聖フランシスコ800合唱団の演奏会と講演会
9月にあるいくつかの演奏会が近付いている。そのため、先週の土曜日8月22日は13時から17時で聖フランシスコ800合唱団(SF800)の集中練習であったし、日曜日23日は、10時からお昼をはさんで16時までという長い時間帯で、志木第九の会。こちらは強化練習と名乗っていた。
SF800の練習は、渋谷から5分ほど歩いた日本基督教団の美竹教会.。休憩時間にすれちがって御挨拶したが、牧師は左近深恵子さんという女性であった。僕が所属しているカトリック教会では考えられないことであるが、進んでるー!
でも考えてみると、なぜいけない?人を導けるたまものを持っている人物であれば、男女は関係ないよね。女性牧師おおいに結構!僕の長女の志保は女性ピアニストだし、次女は女性メイクアップ・アーティストだ。
その日の練習は、コンガ奏者の本間修治(ほんま しゅうじ)さんが参加して、僕の作曲したMissa pro Pace(平和のためのミサ曲)を中心に行われた。このミサ曲の編成は、ピアノ、アルト・サキソフォン、そしてコンガである。僕の最初に作った宗教曲であるが、それにしては結構不謹慎な(笑)サウンドだ。コンガを使った理由は、ある時、かつて高校生の頃にちょっと聴いていたサンタナというロックギター奏者のバンドの演奏会に行った事に起因する。
群馬県立高崎高校に在籍していた頃、僕が聴いていた音楽は、もちろんクラシック音楽家を目指していたからクラシック音楽が中心であったが、同時に趣味としてジャズをよく聴いていたし、自分でもジャズピアノを即興で弾いていた。一方、親友の角皆優人(つのかい まさひと)君は、僕よりもクラシック音楽に対しては造詣が深く、マーラーの音楽に僕を導いてくれたが、その一方で、彼はよくロックを聴いていた。
2017年4月27日。僕は日本武道館にサンタナの演奏会に行った。理由は別にない。なんとなく、
「あ、サンタナだ。なつかしいな。高校時代を思い出す。たまにはラテン・ロックでも聴いてみようかな」
という感じ・・・ところが、コンサートの最中、感動で体が震え、涙が溢れて来た。
「なんで・・・・・?」
と自分でも思うほどだ。でも、後から考えてみると、これも運命かも知れない。
で、その中でも最も惹かれたのが、コンガ演奏であった。コンサートの中で、長いソロがあったが、コンガという楽器の「叩き方によって自在に変わる音色感とリズム的ニュアンス」にすっかり魅せられた!
その年の春から夏にかけては、とても忙しかった。新国立劇場の仕事がぎっしり詰まっていたし、7月21日に群馬音楽センターで、僕の自作ミュージカル「おにころ」公演が群馬交響楽団と共にあったりで、休む暇がまったくなかった。
そこで僕は、8月の1日から角皆君の住んでいる長野県白馬にある貸別荘を10日間予約して、そこでのバカンスを心のよりどころにしながら、自分の心と体を奮い立たせ、仕事に励んでいたのだ。その別荘に行く楽しみがなかったら、寝込んでしまったかも知れないくらいのハードスケジュールだったからね。
さて、その別荘での家族水入らずの日々と、角皆君夫妻との交流の間のある深夜。みんなが寝静まった間に、僕は家から車で運んできたキーボードで、ヘッドフォンを付けてあてどなく即興演奏をしていたが、その僕の指が、たまたまあるメロディーを探し当てた。ソドファミーレドソー・・・。「ん?なかなかいいぞ・・・」
もう一度弾く・・・次は左手で和音を添えてみる。静かで、ちょっとあこがれを掻き立てるメロディー。
そのメロディーは結局、Missa pro Paceの終曲Dona nobis Pacemになったのだ。こんな風に、音楽ってどこから湧きあがって来るのかわからないし、最初から「さあ作ろう!」と思って作れるものでもない・・・和声からできる場合もあるし、湧きあがって来てから、
「はて・・・これは一体どこに当てはまるかな?」
と順番も分からない。
でも、ひとつだけ言える事は、
「これって、最初から最後まで俺が考えたんだぜ」
と自分の脳ミソで考えたものは、最高のものにはなり得ないということ。
大宇宙には「音楽の大河のようなもの」があって、その滔々とした流れからのひとしずくが、フッと大河からこぼれ出て、この三次元に現れ出てきたもの・・・それを無心になってすくって五線紙におこした場合・・・心を動かすマジカルなフレーズは、そんな風にしてこの世にやってくる。だから常に謙虚でないといけない。
それに音楽って本当に不思議だと思うのは、絵画や彫刻などのように、そこにある・・・とか、居る・・・とかいう風に、物理的にとらえられないじゃないか。音楽が鳴っている時には、とっても心が打たれたり、胸が熱くなったりするけれど、鳴り終ってみたら、ただのいつもの空間なんだ。その響きや感動は、確実に存在しているのに、諸行無常というか、捕え所がない。
