聖フランシスコ800合唱団の演目と講演会のこと

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

何と平和で安全な国!
 これは名古屋駅の新幹線ホームにあるキオスクの何気ない風景だ。海外に行ったことがない人には分からないかも知れないけれど、このキオスクの建物の作りと、このような風景は、外国ではほとんどあり得ないと思って感心した
 どの点に感心したかというと、まず、そもそもこのキオスクは、店員の絶対に目が届かないところに品物を取れる棚がある構造で作られている事。そして、それにも関らず、お客が誰ひとり盗みもせずに、ごく当たり前のように棚から欲しい物を取って、角を曲がって律儀に列を作って並び、お金を払って買っていることだ。


安全な国日本

 勿論、日本ではごく当たり前のことだし、欧米人でも、大半の良識ある人々は、日本においては、日本人と同じように規律を守るかも知れない。だがその一方で、もし海外でこんな不用心な造りのキオスクがあったなら、即「しめしめ!」と思って盗む人が出てくるだろうし、一度誰かが盗んでも店員が気がつかないという事実を知ったならば、オーバーに言ったら、一時間もしない内に、棚の中は空っぽになってしまうかも知れない。いや、本当にあり得ることなんだってば!

 僕自身、家族でイタリア旅行をしている時、ローマの中央駅で、夕方家族をボーッと待っている間に、
「あっちの方にジプシーらしい老婆がいるな・・・」
と思っていたら、それから10分もしない内に、まんまと財布をスラれたし(本当に相手はプロなんだ!全く気がつかなかった!)、妻も留学中の娘達の住んでいたパリの満員のバスの中で、クレジット・カードも複数入っている財布を盗まれて、その時日本で留守番をしていた僕は、彼女から電話を受け取って、妻のカードを銀行で差し止めてもらったりするのに大変な思いをした。

 駅やバスの中で何事も起きないというだけで、日本って素晴らしい国だとしみじみ思うよ。

ちなみにこの映像は、世界で1億再生した日本人の子供の姿です。


 

聖フランシスコ800合唱団の演目と講演会のこと
 9月27日日曜日に第一生命ホールで行われる、聖フランシスコ800合唱団演奏会の弦楽器奏者たちのために、パート譜を新たにプリントアウトし、送付した。間違ってはいけないと思い、慎重になるので格好時間がかかった。
 「イタリア語の3つの祈り」のアコーデオン奏者や、「平和のためのミサ曲」のアルト・サキソフォン奏者とパーカッション奏者は、かつての奏者と同じなのだが、弦楽器奏者は全員初めてなので、参考のために過去の演奏をこのホームページで紹介するので、見てもらえたらと思っている。

イタリア語の3つの祈りTre Preghiere in Italiano(オリジナル)

平和のためのミサ曲Missa pro Pace(オリジナル)

2024年7月20日イタリア・アッシジ聖フランシスコ聖堂
イタリア語の3つの祈り Tre preghiere in Italiano
被造物の讃歌 Cantico delle Creature(オリジナル)
平和のためのミサ曲Missa pro Pace

 「イタリア語の3つの祈り」と「平和のためのミサ曲」は、共に初演が東大コールアカデミーのOBアカデミカ・コールという男声合唱によるものであったが、伴奏に関しては、両方ともオリジナル編成であるので、新しい弦楽器奏者にとっては(混声合唱でないということを除けば)、参考にするためには、その演奏が最も望ましいといえるであろう。

 その後、これらの作品は、それぞれのシチュエーションに応じて伴奏形態を変えている。2024年のイタリア・アッシジの聖フランシスコ聖堂での演奏会においては、弦楽器とピアノは同じであるが、アコーデオン及びサックスやパーカッションは使わず、管楽器についてはフルートとクラリネットで全演目統一した。演奏者は、ピアノが長女の志保だった他は、全員現地調達したイタリア人だった。
 「被造物の讃歌」は、イタリア演奏旅行のために新しく書いたので、そのフルート、クラリネットを伴ったものがオリジナルである。ただ今回は、思い切って木管楽器は使わず、ピアノと弦楽器のみの編成にした。そのため、弦楽器は多少編曲しなおしたが、それによってそれぞれの編成に差が出る事により、各作品のキャラクターがより際立ったといえる。

