Bayreuth 2001

三澤洋史 

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7月3日(火)
 今日は11時から「マイスタージンガー」第一幕オケ付き舞台稽古。その為に10時45分から合唱練習場で声出し練習があった。今日は名古屋からワーグナー協会のお客様がわざわざバイロイトまで僕を訪ねて来てくれたので、この声出し練習を見せてあげたら合唱団の声に圧倒されて声も出ないほど驚いていた。

 第一幕は、全体合唱としては前奏曲に続いた冒頭の教会の聖歌の場面だけなので、僕は聖歌の場面を見とどけるとすぐ合唱練習場に戻ってきて「ローエングリン」の男声初心者稽古をやった。
 今年はこうやって初心者練習を任せられてちょっと誇らしい。「ローエングリン」は男声合唱がとても多く、しかも難しいので、やってもやってもちっとも終わらない。午前中は特に難しい「白鳥の合唱」と「家臣の合唱」だけをゆっくりのテンポからていねいにやった。
 まるでアマチュアの合唱団に練習をつけるようにそれぞれの声部を抜き出し、落ち着いて歌わせる。自分の声部だけでなくて周りの音が聞こえてくるようになると、自分の声部の全体における役割を理解出来るようになってくる。
 こうやって分かってくるとだんだん楽しくなってくるようでこっちが強制しなくても自然に声が前に出てくるようになるのだ。

 初心者練習が終わって見学していたワーグナー協会のお客様のところに行ったら、
「バイロイトでもこんな練習をするのですね。」
と驚いていた。
 確かに通常のプロ合唱団ではここまで細かい練習はしない。でもこんなところに実はバイロイト祝祭合唱団が緊密なアンサンブルを誇っている原因があるのかも知れない。

 午後は「マイスタージンガー」の第二幕「喧嘩の合唱」のオケ付き舞台稽古だ。僕は下手側のザックスの家の屋根の裏側に隠れていてペンライトで指揮している。ここは以前フリードリヒがバラッチから任されてやっていた場所だ。
 自慢じゃないけど、ここのフォローに関しては、僕は誰にも負けません。合唱団員達は終わるといちいち僕のところに来て、
「お前、凄いぞ、凄いぞ、お前にくっついて歌えば絶対に間違いがないな。」
と言うから、僕も調子に乗って、
「まかしとき!」
なんて言ってしまう。でも考えてみると、ということは、僕は絶対に間違えられないということだ。バイロイトの合唱団の命運が僕の手にかかっているということか。だはは・・・責任重大・・・恐いな。

 舞台稽古は、例年からみると嘘のようにスムースに進んだ。フリードリヒが演出面でも仕切ってみんなを合理的に動かしている。こうすることで演技する方も腹が決まり、音楽も固まってくるというわけだ。動きを整理するということはオペラの合唱にとっては実はとても大事なことなのだな。いつもグチャグチャだけで終わってしまう第2幕終わりの「喧嘩の合唱」が、今年はなんだか結構揃っている。

 夜はまた「ローエングリン」男声初心者稽古。今回は冒頭からザッと通した。としたかったんだけど、通らなかった。どうしても何箇所か引っかかってしまって、結局第二幕の終わりまでしか行かなかった。
練習の始めに一人の団員が僕の所に来て聞く、
「ねえ、今日何時までやるの?」
「9時までだよ。」
「マジ?」
「だめだよ。今日は出来るまで帰さないよ。」
 そんなやりとりをみんなも聞いていた後で、練習中に僕は自分の腕時計を譜面台から落としてしまった。
「あ~らら、これで壊れて止まってしまったら永久に9時がやって来ないね。」
と言ったら一同大爆笑。そしたら誰かが、
「そんなら僕が時計を見ながら時間を決めてあげる。」
だって。この野郎!こう言えば、ああ言う連中だなあ。
でもこんなやりとりが出来るのも信頼関係が育っている証拠かもね。



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