不思議な芸術だ!僕には、この世とあの世との境目に住んでいるイデアとしての存在としか思えないのだが、その一方で、そこから得られる感動は、時にその人の人生をまるっきり変えてしまうほどの力を持っているのだ。
おお、話がどんどん勝手に発展してしまった!ということで、サンタナや深夜のインスピレーションや、いろんなものに導かれてできた僕の音楽が、9月27日日曜日、第一生命ホールにて14時から演奏されます。
堅苦しく考えないでください。僕は、自分が演奏していてつまらないと思う音楽は一音たりとも書かない人間です。この日に演奏する音楽は、全て「宗教曲」というジャンルに属するのだと思いますが、そういう先入観なしで聴いてください。
そして、その演奏会に関係して、もう今週末になりますが、公開講演会が8月30日日曜日14時から聖心女子大学内の宮代ホールにて行われ、その後半には、聖フランシスコ800合唱団によって、「聖フランシスコの平和の祈り」と「被造物の讃歌」の2曲が演奏されます(ただしピアノ伴奏でコンガはなし)。この講演会は、女子大の中なので、事前の申し込みが必要です。でも僕の話はけっして堅苦しくなく楽しいですから、是非皆さん!申し込んでいらしてください。
そして肝心の演奏会の方は、9月27日日曜日に第一生命ホールにて14時から行われる。Missa pro Paceでは、コンガの本間修治さんと共に佐藤温(さとう のどか)さんのきらびやかなアルト・サキソフォンがソリストして加わり、前曲のTre
Preghiere in Italiano(イタリア語の三つの祈り)では、津花幸嗣(つばな こうじ)さんのアコーデオンが華々しいソロを奏でる。そのほか、全体として弦楽器のクインテットが通して演奏される。
ということで、しつこいですけどくれぐれも言っておきますが、僕の曲は「クラシック音楽はどうも・・・」という人には、逆に是非いらしていただきたく思います。
悪天候の中、志木第九の会へ
今、これを書いている8月24日月曜日から一番近い演奏会は、9月5日土曜日の14時から、ふじみ野ステラ・イースト ホールで行われる、志木第九の会第22回定期演奏会だ。
それを控えて、8月23日日曜日は、午前中から演奏会前最後の集中練習。その前の晩の夜中過ぎに地震で飛び起きたが、朝、最寄りの南武線西府駅から電車に乗って、府中本町で武蔵野線に乗り替えたら、その地震の影響で、電車は東所沢までしかいかないという。
最近、地震やら豪雨やらで、日本列島はなんか呪われているんじゃないか、と思いながら、東所沢で降ろされたので、ピアニストのYさんに連絡したら、たまたますぐ近くを車で移動中だということで、すぐ来て拾ってくれて、無事練習には間に合った。
この演奏会のメイン・プログラムは、モーツァルト作曲「レクィエム」で、ソリストは、ソプラノ:藤崎美苗、アルト:高橋ちはる、テノール:初谷敬史、バス:大森いちえい、というメンバーだ。そして第1部では、こちらでも僕の作曲した「被造物の讃歌」と「主の祈り」が演奏される。
ただ、聖フランシスコ800合唱団と違うところは、「被造物の讃歌」は、「レクィエム」の4人のソリスト達で歌われることで、これはなかなか興味深いことだと思う。この4人は、それぞれがソリストとしても素晴らしいが、アンサンブル能力に優れているので、きっと合唱での演奏とはまた全然違った味わいが聴かれると思うので、是非楽しみにしてください。それから合唱団が「主の祈り」を演奏して第1部を終わります。
名古屋でまた楽しい演奏会!
また今週末で聖フランシスコ800の講演会の前の日である8月29日土曜日は、またまた名古屋に行ってモーツァルト200合唱団の練習。こちらでも、モーツァルトの3つの作品に混じって、僕の作曲した「イタリア語の3つの祈り」を二管編成のオーケストラでオケ合わせをする。
なんだか、あっちこっちの団体で、僕の自作をどさくさにまぎれてやってるような気がするね。この演奏会では、その前に、モーツァルト作曲の、Regina
Coeli KV108、オルガン・ソロ・ミサ曲といわれるKV259、それからピアノ協奏曲第23番イ長調KV488を演奏するが、それぞれみんな楽しい曲ですので、名古屋方面の方は是非、9月22日火曜日祝日の15時に、刈谷市総合文化センターの大ホールに来てください。
2026. 8.24
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