 一方で、名古屋モーツァルト200合唱団では、2024年にMissa pro Paceを演奏し、昨年の2025年は、前の年の夏にアッシジで初演したばかりの「被造物の讃歌」を上演、そして今年の9月22日(国民の休日)において「イタリア語の3つの祈り」を上演する予定であるが、それらは毎年、定期演奏会の演目であるモーツァルトのミサ曲や協奏曲に合わせる形で、それぞれ二管編成のオーケストラ用にアレンジを施してある。
 つまり、モーツァルト200合唱団の団員は、聖フランシスコ800合唱団演奏会である9月27日の直前の22日の自分達の定期演奏会において、3年がかりで僕の3演目の演奏を完結するため、なんとその演奏会後、約30名もの団員達が週末に上京し、聖フランシスコ800合唱団員として、9月27日の(帰天800周年)特別聖年の演奏会に出演してくれることになっているのである。大変ありがたいことである。

 現在僕は、その演奏会に先立って8月30日日曜日に行われる「特別講演会」の準備を、パワーポイントの作成を中心に進めている。その日の午前中は、講演会場となる広尾の聖心女子大学構内で、特別に合唱団の練習を行わせていただく。
 講演会は宮代ホールで午後2時から行われるが、その講演会の後半で、合唱団は2曲ほど演奏を披露する。曲目は、先ほど述べたアッシジでの演奏会から、聖フランシスコに直接関係する2つの曲で、まず「イタリア語の3つの祈り」の中から、第2曲目の「聖フランシスコの平和の祈り」と、聖フランシスコが彼の死の直前まで綴っていた最も有名な詩に作曲した「被造物の讃歌」だ。

 このホームページを読んでいる方には、ひとりでも多く(演奏会も勿論だけど)講演会にもいらしていただきたい。ただ、講演会の方は、事前の申し込みが必要で、そのまま聖心女子大学に行っても、構内にすら入れてもらえない可能性があるため(女子大なので結構厳しいです)、是非、以下のところからアクセスしてみてください。
https://sites.google.com/view/ircc-ush/news

 高校2年生の秋のある日、自宅の近くにあるカトリック教会に思うところあって足を踏み入れ、それがきっかけで群馬県の東のはずれにある桐生市の聖フランシスコ(男子)修道院に一週間くらい泊まったりして、一時はブラザーになろうかとも思った僕は、洗礼を受けた時、迷うことなく聖フランシスコを自分の霊名に選んだ。

 だから、僕ほど聖フランシスコに傾倒している者もいないのではという自負もあり、そんな僕の聖フランシスコに対する思いのたけを、まずは講演会で(もちろん演奏会でも)あますことなく披露したいと思って、準備を進めている。
 聖フランシスコは、神に対する情熱に関しては比べる者のないほどだったけれど、それだけでなく、とても優しい人で、彼の元には沢山の小鳥や魚達がやってきて、彼のお説教を喜んで聴いていたという。そればかりか、人の畏れる狼でさえ彼にはなついていたと言われている。

 ちなみに、8月30日の講演会でも、意味を解き明かしながら披露し、その後、合唱団によって演奏もされる「被造物の讃歌」の言葉を、講演会に先駆けてここに披露しておく。先日、この「今日この頃」でも書いたが、聖フランシスコは確かに、一度は、
「この被造物の讃歌の対象には、人間は含まないよ。だって、神様が作った被造物の完璧さを、ひとつひとつ挙げることで神様の完璧さを賛美することが目的なんだから、こんな罪深くて恥知らずな人間なんて含まれるはずがないじゃないか」
と言う事を言ったかもしれない。
 でもね、だからといって、それが聖フランシスコの人間への全否定かといったら、そうではないと僕は思う。確かに、人間が罪深いことや、自分や神を裏切る可能性があることは、疑問の余地はない。けれども、それでは神様はどうして、わざわざそんな裏切って罪を犯すような人間を作ったのか?ということだ。
 恐らく、絶対服従するしかないようにプログラミングされた存在を創造して、自動的に自分を賛美させてみたって嬉しくないのではないか?
 僕は思うんだ。そんな「神様から離れる自由や、罪を犯す自由意思を与えられた人間」が、自分の頭を使って、全宇宙の創造主の偉大さに気付き、そして自由意思を使って自ら進んで善を成し、その善の源である神様に向かって賛美するまで、神様は待っておられるのだ、ということ。
 親が、自分の子供に強要するのではなく、子供が自ら感じ、考えて、正しい判断をしたり、自分の意志で自分のもとに向かって来るのを待っているように・・・。

