見るが、それもねえ・・・不完全だよねえ・・・。別々の日に演奏するとはいえ、バッハの頭の中では、全曲の一貫性は考慮に入れて作られているからね。
それを、ある意味僕なりに解決したのは、2009年12月6日に池袋の東京芸術劇場大ホールで行った、東京バロック・スコラーズ主催の演奏会であった。これはクリスマス・オラトリオ全曲を第1部から第3部までの昼の部と、第4部から第6部までの夜の部の二つの演奏会に分けて、それぞれにモテットとブランデンブルク協奏曲を前曲として演奏した構成だった。
そして演奏者は、ソリストに大谷康子さんをはじめとする錚々たるメンバーを迎え、一方オーケストラでは、現在東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターである近藤薫さんをコンマスにお願いした。近藤さんが東フィルのコンマスになったのが2015年からであるから、僕には先見の明があったわけだ・・・って、ゆーか、種を明かすと、彼の祖父である近藤富雄氏は、初代東フィルのコンサートマスターで、薫さんも、若い時からコンマス志望だったことを僕はよく知っていたからだ。
なので、恐らく浜松バッハ研も、セット券を作って昼夜の2回に分けて演奏するのが妥当な方法のように思われる。
バッハの場合、駄作というのはないのだが、特にカンタータの場合は、時間がなくて急いで書いた作品と、丁寧に書いた作品との差はある。その中で、この6つのカンタータは、まさに珠玉の作品群だ。
前にも書いたが、僕も作曲をする人間として、バッハの作品を前にすると、もうそのインスピレーションの豊かさとテクニックの完璧さにひれ伏す以外何も思いつかない。本当に彼は、作曲家として「人類が辿りついた高みの極致」にあるといえる。それをひとつひとつ解明しながら味わい尽くす歓びは何にも代え難い。
聖フランシスコ800合唱団と「被造物の讃歌」
最初に書いたように、浜松バッハ研究会の練習の前の日は、午前中に聖フランシスコ800合唱団の練習に行く。その日に練習した曲目の中で、特に「被造物の讃歌」についてちょっと述べてみたい。

assisi遠景

Brother-Sun,Sister-Moon