 できたら、この祈りの言葉を、何度も読んで味わってください。それから僕の講演会に来てくれたら、皆さんひとりひとりにとっても得るものが沢山与えられると信じています。

Cantico delle Creature  被造物の讃歌(太陽の賛歌)

Altissimo, onnipotente Buon Signore,  いと高き、全能の善き神よ
tue sono le lodi, la gloria,  賛美と栄光と誉れとすべての祝福は
l’onore e ogni benedizione.  ただあなたのもの
A te solo, o Altissimo,  それらはみな、いと高き
Si addicono e nessun uomo  あなたにこそふさわしく
è degno di menzonarti.  人は誰も語る事はできません。

Lodato sii, mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
Insieme a tutte le creature,  あなたがお造りになったあらゆるもの
Specialmente per il signor fratello sole,  特に兄弟なる太陽によって
Il qualle è la luce del giorno  この兄弟は真昼の光
e tu tramite lui ci dai la luce.  あなたは太陽を通して私達に光を与えました
E lui è bello  それは美しく
e raggiante con grande splendore:  大きな輝きをもって光輝き
te o Altissimo, simboleggia  あなたの似姿です、おおいと高き方

Lodato sii, o mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
per sorella luna e le stelle:  姉妹である月と星とによって:
in cielo le hai create,  あなたはそれを大空にお造りになりました
chiare preziose e belle.  明るく、貴く、美しいものとして

Lodato sii mio Signore.  賛美されますように、私の主よ、
per fratello vento,  兄弟である風によって、
e per l’aria e per il cielo;  また天における大気と
per quello nuvoloso e per quello sereno  曇りと晴天と
per ogni stagione tramite  すべての季節によって
la quale alle creature dai vita.  これを通して、あなたは全ての被造物に命を与えました。

Lodato sii, mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
per sorella acqua,  姉妹である水によって、
la quare è molto utile e umile,  水は有用で控え目で、
preziosa e pura.  貴く清らかなもの。

Lodato sii, mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
per fratello fuoco,  兄弟である火によって、
attraverso il quale illumini la notte.  この兄弟によって、夜は照らされます
Egli è bello, giocondo, robusto, e forte.  火は美しく、陽気で、逞しく、そして力強いもの

Lodato sii, mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
per nostra sorella madre terra,  姉妹であり、私達の母なる大地によって、
la quale ci dà nutrimento  大地は私たちに生きる糧を与え
e ci mantiene:  私達を養います:
produce diversi frutti  様々な果実を実らせ
con fiori variopinti ed erba.  色とりどりの花と草を産み出します

Lodato sii, mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
per quelli che perdonano  あなたの愛の名による
in nome del tuo amore,  赦しによって
e sopportano malattie  病と苦難を
e sofferenze.  耐え忍ぶ者らによって
Beati quelli che  なんと幸いでしょう
le sopporteranno serenamente,  心静かに耐え忍ぶ者たち
perchè dall’Altissimo  この人々は、いと高きあなたから
saranno premiati,  報いられるでしょう

Lodato sii, mio Signore,  賛美されますように、私の主よ、
per la nostra sorella  私達の姉妹である
morte corporale,  肉体の死のために
dalla quale nessun essere umano  この姉妹からはいかなる者も
può scappare;  逃れることはできません
guai a quelli che moriranno  なんと不幸なことでしょう
mentre sono in peccato mortare.  死に至る罪のうちに死ぬ者は
Beati quelli che troveranno  さいわいなるかな
la morte mentre stanno  あなたの望みを尊重しながら
rispettando le tue volontà  死に向かうことができる者
in questo caso la morte spirituale  その場合には死がその人達の魂に
non precurerà loro aicun male,  いかなる災いももたらすこともあり得ないのです

Lodate e benedite il mio Signore,  主を賛美し、ほめたたえ、
ringraziatelo e servitelo  主に感謝し、そして仕えなさい
con grande umilità.  大いなる謙遜をもって

2026. 8.17



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